完璧な舞台に隠されたエピソード

煌びやかな舞台装置と衣装、正装の観客で完成された美の世界というイメージのオペラですが、それでも劇場は生の舞台。耳を疑うようなエピソードがたくさんあります。今回は、20世紀のスターと有名な作品に纏わる悲喜劇のエピソードを紹介しましょう。


20世紀の歌姫マリア・カラス

オペラに興味がない人でも、マリア・カラスの名前を知っている人は多いのではないでしょうか。カラスは、科学分野におけるアインシュタイン、IT産業におけるビル・ゲイツのように、オペラの世界では大事なスターです。カラスの魅力は、歌声や声量だけではなく、その演技力、特に自分の役に入り込む技量にありました。

カラスがオペラ界にデビューする以前には、ソプラノ歌手は歌うことだけに心を砕き、感情移入や女優としての役割は顧みられませんでした。カラスはその意味で革命的で、オペラ史上最も有名で名高いソプラノの地位を得ました。カラスは史上初の歌手兼女優であり、ヴェルディ「椿姫」のヴィオレッタ・ヴァレリーや、プッチーニ「トスカ」のフローリア・トスカのような劇中の人物に命を吹き込んだのです。音楽レーベルがカラスのCDを増刷し続けるのは、彼女の歌が新人の歌手たちにとって大変ためになる教科書であり、世界中のオペラファンを魅了し続けているからです。


マリア・カラスの喜劇的なエピソード

20日大根

マリア・カラスは大根役者??

1955年12月28日、ミラノのスカラ座でヴェルディの「椿姫」の公演を終えたカラスは、カーテンコールで、聴衆から大量の花束と一緒に二十日大根の束を投げつけられました。

彼女の公演に不満をいだいた聴衆からの嫌がらせでしたが、ひどい近眼だったカラスは、ファンからの花束と勘違いして、それを誇らしげに床から拾い上げ胸に頂いたのです。

 

スカラ座の聴衆

ミラノのスカラ座で「椿姫」を演じることは実は非常に難しいのです。スカラ座の聴衆は、世界でも有名な生粋のオペラファンで、彼らに認められれば世界的なスターになるという登竜門になっています。「椿姫」はこうあるべきだというイメージが出来上がっているため、カラス程の実力を持ってしても彼らを満足させることはできなかったようです。

実際に、カラスの他にも、ソプラノのレナータ・テバルディがブーイングを受けていますし、同じくソプラノのミレッラ・フレーニに至っては聴衆と口論になりました。この時の指揮者は偉大なるカラヤンでしたが、それでも聴衆の怒りは収まらなかったようです。

イタリアのオペラの伝統とイタリア人のラテン的性格がまじりあっての結果でしょうね。イタリア人はサッカーとオペラに情熱を注ぐのです。 次のページでは、悲劇的な実話エピソードについてお話します。


悲運のオペラ「運命の力」

黒猫

黒猫より不吉なオペラ「運命の力」

もう一つのエピソードは悲劇です。同じくヴェルディの「運命の力」は、オペラ歌手やファンから“悪運のオペラ”として恐れられています。

「運命の力」は、帝政ロシア時代に、帝都サンペテルスブルグのマリインスキー劇場からの依頼で書かれた作品です。そのため、イタリア語の他にも、ロシア語で歌われるバージョンも存在します。当時、この作品の誕生は音楽界で大変な話題となり、第4回目の公演では皇帝アレクサンドル2世も観劇しました。

「運命の力」は、スペイン、セビリアの貴族の娘レオノーラとドン・アルバロの悲恋の物語です。ドン・アルバロには南米の原住民の血が混じっていたため、レオノーラの父が結婚に反対します。ある日、銃の暴発事故で、ドン・アルバロはレオノーラの父を殺めてしまいます。駆け落ちした二人は生き別れになりました。父の復讐を誓うレオノーラの兄ドン・カルロはドン・アルバロとの決闘で瀕死となりますが、最後の力を振り絞って偶然そこに居合わせたレオノーラを刺してしまいます。
 

悲劇のエピソード

この作品は、世界でも屈指の人気を誇る作品の一つですが、悪運をもたらすという噂が常について回ります。初演の時から今日まで、この作品を巡って不幸な出来事が起こり続けているからです。ドン・アルバロ役を演じた途端に喉に支障をきたしたテノール歌手や、公演後に突然死亡したり、若すぎる引退を余儀なくされた歌手もいます。

1960年3月4日には、アメリカのバリトン歌手がドン・カルロ役でアリアを歌う時に、突然の心臓発作により舞台の上で死亡しました。それ以来、歌手たちはこの悪運のオペラへの出演を敬遠しています。

実は、初演時には、主人公のドン・アルバロも絶望して投身自殺し、主要な登場人物が皆死んでしまうという内容でした。後にヴェルディ自身が書き直し、1869年からの公演では、ドン・アルバロは生き残る内容になっています。このような経緯が、不幸な「運命」をもたらしたのかもしれません。
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