山崎育三郎undefined86年東京生まれ。子役として活躍後、音楽大学在学中に『レ・ミゼラブル』マリウス役に合格。19歳でこの役を演じて以降、『サ・ビ・タ~雨が運んだ愛』『モーツァルト!(菊田一夫演劇賞受賞)』『ダンス オブ ヴァンパイア』『ロミオ&ジュリエット』『ミス・サイゴン』等、数多くのミュージカルで活躍。井上芳雄、浦井健治とのユニットStarSでは日本武道館でライブを開催。(C) Marino Matsushima

山崎育三郎 86年東京生まれ。子役として活躍後、音楽大学在学中に『レ・ミゼラブル』マリウス役に合格。19歳でこの役を演じて以降、『サ・ビ・タ~雨が運んだ愛』『モーツァルト!(菊田一夫演劇賞受賞)』『ダンス オブ ヴァンパイア』『ロミオ&ジュリエット』『ミス・サイゴン』等、数多くのミュージカルで活躍。井上芳雄、浦井健治とのユニットStarSでは日本武道館でライブを開催。(C) Marino Matsushima

*最終頁に観劇レポートを掲載しました!*

ミュージカルを観慣れてくると、公演告知を見て「この人が出ているなら安心」と思えるキャストが出て来るものですが、山崎育三郎さんはその一人。まだ28歳という若さながら、“絶対的”という言葉はこの人のためにこそ、と思わせる安定した歌唱力、演技力を備えた、“花も実もある”俳優です。

その彼が24歳で巡り合い、菊田一夫演劇賞を受賞するほど絶賛されたのが『モーツァルト!』。幼児期に天才としてもてはやされたヴォルフガング・モーツァルトが、社会や家族と対立しながら自らの生き方を確立しようともがき、35歳で早逝するまでを、緻密に、ドラマティックに描いたミュージカルです。子役経験もある山崎さんにとって、「過去」と折り合いをつけながら「今」をどう生き抜いてゆくかがテーマの本作には、とりわけ思い入れが強い模様。2回目となる今回は、どんな意識で取り組んでいるでしょうか。

自身とリンクし、一つになれるモーツァルト役

『モーツァルト!』写真提供:東宝演劇

『モーツァルト!』写真提供:東宝演劇部

――山崎さんにとって、『モーツァルト!』はどんな作品でしょうか。

「前回の『モーツァルト!』は、帝国劇場での初主演作品でした。帝劇といえば、ミュージカルをやっている方が皆さん目指す劇場。歌手の方にとってのNHKホールや日本武道館という位置づけです。“子供のころからの夢がかなった”喜びで、初日の前日は興奮して眠れなかったし、千秋楽では涙が止まらなかったくらい、思いの強い作品ですね。自分にとって大きな転機にもなりました」

――ヴォルフガングというお役はいかがでしたか?

「当時、僕はすごく不安でした。毎日2000人のお客様が見に来て下さるのだから、絶対体調も崩せないですし、最高のパフォーマンスを見せなきゃという思いが溢れすぎて、怖くなったんですね。そんな中で、家族にも理解されない、友人たちとの人間関係もぐちゃぐちゃになってしまったヴォルフガングが、“それでも僕はこの音楽を書きたい、僕のスタイルはこうなんだ、僕はこう生きたいんだ”ともがく姿が自分とすごくリンクして、後押しされるような感覚がありました。今できるのはこれだというものを目指して、周りにふりまわされずに舞台に立とうと思えたし、彼と気持ちが一つになれたような瞬間があったんです。俳優という仕事柄、壁にぶつかることも戦わなくてはいけないこともあるけれど、そんな時にモーツァルトの生き方が支えになってくれるんですよ」

――支えになるというのは、「彼もこんなに苦しんだのだから」という部分でしょうか?

