振付家・ダンサーとしてそれぞれ日本と韓国で活躍するおふたり。最初にお会いしたときのお互いの印象はいかがでしたか?

白井>初めてお会いしたのは東京のカフェでした。お互いそれほど口数の多い方ではないけれど、なんとなく話しやすいなという感覚があたったし、ひととの距離感の取り方は似ているのかなと思いましたね。僕としては英語が心配だったけど、たぶん他のひととは難しくても、彼となら意志疎通ができるのかなという印象がありました。

ソンヨン>白井さんのことはお会いする前からいろいろ聞いていたので、何となくイメージしていた部分はありました。“ふたりはよく似ているよ”と言われていたけど、実際に会ってみて何故似てると言われていたのかわかった気がします。それに、白井さんはハンサムなので、似てると言われるのはとても嬉しいですね(笑)。

白井>『聖おにいさん』というブッダとキリストが一緒に生活をする漫画があって、何だか彼らみたいだねと言っています。同じ年でもあるし、牡牛座というのも一緒で、誕生日も一週間しか違わない。声が小さいというのも共通するところです(笑)。

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日本と韓国を行き来し、三年間に渡り作品に取り組んできました。クリエイションはどのように行ったのでしょう。

白井>彼と僕とでは、踊りの型だったり、普段やっている踊りのシチュエーションが全く違う。だから、まず始めにインプロを試してみました。アイデアはいろいろあったんですけど、結局そのときは何も決めずに30~40分くらい踊って……。

ソンヨン>ふたりとも背景が全然違うから、インプロでお互い何かを感じ取ろうとしていたんだと思います。最初に踊ったとき、僕自身普段の自分とはまた違う感覚がありました。彼の踊りを受けて自分も何かを感じて、僕も何かを返したいという気持ちになった。それは自分にとって非常に特別な経験でした。

白井>ダンサーのカンとして、“こうなったらこう来るよね”“ここでこう来るはずだからここでこう避けよう”といったものはあるけれど、それ以上に僕にしては珍しくかなり近づいていったし、実際彼に触ったりもしました。接触するとそこに囚われすぎてしまう気がして、普段知り合いとインプロをしてもあまり触らないんですけど、あのときは触りたくなったというか、触らないとわからない気がした。本当に会ったばかりだったので、なんとかわかろうとしたり、自分のことをダイレクトに伝えようとしていたんだと思います。実際触ってみたら、何でも受け入れてくれるような感じがして、我が儘になっていっていいんだなという気持ちになりました。

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お互いのことを知るために話し合うようなことはあったのでしょうか?

白井>去年の8月に韓国に行ったときは、ふたりで話す時間も結構あったので、一緒に銭湯に行っていろいろ語り合いました。こういうダンスを観たとか、どこどこに行ってきたとか、作品とは関係ないことも話したし、同い年だけどこれからどうして行こうかとか、このプロジェクトは我々ふたりで大丈夫かな、といった話をしたり……。

ソンヨン>韓国料理を食べながら、女の子の話や彼の奥さんの話をしたり、韓国のダンスやエリアの話、今自分たちの周りで何が起こっているかについて話をしたこともありました。一緒に時間を過ごすことで、いろいろなものが生まれてきた。日本と韓国では空気感もまた違っていて、創作をしていても周りにあるものにすごく影響されますよね。韓国で短いショーイングを行いましたが、そのときはフレンドシップをテーマとして選びました。当時はまだ何が自分たちの主題になるのかも手探りしていて、テーマも仮の状態です。ショーイングはセミオープン形式で、日本から来たプロデューサーや関係者、ダンス批評家、あと友人たちが来て、彼らの前で踊りました。

白井>ショーイングでは何となく手応えのようなものを感じましたね。彼はフレンドシップと言ったけど、タイトルは『スリープ・オン・ザ・キル』(笑)。お互いオフェンシブであり続けるということをテーマにしていて、それが彼にとってはフレンドシップなのかもしれないけれど。お互いがお互いに好き勝手にやっていたら、その環境に何が起こるか、ということを試していたような気がします。

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舞台美術にアラーキーさんの写真を用います。どういった経緯でアラーキーさんとコラボレーションすることになったのでしょう。

