意外や意外の初エッセイ

1996年に北海道のローカル番組としてスタートしたバラエティー番組「水曜どうでしょう」。回を重ねるごとに熱烈な視聴者が大幅に増加し、2002年の レギュラー放送終了後も、“藩士”と称される日本全国津々浦々に根強いファンが、オンエア時の勢いそのままに“お休み中”の番組を盛り立てています。

番組の顔ともいえる大泉洋、ミスターの異名をとる鈴井貴之が絶大な人気を獲得しているのはもちろんですが、この番組の持つパワーがとてつもないのは、ディレクターの藤村忠寿、嬉野雅道も勝るとも劣らない熱い支持を集めているからでしょう。その嬉野雅道の(意外にも)初となるエッセイ集「ひらあやまり」(KADOKAWA/中経出版)が、全国で好調な売れ行きを記録していることも、知らない人には驚きかもしれません。

タイトルからして型破りな「ひらあやまり」ですが、作者はそれ以上に型にはまらない存在でした。今回のインタビューによって、その思いを いっそう強くしました。さらに番組作りのエピソードを聞いていくうちに、「水曜どうでしょう」がなぜここまで根強い人気を保っているのか、他の番組とは根 本的に違う番組独自の制作ポリシーが見えてきました。
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嬉野雅道(うれしの まさみち)
1959年生まれ。佐賀県出身。「水曜どうでしょう」(北海道テレビ)のカメラ担当ディレクター。愛称は「うれしー」。ギャラクシー賞テレビ部門優秀賞、文化庁芸術祭賞優秀賞など多くの賞を受賞したドラマ「ミエルヒ」では企画を担当し、福屋渉氏とともにプロデューサーも務めた。「愛と平和と商売繁盛」「負けない」がモットー。どうでしょう藩士と奥様に人気。



「ひらあやまり」というタイトルに惹かれて執筆を決意

――嬉野さんはこれまでにも、藤村さんたちといっしょに番組関連本を出版されたことがあるので、今回が“初エッセイ集”だと聞いて意外な感じがしました。
嬉野 そうですよね。いや、こっちはずっと前から書く気満々だったんですけどね、「本を書きませんか?」って連絡をくれる出版社が、ひとっつもなかったんですよ(笑)。ですから今回KADOKAWAさんから企画書が送られてきてね「いよいよ来たか」と(笑)。それで企画書読んでみたら私が書く本のタイトルがすでに決まっていてね「ひらあやまり」って書いてある。いきなり派手に謝ってるんですよ(笑)なんだよ。いいタイトルだなあと思ってね。

――てっきりご自分で考えたタイトルだと思っていました。
嬉野 違う違う、編集者の思いつきです。そしてさらに企画書を読み進めると、巻頭には「嬉野さんのグラビアを掲載して」(実現してます!)とか書いている。なんだよグラビアって。オレでグラビア? なんだ? 「ずいぶん頭の変な人がやった来たな~」とさらに興味を持ったんです(笑)。だって考えてみてください。これだけ変な思いつきをこの人は会社に通すことが出来るわけでしょ、それって既に自分の思いつきを仕事にして実績を出してるってことじゃないですか。だったらこの編集者は頼りになるだろうと思いました。なら乗ろうと(笑)。

とはいえ、何を書けば良いかはとりあえず書き始めてみないとわからないから、話をもらってすぐくらいの7月ころに「カフェ始めました」という表題で短いのを書き上げました。

――「ひらあやまり」で冒頭のシークエンスとして収録されているところですね。ということは……今回の執筆とは関係なく、社内でカフェを始めたんですか?
嬉野 そうですね。すでにやってました。会社の就業時間中に会議室を占拠して「カフェ始めました」という張り紙をして総務の許可を得るでもなく勝手にカフェを始めてました。会社でそんなことをしながらそれでもサラリーマンでいるっていう、おかしなことになってる自分という者を、この機会に書きながら考えてみたくなったんですね。

