注目の作家のあの本

まずは毎年ノーベル文学賞をとるかどうかが話題になるあの人の本、大ベストセラー『火花』とあわせて読んでほしい本をご紹介します。


『村上さんのところ』 村上春樹著(新潮社) 
読者からのメールに対して、村上さんが返信した3716の回答から473の問答を厳選した本。まず「実際のところ、毎年『ノーベル賞がどうの』と騒がれることについていかがお考えなのでしょうか」という問いに「正直なところ、わりに迷惑です」と返すくだりで笑ってしまいました。恋愛から政治までさまざまな悩み相談に率直な言葉で答えてくれます。小説の内容にまつわる質問も楽しい。作家の魅力を再発見できるだけではなく、同時代を生きる人の多様な声に出会えます。



『スクラップ・アンド・ビルド』
 羽田圭介著(文藝春秋)
又吉直樹の『火花』と同時に芥川賞を受賞した作品。無職になった28歳の健斗が「早う迎えにきてほしか」が口癖の祖父と過ごすうちにある計画を思いつく、というストーリーです。将来に閉塞感をおぼえる若者が、恵まれた境遇に見えるのに愚痴ばかりこぼしている老人に対して抱く負の感情が滑稽味のある筆致で描かれています。殺伐とした部分もありますが、祖父という身近な他者の人生を想像してみることによって、健斗は最後に自分の人生を再構築するのです。



『私の恋人』
 上田岳弘著(新潮社)
第28回三島由紀夫賞選考会で、又吉直樹の『火花』と決戦投票の末、受賞を射止めた作品です。10万年前の名もなきクロマニョン人、第二次世界大戦中に強制収容所で死んだユダヤ人のハインリヒ・ケプラー、そして現代の日本で生きる井上由祐。それぞれの記憶を受け継ぐ3人の「私」は、共通して「私の恋人」と呼ばれるひとりの女性を思い描きます。井上由祐の代になって、ようやく「私」は彼女と出会うのですが……。はるか未来にある驚くべきビジョンを提示する風変わりな恋愛小説。ぜひ手にとってみてください。


つぎのページでは秋の夜長にピッタリなミステリーを紹介

秋の夜長はミステリーにどっぷり浸ってみては

夜が長い秋は、ミステリーにどっぷりと浸ってみるのもいいですね。いろんな謎を愉しんでください。



『王とサーカス』
 米澤穂信著(東京創元社)
各社ミステリーランキングで史上初の三冠を達成した『満願』の米澤穂信の最新作。主人公の大刀洗万智は同僚の死をきっかけに新聞社を辞めたばかり。フリーランスとして初めて引き受けた仕事のためにネパールを訪れます。まもなく王族の殺害事件が発生。万智が事件の情報を集めるために接触した人物も殺されます。遺体の背中には謎めいた言葉が刻まれていました。タイトルの「サーカス」とは、他人の苦しみや悲しみを娯楽として消費することを指しています。万智のような記者はサーカスの団長なのか。残酷な真相から目をそらさない彼女の凛々しさが、物語に救いを与えています。



『昨日の海は』
 近藤史恵著(PHP研究所)
四国の小さな町で暮らす高校生の光介が、家族の秘密を探る青春ミステリー。東京に住んでいた母の姉・芹と、その娘の双葉が光介の家に同居することになるところから始まります。光介の祖父母は25年前に心中したことになっていますが、実はどちらかがどちらかを殺した可能性がありました。マニアックな人気を誇る写真家だった祖父と、モデルをつとめていた美しい祖母に何があったのか。光介は関係者に話を聞きます。真実を追求するためなら誰かを傷つけてもいいという傲慢さがない。苦みはあるが優しい後味の残る作品です。



