ラップ界の気鋭・環ROYさんとのタッグに挑戦する新作『ありか』。
環さんとの出会い、舞台化のきっかけをお聞かせください。

島地>2013年に彩の国さいたま芸術劇場で上演したアルトノイの舞台を、環くんが観に来てくれたのが最初の出会い。そのとき音楽を担当していた蓮沼執太さんもそうですが、彼とは共通の知り合いが多くて。舞台後の打ち上げでみんなと一緒にごはんを食べに行き、そこで初めて話をしました。

出会いはそのときが初めてでしたけど、もともと環くんのことは知っていましたし、本番前のウォーミングアップのときなどによく彼の曲を聞いていました。環くんはラップをやっているひとの間では知られた存在で、僕のダンサー仲間ですら知ってるひとは多いです。以前ダンサーの知人が、“環くんはちょっと動きがおかしくてステキだよ”と言っていて、それで僕もライブを観に行き、彼の動きにすごく魅力を感じました。

最初から共演の話が出ていたかというとそうでもなくて、僕はまだドイツにいたのでお互い距離もあったし、帰国したときに何度か共通の友人も交えてご飯を食べている内になんとなく親しくなっていった感じです。当時すでに日本に帰ってくることは決まってたけど、日本のダンサーと何かやろうという気持ちはあまりなくて、ちょっと違うことに挑戦したいと考えてました。そこで2014年夏に日本へ一時帰国したときに愛知県芸術劇場まで行き、プロデューサーに公演をやらせてくださいとお願いをして、そこから本格的に環くんとのやりとりが始まりました。

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ラップとダンスという畑違いのおふたり。クリエイションはどこから着手したのでしょう。

島地>クリエイションは昨年の12月から始めました。当初は本当に何も決めていませんでしたね。とりあえず一緒にいて、そこから何が生まれるだろうと……。ダンサーとラッパーが舞台上に上がり、ラップでダンスを踊るようなことはしたくなかった。共有できるものを探すのが一番の目的で、そこに辿り着くためにいろいろな角度からアプローチしていきました。お互いの手の内をみせ合うような、リハーサルというよりは身体と言語を使い交流を深めていきました。

ただ彼は決してやりやすい相手ではなくて……。というのも、ダンサーは言葉で言えないから踊りますよね。彼は、言葉を大切にしているひと。言葉から理解していくし、説明に納得しないと動かない。加えて、音楽のひとは音楽のひとと組んだ方が共通ルールもあってわかりやすいだろうし、それはダンサー同士にしてもそう。バレエ、コンテンポラリーダンス、ジャズダンスとかジャンルはいろいろあっても、例えばプリエやプレパレーション、ピルエットといったダンスで用いる共通言語があり、ある程度言語で共有し動きが想像できる。しかし、それがラップのひととはできません。だから、説明していくことが不可欠になります。感覚的なことや概念を言語化し、それを使ってコミュニケーションを取るということを彼から学んでいます。ゴールのないものに向かって行う作業は、彼にとってとてもプレッシャーだと思いますし、お互いの当たり前を壊し合う作業です。

彼がどんな感覚を持つ身体なのか知りたいという想いがあって、初日のリハーサルでは組み合う動きを即興的に試してみました。それこそもう洗濯機のような(笑)。最初に感じたのは、距離感の違いですね。ひととの近さ、相手に触れこることに関してダンサーは慣れてる部分がある。僕のなかでは当たり前になってたけれど、男同士って大人になったらまず触れたり触れられたりしないものなんだと、その段階から違いに気付かされました。

僕は相手がダンスの素人だと思ってやらないし、初めてだから簡単にしようとも思わないから、彼にとっては相当ショックだったみたい。応えようとはしてくれてたけど、たぶん最初はすごくムリしてたはず。

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環さんにダンスの経験は?

島地>たぶんダンスはクラブで踊る程度で、スポーツも特に経験はないと思います。だけど非常に特異な身体を持っていて、妙に柔らかい。柔軟性があって、折りたためる方向にものすごく折りたためてしまう。二重関節なんです。ヨガマスターみたいな身体をしてて、筋力があったり早く動けたりする訳ではないけれど、同じポーズでずっといるようなことが苦もなくできる。本当に天性のものですね。ダンサーならこれくらい柔らかければいいなと思うほど。思いがけない動きが生まれるから、それが気持ち悪くてステキなんです(笑)。僕はそこが好きだし、見ていたいなって思う。