「そうですね。例えば僕の仕事だと、何か月も連日、2000人のお客様をお迎えして、いつでもその前で歌ったり芝居をすることが出来る状態でいなくてはいけませんが、それにはかなりのエネルギーと心の準備が必要です。そのためにはどういうふうに毎日を生きていくかが大事ですが、かたや20代の男として、例えば“飲みにいきたい”というような願望もある。ヴォルフガングの場合は、自由に恋愛もしたいし遊びにも行きたいのに、常に“才能”につきまとわれて、“そんなことしてる場合じゃないでしょ、作曲しなよ”とばかりに邪魔をされる。舞台では、この“才能”が白い鬘をかぶって赤い衣裳を着た子役(アマデ)の姿で表現されるんです。この葛藤を演じながら、“そうだよなあ”と共感する部分はものすごくありました」
『モーツァルト!』写真提供:東宝演劇

『モーツァルト!』写真提供:東宝演劇部

――子役が終始無言で演じるこの“アマデ”というキャラクターは、本作において非常に大きなポイントとなっていますが、その意味するところについてはいろいろな見方があるかと思います。山崎さんにとっては「才能」なのですね。

「そうですね、やはり神様からもらった天性の作曲の才能ということなんでしょうね」

――歌詞を読む限りは「過去」の象徴にも見えます。彼は子供時代の栄光からいつまでも逃れることができない、というように。

「それもあると思います。過去の栄光と作曲の才能は、大人になっても彼の中にあるということですね」

――本作では父と彼の関係も重要な要素ですね。いつまでも父親依存から抜け出せない、大人になりきれない子の物語でもあるようです。

「それも子供の頃のイメージが強いんでしょうね。演奏旅行に出て、眼隠ししてピアノを弾いて大絶賛だったとか、この父子には二人で作り上げてきたものがあるんです。演出の小池修一郎先生からは、“亀田親子に近いものがある”と言われていました。亀田兄弟はお父さんが絶対で、お父さんと向き合ってボクシングスタイルを築いていった。モーツァルト親子にもそれに近いものがあるのでしょうね。その父に最後には“一人でやっていけ”と言われて、ヴォルフガングはとても不安になったと思います」
『モーツァルト!』写真提供:東宝演劇

『モーツァルト!』写真提供:東宝演劇部

――レオポルトは折に触れ「私は子育てに失敗したのか」とモノローグ的に歌います。親心が息子には届いていなかったのでしょうか。

「お父さんとしては彼が音楽家として生きていくため、きちんと収入も得て生活できる基盤を作りたかった。コロレド大司教に仕えていれば生きていけると思い、その座を守らせたがったけれど、ヴォルフガングには子どもの頃の成功体験がある。もっとこんな曲も書きたい、こんな表現もできるからこんなところにとどまっていたくない、という思いがあって父と衝突するんですよね」

――そんな彼を外に導く存在として、ヴァルトシュテッテン男爵夫人という人物も登場しますね。まるでレオポルトとの対称軸のようです。

「彼女はヴォルフガングの才能を非常に評価していて、“かわいい子には旅をさせよ”ではないけれど、彼には旅をさせたほうが才能が開花すると考え、支援した。ヴォルフガング寄りの理解者だったんじゃないかなと思います。

僕は11歳の頃から子役をやっていたんですが、気が付けば、当時いた何百人もの子役仲間で、今もこの世界に残っている人は本当にいないんです。辞めた子のほとんどのお母さんがステージ・ママで、いつも“次はこのレッスンよ”と付き添っていました。子供としては好きでやっていたつもりでも、高校生ぐらいになると“お母さんにやらされている”という思いが強くなってしまうんですよね。それでつまらなくなってやめてしまう。モーツァルト親子の問題はそれに近いものがあったのかもしれません。自分で“やりたい”というところに持っていかないと、子供は頑張れない。表現者としては“やらされている”というのはつらいですからね」

――でも、レオポルトとしては子供のために善かれと思って口を酸っぱくしていたわけですよね。

「当時は音楽家の身分が低くて、今のように自由に作曲できるわけではなかったから、なんとか自活させたかったんでしょうね。親と子、どちらの気持ちも分かるんですけれどね」

――子育てって難しい……。

「難しいですね(笑)」

*『モーツァルト!』トーク、まだまだ続きます!


