*2017年10月インタビュー加筆!*(16年3月インタビューは2頁目以降に掲載)
田代万里生undefined84年長崎県出身。3歳からピアノ、15歳から声楽を学ぶ。東京藝大で声楽を専攻、在学中にオペラデビュー。09年に『マルグリット』アルマン役でミュージカル・デビュー。以来『ブラッド・ブラザーズ』『スクルージ』『ラブ・ネバー・ダイ』『エリザベート』『CHESS THE MUSICAL』など様々な舞台で活躍している。(C)Marino Matsushima

田代万里生 84年長崎県出身。3歳からピアノ、15歳から声楽を学ぶ。東京藝大で声楽を専攻、在学中にオペラデビュー。09年に『マルグリット』アルマン役でミュージカル・デビュー。以来『ブラッド・ブラザーズ』『スクルージ』『ラブ・ネバー・ダイ』『エリザベート』『CHESS THE MUSICAL』など様々な舞台で活躍している。(C)Marino Matsushima

難しさと面白さが同居した『グレート・ギャツビー』

――もうすぐライブCDも発売予定ですが、今年は新作ミュージカル『グレート・ギャツビー』に出演されました。主人公の友人、ニック役でしたね。

「すごく面白い役柄でした。原作小説はほぼ全編がニックの視点で書かれているのですが、いただいた台本を読むと、ニックはストーリーテラーではありませんでした。とは言えストーリーテラーの役割も反映されていて、他の登場人物とは違う客観性を持ったうえで、すべての登場人物をニックを通してお客さんに届けなくてはいけない。それも台詞や歌ではなく、演技や表情、呼吸で伝えなくちゃいけないのは難しかったですね。『スリル・ミー』や『エリザベート』など、それまでの経験があったからこそできたかなと思う部分もたくさんあったし、あそこはもっとできたんじゃないかなと思う部分もあって、他の作品では経験できない役柄でした。
『グレート・ギャツビー』(ハイライト・ライヴ録音盤CDが11月に発売予定)写真提供:東宝演劇部

『グレート・ギャツビー』(ハイライト・ライヴ録音盤CDが11月に発売予定)写真提供:東宝演劇部

音楽面では、ニックはソロ・ナンバーはありませんでしたが、作曲のオベラッカーさんは、20年代のジャズ・エイジの音楽を意識しながらも、ガーシュイン的な音楽や、自分のオリジナリティも注ぎ込んで、17年の僕が書く意味を考えて作曲したとおっしゃっていました。「誰も知らないギャツビー」など、当時の曲さながらのチャールストンナンバーもあれば、当時は存在しなかったであろうメロディ、異次元の音楽もあったりして、それが混在しているのが面白かったですね」

“ドキドキ”が忘れられないクリエでの初出演

――2018年はまず、シアター・クリエ10周年記念公演『TENTH』に出演の予定ですね。

「僕は一部のハイライトではなく、二部のガラコンサート的な部分に出演します。クリエというと、僕はこれまで『ブラッド・ブラザーズ』『トゥモロー・モーニング』『ピアフ』などに出演しましたが、舞台と客席がとても近くて大好きな劇場の一つです。生(なま)声ではないけど、体感的に生声が聞こえるくらいの距離感でやってるので、見やすいんですよね。
『TENTH』(18年1月4日開幕)シアター・クリエにて

『TENTH』(18年1月4日開幕)シアター・クリエにて

またデビューが『マルグリット』といういわゆるグランド・ミュージカルだった僕にとって、その後の二作目がここでの『ブラッド・ブラザーズ』。9割が芝居で歌はソロが一曲とデュエット的なワンフレーズくらいという作品でした。いきなり客席の近い中劇場で、歌無しで台詞で芝居をするということにドキドキしていた時期だったので、すごく強烈に覚えていますね」

――その後には「成人の日コンサート」で、演奏会形式の『フィガロの結婚』に出演されますが、演じるケルビーノは普通、ソプラノやメゾソプラノが歌うお役なのでびっくりしました。

「このシリーズにはこれまでも『蝶々夫人』『オペラ座の怪人』などいろいろ出演しています。青年ケルビーノはいわゆる宝塚でいうところの男役(女性が男性を演じる)の役どころなのですが、オペラの場合は男役ではなく、“ズボン役”と呼ばれます。オペラでは声種を超えて演じことはあり得ないのですが、今回ケルビーノは物語全体の語りも担い、音域的にもちょうどテノールと同じくらいというのもあって、ご依頼いただきました。僕もコンサートでは(『フィガロの結婚』の曲を)歌ったことはありますが、今回は本職のオペラ歌手のみなさんとの共演もとても楽しみです」

――次々引き出しを増やしていらっしゃる田代さんですが、最新作の『きらめく星座』では戦前の流行歌を歌っておられ、“平成の藤山一郎さん”というキャッチフレーズも加わったように感じます。