白井>ふたりで踊るにしては広い空間でもありますし、ふたつの身体の間に何かしら介在するものがあった方がいい。舞台美術をどうしようかとずっと彼と相談していて、美術家の方を紹介してもらったりと、いろいろな方向から可能性を探っていました。そんなとき“最近アラーキーさんが面白いよ”という話を聞いて、ちょうどソンヨンさんが日本に滞在している期間中にアラーキーさんがギャラリーを開催していたので、じゃあ見に行ってみようとなったのが始まりでした。

ソンヨン>アラーキーさんのことはそのとき初めて知りました。残虐性もあって、最初はあまり好きにはなれなかった。何でこんなものを見なきゃいけないんだろう、というのが率直な気持ちでした。たとえばモナリザの絵だったら“何でこんな素晴らしいものが描けたんだろう”と心動かされて、自分でも見たいから見続けてしまう。でもアラーキーさんの作品は、見たくないんだけど見てしまう。聴きたくない音楽を聴き続けるような、見たくないものを見続けている感じ。自分の中で葛藤があって、自分の中のもうひとりの自分が“見続けろ、見続けろ”と言う。

何で彼はこういう作品を描いているんだろうと知りたくなって、インターネットやユーチューブでいろいろ調べてみたんです。最初はちょっと嫌悪感があったけど、奥さんが亡くなった後の作品は少し変わってきたような印象がありました。撮り方も一定の場所からではなくて、いろいろなところから撮ってるような感じがした。常にいろいろなことに興味津々で、試すことが好きな方なんだろうなと思いました。

白井>とはいえそのときは、ふたりのなかでは他の舞台美術でもいいんじゃないかということで一旦落ち着いたんです。でも企画を手がけた山田せつ子さんから改めて“ふたりにこれをぶつけてみたい”という挑戦のような言葉をいただき、僕らも“それならやってやろうか”ぐらいの気持ちにもなって(笑)。ただ実際のところ版権とかいろいろ大変だろうし、ダメモトな話ではありました。取りあえずということでオファーしてみたら、思いがけずトントントンと話が進んでいった感じです。

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おふたりの印象とアラーキーさんのテイストは正反対のようにも思えます。作品に取り入れていく上で、戸惑う部分はなかったですか?

白井>色にしても直接的な表現感にしても、確かに僕が普段好んで扱うようなビジュアル感ではない。ただ、何となくその当時考えてたこと、僕の中のアイデアだったり、僕らが興味を抱いていたものに“色”があったんです。アラーキーさんの写真に出てくる花やセルロイドの塩ビ人形とか、人工物と自然物が混ざっているところに興味が沸いて。ストローなど人工の物を集めて自分の巣をつくる鳥がいて、木の実と人工物が混ざっている風景にすごくリアリティを感じたことがありました。そこに通じるものを見た気がしたというか……。

子供に血が付いていたり、股間に血が付いているような写真は直接的すぎて最初はちょっと扱いようがないなと思ったけれど、写真をよくよく見てみるといろいろなものが蠢いている。地獄なのか天国なのかわからないそれらの景色をアラーキーさんはパラダイスと言っていて、それまでの写真と全然違うスタイルだなという印象を受けたんです。以前の作品はアラーキーという人物が一番の主人公として前面に出てくる感じだったけど、アラーキーさんがどこかへいなくなっていく感じがした。同じ展示会で空や街並みを撮った写真があったけど、それもアラーキーという人物が消えつつ何かを見ている感じがして、すごく新鮮だなと思いました。

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それに、僕の中で“大好き!”と思えるもの、すぐ受け入れられるものではないものを取り込んでみなければいけないのではと模索していた時期でもありました。ソンヨンさんと一緒に踊ろうと思ったのもそうで、自分の範囲内だけではなく、自分の知らないものと出会ってみようと考えていて。普段出会わないものと対面したときに自分が何をするのか、そこを探ってみようと思ったのもひとつのきっかけでした。いずれも共感するところはあるけれど、完全には一緒になれないというのが特徴です。あとアラーキーさんの写真を見ていると、ちょっと優しかったり可愛かったり遊んでいたりする部分がある。そこに彼の人柄を見た気がしたし、ストレートにシンパシーを感じたところでもありました。