最後の一瞬まで“自分の生き方”を貫くという幸福

モーツァルト!』写真提供:東宝演劇部

『モーツァルト!』写真提供:東宝演劇部

――史実でのモーツァルトは病死と言われていますが、本作でその最期は“アマデ”との葛藤の果てとして、比喩的に描かれます。その壮絶なラストシーンは非常に印象的ですが、ヴォルフガングとしては敗北感を抱いていたのでしょうか。

「僕の考えの中では、彼は幸せだったと思います。母や父親が亡くなったり、妻の心も彼から離れていったけれど、最後まで自分の好きな音楽と向き合い、死ぬ直前まで作曲が出来たというのは、ヴォルフガングにとって幸せな事じゃないかな。

僕も舞台に立つ人間として、(人生の)最後まで舞台の上に立っていたいという気持ちはあります。それに近いものがあるんじゃないかな。ヴォルフガングは苦しみながら死んでいくけれど、最後には何か開放されるというか、みんなは理解してくれなくても、“僕はこうなんだ”“僕の生き方はこうなんだ”ということを、死ぬぎりぎりまでやりきったのではないか。最後にはゴールに到達したというか、やりきったという、幸せな気持ちの方が強いかもしれないですね」

――シルヴェスター・リーヴァイさんの音楽はいかがでしょうか?

「彼はクラシックを基礎として、いろいろな音楽に通じている方ですね。キャラクターにあわせて音楽のジャンルさえ変えて作曲しているところが非常に面白いし演劇的だし、お客様にとっては年代を問わず楽しめる音楽だと思います。今年僕も参加していた『レディ・ベス』でも、ポップス、クラシック、スペイン音楽、イギリス民謡、ジャズ……と、登場人物のキャラクターとか生まれた国によってジャンルを変えたナンバーをあてていました。

それと、ヨーロッパの方なので、アメリカのミュージカルとは違った哀愁、繊細な部分があって、日本人に合うような気がします。アメリカの“ザッツ・ミュージカル”的な音楽とは違って、アジア的な“こういいたいけど言えない”“我慢している、気を使っている”というような、日本人が美しいとする発想のようなものが、リーヴァイさんの音楽にもある。それが日本や韓国で彼の作品が大ヒットしている理由なのかなと思います。ヨーロッパだから出る音色なのかな、と」
『モーツァルト!』写真提供:東宝演劇

『モーツァルト!』写真提供:東宝演劇部

――今回、ご自身の中でテーマにしていることはありますか?

「自分のヴォルフガングがどういうもので、何を表現したいのか。(キャスト)メンバーも一部変わりましたし、またゼロから作り直して、今の自分が感じるモーツァルトを作りたいです。この役はテクニックではできない役で、考えてやると言うより、自分の感じたままぶつかっていかないといけない役だと思うんですよね。今の僕が28歳なので、これまでの28年間で経験してきたことをもとに、しっかり表現する。とにかく思い切り、今の自分ができる表現を目指してぶつかっていきたいなと思います。

今年の始め、モーツァルト巡りをしたいなと思って、初めてウィーンに行ってきたんですよ。彼ゆかりの公園や町、カフェ、生まれ育った家を訪ねることで、“この公園で歩きながら曲を作ったのかな”“ここをあの台詞のような気持ちで歩いたのかな”と、これまでイメージの中でやっていたものが明確になった瞬間も有りました。今回、舞台に立った時に、現地で肌で感じた空気感をイメージしながら表現できるので、今年はまた違う気持ちで表現できるのではないかなという気もします」

*次ページからは山崎さんの「これまで」をうかがいます。意外にも(?!)内気だったという育三郎さんがミュージカルと出会ったきっかけとは?



内気な少年が「歌」に出会い、人生が輝き始める

『ミス・サイゴン』2012年公演undefined写真提供:東宝演劇部

『ミス・サイゴン』2012年公演 写真提供:東宝演劇部

――では、ここからは山崎さんのキャリアについてお聞かせください。さきほど、11歳の頃から子役をされていたというお話を伺いましたが、その前に童謡コンクールで入賞したこともおありなのですね。

「もともとは野球少年で、6歳からやっていたんですが、性格的には人前に出るのが苦手で、家でさえ“どこにいるのかわからない”と言われるほど喋らない子でした。母親がひどく心配していたんですが、8歳の時に母に連れられて『アニー』を観に行ったら、帰宅後“トゥモロー”をきれいな声で歌っていたそうなんです。歌をきっかけに、人の目を見て話ができるようになればということで、近所の音楽教室に通い始めました。

そこの先生に“こういうものがあるよ”と聞いて、母と一緒に童謡コンクールに出て“七つの子”を歌いました。“か~ら~す~、なぜ泣くの~”というあの歌ですね。そこでファミリー賞のようなものをいただいて、それがきっかけで歌が好きになりました。学校の音楽の授業で“山崎君、上手だからみんなの前で歌ってごらん”と言われて歌ったり、親戚の集まりで歌ってお小遣いを貰ったり(笑)。

