新年あけましておめでとうございます。今年も見逃せない注目作を厳選、ご紹介して行きますが、その前に昨年に引き続き、筆者が選ぶ「ミュージカル・アワード」の発表です!2015年はどんな舞台が、私たちを楽しませてくれたでしょうか。このリストを参考に昨年を回顧し、感動を新たにしていただけましたら幸いです。

*松島まり乃が選ぶ! 2015年ミュージカル・アワード*
作品賞=『デス・ノート』『アラジン』、演出家賞=栗山民也(『デス・ノート』)、スタッフ賞=ジェフリー・ページ(『メンフィス』振付)、林アキラ(『夢のつづき』作曲)、松田尚子&木下菜津子(『スコット&ゼルダ』振付)、主演男優賞=市村正親(『スクルージ』)、北村有起哉(『十一ぴきのネコ』)、主演女優賞=涼風真世(『貴婦人の訪問』)、山崎佳美(『夢のつづき』)、助演男優賞=鈴木壮麻(『End Of The Rainbow』、『タイタニック』)、田代万里生(『CHESS』、『エリザベート』)、伊藤俊彦(『WORKING』)、TAKE(『RENT』)、助演女優賞=香寿たつき(『エリザベート』『ラ・カージュ・オ・フォール』『スクルージ』)、アンサンブル賞=『アラジン』、新星賞=瀧山久志(『アラジン』)、来日公演賞=『TOP HAT

*1月開幕の注目!ミュージカル*
『漂流劇 ひょっこりひょうたん島』1月9日~(松本)、1月15日~(大阪)、1月23日~(福岡)、2月3日~(東京)開幕←観劇レポートUP!
『音楽劇 星の王子さま』1月16~17日=兵庫県立芸術文化センター阪急 中ホール←観劇レポートUP!
『THE STOMACH』1月20日開幕←観劇レポートUP!

*2月開幕の注目!ミュージカル
『ピアフ』2月7日開幕←観劇レポートUP!
『Marry Me A Little』2月5日開幕←稽古場レポート、演出家インタビュー、菅家レポートUP!
『ウェストサイド物語』2月14日開幕←稽古場レポート、演出家&出演者会見レポート、観劇レポートUP!

*AllAboutミュージカルで特集した、もしくは特集予定のミュージカル
『花より男子The Musical』1月5日開幕 出演・松下優也さんインタビューを掲載
『泣いた赤鬼』1月8日開幕 子連れで(も)観たいミュージカルにて稽古場レポートを掲載!
『The Love Bugs』1月9日開幕 Star Talkにて出演・城田優さんインタビューを掲載!

【PICK OF THE MONTH JANUARY 1月の注目作】
見上げたボーイズ『THE STOMACH』

1月20~24日=博品館劇場
「見上げたボーイズ」集合!(C)Marino Matsushima

「見上げたボーイズ」集合!(C)Marino Matsushima

【見どころ】

川本昭彦さん、幸村吉也さん、平野亙さん、福永吉洋さん、縄田晋さんの5名が「大真面目に、ばかばかしいことをやろう!」と05年に旗揚げし、今年10周年を迎えた「見上げたボーイズ」。40代となった今もすがすがしい「全力ぶり」で独自のユーモアを追求している彼らですが、今回のテーマはなんと「胃の中での病魔との闘い」。 末期癌に侵された妻を助けるため、最先端医療の力でナノ・レベルにまで小さくなり、妻の胃の中に入った男の奮闘が描かれます。奇想天外にしてとてもわかりやすいストーリーは、大掛かりな装置に頼らず、あくまで舞台経験豊かな彼らの身体を駆使して表現。SING_O_WORLDさんによる表情豊かな音楽に乗って「大真面目に」演じられる捧腹絶倒ファンタジー、今年の「初笑い」にぴったりの舞台となりそうです。
『The Stomach』

『The Stomach』

【稽古場レポート】

この日はまだ稽古序盤。しかし作・演出も兼ねる川本さんの脳内には既に様々な演出プランがあり、メンバーに次々に「こうやって、こんなふうにやってみて」と提案。メンバーたちが最小限の言葉からその意図を汲み、たちどころにシーンの枠組みを作り上げてゆく姿に、年月が醸成したグループの「阿吽の呼吸」ぶりがうかがえます。

続いてメンバーの皆さんにミニ・インタビュー。かつてTSミュージカル・ファウンデーションの出演舞台で知り合い、「日本のミュージカルを変えよう!」と自分たちのオリジナル・ミュージカル一座を立ち上げた彼らですが、作家性を追求していた当初より、最近は「より普遍的な作品」に照準を当ててきている、と川本さん。「特に震災以降は川本の発信するものが変わってきて、僕らもそういう作品で充実感を覚えます。『見上げたボーイズ』らしいバカバカしさは持ちつつ、時代に合ったものをやっていけたらいいですね」(縄田さん)「僕らにしかできなくてお客さんに喜んでもらえることを、体の続く限りやっていきたいです」(福永さん)。
作・演出も兼ねる川本さんは怪しい(?)名医役。(C)Marino Matsushima

