伊礼彼方undefined82年アルゼンチン生まれ横浜育ち。中学時代から音楽活動を展開し、06年舞台デビュー。以降『エリザベート』ルドルフ、『The Musical AIDA』ラダメス、『アンナ・カレーニナ』ヴロンスキー、『GOLD~カミーユとロダン』ポール・クローデル、『スリル・ミー』彼など、ミュージカルをはじめ、ストレートプレイも多く、幅広い役柄で舞台を中心に活躍中。(C)Marino Matsushima

伊礼彼方 82年アルゼンチン生まれ横浜育ち。中学時代から音楽活動を展開し、06年舞台デビュー。以降『エリザベート』ルドルフ、『The Musical AIDA』ラダメス、『アンナ・カレーニナ』ヴロンスキー、『GOLD~カミーユとロダン』ポール・クローデル、『スリル・ミー』彼など、ミュージカルをはじめ、ストレートプレイも多く、幅広い役柄で舞台を中心に活躍中。(C)Marino Matsushima

*最終頁に『グランドホテル』観劇レポートを掲載しました*

1920年代のベルリンのホテルを舞台に、様々な宿泊客の人生が交錯する二日間を描いたミュージカル『グランドホテル』。89年のブロードウェイ初演はトニー賞5部門を受賞、日本でも宝塚歌劇団により93年に初演されましたが、06年の男女キャスト版を経て今回、久々の上演が実現しました。昨年『タイタニック』を手掛けた英国の新進演出家トム・サザーランドが演出を担当、REDとGREEN、2班のキャストで臨みます。

そのうち、REDチームで「ハンサムだが借金に追われている男爵」フェリックスを演じるのが、伊礼彼方さん。人間臭い役柄に定評のある彼ですが、『タイタニック』で人間の本質をダイナミックかつ冷徹に描き出したサザーランドと組むことで、今回はどんな人物像を見せてくれるでしょうか。

様々なドラマが交錯する群像劇の中で
“人生初の、真実の恋”に落ちる貴族役を担当

『グランドホテル』

『グランドホテル』

――舞台は1928年、ベルリンの豪華ホテル。重病を患う元会計士、傾きかけた会社の社長、ハリウッドスターを夢見るタイピストなど、多種多様な人々がやってくる中で、伊礼さん演じるフェリックス男爵も優雅な外見とは裏腹に、多額の借金という「いわく」を抱えながら登場しますね。

「いわゆる“群像劇”なのですが、それがとても巧みにできている作品ですね。いろんなドラマが花開いたり、散ったりして、ラストに向かっていくんです。ふつう、作品の色って一つであることが多いのだけど、この作品はとてもカラフル。出演者も魅力的な方ばかりなので、みんなで一丸となって、いろいろな色を出していけるといいなと思っています」

――フェリックスはそれまで享楽的に生きてきたのか、ギャングに借金返済を脅されてもどこ吹く風…のように見えますが、引退間近のプリマ・バレリーナ、グルシンスカヤに出会うことで人生が劇的に変わり、作品も大きくうねってゆきます。彼にとっては人生初の“本気の恋”だったのでしょうか?

「そうでしょうね。(借金という)闇を抱えた人間が、やっと本当の恋を知る。その喜びを歌い上げる“Love Can’t Happen”というナンバーもすごく素敵なんですよ。それなのに、フェリックスには衝撃的な結末が待っている。その切なさがこの作品の魅力の一つではないかなと思いますね」

――それにしても、フェリックスは29歳前後、グルシンスカヤは49歳前後ということで、彼はなかなかのチャレンジャーにも見えますが、彼女のどこに惹かれたのでしょう?

