あの人の決断~鈴木明子さんインタビュー

更新日:2014年10月16日

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自分が満足できないまま辞めるという決断はなかった

 

――2014年春の世界フィギュアスケート選手権を最後に、選手としての現役生活を終えられました。スポーツ選手にとって大きな決断だっただろうと想像するのですが、どのように決められたのでしょうか?

実は、自分ではいつ辞めてもおかしくないと思っていました。1シーズン終えるごとに満足したらやめようと考えていましたから。その“けじめ”をつけようと決めたのは、本当に1年前。ソチオリンピックに出られるかどうかは関係なく、このシーズンでやめようと。選手生活を最大限やりきれたと思えたから、それ以上続ける決断はありませんでした。

――それまでも、引退を考えることはあったのですか?

4年前のバンクーバーでは、最初で最後のオリンピックだと漠然と思っていました。ですが翌年に、スポーツ選手がよく言うバーンアウトというか、燃え尽きてしまって。やらなきゃいけないと追い込んではいるけど、心と体がかみ合わなかった。世界選手権の代表にもなれず悔しい思いをしました。このままでは終われないと、難易度が高くてなかなか取り組めなかった「3回転3回転」に挑戦したんです。それが成功して、バンクーバーから2年目のシーズンには世界選手権に出場できた。人に言ってはいませんでしたが、その時これが自分にとって最後の試合になるかもしれないと勝手に思い込んでいました。結果、銅メダルをとることができた。自分の才能を考えると最高の結果だったと思いますが、ひとつだけミスをしたんです。練習では出来ていたのに、どうしても本番で出来なかった。満足してからやめたいと思っていたのに、ひとつだけ悔いが残りました。


決断を言葉にすることで、最後の一瞬一瞬を楽しめた


――そして、もう1シーズンをとつながっていったのですね。

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その時点では自分がこの後どうありたいかは分かりませんでした。周りはそのまま2年後のソチを目指すだろうと言い出していた。そこで、ソチオリンピックの1年前に開催されたプレ大会のグランプリファイナルへ行きました。本番と同じ会場で行われるので、その場に行って自分は何を感じるのか知りたくて。試合後、会場で選手たちがオリンピック本番について話しているのを見て、「果たして自分はこのまま退いていいのかな?」と思いました。長年一緒に戦ってきたライバルであり、素晴らしい仲間たちとオリンピックに出場して選手生活を全うしたいと決めたんです。



――自分はこれで納得できるのか、このままでいいのか、という自問自答の繰り返しで続けてこられたのだなと思います。

今考えると、それがすごく苦しかったんだと思います。人間は区切りがあるからこそ頑張れる。「ソチオリンピックを目指す」と言葉にすることで、プレッシャーになるんじゃないかと不安だったけど、実際は、決断したことをきちんと伝えることで、すごく心が楽になった。周りも「あと1年最大限サポートしよう!」って応援してくれました。自分ひとりで抱えなくて良かったんですね。コーチや両親、仲間や友達も、みんなが同じ方向を向いて一緒に頑張ってくれました。また、1年と期限を決めたことで自分の選手生活にとってすべてが“最後の日”になったことも良かった。中高生と同じメニューをこなす、すごく苦しい合宿も「最後だから頑張ろう!」と思えた。その一瞬一瞬を感じて、精いっぱいやることができた、すごく楽しい1年でした。


「決断するタイミング」で変わった、最高の幕引きとは……

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