作・演出も兼ねる川本さん(上)は怪しい(?)名医役。(C)Marino Matsushima

本作の「胃の中の物語」というアイディアは昨年、打ち合わせ中に平野さんから出たものだとか。「お笑いでよく、洗濯機がぶつぶつしゃべるようなのがあるじゃないですか。単純な思い付きを言ってみたら、意外と川本が食いついてきて(笑)、大笑いするうちここまで膨らんできました」(平野さん)。「内容としては、小学生が寝る前に布団の中で想像するような話だけど、それをキャリアを積んできた僕らが真剣にやるとどうなるか、御覧いただきたいです」(幸村さん)。

「SINGOさんの音楽、いいですよ~」と言いながら楽譜と格闘中の幸村さん、縄田さん。(C)Marino Matsushima

「SINGOさんの音楽、いいですよ~」と言いながら楽譜と格闘中の幸村さん、縄田さん。(C)Marino Matsushima

そのあとの楽曲リハーサルでは、作曲・音楽監督のSINGOさんからの「ここはミュージカル風にファルセットでお願いします。『レ・ミゼラブル』の病床シーンのような感じで」とのリクエストに、幸村さんが「(『レ・ミゼラブル』)観たことないけど…」と、ぼそり。こちらが目を丸くしていると「僕、ミュージカル観ないんですよ、ミュージカルに出ているくせに(笑)」との衝撃発言が飛び出しました。ベテランというだけでなく、かなり個性的(?)な彼らの舞台、きっと予想を遥かに超えた仕上がりとなることでしょう!

【観劇ミニ・レポート】
『THE STOMACH』

『THE STOMACH』

主人公ジョージ(幸村吉也さん)が胃癌患者の妻を唯一救えるスーパードクター・YDK(川本昭彦さん)のもとを訪ねるくだりから物語はスタート。自信たっぷりのYDKは、ジョージ自身が最小化し、胃の中に入ってがん細胞を退治するという治療法を提案、「見込みのあるオペしか俺はやらない」という彼を信じ、ジョージは妻の体内に入ることを決意するが…。(ここまでの、床に寝そべって演じる姿をカメラで後方のモニターに映し出す演出は川本さんが近頃積極的に使う手法で、直後に演出を手掛けた『宛名の無い手紙』でも登場)。

治療の困難さを誰もが知る疾病の克服がテーマであるだけに、奇想天外な発想にもかかわらず一瞬抱きがちな「もしかして重い話?」「大・感動作…?」という予感は、以降のシーンで即座に打ち消されます。全身総タイツ有り、着ぐるみ(?)有りで展開する舞台は、間違いなくコメディ。
『THE STOMACH』

『THE STOMACH』

期待通りの結末へと進んでゆく物語自体はインタビューで幸村さんが語っていた通り、子供が空想するような無邪気なものですが、それがSING_O_WORLDさんによる、“壮大さ”から“泣き”、“躍動感”まで見事にふり幅の広い楽曲に彩られ、40代の俳優たちが心から楽しそうに“全力で”見せるのが「見上げたボーイズ」らしさ。男くさいロックを5人のメンバーが熱く歌うテーマ曲は、ありえない(?)カッコよさです。千秋楽で川本さんは「エジンバラ(演劇祭)にこの作品を持っていきたい!」と野望(予定?)をちらり。なるほど海外進出を睨んでこその「ジョージ」(譲治ではなく)だったか!と、思いがけない発見が出来たカーテンコールでした。

*次頁で『ひょっこりひょうたん島』以降の作品をご紹介します!

『漂流劇 ひょっこりひょうたん島

1月9日~10日=まつもと市民芸術館、1月15~17日=シアターBRAVA!、1月23~24日=キャナルシティ劇場、2月3~11日=Bunkamuraシアターコクーン
『漂流劇undefinedひょっこりひょうたん島』撮影:細野晋司

『漂流劇 ひょっこりひょうたん島』撮影:細野晋司

【見どころ】

1964~69年までNHKで放映された、山元護久さん、井上ひさしさん作の人形劇『ひょっこりひょうたん島』。遠足で訪れたひょうたん島が漂流を始めてしまい、サンデー先生と子供たちがあちこちで繰り広げる冒険物語は、かわいらしくユーモラスなビジュアルとは裏腹のシュールでドライな世界観が、多くの人々を魅了しました。
『漂流劇undefinedひょっこりひょうたん島』撮影:細野晋司

『漂流劇 ひょっこりひょうたん島』撮影:細野晋司

この物語が初回放映から半世紀を経て、「漂流劇」として舞台化。串田和美さんの演出で、原作のエッセンスを汲んだ場面をワークショップで少しずつ創造し、紡ぐ形をとっています。井上芳雄さん、安蘭けいさんを筆頭に白石加代子さん、小松政夫さんら多方面から集結したキャストと、宇野誠一郎さん、宮川彬良さんによる無国籍風で躍動感あふれる音楽の化学変化も見逃せない、原作への詩的オマージュ。昨年末に東京で開幕し、松本、大阪、福岡公演を経て2月に再び東京へ帰ってきます。
『漂流劇undefinedひょっこりひょうたん島』撮影:細野晋司

『漂流劇 ひょっこりひょうたん島』撮影:細野晋司


【観劇ミニ・レポート】

「トイレに入れ歯のお忘れ物がありました」等、人を食ったような場内アナウンスに続いて始まる舞台。光をあてると薄く向こう側が透けてみえる板に囲まれたステージには、荷物を持った人々がとりとめのない台詞をしゃべりながら登場、マシンガン・ダンディが井上芳雄さん、サンディ先生が安蘭けいさん等おおまかな役割はあるものの、舞台は原作のエピソードをなぞるというより、カラフルな出演者たちが奇妙な椅子取りゲームを始めたりそれぞれ体を開放して歌い踊ったりと、抽象的に展開して行きます。
『漂流劇undefinedひょっこりひょうたん島』撮影:細野晋司

