石井一孝undefined68年東京生まれ。92年『ミス・サイゴン』でデビューし94年『レ・ミゼラブル』ではマリウス役に抜擢、後にジャン・バルジャンも務める。第35回菊田一夫演劇賞を受賞。代表作に『マイ・フェア・レディ』『蜘蛛女のキス』『キャンディード』、ディズニー『アラジン』アラジン役(歌)等。シンガーソングライターとして6枚のCDをリリース。最新作『Treasures in my life』。1月にはソロコンサートを開催。(C)Marino Matsushima

石井一孝 68年東京生まれ。92年『ミス・サイゴン』でデビューし94年『レ・ミゼラブル』ではマリウス役に抜擢、後にジャン・バルジャンも務める。第35回菊田一夫演劇賞を受賞。代表作に『マイ・フェア・レディ』『蜘蛛女のキス』『キャンディード』、ディズニー『アラジン』アラジン役(歌)等。シンガーソングライターとして6枚のCDをリリース。最新作『Treasures in my life』。1月にはソロコンサートを開催。(C)Marino Matsushima

*4ページ目に『三文オペラ』観劇レポートを追記しました*

ベルトルト・ブレヒトの台本、クルト・ヴァイルの音楽で1928年にベルリンで初演された『三文オペラ』。英国の戯曲『ベガーズ・オペラ』を下敷きに、稀代の大悪党メッキース(メッキー・メッサー)が権力と癒着し、世の中を泳いでゆくアンチヒーロー物語は、民主主義の矛盾を突いた強烈な風刺劇として大評判をとる一方、奇妙な要素を盛り込んだ「異化効果」という演劇的手法ゆえに「難解な作品」と言われることもありました。

 『ミス・サイゴン』『レ・ミゼラブル』等の大作ミュージカルに出演し、現代を代表するミュージカル俳優の一人でもある石井さんは、今回この作品に、メッキースの癒着相手である警視総監、タイガー・ブラウン役で参加。「エンタテインメント性豊かであると同時に難解」な本作をどうとらえるべきか、やさしく噛み砕いてお話いただきましょう!

 不可解な枝葉を削ぎ落した脚本から見えてくる、2014年の観客へのメッセージ

 ――『三文オペラ』には今回が初のご出演ですか?

『オペラ・ド・マランドロ』でタイガー・ブラウンを演じた際の石井さん。写真提供:石井一孝

『オペラ・ド・マランドロ』でタイガー・ブラウンを演じた際の石井さん。写真提供:石井一孝

 「実はブラジル版『三文オペラ』の『オペラ・ド・マランドロ』というミュージカルに出たことがあって、その時もタイガー・ブラウン役をやっているんです。その作品はストーリーはほぼ一緒だけど、音楽はクルト・ヴァイルではなく既成の曲をちりばめたもの。今回はより演劇的で、まさに本来の『三文オペラ』です」

 ――音楽劇ではありますが限りなく“演劇的”で、一筋縄ではいかない作品ですね。

 「奇天烈だとかわかりづらいと言われることもありますね。僕自身、ブラジル版の『オペラ・ド・マランドロ』をやったときにもよくわからない部分があったし、今までにいろいろなバージョンの『三文オペラ』を観に行ったのですが、皆が抱くように“不可解で不思議だな”という印象が残りました。この本が何を伝えたいのか、もっと噛み砕いて、役者の体温を通して伝えられたらいいのにな、とも感じていました。

この不思議さは、“異化効果”から来るものです。突飛な論旨、突然の行動によって観客をびっくりさせながら、演劇の醍醐味を引き出そうという手法ですね。なぜこの人がここで出てきて言うのかがわからない台詞ですとか、ちょっとありえない設定などが突然出てくるんです。

ただ、今回の『三文オペラ』は一味違います。翻訳の谷川道子さんと演出の宮田慶子さんが相談して、異化効果的な部分をかなりマイルドにしているんですよ。本読みのはじめに、宮田さんはこうおっしゃっていました。“(本作が書かれた)100年前なら、異化効果は(それまでなかったので)効果があったでしょう。けれど今回ご覧になるのは(いろいろな舞台を観慣れた)2014年の日本の観客なので、受け止め方が違うのでは。だから今回は異化効果だけでなく、登場人物たちの魅力やエネルギーが立ち上がってくる『三文オペラ』にしましょう”と。

