故・加瀬邦彦に捧げるセットリスト

2015年8月から11月にかけておこなわれた沢田研二コンサートツアー『こっちの水苦いぞ』
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僕は10月30日、明石市民会館大ホールで開催された回に参加した。

今回のセットリストがほぼ加瀬邦彦が手がけた曲であることはツアーが始まった当初から聞いていたが、実際にオープニングから『危険なふたり』(1973年)、『恋は邪魔もの』(1974年)と立て続けに往年の"妖しく美しいジュリーナンバー"を聴かされると興奮を禁じ得なかった。

歌っているのが白い髭をのばし、サンタクロースのようなジャケットを着た67歳の老歌手であるとは言え、だ。

どこまでもエモーショナルで、セクシーで、退廃的で、ロックンロール。
20代前半の若き沢田の魅力を……沢田の魅力の根幹を最大限に引き出したのは、文学面では安井かずみ、音楽面では加瀬だったのだとあらためて認識した。

そう言えば安井かずみが亡くなった1994年のツアーも今回のように故人が手がけた曲しか歌わなかったんだっけ。40代以降ではもっとも痩せていた時期だったのでエンターテイメント的に非常に素晴らしい内容だった。

沢田の声に備わる"ブルース"

ともあれ

現在の沢田が腹の底からふりしぼるようなパワフルな声で若かりし頃の楽曲をセルフカバーするのはひとつの見ものだった。

『許されない愛』(1972年)、『追憶』(1975年)、『おまえがパラダイス』(1980年)などいずれもオリジナル以上の迫力でボーカルが客席に迫ってくる。

沢田の歌唱法や声質は年代によって大きく異なってきている。その一因が喉の酷使や肥満であることは確かだし、劣化した部分があるとみられてもやむを得ないだろう。しかしそれを補ってなお余りある豊かな情感が今の沢田の声には備わっていると僕は思う。

渡辺プロからの独立、離婚と再婚、近しい人々との別れ……さまざまな苦労や悲しみを経験したからこその"ブルース"とでも言えばわかりやすいだろうか。
けっして耳ざわりよかったり、ポップではないが、恐らく同様の人生経験を積んできた昔からのファンにはそれが痛いほど染みてきたのではないだろうか。

被災地への想いと原発への怒り……『こっちの水苦いぞ』

今回のツアーで加瀬ナンバー以外に披露したのはタイトルでもあるシングル『こっちの水苦いぞ』収録の4曲。

「欲望全開の生産と消費 ずっと ずっと続けるの? 」

「金のために 御座なり基準合格 経団連政治献金」

あまりにも直接的な言葉がビートに乗って会場を覆い尽くした。

こうした反原発色が強い楽曲のリリースは2011年の東日本大震災以来、恒例になっている。
初め、僕は社会の反応を心配したり、従来のイメージとの乖離に違和感を感じていたものだが、今となっては沢田の強い意志が伝わってきて逆に好感を覚えている。

これまで演じてきた"ジュリー"ではなく一人の人間"沢田研二"としてメッセージを発信したいという想い。それは年々、ファンや志を共にする人に受け入れられ、結果的にアーティストとしての成果にもつながっている。

オリコン週間ランキングでは『3月8日の雲』が56位(2012年04月02日付)、『Pray』が59位(2013年03月18日付)、『三年想いよ』が46位(2014年03月24日付)、そして今回の『こっちの水苦いぞ』が34位
(2015年03月23日付)という具合。

新曲を出してもオリコン週間ランキングで100位以内にも入らなかった時期を知っている僕にとっては快挙とも言える数字だ。

千秋楽でのみ歌った『想い出の渚』

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開演から2時間弱。一度の休憩も挟まずにコンサートは続けられた。シングルのヒット曲以外にも『バイバイジェラシー』(1981年)、『ねじれた祈り』(2000年)、『気になるお前』(1974年)など、ファンに愛されたアップテンポなロックンロールナンバーが多かったのが印象的だった。

明石市民会館大ホールでのアンコールは、他の会場と同じく『TOKIO』(1979年)、『気になるお前』、『海にむけて』(2008年)の3曲。

しかし11月3日、 東京国際フォーラムの千秋楽ではこの3曲の後、唐突に

「加瀬さんを偲んで、みんなで『想い出の渚』を歌いましょう」

と呼びかけ、ピアノの伴奏にあわせてフルコーラスでザ・ワイルドワンズの代表曲『想い出の渚』(1966年)を歌ったということだ。

途中、涙で声を詰まらせる沢田。見かねたように側に駆け寄るワイルドワンズメンバーの鳥塚繁樹と島英二。
客席からも嗚咽が漏れた。

2ヶ月間、悲しみを胸に秘めつつ全国を巡ってきた沢田が見せた天然のドラマ……。

沢田がザ・タイガース解散後にソロシンガーとして飛躍できたのは、ひとえに先進的な音楽性とプロデュース力を持った加瀬がいたからこそ。

その死に対する思いは余人にはかりがたいものがあったのだろう。


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