「いいですねぇ(笑)。この前、藤山さんの「東京ラプソディ」を歌わせていただいたのがきっかけでプロフィールを拝見したら、音楽学校(東京音楽学校=後の東京藝大)の頃からビクターでレコードを出されていて、僕もESCOLTA(名義)でビクターからデビューしていますので、何だか共通点があるなと思いました。でも藤山さんに限らず、過去のオペラの方々はジャンルを問わず華麗なる経歴をお持ちなんですよね。オペラをやりながら映画にも主演して、主題歌も歌ってそれが大ヒットしたり。

藤山さんも、バリトン歌手としてオペラや第九(演奏会)もこなし、流行歌も歌っていらっしゃって、そういう経歴を拝見していると、僕も食わず嫌いにならず、いろんなことにチャレンジして、いいと思ったものを確信をもってやっていきたいな、と感じますね。チャレンジしながら届けていけば、きっと想像もしないような世界が広がって行くんじゃないか。そう思いながら、今は頑張って経験を積み重ねているところです」

*『きらめく星座』(11月5~23日)についての田代さんへのインタビューは「 2017年11~12月の注目!ミュージカル 」にて掲載

*次頁からは16年3月のインタビューを掲載します!

田代万里生さんインタビュー(2016年3月)

田代万里生undefined84年長崎生まれ。東京藝術大学声楽科卒業。大学在学中の03年『欲望という名の電車』でオペラデビュー。09年『マルグリット』でミュージカルデビューし、『エリザベート』『スリル・ミー』『ラブ・ネバー・ダイ』など多数の舞台に出演。14年第39回菊田一夫演劇賞を受賞。(C) Marino Matsushima

 

18世紀の伝説の理髪師、スウィーニー・トッド。妻に横恋慕した判事ターピンに家族を奪われ、無実の罪で15年も流刑に処せられていた彼は、脱獄してロンドンに戻り、昔なじみのラヴェット夫人の助けで理髪店を開く。訪れた客を次々とあの世に送りながら、自分をおとしめたターピンへの復讐機会をうかがう彼だが……。

およそミュージカルに似つかわしくない題材ながら、ブロードウェイ初演時にトニー賞(1979年)を8部門受賞、その後も世界各地で上演を重ね、08年にはジョニー・デップ主演で映画化もされている『スウィーニー・トッド』。予想のつかない方向へと発展してゆくスティーヴン・ソンドハイムの現代オペラ的音楽が第一の魅力と言われますが、演じる(歌う)方々にとってはどんな音楽なのでしょうか。


脱獄したスウィーニーを助け、後にターピンに幽閉されたスウィーニーの娘ジョアンナに恋する船乗り・アンソニー役の田代万里生さんに、懇切丁寧に教えていただきました。

最“恐”ミュージカルで唯一(?)ピュアな
青年役に再挑戦

――田代さんは5年前の11年にもこの役を演じていらっしゃるのですよね。

「当時はデビュー2年目で、何が何だかわからない中でがむしゃらにやっていました。5年たってこの作品に戻ってきてみると、また全然違う景色を見ている感じがします」
『スウィーニー・トッド』

『スウィーニー・トッド』

――船乗りの青年、アンソニーはどんな人物なのでしょうか?

「この作品に出てくる人物が全部おかしいというか、ちょっとミステリアスだったり危険だったりする中で、アンソニーは唯一といっても過言ではないくらいピュアなキャラクターです。それゆえに周りの濃さが引き立つし、逆に彼のまっすぐなところが突出するのかなと思っています」

――本当に汚れのない青年ですが、途中、“彼女(ジョアンナ)を救うためなら何人でも殺せる”という台詞もあります。

「正義感が強いんですよね。でも実際には誰も殺しません」

――彼女にひと目ぼれした際、それを見とがめたターピンに追い払われますが、それでも“I steal you, Johanna”と同じ甘いメロディで歌っていて、めげませんよね。

「(不幸に見える彼女を救わなければという)使命感があったんでしょうね。もう一つ、いろいろな国を回ってきた中でやっと“この人!”と思える人に出会えた、というのもあると思います」

――“船乗り”という設定の意味するところについてですが、彼は船乗りとして世界を回っているから“世間を知っている人”なのでしょうか、それとも船の中という密閉空間で過ごす“世間を知らない人”なのでしょうか?

「両方あるでしょうね。昨日も映画版を観ていたら似たような会話が流れていて、ターピンに“船乗りだから全て知っているんだろう”と言われているくだりがありました。でも、そこまでは知らなそうな気がしますね。極端に世間を知っているとか知らないというより、平均値というか、ごくごく普通の人なんじゃないかな。今後、(演出の宮本)亜門さんと詰めていきます」

常に“ノッキング”を起こす
ソンドハイム渾身のスコア

『スウィーニー・トッド』(2011年公演)撮影:渡部孝弘

『スウィーニー・トッド』(2011年公演)撮影:渡部孝弘

――いわゆる流麗なメロディとはいいがたい、特徴的なソンドハイムの音楽は、声楽ご出身の田代さんから見るとどういう音楽なのでしょう?