「僕は年上好きなので(笑)、(20歳年上って)全然アリだと思います。だって今回僕が恋する(REDチームの)グルシンスカヤ役は草刈民代さんですよ!全然問題ないです、どころかすごく楽しみです。

年上の女性のどこに惹かれるかというのは、その人によって違うと思うけれど、容姿だけじゃなく内面だったり、その方が今まで生きてきた過程だったり。今回の台詞の中にもあるけれど、その女性の皺ひとつに魅力を感じたりもするわけですよ。多くの女性はほうれい線とかを気にされるけど、僕は(整形手術で)直したりしてほしくないですね。目尻の笑い皺とかも好きですし、僕はけっこう年上の女性の味方じゃないかな(笑)。皺の中にあるその人の人生や深さに魅力を感じるんです。そういう深さがありながら、なおかつ女性らしさも保っている方って素敵ですよ。そういう部分に男は魅せられてしまうものだし、フェリックスもきっとそうだったと思います」
『グランドホテル』フェリックス役

『グランドホテル』フェリックス役

――年上好みのフェリックスは、自分に自信があるのかも…。

「それはあるでしょうね。男にとって、年上の女性が自分に甘えてくれるということはステイタスになると思うんですよ。僕自身、年下の子に甘えられると“面倒見てあげなきゃ”というプレッシャーを感じてしまったりするけど、年上の女性に受け入れられると、男として一つ位が上がったかな~と思えます(笑)。今回のフェリックス役には相当、僕自身の感覚も生かせそうですね」

――グルシンスカヤとの出会いは、フェリックスの中にそれまで無かった、あるいは無いと思っていた感情を呼び覚まします。人生でこれほどの出会いをすることはそうそう、ないと思いますが…。

「僕にはありますね。中学生の頃、僕は自分がハーフだったことで、みんなと外見が違うとか、いろいろな悩みがあったんです。それが友達にバンドをやろう、それもブルーハーツの曲をやろうと言われて聴いてみたら、『青空』という曲があって、その内容が僕の抱えていた闇とリンクしていたんですよ。“皮膚や目の色で僕の何がわかるというんだろう”というような歌詞を聞いて、確かにそうだなと思ってこのバンドの曲にのめりこむうち、音楽に夢中になって、それが後年、舞台に繋がっていったんです。誰しも、いろいろな出会いを通して少しずつ人生が変わってゆくのかもしれないけれど、僕にとってはこの一曲がとても強力な“人生を変える出会い”。だからフェリックスにとってのグルシンスカヤとの出会いの大きさも、理解できる気がします」

――いろいろな意味で、伊礼さんご自身が投影されたフェリックスを拝見できそうですね。

「そうですね。ただ、フェリックスに関してはこの一つの出会いだけでなく、タイピストや会社社長、元会計士ら、その他の人々との出会いによってもころころと運命を転がされてゆくんです。そのうち一人でも出会わない人がいれば、あの結末には辿り着かない。いくつもの奇跡が積み重なってゆくドラマを、共演の皆さんにそれぞれの“色”をいただきながら演じていければ、お客様にもきっと面白く御覧いただける作品になるのではないかと思っています。稽古はまだ始まっていないんですが、演出家と早く話をしたくてうずうずしていますね」

*次頁では伊礼さんの「これまで」をうかがいます。劇場に舞台を観に行くという発想すらなかったという少年時代。そんな伊礼さんがひょんなことから出会ったミュージカルで、「解放」を感じた理由とは?

夢にも思わなかった“ミュージカル”との出会い

『Golden Songs』撮影:花井智子

『Golden Songs』撮影:花井智子

――ここからは伊礼さんの“これまで”を伺えればと思います。まず、“彼方さん”とは素敵なお名前ですが、どんなニュアンスでお付けになったのでしょうか?

「文字通り、“遥か彼方まで行ける自分”でありたい、という思いです。この顔で“太郎”とか“源次郎”というのも、違うでしょ(笑)。“遥”とか“壮”みたいな、中性的な名前がいいなと思って考えていた時に、この名前を思いついて、専門家の方に画数を見ていただいたら画数もいいということだったので。もっとも、今は“遥か彼方”のずっと手前で止まってしまっていますけど(笑)。なかなか、道は遠いですね」

――お母様はチリ人とのことですが、伊礼さん自身はアルゼンチン生まれなのですね。

「母が(日本人の)父と出会ったのがアルゼンチンだったんです。住んでいたのはブエノスアイレスの隣のラプラタという町で、5歳まででしたが、記憶はありますね。素敵な町でした。遠いのでなかなか里帰りはできないけれど、スペイン語は話せます」

――南米の血を感じることはありますか?