“ここはよくわからない、どう演じたらいいんだろう”と思っていた部分がスッキリとなくなっていて、今回の台本は微妙な枝葉をカットした美しい盆栽のようです(笑)。交通整理されたことで、観た人が“この『三文オペラ』、分かり易い!”と思えるようなものになっているのではないかな。演じる側もやりやすいですよ」

――なるほど、今回はとっつきやすい『三文オペラ』になりそうですね。その中で、石井さんが演じるタイガー・ブラウンは警視総監。メッキーとは若い頃に戦友だったという設定ですが、なぜ彼はメッキーとは対照的な、警察という道を選んだのでしょうか?
『三文オペラ』撮影:熊谷仁男

『三文オペラ』撮影:熊谷仁男

「宮田さんとも話しているのですが、僕はタイガーはもともと貴族の生まれなのではないかと思っています。親戚に警察にコネのある人とかがいて、“ここに来れば最初からポストを用意するよ”と、会社で言えば部長ぐらいの待遇で警察に迎えられたのではないかな。戦地にも、士官候補生として赴いたと思います。

そんな貴族のタイガーがそもそもなぜメッキーと知り合い、友人になったのか? メッキーは平民で2等兵くらいのスタートだったろうけれど、名うてのナイフ使いで、次々に武勲を立て、軍隊の中でもヒーロー的な存在。タイガーたちエリートが主催するパーティーに招かれるなどしてタイガーと出会い、男同士の会話の中で何かウマがあって親しくなったのでしょうね。戦場ですから、二人だけが共有するつらい体験などもあったのかもしれません。

というのは、メッキーは大悪党になってからも、とても血を恐れているんです。例えば戦場で撃つべきでない誰かを撃ってしまったとか、他の誰にも言えない秘密が二人にはあって、その心の傷が、絆をより深くしているのかもしれません。

 戦地から帰ってきてタイガーは警察、メッキーは大悪党と対照的な道を歩みます。台本には、タイガーがメッキーの犯罪をもみ消す代わりに賄賂をもらっていたと書かれていますが、僕はそれだけの関係ではないだろうと思っています。部長待遇で警察に入ったとしても、周りもエリートばかり。その中でたった十数年で警視総監に上り詰めた背景には、メッキーの貢献があったのではないか。

例えばどこかで銀行強盗があって、今と違って監視カメラなどもない時代だから迷宮入りしそうになっている。そういうときにメッキーが裏の情報網を使って犯人を突き止め、タイガーはその情報をもとに犯人の家に行って“おい、お前がやったんだな”“やりました”という具合で、タイガーの検挙率が異様に高かった。それが大出世に繋がっていったのではないかと思うんですね。その代わりにメッキーのみならず、例えば彼の手下が殺人をおかせば別の悪党に罪を着せて死刑にしてしまったりと、徹底的にメッキー一味を守ってきたのです」

――悪い人ですね(笑)。
『ゾロ・ザ・ミュージカル』写真提供:東宝演劇部

『ZORRO THE MUSICAL』写真提供:東宝演劇部

「なかなか腹黒いですよ(笑)。宮田さんからは、“人々が震えあがるような、怖いオーラをまとってほしい”と言われています。言わば『レ・ミゼラブル』のジャベールのような怖さですね。悪役は、『ゾロ・ザ・ミュージカル』で肉親さえ殺そうとする悪の総督役をやったことがあるので、それが引き出しになってるんじゃないかな。目のトーンや声が大事だと思うので、低い声にとどめて眉ひとつ動かさずに喋るよう心掛けています。にこにこしながらも目は笑っていないとかね。それが、無二の親友メッキーと話しているときは、“そんなに睨むなよ”と弱気な声を出す。この二面性が出せたらいいかなと思います」

――そんなタイガーとメッキーの関係は、メッキーがポリーという娘と結婚することで大いに揺らぎますね。娘を奪われた彼女の両親、ピーチャム夫妻に脅されて、タイガーはメッキーを逮捕、処刑せざるをえなくなる。ところが最後に、どんでん返しが起こります。

 「有名な結末ですよね。閉塞感が漂って、経済も疲弊している今の日本には、こういう“せめて芝居の中では夢をみましょうよ”的な結末はジャストかもしれませんね」

――そのどんでん返しの伝令役がタイガー。あの内容は、彼が一肌脱いだ結果なのでしょうか?