「他の作曲家、例えばロイド=ウェバーとかワイルドホーン、バーンスタインの作品は“音楽のスコア(譜面)”であるのに対して、ソンドハイムは自分で台本を書く人でもあるので、“いわゆるAメロがあってBメロがあってサビがあってまたAメロ…”というパターンはもちろん無いし、完全にスコアが『スウィーニー・トッド』という作品を作るための“設計図”になっているという印象です。だから指定する標記もすごく多いし、音楽的に常にノッキング(エンジン過負荷によって起こる異音)を起こさせているんですね。

例えばメロディには、こう流れていたら次はこう来るよね、というものがあるのだけど、こう着地すると思っていたらこっちから邪魔が入ってくるという、常にノッキングの2時間半。そうした中に一瞬、武田真治さんが歌う“僕がついている”という曲だったり、アンソニーが歌う“ジョアンナ”というのはすごくシンプルなコード進行で、一瞬流れたりするとものすごくきれいに決まるんですよ。そこの対比がものすごくよく出来ています。

他の作品だと特定のテーマ、例えばジョアンナを愛するときのテーマであったり、スウィーニー・トッドが復讐を決意するテーマを作品中、何度も登場させるという手法がどの作品でもあるんですけど、ソンドハイムはそれを本当に“チラ見せ、チラ見せ”で、そのリフレインが5重、6重に重なって、しかもタイミングがみんなで“よーいドン”で始まるのではなく、全員ずれて始まって入り組んでいるという、めちゃくちゃ複雑なスコアだなと思います」
『スウィーニー・トッド』(2011年公演)撮影:渡部孝弘

『スウィーニー・トッド』(2011年公演)撮影:渡部孝弘

――アンソニーのソロ“ジョアンナ”は確かに美しい曲ですが、一瞬“うん?”と思う音に飛ぶところもありますね。英語だと“dream”の箇所ですが……。

「あれはなんだろう、アンソニーの心情が反映されているというか。ロンドンの街並みのシーンでは、タララララ~と、終始漂っている不気味な音があるんです。復讐心や憎しみ、階級差の物語でもあるし、天候的なものもあるし、いろいろな“晴れない”要素が漂っているそのさなかに、彼が飛び込んでいこうとする音なのかな」

――以前、やはり声楽出身の女優さんとロイド=ウェバーの音楽についてお話していた時、彼のメロディは流麗だけど、実は“次に行くであろう音”から“半音ずれた音”に行く、それによって微妙な感情表現をすることが多い、とおっしゃっていました。それに比して、ソンドハイムはもっと大胆にずれたところに行くような気がします。

「ロイド=ウェバーの場合は、基本は美しいフレーズがあって、そこに不協和音をあてていく、それでクラッシュさせて感情の破裂を起こすということが、全部ではないですが、多いですね。でもソンドハイムは常にクラッシュとノッキング、イレギュラーの連続。それをまた亜門さんがうまく演出して下さるんですよね。クラッシュとノッキングの連続で一見ぐちゃぐちゃに見えるけど、実はすごく緻密に計算されたスコアであって、それがちゃんと脚本とリンクしているのが凄いなあと思います」
『スウィーニー・トッド』撮影:渡部孝弘

『スウィーニー・トッド』(2013年公演)撮影:渡部孝弘

――多重唱が多いような気もするのですが。彼が初期に作詞家として手掛けた『ウェストサイド物語』でも(こちらは曲はバーンスタインですが)複雑な五重唱が出てきますよね。

「当時からやりたかったのかもしれないですね。いろんな感情が時空を超えて重なり合う、それも“よーいドン”ではなく、ちょっとずつずれたところから始まっていくというのを、ソンドハイムはかなり面白がってやっていますよね。それはオーケストラの部分もそうです」

――そういう音楽は歌い手からすると“厄介”でしょうか?

「『スウィーニー・トッド』という作品自体にはオペラの要素も注ぎ込まれていて、役によっては声楽的な技術が絶対的に必要な役もありますね。後は単純に言ってしまえば、非常に暗譜が難しくて、歌詞が覚えられないとかじゃなくて、全部リズムが違うんですよね。

アンソニーとジョアンナの“キス・ミー”というナンバーも、同じことを繰り返して歌っているようで実は変わっていて、そのひとくくりを一つと考えると、何十通りにも展開していきます。オーケストラのアレンジもどんどん変わっていくし、そこに違う役が違う歌を差し込んでくる、というのもあるので、非常に巧妙ですね。歌い手のみならず、指揮者やオーケストラも大変だと思います」

男らしい、新たなアンソニー役が生まれる予感

『スウィーニー・トッド』(2011年公演)撮影:渡部孝弘

『スウィーニー・トッド』(2011年公演)撮影:渡部孝弘

――作品のテーマ的な部分についてですが、本作はいろいろな上演方法があるかと思いますが、今回の日本版はいわゆる“メッセージ性”がある、と考えてよろしいでしょうか?

「僕が出演した5年前の公演では“復讐の連鎖から生まれるものは無い”と亜門さんが仰っていました。前回アンソニーに関しては“とにかく恋したときの気持ちや若さを爆発させてほしい”と一番に言われていましたが、先日5年振りに亜門さんの演出を受けたら、前回とはちょっと違う、新しいアンソニー像のご提案もありました。基本の方向性は同じですが、以前に比べると少し大人で、男らしい新しいアンソニーになりそうです」

――今回、ご自身の中で課題にされていることは?