「それはもう。特に今回のように梅芸さん(梅田芸術劇場)主催のお仕事をする時には、(関係者に)関西の方が多いのですが、ラテンのノリと関西のノリってとても近くて、フレンドリーというか、誰とでも仲良くなれるイメージ。自分の中では関西を“第二の故郷”と呼んでいるぐらいです(笑)」

――芸能界を目指されたのは、先ほどお話くださった中学生の頃の音楽との出会いがきっかけですか?

「そうです。もともと、母が洋楽好きだったので家にはいつもアバだとか、サイモン&ガーファンクルのようなメロディアスな音楽が流れていて、最初ブルーハーツの音楽は耳障りでしかなかったけれど、『青空』に出会ったことで中2でギターを始めて、月に1回はライブにも出るようになりました。音楽を通じていろいろと経験していくうち、早く社会に出てもっと様々な体験を積みたい!と思って、学生生活もあえて選びませんでした」

――ご家族から反対はされなかったのですか?

「僕が頑固な性格なのを両親も知っていたから、自由にやらせてくれたんだと思います。それからたくさんの方々と出会い、いろいろなことを教えていただくうち僕も随分柔軟になりましたが、特に猛烈な反対もなく僕の希望を受け入れてくれた両親には感謝してます」

――舞台には前から興味があったのですか?

「全く無かったです(笑)。エンタテインメントは映画と音楽とバレエと、CMで流れる劇団四季と宝塚くらいしか知らなくて、劇場という場所で芝居を見るという発想すらなかったです。それが、路上ライブをやっていたら“オーディションを受けませんか?”と声をかけられ、『ミュージカル テニスの王子様』で舞台デビューしまして、こういう世界もあるんだ、ということが衝撃でした。ライブではコール&レスポンスがあるけど、芝居ってそういうものはないんだな、と」

ミュージカルでこそ肯定された
自身の歌唱スタイル

『エリザベート』写真提供:東宝演劇部

『エリザベート』写真提供:東宝演劇部

――音楽は“自身の表現”であるのに対して、舞台は“作品の表現”。それについての違和感はありませんでしたか?

「逆に、そこが面白かったです。それまでは音楽を通して自分を表現することが得意だし好きだと思っていたけど、実はそれがしんどかったということに、舞台と出会って気づいたんです。それまで音楽業界では“その歌い方だと聴く人に伝わらないから、もっとポップに歌いなさい”とか、自分の表現が否定されてばかりだったのが、ミュージカルの世界では、感情的に歌うことが受け入れられた。音楽をやっている時のスタイルが、こっちの世界では普通に肯定され、“こういう伝え方は、ありだったんだ”とわかり、なんて面白いんだろう、と思えました」

――逆に自由になれた、と?

「解放された感はありましたね。居場所をみつけたというか、もっともっとやってみたいと思って、ミュージカルをたくさん観に行き始めました。ミュージカル界にどういう俳優さんたちがいるのかも全く知らず、『エリザベート』では共演の(大先輩の)山口祐一郎さんにわりと最初から“やあ祐さん!”という感じで話しかけて、“ああしたいこうしたい”と意見を言ったり、質問攻めにもしていましたね。祐さんはそれに対して“いいよ、いいよ”と優しく受け入れて下さって…。とんでもない新人がきたと思われたでしょうね(汗)。とても懐の深い方でした」