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ソンヨン>アラーキーさんの作品を見ていると、“これが私が見せられるものだ”と話しかけてくる気がします。アラーキーさんが“自分の作品の中に何が見える?”と頭の中に訴えかけてきて、同時にいろいろなものが見えてくる。その先に哲学を見るひともいれば、ちょっと面白い部分だったり、小さなパートに注目して見るひともいる。彼自身これだと決めて撮るのではなく、いろいろな素材を用意して、かき混ぜて、そこから切り取ったものに対してどう考えるか、という部分は個人に任せてる。

僕が何かつくるときは反対で、常に真っ直ぐに進みます。テーマーを決めてそこに向かっていく。一方、アラーキーさんはいろいろなものを見つけて、ワッとつくっていく。結果的に、アラーキーさんの作品は見方によってどんな風にも見える。僕がアラーキーさんの作品と関わる理由、それは自分が彼の作品をどう見せるかにあるのではないかという気がしています。

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アラーキーさんの作品をどのように舞台上に取り入れていくのでしょう。

白井>映像を投影する方向で考えています。アラーキーさんの作品をどう見せたいかという部分もソンヨンさんとかなり意見が別れていて。実際に実験してみたときも、彼はいいと思っても僕はよくないと思ったり、僕はいいと思っても彼はよくないと思ったり。僕はアラーキーさんの写真と自分の踊りがあるという状態を見せたい。アラーキーさんの写真と対等にいるというのは大変なことで、そこの間に何が見えるかということに興味がある。

ソンヨンさんは、自分が見たアラーキーさんの世界を自分の身体を通して見て欲しいと言う。微妙な違いですけど、どのように投影するかに違いが出ていて、それを混ぜていくことができるのか、混ぜるからにはどこかでOKと言わなければならないという問題もある。探り探りしている状態で、非常に難しいところですね。

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アラーキーさんに作品ビジュアルを撮ってもらったそうですね。

白井>あれは楽しかったですね。はじめはポーズも何も決めずに普通に撮影して、そこから“今度はふたりでこっちから歩いてきて”とか、“ちょっと目線をくれ”とか指示をもらって。三脚なしの手持ちで撮ったのは久しぶりだということで、アラーキーさんもちょっと大変そうでしたけど(笑)。

ソンヨン>アラーキーさん自身からすごくハッピーオーラが出ていて、偉大なアーティストではあるけれど、とても親しみやすい方だなと感じました。ただ年齢的にもムリをさせてはいけないので、できるだけ彼が何を求めているのかをくみ取り、集中して表現するように心がけました。

彼はすごく楽しいひとですね。よく僕がワークショップをしていると、ダンサーではないひとが受けに来ることがある。彼らはダンサーのように決まった動きはできないけれど、逆に彼らから面白い動きを見つけたり、引き出していく作業がすごく楽しいんです。アラーキーさんもきっとそうじゃないかと思っていて。決まったものではない部分を引き出して、その瞬間を収めるのが彼のやり方なんじゃないかなと感じました。

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春秋座劇場実験 撮影:清水俊洋





おふたりとも普段振付をされますが、一緒にクリエイションをしていく過程で、お互い違うなと感じる部分はありますか?

白井>僕が彼に振りをつくったり、彼の振りのなかで動いてみたり、それをまた混ぜてみたり……。それぞれのワークショップ的なことをやってみて、具体的な振付方法、身体性を交換したこともありましたが、やっぱりつくり方はすごく違いがあると思います。

僕の場合は、取りあえず思いつくことを何でもやってみるタイプ。テーマとして何となくこの辺りというものがあって、手数を重ねていきながら“これとこれが繋がってるな”“これをひっくり返すとこう見えるな”といったものを発見していく。やっていくうちに自分が何を言いたかったのかがだんだんわかってくる感じです。今回もそうしようとしている部分があるけれど、彼と考えの違うところでもあり、どう折り合いをつけていくかというのは一番難しい部分です。動きながらだったり、映像を編集してみたり、音楽をつくってみたり、小物を使ってみたりと、少しずつ試してはいますけど。今はそこのやりとり自体がテーマみたいになってますね。