「やはり、5年前をなぞらないということですね。意識的になぞろうと思ってなくても、今回の歌詞がこの5年の間に変わっていたことに気付いたり、知らず知らず前回の記憶が体に刻まれているんですよ。それをなぞるのではなく、まっさらな気持ちで、初めてという気持ちでやりたいなと思ってます。

今回の相手役ジョアンナは、まだ10代の唯月ふうかさん。まさに前回、亜門さんがジョアンナによく言っていた“ガラス細工のような、触ったら壊れちゃいそうな”雰囲気も兼ね備えているので、アンソニーも自然に“大丈夫だよ”とアプローチできるような気がしますね」

――ジョアンナは後半、一瞬“この人、大丈夫かな?”と思わせるくだりがあって、アンソニーと彼女は恋を成就させたとしても前途多難にも見えますね。

「どうなるんでしょうね。そこは描かれていないけれど、ラストシーンで2人は初めてスタートラインに立てるのかなと思います。幽閉されていた彼女をアンソニーが外の世界へ導く感じがうまく出せられたらいいですね」

――…ということは、今回は“頼もしいアンソニー”?

「そうなれたらいいですね(笑)」

――スウィーニー・トッド役の市村さんとは5年前の『スウィーニー~』のみならず、昨年末の『スクルージ』でも共演されています。少し余裕が出てきた頃かと思いますが、何か“盗めて”来ていますでしょうか?
『スウィーニー・トッド』(2013年公演)撮影:渡部孝弘

『スウィーニー・トッド』(2013年公演)撮影:渡部孝弘

「余裕はないです(笑)。必死についていくのみですね。気が付いたら盗んでた、というぐらい、くらいついていきたいです」

――市村さんは役者として、どんな方でしょうか?

「本当に職人気質の方ですよね。舞台初日でもバーレッスンに通ったり、この前、膝をケガをされた時も、“悪いのは膝。上半分は大丈夫だから今、ジムに行ってきた”と、絞れるだけ体を絞っていらっしゃいます。では舞台だけに専念されているかといったらそうではなくて、お子様との時間を大切にしていたり、プライベートもとても充実されているようです。

僕ら若い俳優たちに対しても、アドバイスを下さる時もあれば、手招きして“今の俺どう見えた?”と質問されることもあります。ご飯に誘ってくださったと思いきや、その店まで自転車でいらっしゃったりと、とにかくフットワークが軽い。さらにその一瞬一瞬がすごく濃密で、充実している。“名優・市村正親を作りあげるために、市村さんはこんなに努力されているのか!”と知ると、簡単にはまねできません。とにかく無駄な時間がないんですよね。それはしのぶさんも同じです。お二人とも天真爛漫なところもありつつ、本当に一瞬一瞬が充実していらっしゃるんです。こんなふうに生きられたら本当にいいなと思います」

――今回、どんな舞台になりそうでしょうか?

「とにかく素晴らしい作品ですし、主演の市村(正親)さんと(大竹)しのぶさんはもう4回目とあって、役“そのもの”。前回もすごくお客様が集まって下さって支持されている舞台だと実感しましたが、今回も皆で前回を上回る舞台を作って、お客様に満足していただきたいと思います」

*次頁からは田代さんの“これまで”を伺います。クラシック音楽の申し子として優雅なイメージを持たれがちな彼ですが、実は意外な一面も…?

クラシック音楽に抱かれて育った日々

『スクルージ』(2015年公演)撮影:田中亜紀

『スクルージ』(2015年公演)撮影:田中亜紀

――田代さんの“これまで”のお話も伺いたいと思うのですが、小さいころはどんなお子さんだったのですか?

「父が歌(声楽)を、母がピアノを家で教えていて、我が家には幼稚園生から音大生までの生徒さんが来ていたので、ハイハイしていた頃から、人のレッスンを100万回くらい聴いていました(笑)。グランドピアノがあって、僕も触りたかったけれど、大人がこぞってさわりにくるのでなかなか部屋が空かない。たまに空くと何時間も延々と弾いていましたね。その延長で、いつの間にかピアノを習いだしていたという感じでした」

――他のものには興味が湧かなかったのですか?

「湧く暇がないくらい、ピアノに夢中でした。幼稚園生の時には、気がついたら5時間以上飽きずに弾いていたくらいです。他のジャンルの音楽は僕のいた環境には無く、テレビも家ではほとんどつけていなかったので、“音楽=クラシック”。僕にとっては数ある音楽ジャンルの中からクラシックを“選択”するという意識は全くありませんでした」

――その美声は、ご自身で発見されたのでしょうか?

