単なる番宣コメントを越えた発言

最近テレビで見る機会の減ったネタ番組がたっぷりと見られる年末年始。12月19日に放送されたフジテレビの「THE MANZAI 2015」も、あの「下町ロケット」最終回の真裏ながら、視聴率的にも大健闘を見せたそうです。

この番宣コメントで、ナインティナインとともにMCを務めたビートたけしの一言「お笑いに順位をつけるのはおかしいと思う」が波紋を呼んでいます。昨年までのコンテスト形式から、純粋なネタ番組への変更(原点回帰?)をアシストする得意の毒舌と見ることもできますが、それ以上の深い意味がこの発言に込められているように感じられたのです。

若手時代のトラウマ?

ビートたけしが漫才コンビ・ツービートを結成した1970年代、東京の漫才コンテストといえば「NHK新人漫才コンクール」一つしかありませんでした。デビュー当時からその実力を認められてきたツービートは、この大会に3度出場していますが、意外なことに最高位である最優秀賞を獲得することはありませんでした。

その後テレビでの人気も高まり、マンザイブームで頂点に立ったのはご存知の通りですが、その実力を持ってしてもコンテストに勝利できなかったもどかしさを、脳裏に焼き付けているのでしょうか。

当時のコンテストは作家や評論家が審査員を務めていました。したがって、これまでになかった新しい漫才を生み出そうとしていたコンビを、正しく評価できたのか疑問の残るところです。


コンテストにメリットはないのか?

確かに、漫才に限らず様々なコンテストを見ていて「審査員ナニやってんだ!」と思うことはあります。ただのヤジ馬でもそうなのだから、参加者にとっての意に反した評価は、軽く殺意を覚えるくらいのインパクトがあるのかもしれません。

ただ、弊害ばかりで一つも意義を見出せないのかというと、それも違うと思います。「M-1」などのコンテストで、優勝やそれに準じる活躍を見せたことで世間の注目を集め、そこから第一線に躍り出た芸人は決して少なくありません。

「それって普通のネタ番組でも可能では?」という声もあるでしょう。確かにレギュラーのネタ番組がいくつも放送されていた頃には、そこで顔を覚えられてブレイクした芸人もいました。しかし「お笑い冬の時代」とも言われる昨今、無名の芸人が注目を集める機会がごく限られているのも、残念ながら事実です。

観客にとって笑いのお墨付きは必要!!

何より大事なことは、お笑いの観客は「面白いとお墨付きの芸人」の方が安心して笑える傾向にあるってことです(個人的には「笑いのプラシーボ効果」と呼んでおります)。見知らぬ若手がどれだけ面白い芸を見せても、笑いに結びつきにくいんですね。

そんな観客に「この芸人は面白い」と認識させるためには、有名な大会で優勝したり、笑いのトップに君臨する芸人から高評価を獲得する必要が生じてきます。つまり、コントや漫才、ピン芸のコンテストには、面白い芸人を観客が認識する場という、ちょっと複雑な役割が存在しているのです。

こうしてプラスとマイナスの要因を挙げてみると、芸人にとっては残酷なことですが、お笑いに順位を付ける必要性は高いように思います。ただし、先日の「M-1」のように、出場者の条件をデビュー10年から15年に引き伸ばし、審査員を一挙に若返らせたことで、仲間内で評価しているように誤解もされました。次回は発言に重みのある審査員をお願いしたいものです。
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