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(C)後藤武浩





島地さんもラップに挑戦するそうですね。

島地>ちろん僕自身ラップの経験はないし、あったとしても夜道を歩いて帰るときや自転車をこいでるときに即興で口ずさむくらい。環くんから特にこういう風にした方がいいよと言われることはなくて、掛け合いをしていく感じです。ラップはビートに合わせて韻を踏んだり、言葉を派生させながら物語をつくったりといったルールがある。けれど僕は全くルール無視で、言葉と言葉が繋がりなく飛んでしまうというか、飛ぶものを選択してるというか、それしかできないというか。

ふたりで掛け合って創作していく作業はラップのフリースタイルでもするし、どうにかそれを身体でできないか試すこともある。これまでも言葉を舞台で使うことはあったし、自分で音を出してダンサーが踊るような作業はフォーサイスの作品でもありました。けれど、ダンサー以外のひとと日本語を使って一緒にやるのは初めて。ダンサーの場合は相手が何かしたら受け取って、じゃあ次はこうと動きの掛け合いをする。動きの場合は頭で考えてからでは遅いですね。頭が後からついてくる状態が望ましい。物があった場所やどこを触られたといったことを瞬間的に覚えておいて、動きのアイデアにする。環くんとそれを言葉と身体でできたらという想いがあります。

加えてラップの場合は時事ネタと歴史が入ってくる。環くんが特にそういう部分に問題意識を持っているからかもしれないし、僕はそこに惹かれています。すごくいろいろな角度で世の中を見ているんだなって感じます。例えばタバスコがあるとする。まず誰が日本に持ってきたかといった歴史や時代背景など知識の豊富さがあって、そこからタバスコ=辛い、赤い、血のようだと違う方向にいき、アメリカの商品として海を渡ってきたということに焦点を当て、アメリカ大陸を発見した航海者のコロンブスや音が似ているバスコ・ダ・ガマも踏まえつつ、またタバスコ本来の場所に戻ってくる。彼が“物語は入口出口が同じというのが法則だ”と言ってたけれど、確かにそうだなと……。それを即興でやってしまうのが環くんのスキルです。

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作中使用する曲は環さんの即興? それとも創作する予定ですか?

島地>最初は振りと歌詞をその場で考えて同時進行でつくるという作業に挑戦していましたが、ちょっと難しい部分があって、やっぱり曲をつくろうということになりました。インプロで踊ったものをもう一度再現しようとすると面白くないのと同じで、ラップもばーっと即興で言ったことを書き出してちゃんと音楽に嵌めていくと“まぁこの程度の面白さだね”ってことになってしまう。だとしたら、しっかり根底の部分からつくるしかない。

例えばインプロの動きをビデオに撮って整理するというやり方ではなく、もっと動きに至るまでのコンセプトみたいなもの、コレは何故こうなるんだという部分を探りたい。リハーサル期間が長いのもそうで、ダンサー同士だったら一週間でもそれなりに楽しめるものはできてしまうと思う。たぶんインプロを重ねていったらなんとかなっちゃうけれど、でもやりたいことはそこではないですよね。根底に至るまでのものをつくりたいし、共有して動きにしていく作業をしたい。ある意味すごくコンセプチャルでヨーロッパ的かもしれない。僕はそういう作業はあまり得意な方ではないけれど、今回は必要なことだと感じています。

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環さんも舞台上に上がるのでしょうか。

島地>その予定です。ただ舞台設定として二人一緒に踊れるようなスペースはつくっていません。普通に客席があってアクティングエリアがあるというつくりにはあえてしていないので、もしかしたらすごく見にくい構造になっているかもしれない。3面くらいからお客さんに観られる感じで、僕らも隙を見せられない。構造としては、こちらのエリアと向こうのエリアがあって、それを行き来する橋がある。まさに今の僕たちの状況を舞台空間にしています。橋は気持ちをつなぐものだったり、シルクロードだったり、そういうものの見立てになるような、見えるような存在です。

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タイトル『ありか』の意味するものとは?

島地>ものの在処を環くんと一緒に探しているというのがまずひとつ。僕自身西洋のコンテンポラリーダンスをやっているけど、やっぱり日本人的なものが自然と出てきてしまうんですよね。日本人らしい表現をやろうということでなく、西洋のダンスをしていても、どこか静寂さが滲み出てしまったり……。そこに日本人の原点があるんだろうなとも思うし、一方でその原点って何なんだという想いもある。ヒップホップやストリートダンスという海外からやって来たものへの憧れから入ったけれど、今は民俗芸能とか日本的なものに興味を持ってしまう。西洋のダンスに長く触れてきたから、今は日本的なものに憧れがあるのかもしれない。

