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昨年12月に来日した時のマスカラスの雄姿

初来日の3年も前から注目の的に!覆面レスラーのイメージを覆す

かつて正体不明の覆面レスラーはヒール(悪玉)というのが常識でした。日本に住み、コメディ・タレントとしても人気を博したザ・デストロイヤーでさえ当初は力道山やジャイアント馬場を血ダルマにする”白覆面の魔王”として恐れられたのです。

そんな覆面レスラーのイメージを変えたのが1971年2月に初来日したミル・マスカラスです。日本のファンがマスカラスに注目し始めたのは初来日より3年も前の68年。本国メキシコから米国ロサンゼルスに進出したマスカラスの売りはミル・マスカラス(スペイン語で千の顔を持つ男)のリングネームの通りにマスクとコスチュームを毎試合変えること、そしてメキシコのプロレス=ルチャ・リブレの華麗な空中殺法でした。

現在のように簡単に動画を入手できる時代ではなかっただけに、ファンは写真の静止画像を頼りに想像力を膨らませました。毎試合変わるゴージャスなマスクとコスチュームに目を奪われ、日本ではまだ誰も使っていなかったフライング・クロスアタックの写真に「この技はどうやって決めるのだろう?」と日本のファンは胸をときめかせ、たちまち「呼んでほしいレスラー」の第1位になったのです。

初来日したマスカラスは期待以上のファイトを披露しました。ドロップキックを連発し、フライング・クロスアタックを初公開、そしてフィニッシュ技のコーナー最上段から体を弓なりに反らせて相手にアタックするダイビング・ボディアタックは、人間が空を飛ぶという夢を体現するものでした。


64年の東京五輪代表候補から千の顔を持つ男に

メキシコからアメリカ、日本と活躍の場を広げ、いずれも成功を収めたのは、マスカラスにしっかりしたバックボーンがあったからです。メキシコのサンルイスポトシで生まれたマスカラスの本名はアロン・ロドリゲス。子供の頃から運動能力に優れ、水泳選手を経てボディビルに熱中し、ミスター・サンルイスポトシになりました。そしてボディビルの奨学金でメキシコシティの大学に進学した後はミスター・メキシコに。さらにレスリングでも才能を発揮して64年の東京五輪代表選手に選ばれているのです。

しかしマスカラスは五輪出場を辞退してプロの道に進みました。試合ごとにマスクを変えるというのはマスカラスをスカウトしたプロレス専門誌の編集長が考えた戦略でした。学生時代に美術部に所属していたマスカラスは、デビュー前に10枚のマスクを自らデザイン。つまり千の顔は10枚からスタートしたのです。そしてロサンゼルスに進出した時は30枚のマスクを用意していったといいます。

オーバーマスクと『スカイ・ハイ』で人気爆発

74年の西ドイツ(当時)遠征で現地のプロモーターに「同じ会場で1カ月月以上もの長いトーナメントをやるから、毎回違うマスクを着けられるとファンが混乱してしまう。できれば同じデザインのマスクでファイトしてほしい」と要請されたのを機にマスクを変えるのをやめ、日本でも76年1月からは同じデザインのマスクになりました。しかし千の顔であり続けるために試合用のマスクの上に毎回違うオーバーマスクを被るようになったのです。ちなみにこのオーバーマスクを客席に投げ入れるパフォーマンスは日本限定です。

マスカラスの人気が真の意味で爆発したのは77年2月。マスカラスの入場の際にイギリスのポップ・ミュージック・グループ、ジグソーの『スカイ・ハイ』をかけたところ、これが空中殺法のイメージとマッチしてレコードがオリコン・チャート2位になるほどのブームが起こりました。今でこそプロレスラーの入場時にテーマ曲がかかるのは当たり前ですが、マスカラスと『スカイ・ハイ』がプロレスと音楽の融合という新境地を開拓したのです。


アイドルであり続ける空中殺法と神秘性

この『スカイ・ハイ』ブームからでもすでに38年の歳月が過ぎましたが、それでもマスカラスがスーパーアイドルに君臨し続けるのは、まったく年齢を感じさせないからです。さすがに昨年12月の来日の時には上半身をコスチュームで覆ってファイトしましたが、それまでは衰えたとはいえ、若き日にミスター・メキシコになった肉体を誇示し、ファイトスタイルを変えることなくフライング・クロスアタックやダイビング・ボディアタックファイなどの空中殺法を披露してファンのイメージ通りのマスカラスを守り続けたからです。

また、日本に44年も来ていながら、いまだに神秘性を保っていることも大きいでしょう。レスラー仲間にもほとんど素顔を見せることはなく、シャワールームを覗いたらマスクの上から顔を洗っていたという伝説もあるほどです。また1942年7月15日生まれと発表されていますが、実はもっと年齢が上という説もあり、まだまだ秘密のベールに包まれているのです。

この12月1日には東京・後楽園ホールにおける東京愚連隊興行『東京DREAM2015』(試合開始18時45分)でNOSAWA論外20周年記念試合としてドリー・ファンク・ジュニア、ザ・グレート・カブキ、船木誠勝とカルテットを結成してNOSAWA論外、藤原喜明、CIMA、カズ・ハヤシと対戦します。ちなみにドリー=74歳、カブキ=67歳、藤原=66歳と大ベテランが揃うカードでもあります。ぜひ、一時代を築いたレジェンドたちの名人芸とも言えるファイト、そしてマスカラスの「マスカラスであり続ける空中殺法」を堪能してみてください。
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