*次頁ではその『エリザベート』初挑戦時の思い出、最近の出演作についてうかがいます。ルドルフ役デビューの一か月、緊張のあまり伊礼さんは…。

“浅い呼吸”で演じた
『エリザベート』ルドルフ役

――ルドルフを演じた『エリザベート』(08年)は、伊礼さんにとって初の大作ミュージカルだったのですね。

「当初は“帝国劇場”という劇場名すら知らず、“3日後にオーディションがあります、帝劇です”と言われて“どこですか?”“知らないの?”“帝国ホテルは知ってますけど”という会話をしてましたね(笑)。あまりにも、生きてる世界が違いました。(ミュージシャンとして)横浜アリーナや武道館が夢だったから、帝劇と聞いてもピンとこなかったです。でも稽古を重ね、いざ舞台が始まると半端なく緊張しまして、初日が名古屋公演だったのですが、その一か月の記憶は全くないですね(笑)。ルドルフという役は精神的にも追いつめられる役だし、出番は短くても2幕後半に凝縮されているので、幕が開いてからずっと緊張状態で。もう呼吸ができなくて、浅い呼吸で演じていたように思います」

――それがルドルフとトートのナンバー「闇が広がる」に生かされたのですね。

「お見事(笑)、まさにそうでした」

――近年の印象的な舞台として、晩年のジュディ・ガーランドのフィアンセを演じた『End of the Rainbow』(レポートはこちら)があります。ジュディを愛してはいるけれど野心家で彼女を利用している一面も否めない、一筋縄ではいかないお役でした。
『End Of The Rainbow』

『End Of The Rainbow』

「人間ぽいですよね。だから逆にやりやすかったです。僕にとっては優しいだけの人よりも、何か内面に抱えてる人のほうがやりやすい。心から相手を愛している男の笑顔ってなかなか出てこないけど、笑顔を向けながら“この人、殺してやろうか”と考えているようなキャラクターだと、笑顔のバリエーションが出てくるんです。腹に一もつを抱えてるほうがいろいろ思いつくタイプなので、あの役は試行錯誤しましたが、楽しかったです」

――人間臭いキャラクターにリアリティを持たせるのがお得意なのですね。

「得意というか、方向性としては好きですね。もちろん演出にもよりますが、芝居とはいえ、演じるその人物の人間臭いところを見せられれば、自然にリアリティもでると思うんです」

――同じく最近作で、飛行士を演じた音楽劇『星の王子さま』(レポートはこちら)もそういう部分がありましたね。美しいファンタジーの中で、妻との関係がうまくいっていない飛行士には生身の存在感がありました。
『星の王子さま』撮影:岸隆子

『星の王子さま』撮影:岸隆子

「どんな肩書きをもっていても結局一人の人間でしかないと考えると、“肩書きで演じてはいけない”ということを、僕は『エリザベート』の時にすごく思ったんです。これまでルドルフ役はいろんな人がいろんな風に演じているけど、自分としては“皇太子”を演じてしまったら、この人の抱えている闇は見つからない。彼にとっては生きてきた過程が非常にコンプレックスなんだろうなと思ったんですよ。もし皇太子に生まれなければいい人生を送れたかもしれないのに、幼少期から帝王学を無理やり学ばされたり、宮殿に住まわされたりと全てが窮屈に育ってきた。だからこそ外の呑み屋にばれないように行って、若者たちと悪さをしていたんだろう、それが唯一の息抜きで、その瞬間はきっとすごく人間臭かったんだろうと思ったとき、それを大事にしたいなと思ったんです。どんな役を演じていても、その役の人間臭さに行きつきたいなといつも思っています」

現在出演中の『ピアフ』では
シャルル・アズナブール役を好演

『ピアフ』写真提供:東宝演劇部

『ピアフ』写真提供:東宝演劇部

――そして現在は『ピアフ』にご出演中(レポートはこちら)。伊礼さん演じるシャルルとピアフの別れのシーンはしっとりとして、とても美しいですね。

「ありがとうございます。嬉しいです。(ピアフ役の大竹)しのぶさんは、とてつもない女優さんです。同じ人間とは思えない(笑)。見つめられると、嘘が付けません。もちろんいつも嘘のない芝居をと思っているし、これまでの共演者の方々も素晴らしいけど、しのぶさんは(演技を超越して)最初からそこに“生きている”んです。僕なんかは役を作って行って最終的にそこで生きることを目指すけれど、しのぶさんは最初からそこに生きてる。僕の経験値なりに、あの手この手を試してみたけど何も通用しないので、ヘタな小細工するより素直にただ会話しよう、ということに行きつきました。ただただ、本当に凄い方です」

――劇中、様々な男たちがピアフを愛しますが、その中でシャルルのピアフへの愛はどういうものなのでしょうか?