『漂流劇 ひょっこりひょうたん島』撮影:細野晋司

遊び心たっぷりに客いじりをしながらナンセンスソング(?)を歌う井上さん、人形を思わせる奇妙なお尻突き出しポーズが美しい安蘭さんらが次々繰り出す不思議世界で、狐につままれたような心地を味わっているうち、いつの間にか舞台は終盤へ。全員がある行動をとり始め、延々と繰り返してゆくそのさまは人生の象徴のようでもあり、彼らの愚かしくも無心な姿が次第に愛おしく見えてきます。『ひょっこりひょうたん島』という作品世界から生まれた、哲学的思索。21世紀の演劇人たちによる、原作への素敵なオマージュとなっています。

『音楽劇 星の王子さま』

1月16~17日=兵庫県立芸術文化センター阪急 中ホール
『音楽劇undefined星の王子さま』写真提供:水戸芸術館

『音楽劇 星の王子さま』写真提供:水戸芸術館

【見どころ】
1943年に刊行以来、世界的に愛され続けるサン=テグジュペリの『星の王子さま』。平易な文章で書かれながら、その内容は人生についての示唆に満ち、子供のみならず大人たちの間でも広く読まれています。映画版、アニメ版も数多く作られ、日本でも音楽座のミュージカル版等たびたび舞台化されていますが、今回は青木豪さんの脚本・演出、笠松泰洋さんの作曲・音楽監督による音楽劇版が誕生。昆夏美さんの王子様、伊礼彼方さんの飛行士、廣川三憲さんの飛行士の親友役にピアノとコントラバスというシンプルな編成で、作品のメッセージが豊かに描き出されそうです。
『音楽劇undefined星の王子さま』写真提供:水戸芸術館

『音楽劇 星の王子さま』写真提供:水戸芸術館

【観劇ミニ・レポート】

不揃いの台を集めたミニマリスティックな舞台に作者(サン=テグジュペリ)の友人(廣川三憲さん)が現れ、自分にあてて書かれた本を紹介する形で、物語は始まります。砂漠に墜落し、飛行機を修理中の飛行士(伊礼彼方さん)の前に唐突に現れた少年(昆夏美さん)は、「羊の絵を描いて」と言い出し、彼が渋々描く絵にいろいろと注文をつける。砂漠の迷子なら「喉が渇いた」とでもいうところを、この少年はなぜ羊の絵を求めるのか? ありえない展開に戸惑いながらも、徐々に物語の世界に引き込まれる飛行士。少年は実は別の星からやってきた王子様だと言い、これまで訪れた星での様々な人々(生き物)との出会いを語り始めます。それらははじめ他愛無い物語に聞こえますが、やがてそこには人生についての深い洞察が潜んでいること、そして王子がかけがえのない存在であることに飛行士は気付く…。
『音楽劇undefined星の王子さま』写真提供:水戸芸術館

『音楽劇 星の王子さま』写真提供:水戸芸術館

振付家と作曲家(兵庫公演では作曲家)のワークショップを経た子供から20代までの市民から成るアンサンブルがいくつかの場面で歌い踊ったり、二人編成のバンドとは思えない厚みのある音でロックンロール風のナンバーが展開したりと様々な趣向が凝らされながらも、舞台は昆さん、伊礼さん、廣川さんの安定感ある演技を主軸に、終始力強く進行します。とりわけ、現代音楽風の予想のつかないメロディものびやかに歌いこなし、無心に、まっすぐに思いを言葉にする昆さんの王子様が出色。伊礼さん演じる、身勝手な面もある人間臭い飛行士役、廣川さんによる、友人のみならず様々な役の柔軟な演じ分けも魅力的です。
『音楽劇undefined星の王子さま』写真提供:水戸芸術館

『音楽劇 星の王子さま』写真提供:水戸芸術館

原作については政治的な物語である等、様々な解釈があるようですが、青木さんによる今回の『星の王子さま』では、人と人とが結ぶ絆――その素晴らしさと責任、そして不可避の悲しみ――に焦点が当てられ、わかりやすく描かれます。ささやかだけれどこの上なく美しい演出の幕切れに、観る者は心温まるものを感じずにはいられないでしょう。

*次頁で『ピアフ』以降の作品をご紹介します!


ピアフ

2月7日~3月13日=シアタークリエ、3月19~21日=森ノ宮ピロティホール、3月23日=JMSアステールプラザ大ホール、3月26~27日=中日劇場
『ピアフ』

『ピアフ』

【見どころ】

フランスを代表するシャンソン歌手、エディット・ピアフ。社会の底辺で生まれ育ち、歌手として成功するも悲劇に見舞われ続けた彼女の波乱の人生を、パム・ジェムスが戯曲化。78年にロイヤル・シェイクスピア・カンパニーで初演以来、世界各国で人気の本作が11、13年に続き、待望の日本公演を行います。