 「女王陛下への直訴ですか? そういう風には考えていなかったけど、そういう説もあるんですか? その前のシーンで、タイガーとメッキーは友情が決裂するんですよね。エゴとエゴのぶつかりあいがあって、タイガーは“友情より自分が大事だ”みたいなことを言う。その後に思い返して一肌脱いだとしたら、それはやりやすくなりますね。もともと、したたかなキャラクター揃いのこの話のなかでタイガーはもっとも“裏切らない”タイプの人間ですからね。そうか、この場面は明日の稽古でやるので、宮田さんに聞いてみますね」

――“わかりやすい”三文オペラ、最終的に何が立ち現われてくるか楽しみです。
『三文オペラ』撮影:熊谷仁男

『三文オペラ』撮影:熊谷仁男

「もともと曲がりくねっていた道を平坦にならしたことで、“あ、ブレヒトの描いた世界はこんなに面白かったんだ”ということが浮き彫りになっているような気がします。台本の奇天烈さによって起伏があるのではなく、役者を信じて、役者の力量で起伏が作られている。本来の演劇の作りですよね。あんまり本が突飛だと役者の力量がカットされてしまうけれど、今回は役者の力量と演出者のディレクションによってストーリーがつむがれているんです。

だからこそ、2幕最後のピーチャムさんの台詞がすごく説得力を持つ気がします。ここでどう“折れる”(演劇用語で「変化する」)のか。演じる山路(和弘)先輩にすべてかかっています(笑)。最後は山路さんを頼りにしたいと思います(笑)」

――その前のタイガーの伝令も重要だと思います(笑)。
 
「ほんとですか(笑)」。

*次ページでは石井さんのこれまでの歩みをうかがいます。小学生時代(!)まで遡ることで、石井さんの声量の秘密(?)が明らかに!



“歌手志望”から“気が付けばミュージカル俳優”に

『ミス・サイゴン』クリス役undefined写真提供:東宝演劇部

『ミス・サイゴン』2004年公演より クリス役 写真提供:東宝演劇部

 ――ここからは石井さんご自身のお話をうかがわせてください。資料によると石井さんはクイーンに影響を受け、シンガーソングライターを目指していらしたそうですが、クイーンのどこに惹かれたのでしょうか。

 「もとはというとね、小学生の時に私立受験というレールを親に敷かれて、勉強ばっかりしている夢も希望もない子供で(笑)、それに憤りと行き詰まりを感じて、“僕の人生ってなんなんだろう”と思っていたんです。そんな僕に突然語りかけてきたのが、深夜ラジオの音楽だった。両親は音楽好きというわけではなかったから家に音楽が流れることはそれほどなかったし、それまで音楽に触れる機会といったら音楽の授業くらいしかありませんでした。単に受験勉強から逃れるためにラジオをつけたら、歌謡曲が流れてきた。それからさだまさしさんやオフコースから入って、中学生になって出会ったのがクイーンだったんです。

ボーカルのフレディ・マーキュリーの声を聴いて電流が走りましたね。僕は今でもフレディが世界で一番すばらしいシンガーだと思ってるんですけど、それはやっぱり、“レコードの溝から魂がこぼれてくるような歌だから”なんです。いつもぎりぎりのところで歌っている感じ。ただフレディーの面白いところは、天才的に歌がうまいのに、コンサートではいつも声が枯れていること。一か月の世界ツアーがあれば普通、節制とかコントロールを考えるのに、この人は破滅型で一日で100%使っちゃうんですよ。朝まで乱痴気騒ぎをして、寝ずに翌日のコンサートをやる。骨の髄までロッカーなんですよね。その放蕩ぶりに憧れます(笑)。

でも素晴らしいのは、どんな時も“ソウル”で歌うところ。だから今にも体がはりさけるような声を出す。いやあ痺れます。どうしてあんなにも魂を注ぎ込んで歌うことができるんだろうって思いますね。僕?僕はフレディみたいな生きざまは無理。明日の公演があればめっちゃ節制しますね(笑)」
  
――その後、上智大学のスペイン語学科に入学されるわけですが、なぜスペイン語を?
 