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ソンヨン>韓国のダンスは身体性に優れ、日本のダンスは思想に優れているというのが僕の印象です。僕は15歳のときにダンスを始めて、韓国はもちろん、ヨーロッパやアメリカでバレエとモダンダンスを学んできました。最初の頃は、ダンスは身体だと、いいダンサーとはこういうものだとはっきりとした考えがありました。だけど、ダンスを続けているうちにどんどん考えが変わってきた。ダンスが身体であるということは変わらないけれど、ダンスはテクニックだけではなくて、動きが気持ちによって変わることがある。まず始めにムーブメントがあり、何かのテーマに対して動く。

人間は一度にふたつのことはできないから、まずは身体ありきだと考えていうのが僕の考え方。でも日本のダンサーを見ていると、内面から沸き上がってきているものを表現しようとしているように見える。ということは、そのとき身体はあまり重視していないというか、内面が先で身体が後から付いていく状態になっているのではと……。そこがとても違うところです。ふたりの違いというのがどんどんわかってきて、だから大変だし、疲れるし、でも興味深いところです。

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白井>僕の中では身体と思想は並列ですね。身体も頭も気持ちも全部が均等で、身体もウソを吐くと思っているし、身体が特権を持っている訳ではないと考えています。無意識になっているときの動きを美しいと思っていて、意識的にどこまで無意識的になれるかということを突き詰めていけば、美しさに繋がる気がします。

考えごとをしていたり、何かに夢中になっているときのふとした佇いとか、見せようとしていないときに出てきた動きに美しさを感じる。そこは彼と違う部分かもしれない。演奏家にしてもそうで、楽器を弾いてる姿をあえて良く見せようとすると格好悪いですよね。いい音を出すための身体のポジションと手の動きがあれば、それは美しい。そういうものを探している感覚はあります。





似て非なるおふたりが同じ舞台に立つ上で、どのように融合されていくのでしょう。もしくはその差異をあえてあらわにしてくのでしょうか。

白井>これだけ一緒に過ごしていれば、お互い違うなりの考えは見えてきている。寄り添うことはできるようになっているけれど、そのことによって面白くなくなっている部分もあるので、お互い濁らないようにしないといけないとも思っています。違う要素を同時に見せるところに緊張感をもたせるには、もっとそれぞれがはっきりしなければいけないと思うし、それを身体の部分でもっと探っていかなければいけない。

身体の部分で探っていくには時間がありさえすればいいし、共存する場所さえあれば何とかなるけれど、共存する場所を一緒につくるのが難しい。ふたりで無人島に投げ込まれれば何とかサバイバル生活をするけれど、そこにステキな女の子が来ます、どういう家を建てましょうとなったとき、“僕はこういう家がいい”“僕はああいう家がいい”となるから難しい。

演出手法、発想法自体も混在してごちゃごちゃで、どこまでコントロールできるかわからない状態、というのも作品としてひとつありえるのかなと思います。最終的な作品性がわからないものになるかもしれない、という風にしておかないと動けない。無責任なようですが、どういう色を模索したいとなると別れてくるから、最終ビジョンは持たない方がいいのかなという気がしはじめているところです。

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ソンヨン>僕もそう思います。昔は動きこそがダンスだと思っていたけど、最近はそれよりもどういうプロセスを経て何を頑張ってつくってきたかという背景にあるものを大切にするようになってきた。今彼と一緒につくっていますが、根本的に振付の仕方が違う。ふたりの違う要素を混ぜて、舞台上でお客さんに違う振付家なんだと見せつつ、ときどき“あ、すごく近いんじゃないか”という部分も見せられたらいいなと思っています。でもそれをどう見せるのかというところでふたりがどれだけ近づいていくか、これからまだ大きなひと仕事が待っている感じです(笑)。

自分としては、自分が見て欲しいものをお客さんが見てくれることが望みではあるけれど、それはすごく難しい。見るひとに届いて欲しいものがちゃんと伝わっているかどうかはわからないし、こちらの考え通りに何かを感じさせることはきっとできないと思う。ダンスは僕にとって言語だけれど、言語というのは必ずしも共通ではなくて、誰にでもわかるものではない。逆に、上手く言えなくてもすごく通じ合ったり理解できることもある。お客さんにはダンスを通して、僕たちふたりを通して、その先にある違いや共通する何かを見てもらえたらという想いでいます。