『バラ色の人生』『愛の讃歌』をはじめとするピアフの代表曲を多数織り交ぜながら、どん底からスターダム、そしてその47歳の死に至るまでを描く本作は、奇をてらわずシンプルな構成ゆえ、ピアフ役のキャスティングがカギを握るといっても過言ではありません。筆者が90年代に観たロンドン・リバイバル版では(『キャッツ』グリザベラで知られる)エレイン・ペイジが「現代のピアフ」と思わせる圧巻の歌唱を聞かせていましたが、日本版で彼女を演じるのは日本を代表する舞台女優の一人、大竹しのぶさん。「ピアフが降りてきた」と称賛された渾身の演技、歌唱で、力の限りに生き切ったピアフを再び体現してくれそうです。彼女を巡る男たちとして登場する伊礼彼方さん、碓井将大さんら、男優陣それぞれの持ち味を生かした演技も見逃せません。

『ピアフ』観劇レポート 
観る者の“人生の本気度”を問う、
壮絶な生きざまの音楽劇

*いわゆる「ネタバレ」が若干含まれますので、ご鑑賞前の方はご注意下さい*

司会者が舞台中央にスタンドマイクを運び、スター歌手ピアフを呼び込むと、カーテンの間から力なく白い手が、そしてピアフその人(大竹しのぶさん)が現れる。その顔に生気は無く、彼女は歌いだす前に崩れ落ちてしまう…。
『ピアフ』写真提供:東宝演劇部

『ピアフ』写真提供:東宝演劇部

薬物に侵された晩年の痛々しいこの姿から、舞台は路上で歌う少女“エディット・ガシオン”がナイトクラブのオーナーに見いだされる場面へと時を戻し、その波乱の生涯を辿リ始めます。ピアフ(小雀)という芸名を得、歌手として成功をおさめながらも、恵まれない生い立ちにより決して癒えることのない“孤独”を背負うエディット。それを男たちへの“愛”で埋めようとする彼女は、彼らに全身全霊を捧げるあまり傷つき、一瞬の安堵を得るため手を出した薬物に徐々に体を蝕まれてゆきます。

常に“裸の心”で人生に立ち向かったこの主人公を力強くも繊細に、“憑依”と呼ぶにはあまりに自然に演じる、いや“生き切る”大竹さん。この演技を得たことで、ピアフという稀有な人物の物語は鮮やかなリアリティを持ち、観る者に迫ります。また、あけっぴろげに春をひさぐも後年は家庭を持ち、ピアフとはまた別のバイタリティを見せる友人トワーヌ役・梅沢昌代さん、一見近寄りがたいオーラを持ちながらもピアフとなぜか気が合い、破滅に向かう彼女を気遣うマレーネ・ディートリッヒ役・彩輝なおさんらの女優陣、そしてピアフの恋人や市井の人々を次々と演じ分ける男優陣の演技も過不足なく、的確。中でも、横田栄司さん演じるマルセルとピアフが互いに孤独感を吐露し、共感を深めるくだり、また愛ゆえにピアフが伊礼彼方さん演じるシャルル・アズナブールに厳然と別れを告げるシーンが美しい余韻を残します。
『ピアフ』写真提供:東宝演劇部

『ピアフ』写真提供:東宝演劇部

芝居の部分では奇をてらわず、俳優の演技をしっかり見せることに集中しつつも、折々に差し挟まれるピアフの歌唱シーンで彼女のシルエットを背景に大写しにするなど、骨太のドラマ空間を立体的に印象付ける演出(栗山民也さん)。薬物中毒の壮絶な描写を経て、物語は肉体を抜け出したピアフの魂がその人生を振り返って歌うラスト・ナンバー「水に流して」へと集約されてゆきますが、その終盤、天井からはひとひらの木の葉が落ちてきます。かつて(今は亡き歌舞伎俳優の)中村勘三郎さんから伝記本を渡されたことからピアフと大竹しのぶさんの縁が始まったというエピソードを知る身には、この木の葉に勘三郎さんの代表作の一つ『研辰の討たれ』のラストでも降っていたひとひらが重なって見えずにはいられません。

一つの“伝記ミュージカル”の枠を超え、“あなたは懸命に生きているか”と、観る者の“人生の本気度”を問うてくる舞台。観劇の衝撃はその後、じわじわと“生きる勇気”へと窯変してゆくことでしょう。

*次頁で『Marry Me A Little』以降の作品をご紹介します!


Pick Of The Month February 『Marry Me A Little

2月5~8日=早稲田大学どらま館 2月9~10日=STAR PINE’S CAFÉ(Creator’s Lab Tokyo『Marry Me A Little』番外編)
『Marry Me A Little』

『Marry Me A Little』

【見どころ】

ミュージカル作家で演出家でもある藤倉梓さん(『氷刀火伝』)と上田一豪さん(『WORKING』)。かたや慶應義塾、かたや早稲田のミュージカル・サークル出身で、これまでにも交流のあった二人が、同じ作品をそれぞれに演出するという面白い企画が立ち上がりました。

二人の共通素材はスティーヴン・ソンドハイム作のオフオフ・ブロードウェイ・ミュージカル『Marry Me A Little』。NYのアパートでそれぞれ一人住まいをする男女が、孤独なその内面を吐露してゆく様が、ソンドハイムのこれまでの作品と未発表作の中から選んだナンバーに彩られつつ、展開してゆきます。

キャストには木村花代さん(『ミス・サイゴン』)や清水彩花さん(『レ・ミゼラブル』)ら、大作への出演経験のある俳優も含まれ、演出家一人につき2組、合計4組のキャストで上演。さらには今回、新人発掘の意図で若手俳優が演じるバージョンも、場所を吉祥寺に移して上演されます。次世代のミュージカル作家・演出家として期待される二人が、様々なキャストとともにソンドハイムという「巨人」の作品にどう取り組むか。これは見逃せない試みです!

