懐かしい昭和を求めて「アサヒ商店街」を歩く


以前、ジョイフル三ノ輪の記事を書くにあたって荒川区のホームページを覗いた時に、荒川区にもずいぶんといろいろな商店街があるということがわかった。というわけで、今回は荒川区の商店街へ行ってみよう。どこへ行くとは決めずに、東京メトロ日比谷線の南千住駅で降りてみた。
泪橋交差点へ向かう歩道橋

南千住駅前歩道橋

今回はあてもなく歩きながら商店街を探そうという趣向だ。漫画『あしたのジョー』でお馴染みの、泪橋の交差点を目指そう。駅前の歩道橋を渡りまっすぐ進むとすぐに泪橋の交差点は見つかった。
今は橋はなく交差点が有るだけ

「あしたのジョー」でお馴染みの泪橋

泪橋の交差点にはこの通りが「吉野通り」であるという案内板が建っていた。さらにまっすぐ行くと東浅草二丁目の交差点。なんとここに2つの商店街があった。右側の街路灯には「日の出会商店街」、左側には「アサヒ商店街」とある。右が「日の出」で左が「アサヒ」という組み合わせもおもしろい。そういえば、荒川区の商店街を探すつもりが台東区に来てしまってるなあ。まあ、いいか。
東浅草二丁目から吉原大門まで続く

日の出回商店街

まずは日の出会商店街を歩いてみる。東浅草二丁目の交差点から吉原大門の交差点まで続く商店街だ。しかし、ラーメン店やお豆腐屋さんがぽつぽつとあるぐらいでいわゆる商店街という雰囲気ではなかった。再び東浅草二丁目の交差点まで戻る。
両側の歩道が商店街だ

アサヒ商店街の入り口

アサヒ商店街は、真ん中が車道で両脇の歩道が商店街となっている。こちらはなかなかいい感じの商店街だ。じっくり歩いてみよう。

【関連サイト】
日の出会商店街 | 浅草においでよ!
アサヒ商店街振興組合 | 浅草においでよ!

街路灯の時計を見たらお腹がグーッ

こちらのアサヒ商店街は、東浅草二丁目の交差点から橋場交番前交差点まで続く250mの商店街。入り口の街路灯に時計がついている。時計を見たらお昼時、急にお腹が空いてきた。
なんと時計がついている

アサヒ商店街の入り口街路灯

商店街の途中には商店街の事務所があった。いらっしゃったご婦人に商店街の地図はあるかと訊ねてみると、なんとあった。一部いただく。立派なマップだ。
よく出来たマップだ!

商店街の事務所でもらったマップ

こういうマップがあると助かるなぁ。お腹が空いたから、さっそくコロッケでもいただこう。すぐに「ミートショップ カミオカ」さんがあった。
お惣菜も充実したお肉屋さん

ミートショップカミオカ 台東区清川2-1-4

ひとつ90円、税込みで97円。秘伝の特製ダレを使用しているのだそうだ。「かけますか?」と女将さん。あー、ちょうど携帯用のソースを持ってくるのを忘れたよ。お願いします。
これはおいしいコロッケだ

ちょっと酸味の強いソースが美味

かなり酸味の強い独特のソースだ。もしも自家製ソースランキングというものがあるのなら、ここのソースが暫定一位だ。かなり旨い。お腹が減っていたこともあって一気にいただく。

【関連サイト】
ミートショップ カミオカ - アサヒ商店街振興組合 | 浅草においでよ!

大釜本店さんの「焼きそば」は昭和の味

ノレンに「焼きそば」「ラーメン」の文字がある。どこか懐かしい感じが漂ってくるお店だ。
ノレンには「焼きそば」「ラーメン」の文字

大釜 本店 台東区清川1-29-5

ちょっと入るのに勇気が必要だが、入ってみると近隣の常連のお客さんが数名が焼きそばを食べている。そこで、自分も焼きそばを注文。焼きそばは普通のものや玉子入り、大盛りなどがある。2時までの注文にはスープが付くとあった。それじゃ、焼きそばを。

よく炒められてでてきた

焼きそば 450円 スープ付き

ちょこんと割り箸がのせられているのもいいねぇ。紅しょうがのケースなどもいっしょに出てきた。

味は少々薄め。卓上のソースをかけていただく

紅しょうがをのっけていただいた

うむ。おいしい。具はもやしぐらいしか入っていないのだけれど、麺がなにかの味を吸っているのか、とてもおいしい。これまで食べたことのないような焼きそばだ。これ、玉子入りもおいしいだろうなぁ。ちなみに玉子は上にのっけられるのではなく、鉄板で潰したものが焼きそばの中に入っている独特なスタイル。お会計をして外に出ると郵便局があった。