「音楽と出会ったことで、中学入学と同時に、僕は“歌手になるんだ”と自分で自分に命じたんですよね。音楽教育は受けていないから楽器もできないし譜面も読めなかったけど、フレディみたいな歌手になるんだと直感的に思って、レコードにあわせて歌っていたんです。家が運送屋で、大きな通りに面していて常にトラックの出入りがあったので、その騒音をいいことに大声で毎日歌っていました。でも大型トラックの排気音より僕の声のほうが大きいので、しょっちゅう親父には“うるさい”って怒られてましたね(笑)。

フレディはフォルテ系の歌手じゃないですか。“We are the champions" みたいな曲は小さい声では歌えないので、フレディを真似るということは声が大きくなるということとイコールだったのかなって思います。だから僕は今ではミュージカル界で3本指に入るくらい声が大きいのだと思います(笑)」
 
――お声の大きさは生まれつきではなかったのですね。

「そうですね。小学校の音楽の先生に“石井君はボーイソプラノのきれいな声だね”とは言われましたけれど、声量はフレディのロックなシャウトを真似ているうちに大きくなったと思います。

そうだ、スペイン語の話でしたね(笑)。厳しい親だったんで、歌手になりたいと言っても張り倒されると思って、その夢のことは黙っていたんです。で、大学に行けば4年時間がもらえると思った。高校3年間は歯を食いしばって勉強すれば、大学に入って歌を勉強したりバンドを組んだり、オーディションを受けたりもできると。ただ、何学部に行くのか考えるにあたって、当時好きだった世界史や英語以上に勉強したいものがなかったんです。

そうこうしているうちに手に取ったのが、そのころ好きだった海外暮らしエッセイの中の一つ、『スペイン子連れ留学』という本でした。パエリアがこんなに美味しくてとか隣のパコおじさんが毎日パーティーに呼んでくれてとか、それまで闘牛の国くらいの印象しかなかったスペインがとてもまぶしく見えましてね。よし、スペイン語学科に行こうと高校二年の暮れに突然めざし始めたんです。僕はみんなによくラテン系だと言われるんですよね。明るいし、よく喋るし、声デカイし(笑)。スペインとの出会いは偶然じゃなくて、神様のお導きだったんじゃないのかと思います」

――そして卒業後、歌手ではなくミュージカルの道へと進まれたのですが、オーディションをいろいろ受けた中の一つがミュージカルだったのでしょうか?

「大学時代にピアノを独学で弾きはじめて、ハードロックバンドを組んでデビューしようと頑張ったのですが、結局その道は開けずに、卒業する段になって親に初めて“シンガーソングライターになりたい”と言ったら、たまげていました。長男なので大学を出たら家を継ぐか就職すると思われていて、どちらも嫌なら独立しなさい、と言われて家を出、一人暮らしを始めたんです。

アルバイトをしながらデモテープをいろんなロックコンテストに送り続けたんだけどなかなか受からずにいたとき、当時付き合っていたガールフレンドが“こういうの受けてみたら”と教えてくれて受けたのが『ミス・サイゴン』初演のオーディション。当時、ミュージカルはもちろん、演劇も観たことはなくて、まさか俳優になるなんて思っていなかったのに、なんと受かっちゃったんです。顔がベトナム人ぽかったからかな(笑)。いえ、演じたのはGI側の役でしたけれどね(笑)。
『レ・ミゼラブル』1999年公演よりundefined写真提供:東宝演劇部

『レ・ミゼラブル』1999年公演より マリウス役 写真提供:東宝演劇部

そして人生2回目に受けた演劇のオーディションが『レ・ミゼラブル』で、マリウスという大きい役で受かりました。それからディズニーアニメの『アラジン』(アラジンの歌の吹き替え役)に受かって、なぜか(ミュージカル界に)レールが敷かれたんですね。ほどなく大地真央さんや酒井法子さん、西田ひかるさんの相手役をすることになり、幸か不幸か、目指してもなかった道が突然、海が真っ二つに割れるように開けました。

問題はこれからで、(役者として)下積みが無かったので、台詞で壁にぶちあたりまして。初めて台詞を言ったのが『洪水の前』というフォーリーズのミュージカル。その後酒井法子さんの『シンデレラ』の王子様、大地真央さんの『アイリーン』では大金持ちの御曹司。どれもめちゃくちゃ台詞が多かったです。これが上手く喋れなくて凹みました。一生懸命演じましたが、今思えば棒読み的だったんだと思います」

 ――それまでご出演の作品では、台詞のトレーニングなどは?
 