「難しいですね。あの別れのシーンでシャルルは、仕事を捨ててでも彼女をとろうとします。それは相当な決意だけど、わかる気がするんですよね。家庭で得られる喜びは、一回経験してしまうと、どの世界でも生きていける強さを持てたりするから、どっちをとるかということになれば仕事を捨ててもいいと思う彼の気持ちは理解できます」

――でも、一般的に“家庭”といえば子供を育てるということが励みにも楽しみにもなるけれど、このケースではただただ年上のピアフの傍にいようという選択。純粋に“献身”ですよね。

「そうなんですよね、すごい献身。でもその内面には腹黒いものがあるでしょうね。というのは、ピアフとマネジャーのルイが激しく言い合って、その間に僕が立っているシーンの稽古で、一度あたふたした芝居をしてみたことがあるんです。でもその時、演出の栗山(民也)さんが“何もしなくていい”と、ただ冷静に見守るようにおっしゃった。自分の恋人が殴られそうな勢いで口論しているのに、冷静に見守るなんて尋常じゃない。やっぱりシャルルってそういう人間なんだ、だからこそ今の(スターという)地位があるのかな・・・と想像してしまいました」

――そういうキャラクターだったのですか!

「僕の勝手な憶測ですが。もちろん、ピアフを愛していて、彼女と離れたくないというのは嘘じゃないと思いますよ。ただ、自分が意見をしたところでピアフはそれを受け入れないとわかってるし、それが彼女にとっての幸せでもないとわかってるんでしょう。でも、そういう部分は御覧になる方には見えなくていいと思うんです。僕らはそういうことを心に持ちながら演じているだけですから。お客様はそれをどのように受け取っても正解だと思います」

*次頁では夏に出演予定の『王家の紋章』について、また今後のヴィジョンをうかがいました。

リーヴァイのメロディが楽しみな『王家の紋章』

6月8~26日には新国立劇場『あわれ彼女は娼婦』にも出演予定の伊礼さん。(C)Marino Matsushima

6月8~26日には新国立劇場『あわれ彼女は娼婦』にも出演予定の伊礼さん。(C)Marino Matsushima

――夏には少女漫画の名作『王家の紋章』のミュージカル化で、ヒロインの兄を演じられますね。

「現代から古代エジプトにタイムスリップする女性の壮大な物語で、最新刊が60巻でまだ連載が続いているんです。ヒロインは古代エジプトで二人の王に愛されるのだけど、編集者の方が送ってくださった最新刊を読んだら、まだその争奪戦が続いてました(笑)。音楽は『エリザベート』のシルヴェスター・リーヴァイさんの書き下ろしなんですが、僕、リーヴァイさんの音楽、大好きなんですよ。例えが変ですが、演歌っぽいというか歌謡曲ぽいというか(笑)、日本人が好きな泣きのメロディがいっぱいある。どういう曲があがってくるのかとても楽しみですし、ミュージカル初共演の浦井くん(浦井健治さん)と一緒にできるのも楽しみですね。劇中は別世界にいる設定なので、残念ながら絡むシーンはないかもしれないんですけど。

それに今回、『エリザベート』の再演以来6年ぶりの帝劇なんです。この世界に入って10年、改めて自分のミュージカルの原点ともいえる場所に再び立てる縁も感じていますね」
『王家の紋章』8月5~27日=帝国劇場

『王家の紋章』8月5~27日=帝国劇場


「演目ごとに“全く違う人物”を演じたい」

――今後、どんな表現者でありたいと思っていらっしゃいますか?