【稽古場レポート、演出・藤倉梓さん&上田一豪さんインタビュー】
『Marry Me A Little』稽古より。(C)Marino Matsushima

『Marry Me A Little』稽古より。(C)Marino Matsushima

2バージョンの稽古は、スタジオの2室を使って同時進行。まず藤倉梓さん演出のAチームの部屋にお邪魔すると、ダブルキャスト(番外編公演を含めるとトリプルキャスト)のうち西川大貴さん、清水彩花さんがダンスシーン「A Moment With You」を稽古中。「飛んでいける ただ君といるだけで」と恋する気持ちを、タップを踏みながら軽やかに歌い上げるナンバーです。西川さん、清水さんはアイコンタクトも多く、すでに息はぴったり。楽しい気分で階上の上田一豪さん演出・Bチームの部屋に行くと、歌稽古に続いてクライマックス・シーンが展開していました。うつむき加減の木村花代さんに歌いかける上野聖太さん。重く、ほろ苦く、切ない空気が充満します。異なる場面とはいえ、Aチームとはあまりに対照的な空気感に驚きつつ、二人の演出家にお話をうかがいました。
『Marry Me A Little』稽古より。(C)Marino Matsushima

『Marry Me A Little』稽古より。(C)Marino Matsushima

――二人の演出家が一つの作品を「競作」する今回の公演アイディアは、どこから生まれてきたのでしょう?

上田「プロデューサーの発案ですね。僕らは日頃、今の日本のミュージカル市場はお客様の層が限定的でなかなかそれ以外の層に届いていかないなという危機感を持っています。でもきっかけがないだけで、実際観てみたら『こういう作品もあるんだ、面白い』と思っていただける筈。出演者ではなく作品が魅力で足を運んで下さるかたが増えれば、という思いで今回の企画を立ち上げました」

藤倉「以前、ストレートプレイで野田秀樹さん脚本の『パンドラの鐘』を野田さんと蜷川幸雄さんが競作され、なんて面白いんだろうと思った記憶があって、今回のお話しをきいてぜひやってみたい!と思いました」

――題材として選んだ『Marry Me A Little』、どのように取り組んでいますか?
左から藤倉梓さん、上田一豪さん(C)Marino Matsushima

左から藤倉梓さん、上田一豪さん(C)Marino Matsushima

上田「これもプロデューサーと3人で、なるべくシンプルな形にしようということで男女一人ずつのミュージカルからこの作品を選んだのだけど、難しいですね」

藤倉「決めた時には資料が全ては揃っていなくて、いざ台本が届いたら、ここに登場するナンバーは本作のために書かれたのではなく、他の作品でカットされたり企画倒れになった作品のナンバーだったりするので、内容的に(それぞれの曲がきっちり)繋がっているわけではないんです」

上田「まずはどういう作品として成立させるかということで、僕のバージョンでは、アパートの別々の部屋に住み、それぞれに別の相手に失恋した男と女が、偶然同じ時間にそれぞれの部屋で、自分の失恋と向き合っている物語としてとらえることにしました。だから一見、二人は同じ空間にいるように見えても、実際に二人がコンタクトする場面は一か所しかないんです」

藤倉「私は本作で『ストーリー』を見出すことは早々に諦めまして(笑)、男女の「もしも」をテーマにした「Song Cycle」形式=一曲で一話完結のミュージカルとして作っています」

――登場するナンバーでは彼らの恋愛に対する理想があれこれ歌われていて、私なぞは「この人たち、大変だな~、いつか結婚できるのかな~」なんて思ってしまいますが、お二人は彼らの恋愛観についてどうお感じですか?
『Marry Me A Little』稽古より。(C)Marino Matsushima

『Marry Me A Little』稽古より。(C)Marino Matsushima

上田「結婚は難しい人たちでしょうね(笑)。本当の幸せはささやかなものだと頭ではわかっていても、妥協ができないばかりにチャンスをダメにしている。今回は若手キャストもいますが、30代のキャスト版では特に、最後のナンバーでそんな大人の「痛さ」「ほろ苦さ」を感じていただけるのではと思います」

藤倉「Aチームは超・夢物語として作っていますね(笑)」

――配役はオーディションで決まったそうですが、ポイントは?

藤倉「核と決めた2曲『Happily Ever After』と『Marry Me A Little』にはまるかどうか、です」

上田「歌詞では伝えきれない部分もある作品なので、恋愛観にこだわりを持っていることがにじみ出てくる人とやりたいと思って、オーディションではかなり恋愛観をうかがいました。あとはセクシュアリティが感じられるかどうか、ですね」

――上田さん、藤倉さんはお互いをどんな演出家ととらえていますか?
『Marry Me A Little』稽古より。(C)Marino Matsushima

『Marry Me A Little』稽古より。(C)Marino Matsushima

藤倉「私は最初、出演者として上田さんにお会いしたので、私にとって上田さんは絶対的な演出家です。(ヴィジョンが)見えている感じが凄いです」

上田「僕自身は最近、なるべく俳優に任せる傾向にあるけど、彼女はとても賢いし、細かく演出するタイプ。俳優はそのほうがやりやるいだろうと思います」

――今回の舞台、お客さんにどう御覧いただきたいですか?