「『ミス・サイゴン』や『レ・ミゼラブル』は歌しかないミュージカルなので、その当時、台詞の練習をしたことは無かったですね。不埒な俳優ですよね(笑)。ただ、幸運なことに、芝居の中で感情を動かすことは最初からできたんです。例えば『レ・ミゼラブル』でエポニーヌがマリウスの腕の中で死ぬ時、最初の稽古の時から自然に涙がぽろぽろ流れたんですよね。自分でもビックリしました。

しかし、演劇の台詞というのは心が動けば言えるというものじゃなくて、間とかフィールとかセンスとかがすごく大事なんです。それが、台詞の技術がないためにうまく出来なかった。新聞評に“歌はうまいけれど台詞がダメだ”というようなことを書かれたことがあって、大阪の親戚から“あなたこんなこと書かれてるわよ”って電話がかかってきたりして(笑)、ショックでした」

――それをどう克服されていったのですか?
 
「そもそも演技っていうのは盗むものだと先輩方からうかがっていたので、素直に従って演技の先生には習わなかったですね(笑)。とりわけお世話になったのは大地真央さん。芝居の“いろは”を教えていただいた思いです。本番中も舞台袖に行って真央さんの演技を観て盗む毎日でした。“人を笑わせる間や心を紡ぐ芝居って、ああいうふうに演じるのか”と。
  
あと、僕は文学座や民芸、昴などの新劇が大好きなんです。しっかりとした演出と実力ある役者達に魅せられます。で、演技の達人の芝居を真似したくて信濃町の文学座のアトリエに何度も通いました。至近距離で芝居を観て感銘を受けましたね。そのうちに知り合いができて、新劇俳優の仲間と飲みに行って演技の相談をしたり。そんな難しいこと考えたことないと言われたり(笑)。考え過ぎてたんだなと気づいたり。デビューして最初の10年くらいは悔しさと葛藤の日々でもありましたが、絶対うまくなってやろうと思って努力を重ねました。 
『レ・ミゼラブル』2003年公演よりundefinedジャン・バルジャン役undefined写真提供:東宝演劇部

『レ・ミゼラブル』2003年公演より ジャン・バルジャン役 写真提供:東宝演劇部

大きな転機は、2003年に『レ・ミゼラブル』のジャン・バルジャンをやったこと。バルジャンとの出逢いはかなり大きかったですね。マリウスを長くやって来て、バルジャン役だった鹿賀丈史さん・滝田栄さん・山口祐一郎さんを尊敬していましたから、そりゃあ憧れの役でした。

もともとは事務所の意向で、ジャベール役で2002年のオーディションを受けたんです。けれども演出のジョン・ケアードが“カズの本質は慈愛に満ちた優しい男だから、バルジャンが相応しい”と推してくれたそうなんですね。神様、仏様に続くのはジョン様だと思っています(笑)。
 
そのころですね、俳優としてもう戻れない道に来ていると思い始めたのは。それから『マイ・フェア・レディ』のヒギンズ教授、『蜘蛛女のキス』のモリーナをはじめ、大きい役が続きました。その中で、演技のむずかしさと醍醐味を受け止めながら、神様から与えられた運命をもっと前向きにとらえるべきじゃないかと思い始めました。演技に対して“もっとよくなりたい、個性的になりたい”という欲もさらに出てきましたし。年齢も30代後半になり、責任感がもう一つ自分を押し上げてくれたのかなと思います」

――充実のキャリアが続いていらっしゃいますが、最近では東西冷戦を背景とした恋愛ミュージカル『チェス・イン・コンサート』のアナトリー役が印象的でした。
『CHESS IN CONCERT』撮影:狐塚勇介undefined写真提供:梅田芸術劇場

『CHESS IN CONCERT』撮影:狐塚勇介 写真提供:梅田芸術劇場

 「あれは、役が難しいというより歌がどえりゃあ難しかったです。僕は歌が得意だし武器なんですが、これほど難しい歌に出会ったことはないというくらいスコアが難しくて、音がうまくとれないことの連続でした。ちょっとクラシックっぽい曲調なんですね、アナトリーは。それに対して(三角関係を演じる)中川晃教くんのフレディのほうはロックっぽい曲なんです。ロック出身の僕には発声的にもハードルが高かったので、かなり苦労しました。