いろいろなものが描かれているようだけれど、ひとつは白髭橋らしい

台東清川郵便局の風景印

台東清川郵便局だ。風景印があるというので押してもらった。よくわからないが、ネットで調べたら、白髭橋や妙亀塚(後述)などが描かれているようだ。というわけで、この日は帰宅した。


再びアサヒ商店街へやってきてカレーをいただく

アサヒ商店街で撮影した画像やら動画を整理し、さて記事を書こうとパソコンに向かったけれど、なにかを忘れているような気がしてならない。写真も動画も撮って、お約束のコロッケもランチもいただいて、おまけに郵便局で風景印も押してもらったのに、あと何があったっけ?と商店街の事務所でもらったマップを見返してみると、表紙に「歴史を秘めた寺社と昭和の香りが残る商店街をのんびり楽しむ散策マップ」とあるではないか。
寺社など周辺スポットが紹介されている

アサヒ商店街周辺散策マップ

歴史を秘めた寺社めぐりかぁ。せっかくこういうマップがあるのだから、紹介されているところを歩いてみようかな。番号順に全部で9箇所のスポットが紹介されているので、1番から順にまわってみよう。というわけで、アサヒ商店街に再びやってきた。お散歩の前にランチをいただこう。
カレーライス・スパゲティーミートソース・ナポリタンなどがいただける

ニューダイカマ 東京都台東区清川1-29-5

先日うかがった大釜本店さんのお隣。その名も「ニューダイカマ」さん。ノレンに「カレーの店」とあったので、やはり注文はカレーでしょう。カレーライス650円を注文。
自分でライスの上にカレーをかける

なんとも懐かしいカレーポットに入ったカレー

大釜本店は創業100年以上とすごいわけだが、「ニューダイカマ」は昭和44年10月に創業したのだとか。それでもすごい。
お肉はポーク。たくさん入ってたよ

なんとも黄色い色のカレー

コック帽をかぶった、いかにも昭和の洋食屋さんの主人という風情の男性が教えてくれた。小麦粉から作った昔ながらのカレールウを、ポットからご飯にかけていただく。うまいねぇ。食べ終えるとアイスコーヒーがサービスで出てきた。これもうまい。


動画:東浅草2丁目→橋場交番前
橋場交番前→東浅草2丁目
【関連サイト】
ニューダイカマ - アサヒ商店街振興組合 | 浅草においでよ!

なんと「あしたのジョー」に遭遇

さて、周辺の歴史的なスポットをまわろう。改めて、パンフレットを見てみた。
新田義貞が創建したとも伝えられる玉姫稲荷神社

玉姫稲荷神社  台東区清川2-13-20

まずは1番の「玉姫稲荷神社」。商店街からすぐの場所にある。お参りをしようと鳥居をくぐり、境内に入って驚いた。なんと「あしたのジョー」に遭遇。
思わず、丹下段平のように「ジョー」と叫んでしまった

玉姫稲荷神社境内にいた矢吹丈、白木葉子に遭遇

矢吹丈と白木葉子のパネルが突然目の前に現れたので、思わず「ジョーぉ、立つんだジョ~ぉ」と丹下段平っぽく言ってしまった。なんだか楽しそうだぞ、この散策。というわけで、お次は「石浜神社」。
源頼朝が奥州攻めの際に、勝利の祈願をし、社殿が造営されたと伝えられている

石浜神社 東京都荒川区南千住3-28-58

この石浜神社の場所に石浜城があったことがわかり、最近注目されているのだそう。ちなみにこちらは荒川区にある神社。その石浜神社から、隅田川土手へあがり、白髭橋を見たら、後ろにスカイツリーが見えた。
なんとも空模様が怪しくなってきた

白髭橋とスカイツリー

なんとも空模様が怪しくなってきた。急いで残りをまわろう。

平賀源内のお墓でお参り

白髭橋のたもとにあった記念碑。番号は4番だけど、3番に向かう途中にあったので、こちらをパチリ。
明治天皇が病気療養中の三条実美を見舞った場所

明治天皇行幸 対鴎荘遺跡 台東区橋場2-1 

かつてこの一帯は、風光明媚な地で、著名人の屋敷が軒を連ねていたそうだ。明治時代の政治家、三条実朝も「対鴎荘」なる別邸をここに構えていた。その三条実美が病気になり、こちらで療養している時に明治天皇がお見舞いに来られたそうだ。さて、次は平賀源内の墓所。
国指定史跡になっている

平賀源内墓所 台東区橋場2-22-2

今やエレキテルというと「ダメよ、ダメ、ダメ」でお馴染みのお笑いコンビを思い浮かべる人も多いかもしれない(もうちょっと古い?)。このエレキテルというのは、江戸時代に蘭学者の平賀源内が復元した摩擦起電気機のこと。1779年(安永8年)に源内は刃傷事件を起こし、牢内で病死している。もともとここにあった総泉寺に葬られたのだが、総泉寺が板橋区に移ったあとも、墓だけはここに残ったのだとか。
見事な築地塀だ