――本の中ではサラリと書かれてますが、実際問題で考えると簡単な道のりではないような……。 
嬉野 でも、とくに気にせず、思いついたままに始めましたけどね(笑)。でもね、さすがに「きみは仕事中に何をしとるんだ!」と会社が怒鳴りこんできたら、まあそのときは、「やめますやめますカフェはやめます」って言えばいいかと、だからまあ、とりあえず怒られるまではやってみようと思ってね、始めたんですが、いまのところ会社から怒られてはいない。あ、そうそう(笑)先日ね、私のカフェの前の廊下を社長が歩いていたんでね、これ幸いと呼び入れましてね、すかさずコーヒーを淹れて社長に飲ませましたらね、社長、美味そうに飲んでましたから、これでもう怒鳴り込んでくるやつもいないだろうと(笑)これはもう会社黙認みたいなね、ことだろうと、勝手に解釈してますよね。


「水曜どうでしょう」は“自分たちのやりたいこと”が出せる場

会社でカフェを始めた嬉野氏。そこを訪れるのはどんな人たち……?

会社でカフェを始めた嬉野氏。そこを訪れるのはどんな人たち……?


――ちなみにカフェの客層はどんな感じなんでしょうか?
嬉野 結局ね~、だんだんとお客が常連化してくるんですよね。ぼくがカフェをやり始めたのはね、まだ話したこともない人と話をする場を求めてのことなんだからと、ここは作業場じゃないんだと、ここでパソコン開いて自分の仕事して長居するんじゃない! と、再三、排除するんですが、居心地が良いのか来るんですよね~。こっちは深い思想があってやってるのにさ~(笑)

――その思想については、「ひらあやまり」の中でも詳しく述べられていますから、ぜひその人たちにも読んでいただきたいですね。
嬉野 私もサラリーマンですから、腑に落ちないようなこともあるわけですよ。でも、腑に落ちないことって考え過ぎると答えにたどり着けないだけに頭の中が若干重たくなってくるんですが……誰かのためにコーヒーを淹れている間は無心になれる。結果、ストレスの無い自分になれるんですね。

――そういったサラリーマン的なストレスから、ある意味いちばんかけ離れてるのが「水曜どうでしょう」かもしれません。
嬉野 あの番組はね、「こんなことやったら面白いよね」っていう自分たちの思いつきを作品にしてるわけですが、結果的にその思いつきに共感して多くのお客がついて来てくれた。つまり、ぼくらが、こんな事をやったら面白いんじゃないのと、思いついた事を、ぼくらのやりたいようにやってたら、同じようにそれを面白いと思って支持してくれる他人がいるんだってことに気がつけたってことなんです。

世間の人たちが何を面白いと思うのかは、リサーチしなくても、その答えは自分たちの中に見つければいいっていうか、自分たちが本当に面白いと思えていたら、同じようにそれを面白いと感じてついてきてくれる人がきっといる、そんな実感をね、あの番組を通してぼくらは経験的に得ることができた。「水曜どうでしょう」っていう番組のおかげで、ぼくらはいま、自分達のまんまを出せる場を獲得できているんだと思うんですよね。それが何より幸福なことですよね。


「ラッコが粒!!」でも面白くできる理由

――自分たちが面白いと思うことを素直に出した「水曜どうでしょう」ですが、スタート当初は面白さが視聴者に伝わるかどうか未知数だったのでは。
嬉野 そうですね。でも、ぼくらが面白いと思うのに、お客が面白いと思わないのなら、そのときはもう時代とぼくらがマッチしなくなったと思うしかないですよね。でも一方 でね、見てる人が面白いと思えないのは面白いと思っている自分たちの目線までお客を誘導しきれていないからかもしれない。だったら同じ目線に立てるところまで作品の中で事情を説明して作りこんでいこうという展開になるじゃないですか。 そんなことでやってきましたよね。

――確かに。それが視聴者へのコミュニケーションにもなってますね。
嬉野 でも我々にできるのは、そこらへんの工夫までなのかなと。「流行りのものだからやる」みたいな感覚は、自分達の中にはないですから。