藤倉「2バージョンでセットなども全く違いますし、ミュージカルって総合芸術なのだと改めて感じていただけると思います。ぜひ多面的に御覧いただきたいです」

上田「ミュージカルって華やかでただ楽しいだけのもの、と思っている人がいらっしゃるけど、そういう方に、こんなに(文学的で)面白い作品もある、ということを知っていただければ、ミュージカル人口も増えるかもしれないですよね。そんなことを思いつつ、難しい作品だけどみんなで頑張っています」

少しだけお稽古を覗き、お話を聞いてわかったのが、今回、同じ台本を使いながらも、全く異なる二つの舞台が生まれるであろうこと。何とも刺激的な『Marry Me A Little』本邦初演、2ヴァージョン鑑賞は必須でしょう。演出家のお二人も、早くお互いの舞台を観たくてたまらない!のだそうです。

【観劇ミニ・レポート】
舞台芸術の無限の可能性を示唆する
刺激に満ちたダブル公演

『Marry Me A Little』A1チーム。写真提供:TipTap

『Marry Me A Little』A1チーム。写真提供:TipTap

アパートの一室に若い男が、その真下には若い女が住んでいる。彼らは同時刻にそれぞれの部屋で、恋愛観や恋愛体験をつぶやく(=歌う)。ミュージカル・ナンバー一つ一つの内容は具体的だが、それらを通しての一貫したストーリーは、無い。

そんなミュージカルがあったとしたら、どんな演出が可能だろうか。二人の演出家はこの命題に対し、対照的なまでに異なる舞台を仕上げることで答えています。

Aチームの藤倉梓さんが採ったスタイルは、1曲完結の「ソングサイクル」形式。楽曲の関連性、つまり作品の“辻褄合わせ”に気を取られることなく、とある男女が想像、あるいは回顧する恋愛の諸相を、軽やかに描写しています。A1チームの西川大貴さん、清水彩花さんはタップダンスも取り入れて恋の喜びを歌うナンバー「Am Moment With You」をハイライトに、まだまだ恋愛に寄せる期待感が大きい、若い世代を体現。伴奏を手掛ける音楽監督・
松村湧太さんの、情感豊かなピアノ演奏も耳に残ります。

『Marry Me A Little』B2チーム。写真提供:TipTap

『Marry Me A Little』B2チーム。写真提供:TipTap

いっぽう、Bチームの上田一豪さんは敢えてストーリー性を追求。それぞれ失恋によって傷ついた男女が方やこの場所を去ろうとし、もう一人は最近引っ越してきたばかりという設定を、室内の段ボール箱を一人は荷造りし、もう一人はガムテープを剥がして中身を取り出す仕草で表現したり、舞台中央に“失われた恋人”を象徴するポールを2本建てるなど、観客がストーリーを読み取るための工夫が細やかになされています。同じBチームでも、登場時にB1チームの上野聖太さんは相手に渡せなかった指輪ケースをジャケットから取り出す際、「こういうふうに渡したかった」といった仕草を見せるのに対し、B2チームの染谷洸太さんは直情的にテーブルの上に投げ出すなど、個々の役者の感性に委ねた部分もある模様。予測不可能で難解な旋律の中に、時折ふっと美しい一節を織り込む「ソンドハイム節」をじっくりと聴かせつつ、“あきらめきれない恋”を情念たっぷりに全身で表現するB1チームの「女」役・木村花代さんの存在感が圧倒的です。

上演終了後には毎回、演出家による10分程度のトーク・タイムがあり、作品の成り立ちや演出意図についてコンパクトかつ丁寧に解説。また全員に配布されるプログラムにはかなり詳細な演出ノートが掲載され、観客の知的好奇心に十分に応える形となっています。

舞台芸術鑑賞において、伝統芸能に恵まれた日本では「演出の固定化」に慣れているためか、「出来上がった作品」がそのまま受容されがちです。しかし舞台芸術は本来、無限の可能性を持つものであり、観客の側も能動的に、クリティカルに相対することがあってもいいのではないか。そんな意図がうかがえる今回のダブル上演、客席には一般的なミュージカル公演ではなかなか見かけない中高年男性の姿も少なくなく、アカデミックな空気さえ漂っていました。公の劇場でこうした企画がなされないことが不思議に思えるほど、意義深く、純粋に興味深くもあるこのCreator’s Lab Tokyo。ミュージカル・ファンであるならぜひとも注目していただきたいシリーズです。


ウェストサイド物語』 2月14日~5月8日=四季劇場[秋]

『ウェストサイド物語』

『ウェストサイド物語』

【見どころ】

『ロミオとジュリエット』的悲恋物語に人種の対立という社会的テーマを含ませ、1957年に初演。そのリアルで衝撃的な主題に、レナード・バーンスタインの圧倒的かつ抒情的な音楽とジェローム・ロビンスのクラシカルにしてシャープな振付もあいまって大きな反響を得、ミュージカル史の流れを変えたと言われるのがこの『ウェストサイド物語』です。