1931年(昭和6年)には松平頼壽(旧高松藩当主)により築地塀が整備された

築地塀が整備された後、1943年(昭和18年)に国指定史跡になっている。中に入ってお参りができるそうだ。
ノートが置かれていて、訪れた人が署名できるようになっている

平賀源内碑

平賀源内というとナゾの多い人物だが、その才能は多岐にわたっている。「土用丑の日」という日本で最初の広告キャッチコピーを考えたのも源内だと言われている。今もファンは多く、碑の前に置かれたノートには訪れた人が署名しているが、それを見ると毎日、参拝者が耐えないのがわかる。


お化け地蔵に妙亀塚

お次は「松吟寺(しょうぎんじ)」のお化け地蔵を探そう。あったあった。大きなお地蔵さんがそうだ。
1790年(寛政2年)に建てられたものだ

お化け地蔵(松吟寺) 台東区橋場2-5-3

なぜ「お化け地蔵」と呼ばれるようになったのかは諸説あるようだ。かつて大きな笠をかぶり、その笠が向きをかえたからだというもの、高さが3m余りの並外れて大きいからなどの説だ。関東大震災で2つに折れたが、補修して現在に至っているそうだ。さて次は「妙亀塚(みょうきづか)」。
区立妙亀塚公園内にある

妙亀塚(みょうきづか) 台東区橋場2-28-2

台東区による説明板があった。それによれば、この妙亀塚のある地は、かって浅芽ヶ原と呼ばれた原野で、近くを奥州街道が通っていた。妙亀塚は、「梅若伝説」にちなんだ名称。
謡曲「隅田川」は妙亀尼の伝説を元に作られた

悲しい母子伝説の供養塚

「梅若伝説」とは平安時代に吉田小将惟房の子梅若が、信夫藤太という人買にさらわれ、奥州につれて行かれる途中で、重い病にかかりこの地に捨てられ世を去った。我が子を探し求めて、この地まできた母親は、隅田川岸で里人から梅若の死を知らされ、髪をおろして妙亀尼と称し庵をむすんだ、という説話である。謡曲「隅田川」はこの伝説をもとにしている。


仰願寺、江戸六地蔵、高尾太夫の墓

さて、あと3箇所となった。7番目の「仰願寺」。こちらは「仰願寺蝋燭」発祥の地だそうだ。そもそも、仰願寺蝋燭ってなに?というと、仏壇に供える細い蝋燭のことだそうだ。
仰願寺蝋燭発祥の地

仰願寺 台東区清川1-4-6

延宝年間(1673年~1681年)に当時の住職が京橋の蝋燭屋・越前屋右衛門に作らせたのが最初なのだそう。次は江戸六地蔵。
もともとは旧奥州街道の入り口にあった

江戸六地蔵(東禅寺) 台東区東浅草2-12-13

江戸の入り口に造られた銅造地蔵菩薩坐像は、「江戸六地蔵」として有名だ。こちら、東禅寺(とうぜんじ)の地蔵は1624年(寛永元年)に建立された。もともとは旧奥州街道の入り口にあったのだそうだ。
あんぱんの生みの親として有名な木村安兵衛

銀座木村屋総本店の創業者木村安兵衛と妻のブナ

銀座木村屋総本店の創業者、木村安兵衛と妻のブナの像もあった。あんぱんの生みの親だ。この人がいなければ、あんぱんはなかったかも。
花魁二代目高尾の墓

高尾太夫の墓(春慶院) 台東区東浅草2-14-1

そして、9番目が高尾の墓だ。「高尾」というのは吉原の代表的な名妓が襲名した源氏名で、ここは二代目高尾の墓。仙台藩主・伊達綱宗が夢中になり、高尾の体重と同じ重さの黄金で身請けしたという逸話があるそうだ。さて、最後に周辺のとっておきのスポットをもうひとつ紹介しておこう。
携帯禁止、撮影禁止の昔ながらの居酒屋

大林酒場(だいりんさかば) 台東区日本堤1-24-14

こちらはアサヒ商店街近くの、昔ながらの居酒屋さん。独自のルールがあって、まず携帯電話は禁止。取り出しただけで注意される。カメラでの撮影も禁止。酔っ払っての入場禁止、大人数もダメ。

とはいえ、ルールはそれぐらいで、あとは、昔ながらの普通の居酒屋さんだ。逆に料理の写真をせわしなく撮ってしまう自分のような人間にとっては、ホッと昭和な雰囲気を取り戻せる場所だった。お酒好きな方は散歩の帰りによってみてはどうだろう。午後3時からやっているが、火曜日が定休日なので注意が必要。

今回のお散歩ルートはこちら

【関連サイト】
大林酒場 - 南千住/居酒屋 [食べログ]

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