そんなある日、歌の先生から“小椋佳さん主宰のアルゴミュージカルのオーディションがあるよ。男の子が主役らしい”とうかがって受けてみたら、3000人くらい子役が集まっていました。3歳からダンスをやってきたような子ばかりで、『アニー』の主役をやっていた子も4人ほどいたかな。“うわ、アニーの人たちだ……”と思いながら参加してましたが、演技もダンスもなんにも経験がないにもかかわらず、小椋さんが僕を主役に選んでくださったんです。
山崎さんの少年時代の舞台より。写真提供:山崎育三郎

山崎さんの少年時代の舞台『フラワー』より。

半年間の稽古では、演出家から“下手くそ、帰れ!”と灰皿を投げつけられる勢いで言われ続けて、“なんで俺、ここにいるんだろう”とも思ったけど、半年間練習していると、子供だし、運動神経はよかったから、ダンスもなんとなく出来るようになってくるんですよね。初日を迎えたのは、今は“天王洲銀河劇場”ですが、当時は“アートスフィア”という名称だった劇場。カーテンコールでわーっと拍手をいただいて、“これを一生の仕事にしたい”と思いました。当時はまだ野球も続けていてキャプテンだったのですが、監督に“どちらかにしなさい”と言われて、“野球はやめます”と答えました」

*次ページでは山崎さんの人生を大きく変えた体験から“史上最年少マリウス”となるまでをお話しいただきます。


勇気を振り絞り、自分を“変えた”留学体験

『レ・ミゼラブル』写真提供:東宝演劇部

『レ・ミゼラブル』写真提供:東宝演劇部

――まっすぐな少年だったのですね。

「ミュージカルという世界に惹かれたんです。稽古の半年間は毎日つらかったけど、本番で目の前の大勢の方々から拍手をいただけたことに感動してしまったんですね。その後、中学の間はミュージカルの子役の仕事でずっと忙しくしていたんですが、中3の時に変声期が来て。それまで出ていた高い音も低い音も出なくなって、気持ち悪い声になってしまったんですよ。子供の歌も女性の歌も、男性の歌も歌えない。ずっと歌ってきたから、どんなに声が出ないかがよくわかるんです。“もう人前で歌いたくない”と落ち込みました。絶望していましたね。

けれど、当時の声楽の先生が僕の出演作を観てくださった上で“君がもし将来ミュージカルをやりたいのなら、今からクラシックを勉強しておけば絶対プラスになる。やってみないか”と言ってくれたんです。オペラなんて興味ないと思いながらも、今の状況じゃミュージカルにも出られない。それなら、と音大の付属高校を受けることに決めました。中3の夏から毎日、先生の家に通って、それまで弾いたことのなかったピアノ、ソルフェージュ、イタリア歌曲集を必死にやったら、ぎりぎりで合格。ここでしっかり歌を勉強しようと思いました。

そのころちょうど、井上芳雄さんが『エリザベート』のルドルフ役でデビューされたんですよ。それまでミュージカルの世界では(二枚目役でも)ベテランの方が多かった中で、背が高くて若くてプリンスのような井上さんが現れて、かっこいいなと思いながらも、“くそ~、絶対負けないぞ、いつかは僕もあのステージに立つぞ”とひそかに思いました(笑)。彼が目標になりましたね」

――声楽を勉強してどんなことが特に良かったですか?

「体を使って歌うことももちろん学べましたし、声楽の世界では“譜面から作曲家の意図をくみ取る”ということが非常に重視されていたので、ピアノを弾きながら、譜面を見てその場で歌うことができるようになりました。ミュージカルで役が決まるとまず楽譜を渡されるので、その点でもよかったと思います。
StarS 2013年日本武道館公演undefined写真提供:エイベックス

StarS ツアー公演 撮影:川並京介

去年、StarSの日本武道館公演で僕がピアノを一人で弾いて3人で歌うという一幕もあったのですが、1万2千人がしーんとなってる中で、体が震えながらも僕のピアノだけで歌うことが出来たのは、あの中3の変声期に“音大に行こう”と決心したからこそ。今、海外の作曲家と仕事をしていても皆さん基礎はクラシックなので、勉強をしていて良かったと思います。つくづく、はじめに“クラシックを勉強してみないか”と声を掛けてくださった先生に感謝しています。変声期のとき、そのままミュージカルを続けるという選択肢もあったけれど、一度やめてこういう充電期間があってよかったですね」