日本版を手掛ける劇団四季では74年の初演以降、たびたび公演を重ねてきましたが、今回、「新演出」による上演を発表。世界で3名しかいない本作の公認振付家の一人で、以前から四季版には振付家として関わっているジョーイ・マクニーリーがその演出にあたります。「新演出」ということはもしかしてあの振付が変わったりするの?と気になる方もいらっしゃるかもしれませんが、今回、新しくなるのは主にセットや衣裳といったビジュアル面。50年代のエッセンスは残しつつも、特定の時代のみに物語を限定せず、普遍性を持たせたものになる模様です。

振付や音楽、台本は初演からのものを使いつつ、「そこに新たな情熱を吹き込みたい」というジョーイ。先だってオーディションで選ばれた卓越したダンサーたち、四季のスタッフたちとともに目下作業中とのことで、「21世紀ならではの『ウェストサイド物語』」がどのような姿で私たちの前に現れるのか、大きな期待が寄せられます。

【稽古場&演出家・出演者会見レポート】
体育館パーティーでの迫力のダンス。(C)Marino Matsushima

体育館パーティーでの迫力のダンス。(C)Marino Matsushima

初日を2週間後に控えた2月1日。訪れた稽古場では出演者たちがそれぞれに体を温めつつ、振りを確認していました。ゼッケンに「Riff」役と書かれた松島勇気さんはじめ、男性キャストたちの鍛え上げられた肉体が、目の前で躍動。定刻になると前月中旬から来日中の演出家ジョーイ・マクニーリーさんが「今回は、既に知られているストーリーを次世代に誇りをもって渡してゆけるよう、新たなエネルギーを注入しています」と挨拶。今回のキャストにもとても満足しているということで、期待の募る中、1幕のハイライト上演が始まりました。
『ウェストサイド物語』のアイコンとも言える振付は(もちろん)健在。(C)Marino Matsushima

『ウェストサイド物語』のアイコンとも言える振付は(もちろん)健在。(C)Marino Matsushima

白人のジェット団とプエルトリコ系のシャーク団がストリートで遭遇し、小競り合いから派手な乱闘へと発展してゆくプロローグ。方や家族による虐待、方や人種差別への不満のはけ口として非行に走る彼らですが、松島さん率いるジェット団には少年ならではの尊大さが漂うのに対して、萩原隆匡さん演じるベルナルドらシャーク団は微妙にうつむき加減で、(物語の当時の)被差別民族としての怒りと屈折を全身で表現。
リフ率いるジェット団(C)Marino Matsushima

リフ率いるジェット団(C)Marino Matsushima

明らかな対比の中、こちらで一人が蹴られ、あちらでもう一人がモノを投げつけられ、と「真似事」ではない、リアルな暴力が展開。これまでになく踏み込んだ描写で観る側も痛みを感じずにはいられない、ショッキングなオープニングに胸を鷲掴みにされます。
トニーとマリアの束の間の幸福なシーン「ひとつの手、ひとつの心」(C)Marino Matsushima

トニーとマリアの束の間の幸福なシーン「ひとつの手、ひとつの心」(C)Marino Matsushima

続いては体育館でのダンスパーティーでトニーとマリアが出合い、トニーの「マリア」独唱、そしてマリア宅のバルコニーで「トゥナイト」を歌う一連のシーン。喧噪の中で目と目が合った二人が急速に恋に落ちて行く過程を、トニー役・神永東吾さんとマリア役・山本紗衣さんが初々しく、純粋に演じ、続いて結婚式の真似事をする「ひとつの手、ひとつの心」では恋人としてのつかの間の幸福を微笑ましく見せ、思いがけない悲劇が起きる1幕幕切れとのコントラストを強調。基本的にはこれまでの『ウェストサイド物語』演出を踏襲しながら、より生々しく「体感」させる舞台に仕上がるのでは、という予感を抱かせました。
ベルナルド率いるシャーク団(C)Marino Matsushima

ベルナルド率いるシャーク団(C)Marino Matsushima

続く合同インタビューにはジョーイさん、松島勇気さん、萩原隆匡さんが登場。今回の新演出について、ジョーイさんは「私は2000年のスカラ座版以降、世界各国で本作の新演出を行っていますが、本作は(古典であるがゆえに)過去にとらわれていると思います。演劇は古臭くなってはいけない。だから今回、劇団四季さんから新演出のオファーをいただき、とても嬉しく思いました。変更点は(ドラスティックではなく)微かなもので、トニーとマリアの関係性がより感情的になったり、全体的に暴力描写が激しくなったりというものです。場面転換の暗転を極力省き、若いキャストを起用することで「すべてが36時間の間に起こる」本作の疾走感も強調しています」と説明。
左からジョーイ・マクニーリーさん、松島勇気さん、萩原隆匡さん(C)Marino Matsushima

左からジョーイ・マクニーリーさん、松島勇気さん、萩原隆匡さん(C)Marino Matsushima

松島さんは「より心の動きが明確になり、感情的に演じるようになりました。以前御覧になったお客様も初めて『ウェストサイド物語』を観た気分になっていただけるのでは」、萩原さんは「僕ら俳優はとかく「見え方」と気にしてしまいがちなのですが、ジョーイさんの演出はリアルな感情を引き起こし、それが行動に繋がってゆくことを再認識させてくれます。彼が自分の体でやって見せてくれる姿は本当に感動的で、泣きたくなるほどです」と手ごたえを語り、本作の魅力について「時代は変わっても非行や差別、虐待といった問題はなくなりませんが、減らすことはできるのではないか。そう気づかせてくれる、社会的なメッセージを持つ作品だと思う(松島さん)」「いろいろな衝突が描かれる中で、トニーとマリアの愛はジョーイさんが「コンクリートに咲く花」とおっしゃるほど純粋なもの。今回は特にこの「愛」を強く感じます(萩原さん)」と熱く語りました。
『ウェストサイド物語』セット模型(C)Marino Matsushima