「いいえ、全然。小さいころからいろんな楽器をやっていましたが、歌を始めたのは一番遅かったんです。声楽の世界は、特に男性となると30歳くらいでやっと新人の仲間入りができると言われていて、音大受験の頃なんて、プロになれるかどうかなんて、まだ目安にはなりません。

僕は幸運にもストレートで入れましたが、同期には他の音大を出てから入ってくる方とか、6浪ぐらいして入ってくる人もいたので、その時点で10歳以上離れていて、体つきも全然違うんです。18歳の僕なんてひょろひょろだし、声変りも僕は15歳で遅かったからまだ成熟してない声で、どうがんばっても年長の同期生たちの立派な声には勝てません。自分の声に何かを見出したから(受験した)というより、ただただ(オペラの)舞台に立ちたいという思いで入って行きました」
『Chess The Musical』撮影:村尾昌美undefined写真提供:梅田芸術劇場

『Chess The Musical』撮影:村尾昌美 写真提供:梅田芸術劇場

――でも何か光るものがあったからこそ、現役合格されたのでは?

「声楽を始める人の中には、楽譜があまり読めなかったり、運動部だったけどすごく声がいいから合唱団とかの先生に勧められてという方も多いのですが、僕の場合はピアノの他に管楽器と弦楽器もやっていて、楽典とかソルフェージュの(アカデミックな)基礎はやっていたので、そこのスタートは早かったんですよね。声や歌はまだまだでも、その他の基礎分野で有利だったので、なんとか採っていただいたのかな、と勝手に思っています」

――ミュージカルへの興味はいつ頃から?

「大学を卒業してからですね。学生時代はクラシックしか歌っていませんでした。在学中に“ミュージカルのオーディションをうけてみませんか”とお誘いいただき、参考にと、ある作品を観に行ったこともあるのですが、すごく頭がいたくなってしまって(笑)。というのは、マイクやスピーカーを使う舞台というものを観たことがなく、あまりの音の大きさに体がびっくりしてしまったんです。その後、だんだんと好きになり、映画を見るような感覚で何本かミュージカルを観に行きましたが、“イコール=自分がミュージカルをやる。”』とは当時は全く想像が出来ず、大学の4年間はクラシックだけに没頭していました。

大学を卒業してヨーロッパに留学するかオペラ団体に入ろうかなと思っていたところ、エスコルタというボーカル・グループのオーディションのお話をいただきました。そのCDデビューから1年後に、『マルグリット』のオーディションのお話をいただいたんです。オペラ『椿姫』がベースとなっているのでミュージカルという印象は全くなかったし、ミシェル・ルグランのクラシカルな旋律も魅力でした。

さらに当時ロンドン・ウェストエンドで上演していたので観に行ったら、僕がそれまで思っていた“ミュージカル”とは全然違うものだったんです。PAガンガン、ではなく、生声が聴こえてきましたし、演出も美術も(ロンドン版でも後の日本初演版でも)オペラの方が担当されていたんですよ。これならやりたい!と思い、挑戦しました。そういうわけで、当初は『マルグリット』をやるのであって、これからはミュージカル俳優になるんだ!という意識は全くありませんでした」

オペラとは勝手の違う“演技”に苦労した
初ミュージカル

『マルグリット』(2009年公演)撮影:田中亜紀

『マルグリット』(2009年公演)撮影:田中亜紀

――その『マルグリット』ではヒロインを愛する若い男、アルマン役。歌唱力はもちろんですが、非常に生々しい人物造型が新人離れしていました。

「演技については、当初すごく苦手意識が高かったです。役柄上9割が歌で、台詞のシーンは1割くらいでしたが、はじめは歌う時と喋るときでは人格が違う、と自分でも思えました(笑)。たくさん稽古をしていただきましたね」

――オペラやオペレッタにも演技はあるので、経験はおありだったのでは?

「オペラはイタリア語やドイツ語で基本台詞は無いし、日本語上演のオペレッタでも、『舞台語発音』と呼ばれる発声での台詞しか発したことがなかったので、マイクがある中での台詞芝居はとても難しかったです。また、オペラだと主役級の役は青年役でもベテランの歌手が演じることが多く、ミュージカルでは主役級でも実年齢に近い役者が演じるので、出ずっぱりの役というのも初めてでした。そういう意味では本格的なお芝居は『マルグリット』が初めてでした。

また、ミュージカルだとマイクをつけるので、今話しているくらいの声量でも客席には聞こえますが、オペレッタだと台詞も生声で喋るので、例えば2000人に聞こえるひそひそ話をしなくてはいけない。それに加えて横や後ろを向いて喋ると客席には聞こえないとかいろんな制約があって、ミュージカルとはまた違う技術(舞台語発音)が必要だったりするんです。

大学では、『舞台語発音』という名のつく授業もあったくらい。そんなことで、初ミュージカルでは台詞の声が無駄に大きかったり(笑)、いきなりシングル・キャストで48公演を歌うというのも初めてでしたので、すごくとまどいました」

――「役を演じる」ための感性がそれまでの人生で磨かれていたのではと拝察しますが、例えば田代さん、学生時代から5年間、書店でバイトをされていたんですよね。私も出版社時代に書店研修がありましたが、書店のお仕事は本がぎっしり詰まった段ボールを運んだりと、実はものすごく力仕事。本当に本が好きな人でないと続かないと思います。

