1月23日(土)より、とんでもない衝撃作『サウルの息子』が公開されます。

本作は第68回カンヌ国際映画祭グランプリ受賞、第73回ゴールデン・グローブ賞外国語映画賞受賞、第88回アカデミー賞外国語映画賞にノミネートと、批評家から大きな注目を集めています。なぜ無名の新人監督の作品がここまでの絶賛を浴びたのか? その魅力を紹介します。



強制収容所という地獄で奔走する物語

『サウルの息子』というタイトルだけ聞くと「歴史上の人物の伝記ものかな?」と思うかもしれませんが、じつは本作はフィクションで、それもどこにでもいるユダヤ人を主人公にした映画です。ハリウッド映画のようなスケール感も、目を見張るようなアクションも、それどころか音楽もほぼありません。

それなのに、この映画はすさまじいインパクトを与えてくれるでしょう。なぜなら、アウシュビッツ強制収容所の地獄を擬似的に体験できるからです。

アウシュビッツ強制収容所は、第二次世界大戦中に大量のユダヤ人が収容され、無慈悲な虐殺が行われた場所です。主人公のサウルはその中で息子と思しき少年を見つけますが、すぐに軍医に殺されてしまいます。そこで彼は死体を解剖室から持ち出し、ユダヤの教義にのっとり、息子を手厚く埋葬しようと収容所内を奔走します。
強制収容所にいる主人公

強制収容所にいる主人公

なぜサウルが危険を冒してまで息子を埋葬しようとするのかといえば、収容所が人間の尊厳が根絶やしにされた世界であったこと、ユダヤ教では火葬が禁忌であるからです(救世主メシアが死体を復活させるため、死体をそのままの状態にするように教えられている)。

さらに、正式に埋葬するためには“ラビ”と呼ばれるユダヤ教の聖職者を探し出し、追悼の祈りを捧げてもらわなくてはいけません。

この映画では、生き地獄のような収容所の中で、ナチスの親衛隊の目をかいくぐり、息子を埋葬するという無理難題を主人公に与えているというわけです。


ゲーム『バイオハザード4』のようなカメラワーク

『サウルの息子』で特筆しておかなければならないのは、特殊なカメラワーク。簡単に言えばカメラが主人公の後ろについて回るというものなのです。

これは通常の映画のようなカット割りでも、『クローバーフィールド/HAKAISHA』『パラノーマル・アクティビティ』のようなPOV(一人称視点)でもありません。

もっとも近いカメラワークの作品を挙げるのであれば、テレビゲームの『バイオハザード4』でしょうか。

ゲーム『バイオハザード4』では主人公の後ろにカメラが回り込むことで、主人公とともに冒険し、同じ恐怖を体験出来るという魅力がありました。本作でもそれは同様で、主人公が見ているものと観客の目線はほぼシンクロしているわけです。

監督は本作の撮影に際して“サウルの視点に止まり、彼の視力、聴力、存在を超えたフィールドに入らない”、“カメラは彼の相棒となり、この地獄を通してずっと彼のそばにいる”というルールを決めていたようです。

その目論見は成功でしょう。死体が山積し、いつ殺されてもおかしくない、この世の地獄の光景が目の前に飛び込んでくるのですから。


次ページではもうひとつカメラワークが似ている作品を紹介します。

もうひとつ、『サウルの息子』とカメラワークが似ている作品をあげるのであれば、『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』です。

『バードマン』はずっと長回しの撮影のように見せることで、実在する劇場の中を浮遊しているかのような、不思議な感覚がりました。

『サウルの息子』は『バードマン』のようにすべてをワンカットで見せているわけではないのですが、時折、信じられないほどに長い“カットなし”のシーンが続きます。これも“観客がいままさに収容所にいる”という没入感を高めてくれるでしょう。

また、カメラはずっと後ろに張りつくわけではなく、ときどき主人公の複雑な表情を捉えたり、山積したおぞましい数の死体を“ぼかして(ピントを外して)”写したりもします。主人公の表情と、おぞましい光景がぼかされていることには“もう見たくない”という心情が表れているかのようでした。

このカメラワークは革命的なものなのではないでしょうか。これだけでも、本作を劇場で観る価値があると断言できます。


過酷な仕事を強制された囚人“ゾンダーコマンド”とは?

もうひとつ、本作を観る前に知ってほしいのは主人公が“ゾンダーコマンド”と呼ばれる種類の囚人であったことです。

ゾンダーコマンドとは、新たに収容所に送られてきた囚人を安心させてからガス室に連れて行き、その後にガス室の掃除や死体の運搬を迅速に行うという仕事を担った者たちのことです。

この時点で過酷ですが、さらに大量虐殺の証拠が残らないよう、彼らはナチスの親衛隊によって3、4ヶ月ごとに殺されていたりするのです。

過酷な仕事に従事する主人公

過酷な仕事に従事する主人公

なお、ゾンダーコマンドの記録には、収容所の“死の工場”の正確さが記されていたそうです。過酷な作業のリズム、シフト制などが明確に記録され、さらに死体は“部品”という生産品のような呼ばれ方をされていたそうです。

この映画では、そんな人間の尊厳なんて何もない場所でのゾンダーコマンドの生活を、ヒーローもののようなカタルシスなどを一切排除し、ただただ丹念に追っていきます。主人公の“息子をただ埋葬したい”という想いを描きながら……。

本作は、“地上の地獄”を体験出来る極上の作品です。とても気の滅入る内容ではありますが、それこそがこの映画の魅力であり、意義なのでしょう。

また、どんなことよりも息子(を埋葬すること)を優先する主人公に感情移入できる日本人は、きっと多いはずです。平凡な“父”の信念の物語としても、オススメします。

『サウルの息子』公式サイト

(C)2015 Laokoon Filmgroup

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