今回で四作品目となる国際共同プロジェクト『To Belong』。2010年、インドネシアでリサーチを開始。以来、ダンスに映像、音楽とジャンルを超えたアーティストが集う一大プロジェクトとして発展を続けてきました。北村さんがインドネシアに着目したきっかけ、惹かれた理由とは何だったのでしょう?

北村>インドネシアのアーティストに関心を持つようになったのは2000年以降のこと。『レニ・バッソ』のツアーでアジア特集に参加したことがあり、そこで韓国や中国各地、インドネシア、フィリピンといろいろな国のアーティストたちを目にしたのがきっかけでした。

なかでもインドネシアのダンサーにものすごく強靱な力を感じて、その強靱さはヨーロッパで見るものとも違うし、私たちともまた違う。これは果たしてコンテンポラリー・ダンスなのかという違和感を覚えたり、ちょっと異様だなと目を引くものがあり、半分嫌悪感、半分憧れのような気持ちを抱いたんです。彼らを見ていると、同じアジアでも何だか遠いような感じがする。遠いものを感じながらも、どういう背景があるんだろうと思ったり、吸い寄せられる何かがあったというか……。

2004年からプンチャック・シラットというインドネシアの伝統武術を始め、現地にも度々足を運びました。東京で習ったシラットの先生はジャワ島のムスリムの方でしたが、バリに行ったらまたそことの文化との違いも感じた。現地での体験を通し、社会的な背景が違ったり、確固として信じてるものが違うとまた身体に出てくる影響も違うということを知りました。それがダンスの舞台領域にどういう風に関わっていくのか、いろいろ模索し出したのがプロジェクトの始まりでした。

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『To Belong cyclonicdream』 (C)Akihiko Kaneko


キャストやスタッフはどのように集めていきましたか?

北村>2010年にインドネシアで最初のリサーチを行い、現地で何十人ものアーティストたちとお会いしました。そこで気が合ったり、同じ問題を抱えていたり、あるいは彼らの作品や踊りが好きだったり、という部分で決めていった感じです。日本人のアーティストについては、これまでダンスに感じていた閉塞感を打ち破ってくれる方、お互い新しいやりとりができそうな方を選びました。

スタッフに関しては、まずその領域でディレクターとして牽引してくれる方というのがひとつ。実際、森永さんなら音楽、山田さんならドラマトゥルクと、各々の分野を牽引していただいています。そこから私が思いもしなかったようなことを提案してくれたり、それがご本人たちの活動につながることもある。ご一緒することになるのは、やはりモチベーションがぴたっとはまる方、という部分が大きいですね。

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(C) TOKIKO FURUTA





音楽監督の森永さんとはプロジェクト発足直後の
2011年からタッグを組まれていますね。

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(C) TOKIKO FURUTA

北村>
森永さんとは知人を介して知り合いました。自分でも気付かなかったんですが、実は紹介される前から森永さんの音楽を聴いていたんです。タワーレコードで舞台用の音楽をいろいろ視聴していたとき、ものすごく泣ける曲があって。いざ紹介されたとき、お名前を見たことがあるなと思ったら、CDを持っていたという(笑)。

森永>最初に北村さんとお会いしたのは渋谷のパスタ屋でした(笑)。ダンス作品と関わることはこれまでも多少ありましたが、ここまでコミットすることはない。誰かと作業をするときいつも僕が何に共感するかというと、やっぱりひとですよね。作品をつくることって、自分を出すことでもある。命をかけると言ったら大げさだけど、自分の中身を出し、それをシェアできる相手というのはさほど多くはない。そういう軸があるからこそ、いろいろアイデアを出し合ったり、バトルができるのかなって気がします。

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(C) TOKIKO FURUTA

北村>
例えば街中の音を拾って独特の音空間を立ち上げる、といった森永さんの手法、こういう風に音楽を構成していくんだという作業の仕方を私も勉強させていただきました。そこからこのプロジェクトで森永さんができそうなものを提案してもらい、私の方からも投げかけて、じゃあ何が足りないんだろうということを考え、2011年にリサーチをスタートした形です。

ジャカルタに行ったり、スラカルタに行ったり、森永さんには一番動いてもらっています。すごくフットワークが軽いし、慣れているので、いろいろな要素を生み出してくださる。違う地域の音楽のつながりや、自然音、環境音と楽曲のあわせ方を考えることから音を聴かせてもらい、こういう世界があるなら次はこう進んでいけないかというように、私は日本にいながらにしてちょっとした地域を飛び越えた旅をしている感じです。

