たくさんの光を反射してキラキラと輝くダイヤモンド。女性ならだれしもがその魅力に夢中になってしまうものですよね。ダイヤモンドを輝かせるのに必要不可欠なのは「カット」の技術。今回はダイヤモンドカットの歴史を紐解きながら、カットの最高評価であるエクセレントカットの真価について学んでいきましょう。さらに魅力あふれる様々なシェイプのダイヤモンドをご紹介します。

ダイヤモンドの真の魅力を探りつつ進化したカットの技術

ダイヤモンド

何十億年と地中に眠っていたダイヤモンドの原石を研磨することで“輝き”という命を吹き込む

ダイヤモンドの発祥として有名なのは、古代インドです。

インドは古くからダイヤモンドに関心を持っていた地域ですが、その頃の価値観は少々現代とは異なっていたようで、ダイヤモンドの魅力はその比類なき“硬さ”にあると考えられていました。ですから、古代インドのカットはダイヤモンド自体のファセット(研磨面)が乏しく、輝きよりも形の美しさが優先されていました。現在の“輝き”を重視する価値観とは違っていたのですね。

ダイヤモンドがヨーロッパに渡り、その研磨法が開発されたのは、ヨーロッパ王室の女性たちがダイヤモンドを身に着けるようになる15世紀中頃。16世紀になるといくつかのファセットで構成されるローズカットが出現し、18世紀ごろまでに12面体、18面体などのバリエーションが生まれます。

さらに技術は進み「オールドヨーロピアンカット」が誕生します。しかし、いずれのカットも原石をできるだけ無駄にしないように重量を保持したもので、輝きを生む角度やプロポーションなどはあまり考慮されていませんでした。

そして電灯が発明された19世紀になると、光学的な視点から計算されたダイヤモンドの研磨法が発展していきます。1919年に数学者であるマーセル・トルコウスキ―により、ダイヤモンドの輝きを最大限に引き出すように計算しつくされた「アイディアルラウンドブリリアントカット」が完成します。ダイヤモンドカットの歴史は人類の美の価値観の変化や、科学・技術力の進化とともに変遷してきたことがわかりますね。
ダイヤモンドのカットの変遷(資料提供:エクセルコ ダイヤモンド)

ダイヤモンドのカットの変遷(資料提供:エクセルコ ダイヤモンド)


ダイヤモンドカットの技術進歩を牽引したトルコウスキ―

ダイヤモンドカットの歴史を語るうえで欠かせないのがトルコウスキ―一族。現在のダイヤモンドカットの基礎となるアイデアルラウンドブリリアントカットを提唱した4代目マーセルをはじめ、一族のダイヤモンドカットに対する真摯な想いがダイヤモンド史に名を残す結果となりました。

初代アブラハム・トルコウスキ―は世界のダイヤモンドが集結するベルギー・アントワープに研磨工場を設立。その後トルコウスキー一族は、高度なカット技術を持つ研磨の名門として、その名をダイヤモンド業界に馳せていきます。

2代目のサム・トルコウスキーはアントワープにある世界最古のダイヤモンド取引所の初代会長を務め、3代目ポールはベルギー王室と親交を持ち、幾多のダイヤモンドジュエリーの制作を依頼されるなど、ダイヤモンドの研磨はもちろん、世界的なダイヤモンド取引の基礎を作り上げました。

6代目ガブリエルは一族屈指の研磨技術と芸術性、独創性から「ダイヤモンド業界のピカソ」と呼ばれ、当時デ・ビアス社が所有していた、「人類共通の財産」といっても過言ではない特別なダイヤモンド原石の研磨プロジェクトを指揮したことで知られています。
センティナリーダイヤモンド

6代目ガブリエルは、世界で最高の価値を持つダイヤモンド“センティナリー・ダイヤモンド”、及び世界最大のダイヤモンド”ゴールデン・ジュピリー”の研磨チームに参画。エクセルコ ダイヤモンドの店舗ではセンティナリーダイヤモンドの実物大模型が展示されている

そしてガブリエルとともに歴史的プロジェクトにも参加してきた7代目のジャン・ポール・トルコウスキ―が設立したのが”完璧な輝き“を標榜するエクセルコ ダイヤモンドなのです。

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