――それをやらないからこその「どうでしょう」なんだと思います。
嬉野 例えば1人の男がね「いや、いまね、アメリカに行ったら絶対おもしろいんだよ!」と、たとえば熱く主張する。そんなら行くかってことになる。でも、実際行ってみたら、言ってたほど面白くはない(笑)。でも、そんなときはね「おもしろい、おもしろいって言ってたわりには、ひとっつもおもしろくないな」って弾劾すればね、「そうね~、いや、でも」とその男は必死で弁解しようとしますよね。ですからはるばるアメリカまで行ってね、結局そのあたりから可笑しみが生まれる可能性はありますよね(笑)。だから最初に責任の所在さえはっきりしていれば、可笑しみはどっかで生みだせるってことはありますよね。最初に提案した男が大いに困ればいい(笑)。そこま で含めて面白さだからっていう確証は、ありますよね。

「水曜どうでしょう」では、自分たちの気持ちにウソをつかなかった、と語る嬉野氏。

「水曜どうでしょう」では、自分たちの気持ちにウソをつかなかった、と語る嬉野氏。

――その提案した男(おそらく藤村氏)のことを、視聴者が深く知っていれば知っているほど、番組は面白くなる訳ですね。やたらと出演者同士でもめてる番組ですが、熱烈なファンほどそこにワクワクしてしまいます。
嬉野 ぼくらは、番組を面白くすることに必死だったと思います。それでも全員が自分の気持ちに一切ウソはつかないですね。

――それは「なんでこんな所へ連れて来たんだ!」と言った、ネガティブな気持ちも含めてウソがないんですね。
嬉野 アラスカで氷河を見に行った時も、藤村くんが「嬉野くん!ラッコですよ!」って双眼鏡でようやく発見したすっごい遠くに浮いてるラッコを見て盛り上げようとするんだけど、こっちはいくら望遠で寄ってもラッコには見えない。「ラッコ、粒にしか見えないな~」と言うと「つぶって言うな」ってぐあいに大揉めになる、そんな状況でもお客さんには共感できているから笑えるんでしょうね。


現場で追い込まれてアイデアが生まれる

「どうでしょう」の秀逸な企画の数々はいかにして生まれたのか?

「どうでしょう」の秀逸な企画の数々はいかにして生まれたのか?

――これまでに実現した奇想天外な企画は、どういった中で生まれて、実現に向けて進められてきたんでしょうか。
嬉野 「企画書を作成して会社の会議に掛けて通す」といった段取りは、やったことがないですね。もしそういう審査を、ぼくら以外の第三者に対してやらなければならなかったら絶対通るはずのないような企画ばかりですからね(笑)。

――確かに今までのセオリーに無かった企画がほとんどだと思います。
嬉野 そんなことが実現できたのも、当初、会社が我々の番組にほとんど興味を持っていなかったという状況がありますね。「水曜どうでしょう」がスタートする前に、「モザイクな夜」っていう深夜の帯番組が放送されていたんですが、その番組が終わって、その番組のエースディレクターが将来を嘱望されてキー局に研修に出されたんですね。その人が半年後に帰ってくるんで、その人が帰ってくるまでの半年のブランクを繋ぐために番組が一本立ち上げられた。それが「水曜どうでしょう」で、その番組に私と藤やん(藤村氏)という、当時生中継とかもよくできないような、局としてはいちばん使い道のなかったディレクター2人が担当させられたんですね(笑)。

――番組開始当時の映像を見ても、とても「使い道のない人」が作ったものには見えませんが。
嬉野 でも実際、半年で終わる予定だったんだと思います。だけどその半年が終わらないうちに人気が出ちゃったんです。だから終わる必要がなくなって、それで、いまだに続いているっていう(笑)。でもね、そうやってその半年の間、ぼくらが好きなように番組をハンドリングしてるうちに人気が出ちゃったもんだから、その辺りのノウハウはぼくら主導なので、いまさら会社はもう介入できなかったんですね。ですから、以来、いまに至るもやりたい放題で(笑)。

――ではスタッフ全員が会議室に入って企画会議というのは……。
嬉野 会議はしないです。ミスターが思いついてくれた企画を喫茶店に入って大泉くん以外の三人で検討して決める程度です。だって北海道から九州までディレクターと出演者が甘いものの早食いをしながら旅をするだけの企画(「対決列島」)なんてものが会社の企画会議に掛けられたら「この企画のどこが面白いんだ」って言われて不採用ですよ(笑)。四国八十八ヶ所を車で回るだけの企画だってそうでしょう(笑)。それのいったいなにが面白いんだって言われますよ。そのくらい水曜どうでしょうって説明不可能な企画ばかりじゃないですか(笑)。