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(C) TOKIKO FURUTA

森永>
リサーチに行くと、僕はまず現地のひとと会うようにしています。会うためにはどうすればいいかというと、レコード屋とかカセット屋、楽器屋なんかをひたすらまわるんです。レコード屋も楽器屋も、基本的に音楽好きな人間がやっているもの。そこで楽器を手に取って音を出したり、この楽器はあれと似てるよね、なんて会話をしてると自然と心を開いてくれる。そこからまた、全く知らなかった分野のひとたちを紹介してくれたり……。

彼らと話をしているとどんどんマニアックな内容になってしまって、僕も誰かに言いたいけど話すひとがいない(笑)。それを北村さんや山田さんに聞いてもらい、そこからこれはこういう風にしたら面白いんじゃないかと意見を出し合ったり、僕がコンピューターを使ってアレンジしたり、コミュニケーションを重ねながらつくっていく感じです。

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(C) TOKIKO FURUTA

北村>
山田さんにも、まずはインドネシアに行ってもらうところから始めました。とにかく現地に行き、映像を撮ってきてくださいと……。

山田>実際に現地に行って、すごく刺激を受けました。インドネシアでは、同時多発的に常に何かが起こってる。一日に何回もイスラム教のお祈りがあるかと思いきや、勝手に道路を封鎖して夜中までガムランをやっていたりする。夕方はそこで子供たちが遊んでいて、そのまま寝ちゃったり。カオスじゃないけど、棲み分けられてない、オーバーラップしていろいろなものがある時間がすごく新鮮だったし、それは行ってみないと想像がつかないものでした。自分の身体がその場に入っていくことが大事だったんだなって感じたし、現地に行ったことでイメージが膨らんで、北村さんの言わんとすることもわかりやすくなった気がします。


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(C) TOKIKO FURUTA





ドラマトゥルクとしての山田さんの役割とは?

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(C) TOKIKO FURUTA

山田>
インドネシア側と北村さんたちの間に入って、あちこち動き回るようなポジションです。映像も撮っています。映像全体としては兼古昭彦さんが監督をされていますが、そこに私がインドネシアで撮ってきた素材やダンサーの映像を加えていく形です。

私の中では、作品世界の中とその周りの現実世界との間にいる感覚がすごく強くて。リサーチするのもそうだし、インドネシアと日本の間にいたり、いろいろなものの間に立っているような感じ。だから、私がコレをやりたいというより、媒介者というか、ひとつ外側にいる感覚ですね。

北村>ドラマトゥルクは一番難しいポジションなんですよね。いろいろなひとの意見をまとめたり、逆にまとまった意見を壊したり。私もムチャぶりをして、時々混乱させてるかもしれません(笑)。

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(C) TOKIKO FURUTA

山田>
何かを貫くのは北村さんの役割であって、彼女のコアな部分を作品に落とし込んでいく過程で何かが変わってきたときに、違う要素を提案していくのが私の役目。例えば、民俗学者の折口信夫が書いたテキストをベースに考えてみたらいいんじゃないかという提案をしてみたり。でも作品って、つくっていく内にどんどん変わっていくもの。そこでどう変わったのかを見て、次はワヤンの考えを入れたらいいんじゃないかと提案したり……。

すごく不思議なんですけど、もともと私が持っていた問題意識と、北村さんが感じていたことがかなり重なっていたんです。映像の立場で言うと、ひとつの筋に沿って俳優の演技やカットを従属させながら一本の話をつくるのではなく、もうちょっと拡散させていけたらという模索があった。いろいろな話が同時に流れていたりするような、多面的なつくり方をしたいという想いがあったんです。ちょうどその頃北村さんと出会い、内側から出てくるものというよりも、外から動かされるような何かについて考えていきたという話を聞いて。ジャンルは違っても、何だかとても共通するものがあるのを感じました。

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(C) TOKIKO FURUTA

北村>
これはオカルトでも何でもなくて、ダンスをやっていると身体が自律して意識のコントロールを逸脱して動いていくというような瞬間がある。そうした部分にフォーカスをあてていく必要があるなということを、20歳くらいのころからずっと考えていたんです。そこにインドネシアをリサーチして感じたことや、今やっている武術からもつなげていくと、積み重ねた結果起こる現象としてそういうことがあるという確信を持った。言葉で表現すると“他者に動かされる何か”とちょっとおかしな話になってしまうけど、ダンスという身体表現をやっていく上では欠かせない状況で、全く不思議なことではないと。

音楽にしてもそうだと思う。特にフィールドワーク的にいろいろな要素を録り溜めていくと、何かと何かを合わせたときにありえない音が聞こえるということのがあるのではと……。違う考え方を持つ人間同士が混ざることによって何かが生まれることがあるというのがダンスの前提だとすると、現象として非常に通じるような気がするし、ジャンルが違ってもそれほど違和感はないような気がします。

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(C) TOKIKO FURUTA





タイトル『Suwung』の意味、由来とは?