「重労働なんですよね。確かに本はいっぱい読んでいて、エスコルタのデビュー前後や『マルグリット』の稽古中にまだ書店で働いていた時期もあったので、自分が表紙になった演劇雑誌をレジで売ったりしていました(笑)。

学生だと飲食のバイトをする人が多いかもしれませんが、引越した時に一度カフェでバイトしてみたら、食器を洗う洗剤が喉に支障があったり、冷蔵庫の冷気が首にあたるという弊害が出たので、喉を守るためにやめ、最終的に引越先でも書店にしたんです。当時は平日は書店で働いていましたが、土日はいくつかのホテルのチャペルで歌う、結婚式の聖歌隊の仕事もしていました」

絶望と希望を経験した小学5年生の出来事

『スリル・ミー』(2012年公演)撮影:田中亜紀

『スリル・ミー』(2012年公演)撮影:田中亜紀

――また、小学生の時に大病をされたのですよね。股関節の大腿骨頭を…。

「はい、大腿骨頭すべり症という病名でした。5年生から6年生にかけて、つま先から胸や脇のあたりまでの全身を石膏ギブスで固定していました。前半の半年間は自宅で完全寝たきり、後半の半年間はギブスが少し小さくなって松葉杖での生活を過ごしました。前半は学校に行けなかったけど、後半の数か月は階段を昇れないために、校舎の1階で『保健室通い』。そのうち同じく1階にある調理室にクラス全員が引っ越してきてくれることになり、そこで授業を受け、何とか進級できました。

それまでバイオリンとピアノとバスケットと空手をやっていたのが全部できなくなって、寝たきりになってしまったのでもちろんつまらなかったけど、めげたりはせず、すごくポジティブ思考でした。自宅でたくさん本を読みましたね。下手をすると(その生活を)満喫していたくらいです。担任の先生が、毎日交代でクラスの中の3人が学校帰りにうちに寄ることにしてくれて、毎日誰かがその日何があったとか、話しに来てくれるんです。今日は誰が来てくれるのかな、と楽しみでした。

はじめは大腿骨頭すべり症ではなく、大腿骨頭壊死症と診断されていたので、“股関節から左足を切断し、一生車いすか、義足にするしかない”と言われた時はさすがに絶望も感じましたが、子供だったことで当時は親のほうがショックで。いろいろな病院をまわりましたが、その中で唯一「切らなくても大丈夫、それは大腿骨頭すべり症だ」と言ってくれたところがあって、それを信じることにしたんです。

当時の経験は、今の僕の考え方の根底にあると思いますね。役者をやる上でも糧になっていると思います。今振り返ると本当に地獄で、一人で起き上がれないから水も飲めないし、家族の有難さももちろん痛感しました。幸運なことに、今は後遺症もありません」

――音楽一家のご出身ということで、ともすれば浮世離れし、苦労には縁遠い方のようなイメージを田代さんについて持つ方も多いかもしれませんが、決してそうではないのですね。

「ハンバーガーを食べてたら、“田代万里生もハンバーガー食べるのか!”とびっくりされたこと、ありますね(苦笑)」

“現場”を訪れ、実感できた
『エリザベート』フランツの心情

『エリザベート』写真提供:東宝演劇部

『エリザベート』(2015年)16年6月からの公演でもフランツを演じる予定。写真提供:東宝演劇部

――過去の出演作のお話に戻りますが、昨年は『エリザベート』で鮮烈なフランツ像を見せてくれました。1幕の終わりで妻であるエリザベートへの思いを、狂おしいまでに歌声で表し、絶品でしたね。

「『エリザベート』は2010年にフランツの息子、ルドルフ役を演じまして、その時は無我夢中だったので、フランツがどんな父親でどんなシーンで何を言って…というのを、そこまで徹底的には見ていませんでした。でも自分がフランツをやることになって台本を読んだときに、“そうか、ルドルフはエリザベートをこう見てたけどフランツはこう見ていたんだ”“こういう流れでこういう気持ちでルドルフは言っていたんだ”と、発見がいろいろあったんです。実在の人物なので、ヒントになる資料がたくさんあるんですよね。それをいっぱい読んだりして、結果ああいう表現になりました。

最近もプライベートでウィーン、バートイシュル、ブダペストに行って、宮殿はもちろん、フランツの別荘とか、戴冠式の場所などを観てきたんです。1幕の「扉をあけて」の舞台となった場所も見てきて、フランツの部屋からここを通ってこう曲がって、ここの扉でシシーに言ったんだな、その扉の厚さはこれくらいだったんだな…といったことが分りました」
『エリザベート』(2010年公演)写真提供:東宝演劇部

『エリザベート』(2010年公演)写真提供:東宝演劇部

――実物はかなりの距離があった、とか?