でも、役柄上の苦労はあまりなかったかな。女性2人から想われるという上機嫌な設定なので頑張れたのかもしれません(笑)。良質なミュージカルはスコアをしっかり歌えば役柄が見えてくるようになっていて、あの重厚なオーケストラサウンドの中で、“アンセム”とか“Where I want to be”を歌うことによって、向かうべき役の方向が見えて来たのだと思います。

ミュージカルって、“こねまわさず誠実に歌ったらいいんだよ”とよく言うんです。例えば『レ・ミゼラブル』の「カフェ・ソング」で、“言葉にならない~痛みと悲しみ~”というのを、半分台詞のように歌っていたことがあったんですが、先輩方に“台詞にしないほうがいい、歌ったほうがいい”と言われました。台詞にしたほうが役者として気持ちいいような気になるけど、歌詞は歌を歌うために書かれたもの。歌わないのなら最初から全部ストレートプレイにすべきだよ、絶対に歌った方がいいというんですね。 目から鱗な体験でした。『チェス』の時もそうでした。音の中に、アナトリーの葛藤も苦悩も書かれているんですよね」

*次ページでは、石井さんがあたためている夢について語っていただきました*



ミュージカルの傑作脚本、募集中!

石井一孝さんのオリジナル曲満載のアルバム『ドアーズ・トゥ・ブレイク・フリー』(www.kazutakaishii.comで購入可能)。洋楽の影響を受けた石井さんの心地よいメロディが堪能できます。『ウェストサイド物語』の「マリア」も収録。

石井一孝さんのオリジナル曲満載のアルバム『ドアーズ・トゥ・ブレイク・フリー』(www.kazutakaishii.comで購入可能)。洋楽の影響を受けた石井さんによる、心地よいメロディと歌声が堪能できます。『ウェストサイド物語』の「マリア」もお洒落なアレンジで収録。

――石井さんは作曲家としても活躍されていますが、将来的にミュージカルを書いたりということは?

「やってみたいんですよね。もともとシンガーソングライター志望だったので、曲を書くのは大好きです。実は『花嫁付添人の秘密』という音楽劇で、作曲家として30曲くらい舞台音楽を書き下ろしたこともあるんですよ。今年は役者として23年目。この経験とノウハウを活かして、良い脚本を書ける人や素敵な詞を書ける人とチームを組んで、オリジナルミュージカルを書きたいです。

年齢的に46になって“機は熟した”感がありますし、ミュージカルを創ることは2か月ぐらいでできるような簡単なものではありません。構想から2年かけて初日を迎えるなんてザラです。“いつやるの?今でしょ!”と同世代の仲間と言い合っています(笑)。とにかくミュージカルを愛するものとして、作品を残したいんですよね」

――どんな作品を?

「まずは優れた脚本がないとミュージカルは成功しないので、まずは脚本、その次にストーリーを10倍よく見せる音楽かな。あと役者は無論良くなかったらダメですけど、いい役者仲間はいっぱいいるので、“お願いだから出てくれないかな”と頼みこむこともできると思うんですね(笑)。心を動かす脚本に合わせて、まずは数曲書き始めたいですねえ。

僕はコメディであれトラジェディ(悲劇)であれ、心に残るものを創りたいんです。論旨が明確で、読んだ後で“いい本だよね”と思えるような本と出会いたいですね」
最近出演した『シスター・アクト~天使にラブソングを~』写真提供:東宝演劇部

最近出演した『シスター・アクト~天使にラブソングを~』写真提供:東宝演劇部

――『チェス』の作者ティム・ライスにお話をうかがったときには、ミュージカルを成功させるにはまずストーリーが大事だとおっしゃっていました。

「やはり!まずストーリーですよね」

――今回の記事に「いい脚本募集中」と書きましょうか?

