私が30年ほど前、ミュージシャン修業時代にお世話になった恵比寿にあったライブハウス「ピガピガ」。そこには、オーナーでドラマーの石川晶氏とテナーサックスの秋本薫氏という大御所ジャズメンの御二方がいらっしゃいました。その日本ジャズ界のご意見番から直接聞いた、来日大物ジャズメンの面白話をご紹介します。

息継ぎなしで45分間サックスを吹き続ける? 超大物テナーサックス奏者 ソニー・ロリンズ

 

TOKYO 1963

TOKYO 1963

「東京1963」より「オン・ア・スロウ・ボート・トゥ・チャイナ」

ジャズ界で人気、実力ともに1,2を争う超大物テナーサックス奏者のソニー・ロリンズが初来日をしたのが1963年9月のことです。東京の丸ノ内ホテルでのこの時の演奏では、テナーサックスの宮沢昭やピアニストの前田憲男など、ジャムセッションという形で一緒のステージに立った日本人ミュージシャンもいました。

そんな気安さから、ステージに立てないミュージシャンも大挙して楽屋に集まり、大騒ぎだったそうです。

ステージを終えたソニーは、若い日本人ミュージシャンが待ち受ける楽屋に戻ってきて、椅子に腰かけ「フーッ!」とひとつ大きなため息をついたそうです。

周りに人がいすぎて落着けないためのため息だったのでしょうか。もちろんそれもあったのでしょうが、実はもう一つ大きな理由があったのです。

それは、実はソニーは、ステージを終えて歩いて楽屋に向かい、椅子に座るまでの間、サックスで一つの音のロングトーンをずっと吹き続けていたからなのです。なんと、その間ソニーは延々と曲の最後の音を吹き続けていたのでした。

これには、集まった日本のミュージシャンはびっくりしてしまいました。もともと、レコードジャケットでしかソニーを見たことのない日本のミュージシャンです。

まさにこのCD「東京1963」のジャケットでの勇姿、モヒカン刈りで現れたソニーのルックスに最初にビックリ!そして、演奏の密度の濃さに驚き、最後に、超絶のロングトーンで息をのんでしまったのです。がやがやと集まっていた若いミュージシャンは、水を打ったように静かになってしまったそうです。

その時のライブ録音がこの「東京1963」です。

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この曲「オン・ア・スローボート・トゥ・チャイナ」は初リーダー作の「ウィズ・ザ・モダン・ジャズ・カルテット」でも演奏している得意曲。

この初リーダー作の演奏は、発売当時から現在に至るまで、ソニーの代表的な名演として、あらゆるテナーサックスを志す者にとっての教科書のような演奏です。

Sonny Rollins With Mjq

Sonny Rollins With Mjq

もちろん、同じくテナーサックス奏者を志していた私も、レコードに合わせて練習しました。おそらくはこの時、サンケイホールに集まった若いミュージシャンの誰もがレコードを聴き、憧れ、コピーしたと思われる名演です。

おそらくは、この時日本側からの要請で演奏したと思われるこの曲では、最初のテーマからテナーサックスの宮沢昭が、デビュー当時のソニーを彷彿とさせるスタイルで皆を喜ばせてくれます。

バンドの後ろで時々オブリガードを入れながら、日本人の演奏を聴いていたソニーは、トランペットソロの後から続いて出て、当時のスタイルでソロを披露します。

この来日当時のソニーは、もはやデビューの頃のうねるような、流れるようなビ・バップ風の奏法ではありません。後期に通じるタンギング(音を切ること)の多い短めのフレージングです。しかも時代を取り入れたややフリーがかった演奏になっていました。

そのソニーが、ステージのエンディングで超絶のロングトーンを披露したというわけです。

このロングトーン、さぞかし人並み外れた肺活量が必要なのでは?とお思いでしょうが、そうではなく、「サーキュラー・ブリージング」というサックスのテクニックが生み出したものです。

いろいろあるサックスの技法の中でも、最も難しいものの一つがこの「サーキュラー・ブリージング」です。これは、口でサックスを吹きながら、鼻から息を吸い、音を切らずに鳴らし続けるという高等テクニック。もちろん、相当な練習を必要とするのは言うまでもありません。

このテクニックを使って、表現の幅を広げているサックス奏者は、このソニーのほかには、ローランド・カークや、最近ではケニーGなどがいます。ケニーGは、なんと45分間もロング―トーンを続けたとしてギネスブックに載ったほどに有名です。