北村>Suwungはインドネシアのアーティストから提案されたジャワ語で、日本語にすると空(くう)と訳せるようです。Suwungという言葉をもとにした古い詩があって、見えないもの、見ていないものを感じる、記憶の大切さ、感覚の大切さがジャワ独特の思想によって歌われている。

彼が言うには、“その場所には不在だが、ほのかにその存在を感じる”という感覚で、これはジャワ人にとってすごく大切な言葉であり、『To Belong』に非常に関わりがあるはずだと。あのときは“僕はこの詩に感動しちゃってもう何も言えない”なんて、ひとりで勝手に盛り上がってましたね(笑)。きっとそれは、この作品にコミットする上で彼が自分の核となるものを見つけた瞬間だったんだと思います。

彼には身体の動きに対してより具体的に色味をのせていくような、絵の具を塗っていく作業、私が整理できない内容だとか、テーマにしたいことを具現化していく役割を担ってもらっていて。テーマというのは、見えないもの、いにしえの方々、あるいは故人や歴史との対話をしていく中で、ダンスで何ができるかということ。昔を感じる、今現在離れているひとを感じる、空に残る余韻を感じる、それは自分との対話でもあったりする。彼の中で、そこにぴたりと合うものをこの言葉に感じたんでしょうね。

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(C)Kuang Jingkai


Suwungというテーマに対し、
森永さんは音楽的側面からどうアプローチを?

森永>音楽的には、“気配”というものが大きいのかなと思っています。プロジェクトメンバーにエンダ・ララスというインドネシア人ミュージシャンがいて、Suwungという言葉自体は彼女を通してもともと聞いていました。北村さんが教えている信州大学の授業で以前コンサートをやり、そのときエンダ・ララスがSuwungについて熱唱していたんです。

こういう仕事をしていると、そうやって見えないものがどこかでつながってくることがある。音で何ができるのか考えていくと、気配というか、ある意味幽霊的なものだったりするのかなと考えているところです。

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(C) TOKIKO FURUTA





Suwungをもとに、ダンスはどのように創作していますか?

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(C) TOKIKO FURUTA

北村>
身体の動きは残らないので、踊りということ自体が多分幽霊みたいなもの。観るひとと踊るひとの間で何となく捉えられるものであり、明確ではありながら曖昧に残らないものというのが私はダンスだと思っていて……。

でも結局のところ、ダンサーとのやりとりは具体的な作業になってくるんですよね。動きをつくる上でキーワードはきっちりおさえていくけれど、動きが言葉の説明になる訳ではない。動きを先につくってからそこに考えがあったり、考えが先にあって動きがあったり。

動き自体はダンサーたちの身体から出て来るボキャブラリーがまずメインになってきます。例えばリアントさんだと、彼がやっている伝統舞踊の要素にバリエーションを加えていったり、そのまま使いながら違うように見えるにはどうしたらいいかと考えたり。日本人ダンサーの場合、見えないものに引っぱられたり、それをとらえようとしたりする、というテーマからまず動きを出し、その動きに対し
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(C) TOKIKO FURUTA

てバリエーションをつくっていく。

ダンスのジャンルにしても、特にこだわる必要はないと思っています。私が出すのは非常に抽象的な動きで、ダンサーとの間でそこに色付けをしていく感じ。日常的な動きから始めるダンサーもいるし、伝統舞踊から出発する方もいる。これまで培ってきたものだけではできない部分があって、ダンサーに武術のワークショップを受けてもらうこともある。伝統舞踊や武術をちょっとお借りしながら、ダンス的にどう発展できるか模索しているところです。

山田さんにも稽古に立ち会っていただいていますが、ダンスの内側にいな
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(C) TOKIKO FURUTA