「難しい質問ですね。漠然とした言い方になりますが、常に嘘のない表現者になりたいなと思います。あと心掛けてるのは、今が『ピアフ』で次が『グランドホテル』に出演するとして、“全然違う人”に見えたいですね。“また今回も伊礼君ぽいよね”と言われるより、“あれ、伊礼君だったの?”と言われたい。昔、劇団新感線の『オセロ』でインテリ・ヤクザの役をやって、その数年後に“あれ伊礼君だったの、全然わからなかった”と言っていただけたのが、僕にとってはすごい褒め言葉で、そうなりたいとずっと思ってるんです。なれているかどうかわからないけど」

――いわゆる“カメレオン役者”ということですね。

「映像と違って加工やCGは通用しないし、太ったり痩せたりといった準備期間も舞台では限られているので、外見だけではなかなかその役になりきれない部分もあるんですが、内面的ではいつもそう思いながら取り組んでいます。ジャンルにも拘りはもっていないので、ストレートプレイとミュージカルを両方やっていけるのが理想ですね。ミュージカルでは得られない刺激がストレートの芝居にはあるし、ミュージカルには芝居にはない、音楽という手段で表現するという魅力がありますから」

――音楽の才能を生かして、ミュージカルを作曲しようと思ったりは?
2009年The Musical『AIDA』撮影:村尾昌美

2009年The Musical『AIDA』撮影:村尾昌美

「そんな才能はないですよ。それより、何か面白い題材があるとプロデュース(企画)したくなります。この作品、こういう人に演出してもらって、この人とあの人でバトルさせたら面白いだろうなとか、いつも思っていますね。興行的なことを考えないといけないから実際は難しいだろうけれど、好きにできたらすごく面白いことができるかもしれない。でも、役者としてそこに自分が出たいとは思わないんです。裏方としていろいろなことが気になってしまって、表方との共存が難しい。例えば宴会場でトークショーをやっていても、向こうのほうでお客様のコップが倒れたりして、意外とウェイターが気付いてないから僕が知らせたり(笑)」

――意外と(?)こまやかでいらっしゃるのですね。

「どうなんでしょう。両極端な部分はあるかもしれませんね。座右の銘が“春風秋霜”なので、自分に厳しく人には優しく!をモットーにはしています。性格は基本、がさつですけどね(笑)。楽屋もいつも散らかってます(笑)」

*****
その直後、スタッフから「お財布、落ちてますよ」と指摘され、あまりのタイムリーさに「僕、こういう人間なんですよ」と苦笑していた伊礼さん。ラテンの気さくさとこまやかさに加え、物事の本質へと恐れず踏み込んでゆくその探求心が、彼に一面的ではない、襞のある人間描写を可能にしてきたのでしょう。そんな彼の内面が、最大限に生かされそうな今回の『グランドホテル』フェリックス役。草刈民代さん演じる年上女性とのロマンスを中心に、見どころ満載の舞台となりそうです!

*公演情報*『グランドホテル』4月9~24日=赤坂ACTシアター、4月27~28日=愛知県芸術劇場大ホール、5月5~8日=梅田芸術劇場メインホール

*次頁で『グランド・ホテル』観劇レポートを掲載しました*


『グランド・ホテル』観劇レポート
二つのエピローグがグランド・スケールで象徴する
人生の光と影

*いわゆる“ネタバレ”を含みます。未見の方はご注意ください。*
『グランドホテル』撮影:GEKKO

『グランドホテル』撮影:GEKKO

舞台中央に置かれた椅子に一人の女(“死”を象徴するダンサー)が歩み寄り、足を組んで座るとおもむろに呼び鈴を鳴らす。背後に待機していた人々がその音に反応して定位置に付き、狂言回し役・医師オッテンシュラッグのリードで大曲「The Grand Parade」を歌い始める…。
『グランドホテル』撮影:GEKKO