この「サーキュラー・ブリージング」は、サックス奏者には夢のテクニックであると同時に、両刃の剣ともいえるテクニックです。それは、サックス奏者としてのフレージングが根底から変わってしまう可能性があるからです。

従来サックスはヴォーカルと同じようにブレス(息継ぎ)をする楽器であるという前提ですので、息が続くまでのフレージングでメロディを歌うものでした。

キーボードやオルガン、ギターなどを思い浮かべてみるとわかりやすいかもしれません。これらの楽器は、やろうと思えば延々と音が途切れずに弾き続けることができます。つまり、息継ぎに左右されない長いフレージングが可能ですし、実際そういったフレージングを多く用いています。

ところが、サックスは歌と同じ。そこに登場するのがこの夢のテクニック「サーキュラー・ブリージング」というわけです。では本当にこの「サーキュラー・ブリージング」は夢のテクニックなのでしょうか?

実際での使われ方は、ソニーやケニーGように、効果音的に1つの音をロングトーンとして使うといったことがほとんどです。音を切らずに出し続けるだけでも神経を使いますので、あまり頻繁に使おうとしない(できない?)ものだからです。それに、音楽的にもワンノートのロングトーンは使える場面はほとんどありません。

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それでも例外として、先に挙げたローランド・カークというサックス奏者を上げなければなりません。ローランドは、次の曲において、延々35小節に渡って、アドリブソロを繰り広げてしまうから困ったものです。

時間にするとちょうど1分間のノンブレスソロですが、サックスを知る者にとっては、呆然としてしまう、スリル満点のソロになっています。

天才ローランド・カークの復活

天才ローランド・カークの復活

 

このアルバムの1曲目「ユーリピオンのテーマ」で、雰囲気たっぷりのテーマから続くローランドのテナーソロがそれです。ソロが始まる3:14から4:14までの1分間。ドラマチックな展開で、このノンブレスソロは、怪人と言われたローランドにして初めて表現できる内容です。

この演奏は、「サーキュラー・ブリージング」を見事に効果的に用いていると言ってよいでしょう。それでも、なんとなくすわり心地のわるい感じがするのは、私だけでしょうか。

ローランドはこのアルバムで、「アイル・ビー・シーイング・ユー」をオールドなスタイルで堂々と聴かせてくれます。「サーキュラー・ブリージング」などに頼らなくても、素晴らしい演奏家であることを証明してくれています。

いずれにしても、この夢のテクニック「サーキュラー・ブリージング」は、ソニーやローランドほどの音楽的深みがあるミュージシャンにして、初めて使いこなすことのできる、禁断の必殺技なのかもしれませんね。

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次のページでは、都市伝説化した超絶技巧派ドラマーの登場です!


目にもとまらぬシングルストローク! 超絶テクニックの大御所ドラム奏者 バディ・リッチ

 

Tuff Dude

Tuff Dude

「タフ・デュード」より「ドナ・リー」

日本では、それほどではありませんが、本国アメリカでは、大スターのドラム奏者がバディ・リッチです。バディは、その豪放且つ繊細なテクニックで、すさまじい勢いでスウィングするドラム奏者です。

スウィング期からモダン期、フュージョン期までの長い間、自身のビッグバンドを率いて第一線で活躍した超大物ドラマー&バンドマスターと言えます。

日本にも、自身のバンドで何度か来日しています。そのテクニックを目の当たりにした日本人のミュージシャンの間では、ジャズドラマー・バディ最強伝説が語られているほどに、強烈な印象を残したようです。

この話は、その何回目かの来日の時に、楽屋で起こった驚異的な出来事です。

楽屋に訪れた、日本人の若いミュージシャンに対して、長年のバンドマスターらしく、鷹揚に接していたバディ。あまりに皆がすごいすごいと称えるので、さらに気をよくし、周りのミュージシャンを集めてこう言ったそうです。

「よしお前ら、今からすごいもの見せてやる。」こう言い放ったバディはポケットからコインを取り出すと、持っていた左手のスティックで壁にコインを押し付けました。「いいか、見てろよ」

ダダダダダダダ!