それに水曜どうでしょうの場合、その企画が面白くなってしまう決定的な要素は企画の段階というよりロケの現場でたくさん発見され足されていくわけですよね。あの「対決列島」の面白さなんて、必死で早食いの対決をする二人が可笑しいのはもちろんなんだけど、でも、その二人の必死さや可笑しみがあれほど面白おかしく伝わってくるのは、あの大泉洋の実況があってこそですよね。大泉くんのあの実況がもしなかったら「対決列島」はあそこまで面白く盛り上がりはしなかったはずですよね。でも、大泉くんが早食いする二人のそばで実況しつつ対決を進行させるという具体的なアイデアは、当初、藤村くんの頭にはなくて(笑)、藤村くんの頭の中は自分とミスターが早食いをしながら鹿児島まで旅をするんだということだけでもういっぱいいっぱいで(笑)。

結局、大泉くんは、なんのディレクションも与えられないままロケに連れ出され、その場で初めて企画の中身を聞かされながら「え?ミスターと藤村くんが対決して鹿児島まで行くあいだ、じゃあオレはなにをすればいいのよ」と、手持ち無沙汰になったあげく、結果的に大泉洋自身が、早食いを脇で実況するという役割に自分で到達していったというね、そこには、与えられ指示された役割をこなすのではない、自発的に発見し到達した役割だったからこそ本人が夢中になるという状況があって、だからこそ、あそこまで魅力的な実況をぼくらは聞くことができたのかもしれない。なんかそんなふうにも思えるんですよね(笑)。

つまり大泉洋は「自分はなにをすればいいのだ」という指示を待つ、待ちの姿勢ではなく、この状況がおもしろくなるために、いま足りないものはなんだと考えてそれを自分で発見して足していくという習性を水曜どうでしょうで獲得したんでしょうね。つまりそれくらい水曜どうでしょうという番組は常に穴がいっぱいあったってことなんでしょうね(笑)。だからその穴に気づいた者から順番にその穴を埋めに入るといった、そういうことを全員が当たり前にしてきたチームだったのかもしれないですよね(笑)。

――まさに現場で追い込まれたことで生まれたんですね!
嬉野 あの番組は、企画のたびに、各自が自分の生きる場所を自分で発見して、全体でおもしろくしていくんだということを銘々が自発的にやってきた番組なんでしょうね(笑)。大陸横断とか縦断とかね、決められていることはそういう大筋だけで、あとは現場の流れの中で銘々が何かを発見してそれぞれに面白いものにたどり着いていくってケースが続いたんでしょうね。ということは、最初から全部指示されていて、当初の計画どおりに配置された役割を指示どおりに出演者がこなすだけだと、ひょっとするとあそこまで面白くなってしまうことは、無かったのかもしれないってぼくらはどこかで思っている節がありますよね。

――お話を聞いて、なんで最近のテレビが面白くないと言われるのかわかったような気がします。
嬉野 でも、そんなスタンスが取れる底には、「もし、面白くならなかったら、そのときはそこは全部カットすればいいや」とか「ロケしなおせばいいや」とかっていうね(笑)、ローカルだったからこその、そして4人とも水曜どうでしょう以外に可能性なんかなかったからこその、大らかさがあったからでしょうね。みんな時間ありましたからね(笑)それに、面白くならなかったものを編集や仕上げで面白くしようとするのは、どうしたって無理ですから。
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インタビュー取材を終えて

「水曜どうでしょう」で見切れている嬉野氏しか知らないファンには、意外なインタビューだったかもしれません。こちらの質問に対して、思うところをユーモアを交えつつも誠実に答えていただき、最後まで優しい笑顔を絶やさない方でした。

今回のインタビューを読んで、これまで以上に嬉野雅道ディレクターに興味を持った方には、ぜひとも「ひらあやまり」を読まれることをお勧めします。嬉野ワールド全開の一冊を堪能してください。
※記事内容は執筆時点のものです。最新の内容をご確認ください。