いひとの印象ってすごく面白い。自分が“あれは使えないな”と考えてるものを“ここが一番面白い”と言われたり、自分が“コレはいける動きだな”と思っていると、“何だかわからない”と言われて、なるほど視点が違うんだなと感じたり。感情移入する場所が違っていて、それが私の中で考えるときのバランスだったり、ひとつのブレーキになってる。また何故そう感じられるのかと改めて聞いてみると、“ああなるほどね”というような、思ってもみなかったことが結構あって。はじめての観客のような形で外からの意見をもらったり、それを踏まえながら進めています。

山田>ドラマトゥルクの立場としては、ひとつひとつの動きについてはタッチせず、外から全体の流れを見ています。私はやはり言葉で捉えなおしていくタイプなので、北村さんからのキーワードをもとに、稽古で見ている印象、言葉にならないものをまずは対応させる。そこで納得できないところは話をしたりと、自分なりに受け止めていく感じです。

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(C) TOKIKO FURUTA





リサーチしてきた音とダンスが出会うタイミングとは?

森永>どこでしょう(笑)。それがわかったらいんでしょうけど、常にトライ&エラーのくり返しです。インドネシアの音楽にはいろいろなタイプの音があって、これをどうやって僕なりに解釈してダンスに落とし込むか、というのは非常に気の遠くなる作業ではありますね。

伝統的な音楽についてはみなさん結構知っているし、今はいろいろアクセスもできる。でも僕が現地に行って驚いたのは、インドネシアにもロックがあったり、ラテン音楽があったり、ボサ ノバをインドネシアの楽器でやっていたりするということ。インドネシアの伝統楽器を使った電子音楽なんかもあって、すごく面白いなと思いました。まだまだインドネシアの音楽は紹介されていない部分が多い。僕としては、もっときちんと前に出てもいいのではと感じています。

音的にはなるべくインドネシアの素材で構成しようと考えてはいます。ただガムランひとつにしてもそうですが、ベトナムの方から雲南省につながっていったり、弦楽器にしてもスマトラ島からイラン、トルコと渡ったり、楽器の流れというものが脈々とあって。なるべくそういう部分を踏まえながらつくりたい。あと音楽がこれだけ沢山ある中で、何で僕がつくらなきゃいけないんだろうということから考えるようにしています。まずそういう所からはじめないと、これが僕の音楽です、ダンスのためにつくった音楽ですとは言えませんからね。

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(C) TOKIKO FURUTA


『To Belong』プロジェクトの今後の展開、
展望についてお聞かせください。

北村>年末にジャカルタで公演があって、その先も続けようと考えています。基本的にこのチームで展開していきたいし、そこにまた新しい方々が加わる可能性もあります。あともうひとつ、ここから派生した別のプロジェクトを『続・To Belong』という形でやろうかと密かに計画しているところです。それがインドネシアなのか、もしくはその周辺になるのかはまだわからないけれど。

今は西ジャワの方にフォーカスを移そうと考えていて。去年、バンドゥンやチアンジュール、ほかスンダ地方でさまざまな武術の達人たちと対面して、とても魅力的な身体同士のコミュニケーションに触れました。相手と楽しんで闘うために、もしくは勝つために、気配を消したり、 ふわっと幽霊的な存在になってしまうときがあるんです。そのゾッとした経験や、見ていて面白いなと思った部分が出発点としてある。またアジアの身体武術はインドネシアに限らず沢山あって、そういう発想ってどこから出てきているのかと考えていくと、いろいろなところにつながっていきそうな気がしています。

スンダで体験した身体技法を核として、インドネシアの西に行き、少しずつ周りを攻めていくことになるのか、インドネシアに留まることになるのか。インドネシアって地域ごとの特性があまりにも違うので、身を投じてからでないとなかなか判断ができない。このプロジェクトが終わってからすぐ身を投じに行くので、きっとそのころ決断がなされると思います。

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(C) TOKIKO FURUTA





いよいよ世界初演を迎える『To Belong/ Suwung』。
今回の作品の終着点、Suwungで成し遂げたいものとは?

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(C) TOKIKO FURUTA

森永>
音の面では終着点がありすぎて、どれがどれだかわからないですね(笑)。それに、やりたいことをイメージするとそこで固まってしまうというのもあって。気配だとか亡霊とか幽霊とか、落としどころはある。そういったことを考えつつ、あまり分野にとらわれないようにしようというのは自分の中で考えているところです。

音楽だけではなくて、ダンスのためであり、映像のためにつくっている訳だから、総合した芸術としてみられたいという気持ちが僕の中にある。“あの音楽良かった”と言われるよりも、“あの作品良かった”と言われる方が嬉しい。その中で次への課題が見つかって、また違う分野のディレクターたちが共有して走り出す。大切なのは、次に向けての課題が見つかることなんじゃないかなって気がします。