何が起こるのかと思ってみていた周りの若い日本のミュージシャンは、驚きそしてあきれてしまったそうです。なんとバディは両手のスティックで壁のコインを連打。

バディのシングルストロークの間中コインは床に落ちることなく、壁に縫い付けられたように張り付いていたそうです。

「同じこと、できるやつは出てこい。…いないだろ。いいか、このくらい練習するんだぞ。」バディは、ガキ大将のように胸を張り、このイラストジャケットにあるように特徴的な少しひきつった笑みを浮かべたそうです。

この話には、実は左手1本でコインを縫いとめたなどと言う噂もあります。それは真偽のほどははっきりとしませんが、大げさな話が大好きなジャズメンの中で、都市伝説化した内容でしょう。

それでも、そのくらいバディのスティックさばきは正確で、速かったということは事実のようです。そして、集まった日本の若いミュージシャンの心に、バディの偉大さを残したということは間違いがありません。

このアルバム「タフ・デュード」では、そんなバディの至芸が、割合小編成で楽しめるような趣向になっています。この「ドナ・リー」はご存知ジャズの帝王マイルス・デイヴィスの若き日の作品。親父同然だったジャズ界の巨星チャーリー・パーカーのフレージングをもとに作曲したと言われる曲です。

ここでは、テナーサックスのサル・ニスティコをフィーチャーし、聴きごたえのある演奏になっています。サルは、実力の割には華々しいシーンとは無縁に終わったミュージシャンです。吹き込みも多くなく、それだけに貴重な演奏となっています。

ここでは、艶と粘りのある音色でよどみのないフレーズをスウィンギーに展開しています。テナーサックス界においてもその実力を知らしめた演奏と言ってよいでしょう。世渡り下手と早逝が悔やまれるミュージシャンの一人です。

この録音は他には、エレキベースのアンソニー・ジャクソンやピアノのケニー・バロン、通好みのギター、ジャック・ウィルキンスなどが参加し、顔ぶれの面白さでも楽しめる内容になっています。

最後のテーマに合わせて、難なくドラムを叩くバディの顔には、きっとあの時日本の若いミュージシャンに見せたあの笑みが浮かんでいたことでしょう。

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次のページでは、あのビートルズの名曲をスワヒリ語で歌った日本を代表するファンキードラマーの登場です!


ビートルズの名曲をスワヒリ語で歌う?日本を代表するファンキードラム奏者 石川晶

 

バック・トゥー・リズム

バック・トゥー・リズム

「バック・トゥ・リズム」より「ヘイ・ジュード」

最後にご紹介するのは、来日ミュージシャンではなく、プレイもルックスも日本人離れしていた石川晶氏。石川氏のライブハウス「ピガピガ」で青春を過ごした私は、一方ならぬ影響を受けました。

石川氏は、ジャズの名門ビッグ・バンド「宮間利之とニューハード」の出身で、日本のスタジオミュージシャンの先駆けだった大物ドラム奏者。当時は、ジャズ畑の人がスタジオへ行くと、堕落したなどと陰口を言われたそうです。

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それでも、石川氏は誇りをもって仕事をこなし、口癖は、「おれは、レコ大3回とった」でした。(日本レコード大賞。石川氏はバックのドラマーとして、第1回の水原弘「黒い花びら」第10回黛ジュン「天使の誘惑」第13回尾崎紀世彦「また逢う日まで」を務めていた)

また逢う日まで

また逢う日まで

 

特に「また逢う日まで」の「パッパッパラーパパ、ドン!」というホーンとドラムの掛け合いで有名なイントロは「おれが作った」と嬉しそうに語ってくれました。

その石川氏が、自身のバンドのレコーディングで、なんとあのビートルズの名曲「ヘイ・ジュード」をスワヒリ語で入れてしまったのが、今回ご紹介する「バック・トゥ・リズム」です。

最初は、誰かヴォーカルを入れて録ろうという話だったのが、プロデューサーに「石川さんの、その声がいいんです」と乗せられ、つい歌ってしまったというもの。

石川氏は、乾いたダミ声で、決して美声ではなく、ここではその声の特色が味となり、スワヒリ語と相まって何とも言えない不思議なグルーブ感を醸し出しています。

その話を、私たちに聞かせてくれた時の石川氏のまんざらでもない表情が今も思い出されます。

「ピガピガ」では「マライカ」などスワヒリ語の歌を歌っていた石川氏ですが、ビートルズに真っ向から(?)立ち向かったこの「ヘイ・ジュード」は、日本を代表するレア・グルーブの傑作と言ってよい出来です。

オールドジャズメンの来日ジャズメンへの昔ばなし、いかがでしたか。機会を見て、まだまだ沢山ある面白話をご紹介したいと思います。それでは、また次回お会いしましょう!

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