――高校時代には留学もされたのですね。

「二人の兄が留学していたこともあって、アメリカの普通科高校に行ったんです。兄たちに“1年間日本人と喋られなければ絶対英語が喋れるようになる”と言われてミズーリ州の、空港から4時間くらい車で走った、白人しかいないような町に行ったんですけど、はじめは大変でしたね。アジア人なんて見たこともないという子供たちばかりで、初日に学校を歩いていたら、いきなり突き飛ばされました。こちらが英語が喋れないとわかると、がんがんいじめてくるんです。

それが変わったのは、生徒会主催のダンスパーティーがきっかけでした。毎月、体育館でDJを呼んで開催していたんですが、アップテンポな曲になると500人くらいが円になって、ダンスが得意な子が真ん中で踊るのを見るんです。僕は友達が一人もいなくて、はじめは隅の方で一人で座っていたんだけど、みんなをじっと見ながら“もし今ここで踊りに行ったら、俺の人生、変わるかもしれない。もういじめられないかもしれない”と思った。思い切ってばーっと円の真ん中に走って行って、子役時代にダンスの経験もあったのでうわっと踊ったら、すごく盛り上がって“IKU、IKU”コールが起こったんです。

翌日にはスターになっていました(笑)。僕を突き飛ばしたやつも“ヘイ、お前最高だぜ”なんて声を掛けてきて。待ってても何にも始まらないし、シャイでいるって意味のないことだ、と学びました。それまで、子役をやっていてはいても依然として人前が苦手だった自分が、自分から表現していかないと生きていけない国に留学したことで変われた瞬間でした」

――アメリカという、表現する人に応えてくれる国民性の国に留学したのも良かったですね。

「そうですね。日本だと逆に表現する人を冷めた目で見る人もいるかもしれないけど、アメリカ人は何かやる人に対しては絶対耳を傾けたり、反応する。表現しないと“何考えてるか分からない”と思われちゃうので、はっきり表現することが大事だと学びました。

オペラとはまた違う音楽に触れようと思って、留学中は合唱部に入ってポップスやゴスペルを勉強しました。帰国して、付属高校を卒業後、音楽大学に入ったのですが、入学ぐらいの時期にアルゴ・ミュージカルの演出家から『レ・ミゼラブル』のオーディションの話をきいたんです。声変わりから4,5年。“そろそろ声も大人になってきたかな。自分の声がどれくらいミュージカル界で通用するかな”という気持ちもあってチャレンジしたのがマリウス役でした。そこで受かって、以来ずっとミュージカルの世界にいます」

*次ページではマリウス以降のキャリアについてうかがいました。


忘れえぬ役の数々

『サ・ビ・タundefined雨が運んだ愛』写真提供:東宝演劇部

『サ・ビ・タ 雨が運んだ愛』写真提供:東宝演劇部

――マリウスはその2007年公演を皮きりに何度も演じていらっしゃるだけに、印象深い役ではないでしょうか。

「実は声変わりした中学3年の時に、“次にミュージカルに戻るときはマリウス”と自分に言い聞かせてたんです。それから5年ほど、ひたすらマリウスに向かって積み重ねてきたので、オーディションに受かった時にはラッキーでも何でもなくて“ここからスタートなんだ”と心の中で思っていました」

――着実な道程ですね。

「自分の中では5年間しんどい思いもしましたよ。全然声が出ないところからスタートして、毎日練習室にこもって発声して“青春も何もないな”と思っては、帝劇にミュージカルを観に行って自分を奮い立たせてもらってまたレッスン。その繰り返しだったので、合格した時には“やっと”という思いでした」

――オリジナル演出と新演出、二バージョンの『レ・ミゼラブル』も体験されましたね。

「小学生の時から観ていてファンでもありますし、ジョン・ケアードと一緒に作ってきたものが大きかったのですが、(新演出については)新しいチャレンジの気持ちを持って臨みました。新しいカンパニーはそれまでの『レミゼ』にはない、劇団みたいなチームワークでやっていましたね。みんなで作ろう、という。演出については、よりシンプルにリアルにということが求められたかな。以前は、これは日本独特の文化なのかもしれませんが、例えば“スターズ”で歌舞伎の見得の際の“待ってました!”に応える“たっぷりと”感に類する空気があったけれど、そういうのは無くそうという方向性でした」