『BABEL』
 日野草著(KADOKAWA)
『GIVER』に続く復讐代行業者・義波シリーズの第2弾。全5話で構成されています。第1話の「バベル」は、観光客を人質にして展望台に立てこもる28歳の青年・廉也が語り手。廉也は閉じ込めた人々を嬲りながら自分の犯行動機を語ります。高校時代に体験した挫折、何もかもうまくいかない人生、土曜日の午後に展望台から街を眺める余裕がある人々に対する妬み。現実にもありそうな事件の様相が、義波の登場によって色合いをガラッと変えるのです。ホームズにとってのモリアーティのような宿敵が現れ、義波という主人公をめぐる物語にも新たな展開があります。続きが早くも待ち遠しくなりました。



『街への鍵』
 ルース・レンデル著、 山本やよい訳(早川書房)
今年5月に亡くなった「サスペンスの女王」ルース・レンデルの、久しぶりに翻訳された長編小説です。白血病患者に骨髄を提供したことが原因で、同棲中の恋人に理不尽な暴力をふるわれたメアリが、家を出るところから物語は始まります。メアリはロンドンのリージェンツ・パークの近くにある邸宅の留守番をつとめ、骨髄の提供相手のレオに会いに行くのです。繊細で優しい彼にメアリは惹かれますが……。メアリの新しい恋と同時期に起こった路上生活者殺害事件の行方を描いています。予想外の結末にたどり着いたとき、人間はいかに主観という歪んだフィルターを通して世界を見ているか思い知らされるでしょう。


最後は温かな気持ちになれる小説をセレクトしました

孤独な心を温める物語

寒くなると寂しさが身にしみますね。最後は温かな気持ちになる小説をどうぞ。


『あの家に暮らす四人の女』 三浦しをん著(中央公論新社)
色恋にまったく縁がないか、モテたとしてもダメ男に引っかかってしまう。残念な女たちの暮らす家が、楽園のように見える長編小説です。三浦しをん版『細雪』でもある。刺繍作家の佐知と母の鶴代が住む古びた洋館に、雪乃と多恵美が転がり込むところから物語は動きだします。お嬢様育ちで浮世離れしている鶴代、家にこもって仕事ばかりしている佐知、美しいのに他人に顔を憶えてもらえない雪乃、明るく愛らしいが元彼につきまとわれている多恵美。4人とも誰にも縛られず、自由に生きているぶん孤独です。でも血の繋がらない人間と同居するようになって、思いがけない喜びを感じるようになります。家事を手分けして、自然とリビングに集まり、おしゃべりに興じる。女たちの日常を綴るときの刺繍のように細やかな文章も素晴らしい!



『金魚姫』
 荻原浩著(KADOKAWA)
主人公の江沢潤はブラック企業に勤める営業マン。同棲していた恋人に去られ、過酷なノルマと上司のパワハラに苛まれる潤の部屋に、ある日金魚がやってきます。潤は金魚をリュウと名づけますが……。ときおり美女に姿を変える不思議な金魚との同居生活を描いた長編小説。読んでいて室生犀星の名作『蜜のあわれ』を思い出しました。テレビっ子でCM女優を真似たりするリュウがとても愛らしい。実は悲しい運命を背負っているリュウとの恋は、潤が囚われていた金魚鉢のような息苦しい世界を壊します。



『ワンダー』
 R・J・パラシオ著、中井はるの訳(ほるぷ出版)
児童書として出版されたにもかかわらず、大人のあいだで評判が広がり、NYタイムズのベストセラー第1位に輝いた作品です。主人公のオーガストは「スター・ウォーズ」が大好きな男の子。顔に先天性の障害があり、幼いころから人々に怖れられていましたが、10歳になって初めて学校に通うことになります。それから1年間の出来事が、当人だけではなく周囲の人々の視点もまじえつつ描かれるのです。オーガストをとりまくのは優しい世界とは言えません。けれど、持ち前のユーモアセンスで少しずつ味方を増やしていきます。すごくいいなと感じたのは、登場人物が同調圧力に従うよりも、自分が好きな人に正直でいられる行動を選ぶところ。最後のページにたどりついたとき、晴れ晴れとした気持ちになりました。


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