『グランドホテル』撮影:GEKKO

こうして幕を開ける今回のトム・サザーランド版『グランド・ホテル』は、「GREEN」「RED」の2組のキャストチームを有し、オリジナル版(89年ブロードウェイ初演)には無いエピローグを加えているのが最大の特色。1928年のある日、ベルリンのホテルを訪れた人々と従業員たちの物語は、「GREEN」「RED」それぞれ異なる結末に向かって展開します。そのため、主筋も楽曲も同一でありながら、例えば死期の迫る会計士オットー役は、「GREEN」チームの中川晃教さんが人生の意味探しに重きを置いて見えるのに対し、「RED」チームの成河さんは運命に対してシニカルな空気を漂わせていたりと、造形が若干異なるのも妙味。演出家のサザーランドは稽古の過程で、自身の演出意図にキャスト自身の持ち味を掛け合わせ、各人物像を作り上げていったのでしょう。何とも刺激的な稽古場であっただろうことが想像されます。
『グランドホテル』撮影:GEKKO

『グランドホテル』撮影:GEKKO

人生に絶望する者、希望に溢れる者。生きたいと願う者、生きる気力を失った者。いくつもの対照が交錯する中で、首飾りを盗もうと引退間近のバレリーナの部屋に忍び込む男爵の行動が彼女のみならず、宿泊客たちやホテル・スタッフの人生に大小の影響を与え、彼自身も享楽的な生き方から脱しようとします。しかし思いがけない出来事の連鎖によって、物語はくだんのエピローグへ。
『グランドホテル』撮影:GEKKO

『グランドホテル』撮影:GEKKO

「RED」版のそれは、悲喜こもごもの出来事のあとにキャストたちが舞台から通路へと降り、祝祭的なムードの中で去るという“人生肯定”型エンディング。いっぽう「GREEN」版では富裕層である宿泊客たちがやおら衣服や持ち物をはぎ取られ、ヒトラーの演説音声が流れてナチスの台頭が表現されます。そんな中でホテル従業員のエリックが生まれたばかりのわが子を抱え、“次世代”という一筋の光明を見せながら去ってゆく。つまり物語世界(1928年)以降のドイツの世相を凝縮した光景となっています。ミュージカル芸術の本質である“人生讃歌”と、人類最大“悪”の一つナチスに踊らされる人々、そしてかすかな希望。後者にはいささか情報が詰め込まれている感もありますが、この2つのエピローグを体験することで観客はサザーランドのミュージカル観、『グランド・ホテル』観をじっくり体感。世界でもなかなか観ることのできない、きわめて意欲的な公演であると言えるでしょう。
『グランドホテル』撮影:GEKKO

『グランドホテル』撮影:GEKKO

出演者はそれぞれに持ち味を発揮していますが、とりわけ、人々とのかかわりの中で生きる力を得てゆく会計士を丁寧に演じ、幕切れ近くのフレムシェンとの会話でほろりとさせる中川晃教さん、今回が初ミュージカルながら貴族の風情と物語をリードしてゆく力強さを兼ね備えた男爵役・宮原浩暢さん、“世慣れた”感を醸し出しながらもバレリーナに出会ってからはまっすぐに愛情を注ぐ男爵役・伊礼彼方さん、全身に野心を漲らせつつ時に心が揺れ動き、弱さを覗かせるフレムシェン役・昆夏美さん、“庶民”の代表として人生の素朴な喜びを体現し、観客から最も共感されやすいであろうエリックを誠実に演じる藤岡正明さん、そして作者の視点を冷徹に体現する医師役・光枝明彦さんが印象的です。
『グランドホテル』撮影:GEKKO

『グランドホテル』撮影:GEKKO

本作はもともとロバート・ライト、ジョージ・フォレストが1958年に書き、ブロードウェイでは上演されなかったミュージカル『At The Grand』を30年後に書き直し、モーリー・イェストンによる6曲の新曲を追加したもの。冒頭の大曲「The Grand Parade」はそのイェストンによる作曲で、懐古的な中に憂いの漂う旋律が魅力的です。このナンバー後半で“死”を表すスペシャル・ダンサー役・湖月わたるさんが回り舞台に乗りながら、劇中の某人物を指さす。その意味の恐ろしさとは裏腹に美しい構図もまた、忘れがたい光景です。




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