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撮影:荒木経惟





プロフィール

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白井剛

1976年生まれ。1998年、カンパニー「Study of Live works 発条ト(ばねと)」を設立し、「バニョレ国際振付賞」(2000)、トヨタコレオグラフィーアワード「次代を担う振付家賞」(2006) を受賞。ダンサーとしてユーリ・ン(香港)振付『悪魔の物語』、 伊藤キム振付『禁色』に出演するほか、アルデッティ弦楽四重奏団とのコラボレーション作品「ジョン・ケージ『アパートメントハウス1776』」に出演。2007年、ダムタイプの藤本隆行らとともに『true/本当のこと』を製作、世界11ヵ国20都市でツアーを行う。さまざまなアーティストと積極的にコラボレートし、既存の舞台表現にとらわれない新しいパフォーマンスに取り組んでいる。


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キム・ソンヨン

1976 年生まれ。1997 年、最年少で「東亜舞踊コンクール」金賞を受賞。2013 年「韓国舞踊芸術賞」コレオグラファー賞、「ダンス・ビジョン・コリア」最優秀コレオグラファー賞、第34回ソウル舞踊祭参加作『超人』で大賞をはじめ音楽賞・ 舞台美術賞など5 部門を相次いで受賞。自身のカンパニーDance Company MooEとフランスのカンパニーと共同制作し、フランス国立レンヌ・ブルターニュ振付センター(muse de la danse)で発表するなど、国内外で活躍している。現在、漢陽大学、ソウル大学でダンスを教える他、米ベルヘブン大学客員特別講義教授。韓国国立現代舞踊団の招待コレオグラファーとしても活躍している。



公演情報

『原色衝動』
振付・構成・出演:白井剛、キム・ソンヨン
映像写真:荒木経惟『往生写集 ― 東ノ空・PARADISE』より

京都公演
日程: 2015 年 9 月 26 日(土)14 :00・18 :00 、27 日(日)14 :00
チケット:前売3,500円、当日4,000円、
シニア(60 歳以上) 前売3,200円・当日3,700円
学生&ユース(25 歳以下) 前売2,000円・当日2,500円
京都芸術劇場友の会 前売3,000円・当日3,500円
会場 :京都芸術劇場 春秋座(京都造形芸術大学内)
http://www.k-pac.org/

チケット取り扱い(京都公演):
京都芸術劇場チケットセンター
075-791-8240(平日10:00~17:00)
劇場オンラインチケットストア ※要事前登録(無料)
パソコン:http://www.k-pac.org/
携帯電話:http://www.k-pac.org/theatre/m/m

チケットぴあ http://t.pia.jp/
0570-02-9999
P コード:444-909

イープラス http://eplus.jp/

京都・滋賀各大学生協プレイガイド

問い合せ: 京都芸術劇場チケットセンター
075-791-8240(平日10:00~17:00)


東京公演
日程: 2016年2月26日(金)19:30、27日(土)15:00
チケット:一般4,000円、ペア7,000円(前売のみ)、
高校生以下1,500円、U24 2,000円、
友の会会員割引3,500円 、せたがやアーツカード会員割引3,700円
会場:世田谷パブリックシアター
http://setagaya-pt.jp/performances/20160226genshoku.html

チケット取扱い(東京公演):
世田谷パブリックシアターチケットセンター
03-5432-1515(10:00~19:00 年末年始を除く)

世田谷パブリックシアター オンラインチケット 
※要事前登録(無料)
パソコン:http://setagaya-pt.jp/
携帯電話:http://setagaya-pt.jp/m/

チケットぴあ http://pia.jp/t/
0570-02-9999
Pコード:447-806
チケットぴあ店舗、セブン-イレブン、サークルK・サンクスでも直接販売

問い合わせ:世田谷パブリックシアターチケットセンター
03-5432-1515(10:00~19:00 年末年始を除く)


※ データは2015年12月15日現在のものです。
内容は変更になる場合があります。
詳しくは公式HPでご確認ください。



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