海外で上手いひととかすごく身体がきくひともさんざん観たし、ノンダンスなどコンセプチュアルな作品も観てきたけれど、何故か感動しないんですよね。すごく考えられてるなとは思うけど、あまりにコンテンポラリーダンスが分解されすぎてしまってる。音楽と身体と祈りと感情というそもそも一緒にあったものがどんどん分解され、細分化されすぎて冷たくなっちゃったなって思う。面白いことは面白いんですよ。でもそこを超える人間のダメ感とか、アナログ感がない。コンセプトに身体が負けてしまい、ダンスに行き着かないというか……。

あと僕の中では、永遠のありか、魂のありかってあるんだろうか、という気持ちもあります。永遠って誰も知らないじゃないですか。だけどどうして永遠だと思う感覚ができたのか、永遠という言葉ができたり、永遠を望んだりするのか。それは人間だけが持ってる感覚だけど、詰め込まれてできた感覚なのか、やっぱりどこかで知ってるのか、という問いもある。最近ザ・ブルーハーツの“永遠なのか、本当か。時の流れは続くのか……”という歌詞がすごく頭に響いて。子どものころは何となく歌ってたけど、実はすごい歌詞だなと思う。

環くんと良い歌詞をつくりたいという話をしています。沢山の言葉を詰め込んでる訳ではないけれど腑に落ちる、それこそ日本的な間があるような。書いて、書いて、消して、選んで、また違う、という作業をずっと繰り返しています。

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(C)後藤武浩





9年間在籍していたザ・フォーサイス・カンパニーを離れ、昨年夏から日本に活動の拠点を移しています。ゆくゆくは日本に戻ろうと考えていたのでしょうか?

島地>いつかは日本に帰ってこようとは思っていました。ただザ・フォーサイス・カンパニーがなくなったとき、ヨーロッパに残ることも考えました。他のカンパニーから誘われて行こうかと思ったりもした。けれど、結局日本に帰ってきた。

ザ・フォーサイス・カンパニーは事実上解散しました。現在はドレスデン・フランクフルト・ダンス・カンパニーと名前を変えて、ダンサーは全部入れ替わって、もちろんディレクターも変わって。マネージャーや裏方さんたちも半分くらい違うメンバーになっています。今フォーサイスはインスタレーションを手がけたりしていて、僕もフランクフルトで開催されたフォーサイス展を観に行きましたけど、素晴らしかったですよ。あとは世界中で彼の作品が売れてるから、本番前に行って監修を行ったりしています。

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いつか日本に戻るときが来たら、どこかの芸術監督になろうと思ってました。りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館のような劇場がもうひとつくらい日本にできて、僕が立候補するんだと。でも蓋を開けたら全然違いましたね。あれ、自分が最も望んでなかった方向に行きそうだな、これはマズイぞと。プロジェクトに参加しながら教えをしてお金を稼ぎ、自分の身体もあまりケアできずに、毎日スケジュールを自分で管理して、だんだん舞台に立つ回数も減っていき……、というのは一番避けたかった。でもそれが日本のダンス界の現状でもある。

ドイツに行く前、2~3年ですけど日本で活動していたので日本のダンス界の厳しさはわかってたつもり。でも実際帰ってくると、考える時間がないなって思う。すぐ明日がきちゃうし、次々いろいろなことがきちゃう。頑張ってはいても、日々の生活で大変というのが正直あります。このままだと2年が限度かもしれない。

向こうの生活は余裕はあるけど、管理はされてますよね。年間公演数は60回くらい。8ヶ月稼働して4ヶ月休み。休みの間は自主トレしたり、自分で公演をしたり、バカンスしたり。僕の場合はほぼ日本で公演をしてました。とにかくやりたくてやってた。

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日本ではどのような活動を考えていますか。

島地>創作は続けていきたいし、最低限活動できる場を確保したい。そのためには教えもレギュラーでは持たないようにしようと考えてました。でも日本に帰ってきたら考えも少し変わって、自分の持っているものに対して誰かが興味を持ってくれるんだったらそれはそれでいいのかなと思うようになった。ときには小さい子たちに教えるような機会もあって、今はまだ理解できないだろうけど、彼らに触れてもらうのもいのかなと思ったりもする。日本のダンス仲間の作品に参加して、久しぶりにカウントで踊らなきゃいけないこともある。改めてやってみると悪くないなって思ったり、またそこで発見がありますね。

ありがたいオファーを沢山いただくし、与えられたものを最大限やっていくというのも大事ですけど、そうではなくて自分からやっていかなきゃいけない。このままだときっと10年なんてすぐ経っちゃう。いい意味やりにくいアーティストだったり自分がすごいなとか負けてるなって思うひととやっていかないと、できることしかやらなくなっちゃう。あとはグループワークですね。自分は振付演出家に徹して作品をつくり、ダンサーに出てもらう。

グループを持ちたいという気持ちはあります。島地プロジェクトもそれで始めたもので、この前はザ・フォーサイス・カンパニーからダンサーをふたり呼んでクリエイションをしました。島地プロジェクトはこれからも続けていきたいです。