――その後も様々な作品に出演されていますが、個人的には音大付属高校生たちの青春を描いた『交響劇 船に乗れ!』(関連記事はこちら)が特に印象的でした。青春の痛み、残酷さがとてもよく表現されていたと思います。

「僕自身が音大付属に通っていたので、すごくリンクする部分が多い作品でした。津島というチェロを弾く生徒の役だったんですけど、僕自身、同級生にチェロの津島がいたんですよ。男子も数人しかいなかったり、会話の内容も、まさに自分の高校時代を再現しているような感覚になって(笑)。稽古期間中に僕がワークショップをやって、“音大の付属高校ではこういうことあるよ”とみんなにレクチャーをしたこともありました。歌はすべて既存のクラシック曲に歌詞をはめたもので、難しかったけど、ああいうオリジナル作品への挑戦には興味があるので、とても面白かったです」
『レディ・べス』写真提供:東宝演劇部

『レディ・べス』写真提供:東宝演劇部

――そして最近作と言えば『レディ・ベス』。クンツェ&リーヴァイ作品ですが、日本が世界初演でした。

「世界初演というのは、あまり意識していなかったです。『船に乗れ!』など、すべての作品が世界初演みたいなものですから。でも、本番直前に台詞や歌がカットになったり増えたりというのもあったので、帝劇公演の間はドキドキしました。世界初演ということでさらにいいものにしたいという思いがスタッフの側にもあって、ゴールは決めずに進化させていったんですね。本番が始まってからも日々変わっていったので、千穐楽では全然違う作品になったくらい良くなったと思います。ラストシーンも、最初の台本から変更に変更を重ねていってあの形に落ち着いたんですよ。その変化していく過程が面白かったです。再演ですか?どうでしょう(笑)」

*次ページではStarS、そして今後のビジョンについて語って下さっています!*

お客様ひとりひとりへの思いを胸に

StarS 2013年日本武道館公演undefined写真提供:キネマ旬報

StarS 2013年日本武道館公演 写真提供:キネマ旬報

――“目標”とされていた井上芳雄さん、そして浦井健治さんと昨年結成し、さきほどお話されていたように11月には日本武道館公演も実現。大きな話題を呼び、ミュージカルのアピールに貢献したユニットStarSも、山崎さんを語る上では外すことができません。

「今はスケジュールが理由で次の予定が立っていませんが、長い目でやっていこうという話をしています。もともと、僕ら3人が仲良しだったから結成したというわけではありません。帝国劇場100周年の鼎談企画が持ち上がった時に、井上さんが僕と健ちゃんと話したいと言って呼んで下さった。そこで3人で集まった時に“ミュージカル界を盛り上げることしたいね”という話になって。直感的に、3人で何かできるんじゃないかと思って芳雄さんに言ったら“あ、いいね”ということになって。やりたいと言ったら周りの方々が動いて下さって、すぐ活動が実現したんです。
13年5月にリリースされたStarSの初ミニアルバム。6曲中3曲が「Gleam」などのオリジナル。ミュージカルナンバーは『ヘアスプレー』『オペラ座の怪人』『ジキル&ハイド』で、それぞれ3人の声を活かしたアレンジで楽しめる。PVやインタビュー収録のDVD付のエディションも有り。avex io

13年5月にリリースされたStarSの初ミニアルバム。6曲中3曲が「Gleam」などのオリジナル。ミュージカルナンバーは『ヘアスプレー』『オペラ座の怪人』『ジキル&ハイド』で、それぞれ3人の声を活かしたアレンジで楽しめる。PVやインタビューが収録されたDVD付のエディションも有り。avex io

その手応えたるや、凄かったですね。ミュージカル俳優が単独で日本武道館で公演を行うのは、史上初。それが出来たのは大きかったですね。3人集まった時のエネルギーって10倍にも100倍にもなるんだなと思えたし、ミュージカルの世界で育った僕らのこれまでの集大成が、日本武道館という場で出来たと感じました。会場が1万2千の人で埋まった光景も感動的でした。僕たち、テレビに出て有名になったようなタイプじゃなくて、本当に地道に舞台に立って、一回一回の公演から始めています。僕の場合、はじめは楽屋口の外に3人くらいの方がいて「今日良かったです」と言ってくれたところからスタートして、ちょっとずつ応援して下さる人が増えてきたから、すごくお客様に対しての思いが強いんです。お客様が観に来て下さって僕たちはやっているという実感が強いから、武道館で1万2千人の人を観た時には涙が出そうなくらい感動しました。30歳前後になって、自分が積み重ねてきたことがあっての光景でしたから。