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(C) TOKIKO FURUTA

山田>
私は良い意味で目標を持たないようにしています。今ある状況に自分がどれだけ振り回されるか。そうやって動かされている内に、自分の持ってる範囲が広がったりするのがすごく楽しくて、このプロジェクトに関わらせてもらってる。常にそういう時間が続いていて、そこがまた面白いところですね。

北村>ダンスの面では本当に個性が強い方々ばかりで、みんなテクニックが違うんですよね。そうした異なるバックグラウンドを持つダンサーが個性を消さずに良い面を出しながらひとつのダイナミクスをつくる、というのは重要なところだと考えています。

作品としては、コレを守っていこうという集約的なものではなく、同時多発的なものなので、目指すところはとにかく沢山あります。いろんいろなことが起こりながらいろいろな形で伝わっていくのがSuwungという現象であり、最終的に観ている方々にそれを感じていただけたらと思っています。

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(C) TOKIKO FURUTA









プロフィール


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北村明子
振付家・ダンサー・信州大学人文学部准教授。バレエ、ストリートダンスを経て早稲田大学入学後、レニ・バッソを結成。代表作『finks』は、欧州、アジア、北南米で上演され、2005年モントリオールHOUR誌ベストダンス作品賞を受賞。2003年『Enact Oneself』がノース・カロライナ州のThe Independent Weekly誌ダンス・オブ・ザ・イヤーに選ばれる。国外での創作にも取り組み、演劇、映画、オペラなどの振付、出演も行っている。2010年ソロ活動を開始。同年から『To Belong』プロジェクトに取り組んでいる。



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森永泰弘
サウンドデザイナー、サウンドアーキビスト、ミュージックコンクレート作曲家。東京藝術大学大学院映像研究科博士課程を単位取得満期退学後、映画理論家/ミュージックコンクレート作曲家のミシェル・シオンに師事。在学中より世界三大映画祭(カンヌ国際映画祭、ヴェネチア国際映画祭、ベルリン国際映画祭)でサウンドデザイナーとして関わった作品等が発表された他、ヴェネチア・ビエン ナーレ(イタリア)、ポンピドゥー・センター(フランス)、スミソニアン・インスティチュート(アメリカ)、TEMPO REALE 国立音響音楽センター(イタリア)、ミラノ・サローネ国際家具見本市等のフェスティバルやインスティチュートで作品が発表される。作品制作スタイルは、世界各地でフィールドレコーディングを行いながら現地で採取した音を素材に作品制作を展開している。近年は東南アジアのマレーシアやインドネシア、イタリア南部でフィールドワークを行っている。



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山田咲
1980年東京生まれ。2002年慶應義塾大学文学部哲学科美学美術史学専攻卒業、2008年東京芸術大学大学院映像研究科監督領域卒業。作る人と見る人の間に立ちたいと思い美術史を学んだが、学部在学中より映像制作を始め、作る人になる。物語映画、ファッションムービー、実験映像、コマーシャルフィルム、舞台映像と多くのジャンルの作品を演出。劇場公開作品は、映画『夕映え少女「イタリアの歌」』、『アンナの物語』、『タッチミー』。2013年より北村明子のもとでドラマトゥルグとして舞台制作に関わる。最近は複数の時空を重ねることで、別な物語を紡ぎ出す独特の時間表現を舞台や映像で追求している。




公演情報

『To Belong / Suwung』

日程:2014年10月3日(金)19:00 、10月4日(土)15:00、10月5日(日)15:00
チケット:前売¥3,800(当日¥4,300、学生¥2,500)
会場:青山円形劇場
振付・演出・出演:北村明子
ドラマトゥルグ・演出・出演:ユディ・アフマッド・ダジュディン
出演:エンダ・ララス、リアント、ルルク・アリ、大手可奈、西山友貴、川合ロン
音楽監督:森永泰弘
ドラマトゥルグ・映像制作:山田咲
映像監督・制作:兼古昭彦
http://www.dancenewair.jp/

チケット取扱い:
Dance New Airオンラインチケット
http://www.dancenewair.jp/

カンフェティチケットセンター
0120-240-540(平日10時~18時)

問合せ:青山劇場・青山円形劇場(こどもの城事業本部)
03-3797-5678


※データは2014年9月24日現在のものです。
内容は変更になる場合があります。
詳細は公式HPでご確認ください。


※記事内容は執筆時点のものです。最新の内容をご確認ください。