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奥さまの酒井はなさんとはやはりダンスの話をされるのでしょうか。

島地>やっぱりふたりとも身体のことが好きだから、“今日身体でこんな経験した”とか、突然身体の話が始まることがよくあります。ふたりとも基本的にのんびりはしていますけど、それでいて本番になるとあわてふためくタイプ。

彼女の舞台に持っていくための集中力とか、ケアの仕方はとにかくすごい。ひとつの役柄に入ると、2ヶ月くらいその視点で全ての物事を見てる。『ロミオとジュリエット』に取りかかっていたときは、ワンピースに花とか縫ってて、“それ誰が着るの?”っていう感じ。実際『ロミオとジュリエット』が終わってみたら、“あのときはこうしたかったけど、これ着れないよね”と(笑)。リハーサル中は本当に作品の話しかしないし、そこまで入りこんでたらこっちも話を聞かざるをえないですよね。ただそれだけではなくて、真人間なんだなって思います。ご近所さんとの関係だったり、電話の対応もそうだし、こちらがもう“すみません!”って気持ちになるくらいちゃんとひとと接してる。かつ、面白い。それは舞台に出ますよね。普段できないことは舞台には出ない。

悔しいくらい、すごい尊敬してる。舞台を観に行くと、やっぱりすごいなって思ってしまう。何でこんなにいいんだろうと、一度くらい感動しないで観てみたいと思うけど……。それはバレエとかジャンルを超えて、パフォーマーとして感じる部分。クラシックとか新しいとか、あまり関係ないってことですね。

日本に帰ってきてからの楽しみといえば、食もそう。日本は飽食で食に困らない。深夜2時でもどこかしら空いてるじゃないですか。フランクフルトの日本食屋は夜10時には閉まってましたから。ドイツにいたときも日本食ばかり食べてました。現地の料理はたまにしか食べに行かなかったですね、脂っこいし、量も多い。豚肉料理が多くて、唯一好きだったのはアイスバインという豚のすね肉の料理。それはよく食べてました。

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今後の展望をお聞かせください。

島地>芸術監督の夢はまだ諦めてません。地方の劇場でもいいし、むしろ地方の方がいいかもしれないですね。でも理想はハウスコレオグラファー。芸術監督はその他もろもろ政治的なことができなければいけないから。専属振付家の席があったらいいけれど、でも専属できるような劇場が今の日本にはない。

ダンスを始めて17年。いわゆる舞台に上がるダンス、モダンダンスを始めたのは20歳のときなので、ダンスを始めて8年でフォーサイスに行った。海外で9年踊って、その次の9年をどうするか。経験を活かさなければならないし、進化したい。2015年は僕にとってとんでもない変化の年で、今はそれを整理してるところ。しかし、踊るしかないんです。身体を使い整理していく。身体はいつも脳より賢い。これから日本で踊る限り、10年、20年のスパンでやりたいことを、ひとを巻き込んで進めていかなければならないと感じています。


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(C)後藤武浩





プロフィール

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島地保武

ダンサー/振付家。1978年長野県生まれ。TV番組『ダンス甲子園』の影響で踊り始める。2004年より金森穣が率いるNoismに所属し、2006年にはウィリアム・フォーサイス率いるザ・フォーサイス・カンパニー(ドイツ)に入団。2013年、酒井はなとのユニットAltneuを結成。2015年からは日本を拠点に活動を開始し、Shimaji Projectとして『glimpse ミエカクレ』(原美術館)、『身奏/休息』(神奈川近代美術館葉山)を発表。資生堂第七次椿会(2015年~)のメンバーでもある。
http://www.shimaji.jp



公演情報

島地保武×環ROY『ありか』
会場:愛知県芸術劇場小ホール
日時:2016年4月22日(金)20:00、23日(土)15:00、24日(日)15:00
チケット:一般 3,000円 学生(25歳以下・要証明書) 1,000円
http://shimaji.jp/arika/

チケット予約:
愛知県芸術劇場オンラインチケットサービス
www.aac.pref.aichi.jp

愛知芸術文化センター内プレイガイド
052-972-0430
(10:00~19:00/土日祝は18:00まで/月曜定休、祝休日の場合は翌平日)

チケットぴあ
電話:0570-02-9999
[Pコード449-373]
(ぴあ店頭、セブン-イレブン、サークルKサンクス)

問い合せ:
愛知県芸術劇場
052-971-5609(10:00~18:00)
http://www.aac.pref.aichi.jp


※ データは2016年4月5日現在のものです。
内容は変更になる場合があります。
詳細は公式HPでご確認ください。



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