お客様に感謝の気持ちを伝えるために、手書きでサインを書こうという話になって、日本武道館の公演前、大量の色紙に、半年かけてサインしました。『レ・ミゼラブル』の地方公演の間、段ボール箱が4つ5つ部屋に送り込まれてきて、その中に詰まった色紙にサインをしては送り、というのが毎日あって、ぎりぎり間に合って一人一人に感謝の気持ちを伝えることができました。そういう機会になったという意味でも、すごく大きいことが出来たなと思います。武道館公演の翌日、僕は『レ・ミゼラブル』の昼公演でスケジュール的には大変だったけれど、それ以上に得たものは大きかったですね。ミュージカル・ファンの底力も見せてもらえました。ふだん2000人の劇場で静かに見ている方たちと思えないくらい「わ~」っと盛り上がってましたから。

皆さんにとってもすごく大きなことだったらしく、いまだにどこに行っても“次いつやるの?”と聞かれますが、長い目で、30、40、50、60歳のころ、集まれる時に集まって、かっこいいおじさんとしてで出ていければいいねと話しています」

――とても30歳前の方とは思えないくらい充実したキャリアを送っていらっしゃいますが、今後のビジョンは?

「好きで始めたミュージカルは僕のホームグラウンドだとずっと思っていますが、今後はStarSを含め、異なる活動にチャレンジすることによってミュージカルを盛り上げていくという意味でも、機会があれば映像にもチャレンジしたいと思っています。自分の幅を広げるために、二枚目だけでなく、癖のある役など、何でもやってみたいですね。

ただ、40になっても50になっても60になっても市村正親さんのように、舞台の上で表現できるよう自分を磨いて、いつでも立てるようにいたいです。あと、日本オリジナルで世界に出られるようなものがいつか出たらいいですよね。作曲ですか?遊び感覚でピアノを弾くので、自分のライブとかではやっています。ミュージカルを作曲? そうですね。StarSでやってみたいんですよ。宝塚みたいに、一部はミュージカル芝居、二部はショーというのを3人で出来ないかな、と。

目標の役としては、そうですね。今28ですけど、40を過ぎたころやってみたいのはジキル&ハイドとか、ジャン・バルジャンとか……。おじさんになった頃に、と憧れます」

*****
誠実で落ち着いたトークの合間、ちょっとした言葉にちらりと覗く、20代男子の素顔。等身大の自分を保ちつつキャリアを積み重ねている山崎さんは、ヴォルフガングのように才能に押しつぶされることなく、これからも着実にミュージカル界を牽引していってくれそうです。そんな山崎さんが、自身と重ね合わせながら“生き切る”というヴォルフガング・モーツァルト。ラストシーンで立ち現れるのは深い感動、それとも爽快なまでの解放感……? ぜひ劇場で”体験”してみてください。

*公演情報*
『モーツァルト!』写真提供:東宝演劇部

『モーツァルト!』写真提供:東宝演劇部

モーツァルト!』(ヴォルフガング役は井上芳雄さんとのWキャスト) 11月8日~12月24日=帝国劇場 2015年1月3~15日=梅田芸術劇場

*次ページに観劇レポートを掲載しました!*


『モーツァルト!』観劇レポート
「残酷な人生」を懸命に生き切る青年の
輝ける生のドラマ

『モーツァルト!』写真提供:東宝演劇部

『モーツァルト!』写真提供:東宝演劇部

今は亡きモーツァルトの墓を妻コンスタツェと研究者が探すうち、その生涯が蘇る。短くも激しく、栄光と苦悩に彩られた35年の人生が……。

5歳で作曲を始め、父や姉とともに演奏旅行で各地を飛び回っていたヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト。幼年期に「神童」としてもてはやされた彼の物語は、はじめこそ「偉人伝」の幕開けのように見えますが、時が過ぎ、宮仕えに窮屈さを感じる彼がロック・ミュージシャン的な姿で登場することで、一気に「或る青春の物語」へと転換。子役が演じる分身「アマデ」の存在を重く感じながらも、ヴォルフガングは父レオポルトや「主人」である大司教にたてつき、その庇護を拒絶することで自我を確立しようとします。
『モーツァルト!』写真提供:東宝演劇部