『ウェストサイド物語』セット模型(C)Marino Matsushima

その後、今回のセット模型やデザイン画を見せていただきましたが、ジョーイさんは今回、「時代を限定したくない」ということで、なるほどNYの空気は漂いつつもシンプルで、特定の年代を想起させません。これが大きな舞台で俳優たちのエネルギッシュな演技と組み合わさり、どんな作品に仕上がるのか。2週間後に現れる全貌が待ち遠しく感じられます。

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『ウェストサイド物語』撮影:下坂敦俊

『ウェストサイド物語』撮影:下坂敦俊

開幕と同時に始まる、ストリート上での不良少年グループ、ジェット団のダンス。松島勇気さん演じるリフを中心に、7人の若者たちはまるで一つの物体のように一体化して跳躍、団結のほどを鮮やかに描き出します。

次に現れるもう一つのグループ、シャーク団の面々は登場の瞬間からうつむき加減で、陰鬱なオーラ。後にそれは彼らが受ける理不尽な人種差別によるものと分かりますが、この「社会のひずみ」を背負った二グループが出合い頭に喧嘩を始めると、音楽と完璧に調和した「ダンス」であると同時に、観る側も痛みを覚えるほどリアルな「立ち回り」が展開、たちまち観る者を引き込みます。
『ウェストサイド物語』撮影:下坂敦俊

『ウェストサイド物語』撮影:下坂敦俊

その夜、体育館では両グループが参加するパーティーが行われ、互いに独自のスタイルを見せつけるダンスがスタート。速度と華麗さを増しゆくラテンのリズムを正確にとらえ、放出しながら踊るキャストの中でも、どんなに激しく動いても“芯”が崩れない松島さん、長い手足を生かしてダイナミックな動きを見せるアニタ役・岡村美南さんが目を奪います。
『ウェストサイド物語』撮影:下坂敦俊

『ウェストサイド物語』撮影:下坂敦俊

この喧噪の中でふと視線を合わせ、恋に落ちるのが元・ジェット団のトニー(神永東吾さん)とシャーク団リーダー・ベルナルド(萩原隆正さん)の妹、マリア(山本紗衣さん)。バルコニーで思いを確かめ合うデュエット「Tonight」での神永さん、山本さんの純粋、かつまっすぐな歌声はそれまで作品を覆っていた衝突・対立の緊張感を和らげますが、それもつかの間、シャーク団との決闘を前にジェット団がフィンガー・スナップをしながら爆発寸前の激情をもてあますナンバー「Cool」で、作品世界は再びアグレッシブに。従来よりアップしたテンポと生演奏で刻まれるシンバル音が若者たちの血気を浮き彫りにする今回のこのナンバーは、キャストのシャープなダンスも相まって、全編を通して出色です。
『ウェストサイド物語』撮影:下坂敦俊

『ウェストサイド物語』撮影:下坂敦俊

翌日、マリアの懇願によってトニーは決闘を止めに行くも、誰も予想しなかった悲劇が勃発。若者たちは制御不能の憎悪と復讐の渦の中に巻き込まれてゆく…。

『ウェストサイド物語』撮影:下坂敦俊

『ウェストサイド物語』撮影:下坂敦俊

場面間の暗転が極力短縮され、まるで映像の長回しのように一気に進行する今回の公演。登場人物のキャラクター、意識の流れがより細やかに、鮮やかに示されることで、今回の『ウェストサイド物語』は異文化(異民族)の衝突と和解という普遍的なテーマを浮かび上がらせ、観客に今、世界各地で起きている事例を想起させます。“復讐の連鎖”という、人類には解決不可能な根深さを持つ問題にこの作品が投げかける一つの可能性が、女性の視点。ベルナルドの恋人アニタは本作の中で大きな感情のうねりに翻弄されながらも“許し”を試み、“少女”から一日にして驚くべき精神的成長を遂げるマリアは、暴力の連鎖に“愛”により歯止めをかけようとする。60年前に初演された作品の核にあるものを、演じる岡村さん、山本さんは真摯に追求、力強い演技に結実させています。
『ウェストサイド物語』撮影:下坂敦俊

『ウェストサイド物語』撮影:下坂敦俊

セット、衣裳、照明といったヴィジュアルは今回「時代感」を抑え、突出したイメージを抱かせない控えめなデザインに変更(ベルナルドの赤シャツなど、従来通りのものも有り)。若者たちのエネルギッシュなドラマをくっきりと引き立てる体育館の黒いアーチが印象的です。

ジョーイ・マクニーリーの熱のこもった演出を受け、尋常でない気迫とともに開幕した今回の公演。本作がミュージカル史における最重要演目の一つと呼ばれるゆえんを確認するうえでも、時代を超越し、作品の本質を前面に押し出した今回の舞台は、幅広い層にお勧めできる仕上がりとなっています。

(*筆者の鑑賞時の配役について執筆。トニー、マリア等いくつかの役はダブル、トリプルキャストを予定)



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