「それが、そんなことはなかったんです。思ってたより小さく、コンパクトな空間でして。非常に勉強になりましたね。距離感を体感できたので、また違った気持ちで今年の再演でフランツを演じられるなという気がしました」

――歌声という点では、『エニシング・ゴーズ』のビリー役も印象的でした。「It’s De-Lovely」「All Through The Night」のような軽やかで洒落た曲を朗らかに歌われていて、あの年代の音楽が非常にフィットしていましたね。

「1934年のコール・ポーターの作品ですね。この時期はオペレッタの時代とも重なっていて、『エニシング・ゴーズ』や『キス・ミー・ケイト』といったミュージカルが作られるいっぽう、オペレッタ『メリー・ウィドウ』で有名なレハールの『微笑みの国』などが5年前の1929年に初演されたりもしているんです。

そんなこともあって非常にテイストが似ている。『エニシング・ゴーズ』はオペレッタの人たちがそのままやってもできるし、ビッグ・バンドも今時の電子楽器・シンセサイザーとかでなく、生のオーケストラ編成のみで演奏されます。喜劇的な内容もまさにオペレッタで、ビリー役には自分のルーツをはめやすかったです」
『エニシング・ゴーズ』(2013年公演)写真提供:東宝演劇部

『エニシング・ゴーズ』(2013年公演)写真提供:東宝演劇部

――今後どんな田代さんが拝見できるのだろうというところで、まず、田代さん、ダンスのある演目はいかがでしょう? 『エニシング・ゴーズ』では軽々と踊っていらっしゃいましたが。

「『エニシング・ゴーズ』のビリーは、どちらかといういと“踊れる役”ではなくて、瀬奈じゅんさん演じるリノにひっぱられて、“僕、踊れないのに~”といいながら踊るという役でした(笑)。ダンスによって出演する作品の幅も広がるので、とても興味があります」

――チャレンジしたい作曲家は?

「あらゆる作曲家にチャレンジしてみたいです。昨年、(『エリザベート』で)フランツをやった後に『チェス』のアービターという役をやったのですが、(アバのビョルン・ウルヴァースとベニー・アンダーソン作曲の)楽曲が完全にロックで、生まれて初めてエレキギターと共に歌いました。

あの作品では、本来の声楽的ジャンルで言えば、僕はクラシカルな(主人公の一人でロシア人の)アナトリー向きかもしれません。年齢設定は僕より上ですが、昨年韓国で上演された時は若い俳優さんがアナトリーやフレディ役をやって、アービターはずっと年上の方が演じられたみたいですし、スウェーデン版のアービターは、市村さんのようなかなりのベテラン役者さんが演じていました。いろんな形があるんですね。アナトリーには“アンセム”というソロがあるのですが、それは僕のコンサートでも歌ったりしています。

先日のウィーン旅行の時に『チェス』のオープニングシーンでもあるブダペストにも行ったのですが、ブダ王宮の前にあるお土産屋さんでチェスのセットを見かけ、思わず記念に買ってしまいました。ブダペストカラーのグリーン色のチェスです」

目指すは“田代万里生”というジャンル

――表現者として、今後どんなヴィジョンをお持ちでしょうか?
『Chess The Musical』撮影:村尾昌美undefined写真提供:梅田芸術劇場

『Chess The Musical』撮影:村尾昌美 写真提供:梅田芸術劇場

「もちろん見極めて選択することは大事だけど、食わず嫌いにはならず、新しいことにどんどん挑戦していきたいです。僕のように生声でクラシックコンサートを行っているミュージカル俳優さんは決して多くはないですし、最近はクラシックコンサートの司会やナビゲーターのお仕事をいただくこともあります。

そういったクラシック普及活動も続けつつ、ミュージカルも最前線で頑張っていけたら。“(彼は)ミュージカルの人だよね”“クラシックの人だよね”ではなく、肩書のいらない“田代万里生”というジャンルを目指します。もちろんミュージカルが主軸ではありますが、クラシックの勉強はこれからもずっとしていきたいです」

――改めて、田代さんにとってミュージカルの魅力とは?

「オペラと比べると、スピード感が全然違います。この前ウィーンでオペラを見たら、間奏曲がやたら長く感じたのですが、昔は電気も無かったので、盆(回り舞台)を動かしたりセットを変えるのも全て人力。必然的に間奏曲が必要だったんですよね。

(電気の普及した今、)近代のミュージカルだとオーバーチュア(序曲)がある作品は少ないし、4分、5分の間奏曲のある作品もありません。ミュージカルは“今の時代”に一番マッチしたエンタテインメントではないでしょうか。そして一口にミュージカルといっても、作曲家や脚本家、そして演出家によって演劇的要素が大きかったり音楽主体であったり。かなり自由で、幅があるという点も魅力です」

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観客を物語に引き込む卓越したテクニックと豊かな感性・表現力を併せ持つ田代さん。ソンドハイム論においては客観的に、かつ熱く丁寧にその特徴を解説し、また“もちろんミュージカルが主軸”と語るその姿に改めて、この“逸材”がミュージカル界に現れたことの幸運を感じずにはいられません。

先輩方の演技、生き様から多くのことを学んでいるという彼が今後、どのように日本のミュージカルを牽引してゆくのか。大きな期待とともに、『スウィーニー・トッド』『エリザベート』…と続いてゆく彼の一歩一歩を見守って行きましょう!