『モーツァルト!』写真提供:東宝演劇部

しかし生活能力の欠けた彼は要領よく世間を渡れず、欲望にまみれた人々に搾取され、見つけたと思った真実の愛もうまく育てて行くことができません。どん底の彼を謎の人物が訪れ、「レクイエム」の作曲を依頼。すべての迷いから醒めたかのように、ヴォルフガングはペンをとりますが、皮肉にもその時、彼の命の灯は尽きかけていた……。

「大人になりきれない」青年がもがき、傷つく中で自身の生きる道を見出した途端「死」が訪れる。輪郭だけを見れば、それは「敗北の人生」かもしれません。しかし、舞台を観た後に観客が得るのは、ひたすらに彼が生き切った「生」への、深い感動ではないでしょうか。
『モーツァルト!』写真提供:東宝演劇部

『モーツァルト!』写真提供:東宝演劇部

筆者が観た回のヴォルフガング役・山崎育三郎さんは快活な身のこなしと確かな歌唱力で、ヴォルフガングの「無邪気だが不器用」な側面を、鮮烈に体現。とりわけ「僕こそ音楽」等での台詞から歌への移行の「巧さ」に、モーツァルト役にふさわしい天性のセンスを感じさせます。
『モーツァルト!』写真提供:東宝演劇部

『モーツァルト!』写真提供:東宝演劇部

ヴォルフガングに自分の娘を押し付けようとするウェーバー夫人・阿知波悟美さん、彼の才能や金を悪気なく利用するシカネーダー役・吉野圭吾さんは、「世間のいやらしさ」を絶妙のさじ加減で演じてヴォルフガングのナイーブさを際立たせ、父レオポルト役の市村正親さん、大司教役の山口祐一郎さんは、主人公の前に大きな存在感で立ちはだかりつつ、それぞれのナンバーで秘めたる挫折感を陰影深く吐露。「苦悩」は決して青春だけに宿るものではないことを示しています。彼の理解者ヴァルトシュテッテン男爵夫人役・香寿たつきさんの、凛として優雅なたたずまいと歌声にもスケール感があり、ヴォルフガングに旅立ちを示唆するナンバー「星から降る金」が、本作の陰の主題歌であることを存分に示しています。
『モーツァルト!』写真提供:東宝演劇部

『モーツァルト!』写真提供:東宝演劇部

また今回は姉のナンネール役を、花總まりさんが好演。天真爛漫な少女時代と、女性であるがゆえに才能を開花できない寂しさを抱えた娘時代をくっきりと演じ分け、彼を取り巻く人々それぞれの悲劇にさらなる奥行きを与えています。終幕、ナンネールが弟の遺した「才能の小箱」を開き、溢れ出る音楽に包まれながら虚空を見つめる「静」の構図の美しさは、思い入れ表現を得意とする花總さんならではのものでしょう。
『モーツァルト!』写真提供:東宝演劇部

『モーツァルト!』写真提供:東宝演劇部

終盤、ペンをとるヴォルフガングの背中を押すように聞こえる、亡くなった父とおぼしき人の声。「自分の力で書くのです」という、市村さんの万感こもったメッセージは、ヴォルフガングを鼓舞し、それまで舞台上で分身の「アマデ」にさせていた作曲を、初めて自身で手がけさせます。譜面にすらすらとペンを滑らせる子役の「アマデ」とは違い、その姿は生々しく、壮絶。およそ「天才」のイメージとは異なりますが、それは同時に亡き父の思いを受け止め、「自分の力で書く=生きる」ことに目覚めたヴォルフガングの、輝ける「生」の瞬間でもあるのです。
『モーツァルト!』写真提供:東宝演劇部

『モーツァルト!』写真提供:東宝演劇部

リーヴァイによる重厚な旋律、黒バックを生かしたセットにハッピーとは言えないストーリーと、本作の要素はことごとくヘビーでありながら、観終わった観客の体内には沸々と、今、そして明日を生きる気力、精一杯生き切るための勇気が湧いてくる。青春のただなかにある人たちにも、成人してさらに厳しい世を渡っている人々にもお勧めできる作品です。

※記事内容は執筆時点のものです。最新の内容をご確認ください。