公演情報*『スウィーニー・トッド』4月18日~5月8日=東京芸術劇場プレイハウス
*次頁に『スウィーニー・トッド』観劇レポートを掲載しました*

『スウィーニー・トッド』観劇レポート
圧倒的な声で客席へと迫りくる
“「人間」についての絶望と微かな希望”劇

『スウィーニー・トッド』撮影:渡部孝弘

『スウィーニー・トッド』撮影:渡部孝弘

キーンと耳をつんざく音とともに始まる舞台。配管やボイラーに囲まれた無機質な工場空間に一人、また一人と人が現れ、殺人鬼の物語を歌い始めます。声量豊かな俳優たちの歌唱はパーカッションを効かせたオーケストラとあいまって、迫力満点。生身の人間から繰り出される圧倒的な声の渦の中に主人公スウィーニー(市村正親さん)が現れ、観客はたちまち物語世界へと引き込まれます。
『スウィーニー・トッド』撮影:渡部孝弘

『スウィーニー・トッド』撮影:渡部孝弘

脱獄した彼を助けた船乗りアンソニー(田代万里生さん)との語らい(のナンバー)の中で明らかになる、スウィーニーの悲惨な過去。理髪師として妻子と幸せに暮らしていた彼は15年前、美しい妻に横恋慕した判事ターピン(安崎求さん)の陰謀で無実の罪を着せられ、島流しに。その心は憎悪で占められ、アンソニーの親切な申し出を頑なに拒絶、昔の住処へと向かいます。

その1階で“ロンドン一不味いパイ”を売るミセス・ラヴェット(大竹しのぶさん)から、妻がターピンに凌辱されて毒を仰いだと聞き、また昔の商売道具の剃刀セットを渡され、ターピンへの復讐を誓うスウィーニー。ここで市村さんが剃刀を掲げ、“ついに蘇った、俺の完璧な腕が!”と宣言する姿は、歌舞伎の見得さながら。1.5倍ほどにもシルエットが大きく見え、極まる瞬間です。
『スウィーニー・トッド』撮影:渡部孝弘

『スウィーニー・トッド』撮影:渡部孝弘

いっぽう、街角を歩くうち偶然ターピンの養女(実はスウィーニーの娘)ジョアンナ(唯月ふうかさん)の歌声を耳にしたアンソニーは、ターピンと部下ビードル(斉藤暁さん)から理不尽な警告を受け、憤慨。幽閉される彼女の救出を心に決めます。

演じる田代万里生さんは、気のいい青年が自由を束縛された少女に出会い、愛情と正義感に突き動かされてゆくさまを身軽に、鮮やかに体現。その揺るぎない美声は人間の善性を徹底的に疑った本作における僅かな光を担い、ジョアンナ役・唯月さんの、聴く者をはっとさせる可憐な歌声とともに、「キッス・ミー」「ジョアンナ」等の旋律を美しく際立たせます。唯月さんは物語が進むにつれ、男性に対する大胆さや精神の不安定さも覗かせ、単なる“お人形”ではない、興味深いキャラクターとしてジョアンナを表現。
『スウィーニー・トッド』撮影:渡部孝弘

『スウィーニー・トッド』撮影:渡部孝弘

“復讐”“救出”というシリアスなテーマに牽引されたドラマはこの後多分に、ブラックコメディの要素を帯びてゆきます。スウィーニーが理髪師としての名声を得るべく、広場で詐欺師ピレッリと対決する場面には“おまけ”的に“歯抜き合戦”が盛り込まれ、ピレッリの助手トバイアス(武田真治さん)の災難が笑いに包まれて描かれたり、スウィーニーがなりゆきで殺人を犯せばミセス・ラヴェットがとんでもないアイディアを思いつき、パイ店を大繁盛させたり。

“下品”に“おバカ”に人生の複雑さ、滑稽さを物語り、本来の目的である復讐まで遠回りをしてゆく過程では、市村さんはもちろん、倫理観をかなぐり捨てながら女としての輝きを増してゆくラヴェット役、大竹さんら、ベテラン・キャストの力量が圧倒的です。
『スウィーニー・トッド』撮影:渡部孝弘

『スウィーニー・トッド』撮影:渡部孝弘

あれこれと策を講じ、復讐へと近づいてゆくスウィーニーですが、思いがけない事態の連鎖によって、物語は衝撃的な結末へ。ある意味では“因果応報”でもあり、しかしまた新たな理不尽さを生むその結末は、ゾンビのようなメイクを施した俳優たち=死者の世界から蘇った者たちが再び集まり、歌うエピローグへと吸い込まれてゆきます。

この中で大竹さんが叫ぶフレーズが、“人はそれを繰り返す”。このドラマが描いているのは果たして“或る特異な事件の再現”なのか、あるいはテロが頻発する現代世界に向けて、普遍的な“人間の本性”を暴き出したものなのかと考えさせます。スウィーニーが象徴する人間の“闇”は、永劫に無くならないものなのか。絶望とわずかな希望をエンタテインメントとして呈示する本作、豊穣な時間を過ごしたい人々にふさわしい舞台です。

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