「グッドアイデアですね。いい本があれば、まず3曲くらい骨になる曲を書いて、演出家と脚本家と膝を突き合わせてディスカッションしたい。海外ではそうやって作るじゃないですか、“この曲はいらないな”とか“これはもっと悲しいイントロじゃないとだめだ”とか、何度も何度も加筆訂正して。『チェス』も、初日の前日ぐらいに話し合いで“一曲追加すべきだ”ということになり、ビヨルンとベニーがロビーで新曲の譜面を書いたという話を読んだことがあります。そして書き上げるや否やオケピに持って行って“これをやってくれ”と。ドキドキですよね。

でも、そういう苦労がなければ良い作品はできないですよね。いい芝居を作るためだったら、寝ずにでもやりたいと思うのは役者も作曲家も同じだと思います。僕は曲を書くのも文章を書くのも大好きなので、役者一筋なタイプじゃありません。だから、是非作品創りもしたいんです。この業界で生きてきた意味もそこに込められるんじゃないかな。もしも上演したら観に来てくれますか?」

――もちろんです。記事も書きますよ!

「うれしいな。やっぱり20年以上やってきて、好きな道なのでね。忙しくて、時間を見つけるのが一番大変なんですが、是非遠からず手掛けられたらなぁと思います。皆さん、力を貸して下さい(笑)」

*****

……と、ミュージカルへの熱い思いで締めくくられた今回のインタビュー。明るく楽しく、ラテン系に(?!)お話をされる石井さんの芯にあるものが、音楽、そして舞台に対する真摯な姿勢と分かり、圧倒的な回数を勤めた『レ・ミゼラブル』のあの誠実なマリウス像が重なります。そんな石井さんが太鼓判を押す今回の『三文オペラ』。いつか(近々?)誕生するかもしれないオリジナル・ミュージカルへの期待を胸に、9月の開幕を楽しみに待つこととしましょう。

 *公演情報*三文オペラ』9月10~28日=新国立劇場

*次ページで『三文オペラ』観劇レポートを追記しました*




『三文オペラ』観劇レポート
社会の矛盾が生んだ不条理を風刺しつつ
観る者を鼓舞する音楽劇

『三文オペラ』撮影:谷古宇正彦undefined写真提供:新国立劇場

『三文オペラ』撮影:谷古宇正彦 写真提供:新国立劇場

19世紀、女王の戴冠式間近のロンドンを舞台に繰り広げられる群像劇。“警視総監のタイガー・ブラウンと癒着し、要領よく生きてきた盗賊団の首領メッキ―ス(メッキー・メッサー)が、結婚によって人生最大の危機に遭遇。彼女の両親であるピーチャム夫妻が激怒し、彼を死刑にするようタイガーを脅迫したのだ。昔の恋人ジェニーの裏切りにも遭い、逮捕されたメッキ―スの運命やいかに?”……という物語が、アクの強いのキャラクターたちに彩られ、展開していきます。
『三文オペラ』撮影:谷古宇正彦undefined写真提供:新国立劇場

『三文オペラ』撮影:谷古宇正彦 写真提供:新国立劇場

ぎらぎらとした生命力を漲らせる池内博之さんのメッキース、コメディ・センス全開で「権力者の正体」を体現する石井一孝さんのタイガー、煮ても焼いても食えない親父ぶりが痛快な山路和弘さんのピーチャム、嫉妬心むき出しでメッキースをとりあうナンバーを面白く聴かせるソニンさんの妻ポリーと大塚千弘さんのルーシー……。いずれ劣らぬ曲者揃いですが、中でも強烈な存在感を見せているのが、島田歌穂さん演じる酒場のジェニーです。
『三文オペラ』撮影:谷古宇正彦undefined写真提供:新国立劇場

『三文オペラ』撮影:谷古宇正彦 写真提供:新国立劇場

メッキ―スの昔の恋人ながら、一度ならず二度までも彼を裏切り、密告。その心中が言葉で語られることはなく、動機は謎のままながら、彼女がメッキ―スと昔の日々を振り返るナンバー「ヒモのバラード」や、メッキースをソロモン王やクレオパトラら悲劇的な末路を迎える歴史的人物たちと並べた歌「ソロモン・ソング」には哀感と虚無感が満ち、圧巻です。
『三文オペラ』撮影:谷古宇正彦undefined写真提供:新国立劇場

『三文オペラ』撮影:谷古宇正彦 写真提供:新国立劇場

また乞食の一人、片岡正二郎さん演じるフィルチが終盤、メッキ―スが処刑されるべく階段をのぼってゆく間も、その後にどんでん返しが起こってからも、同じように楽しんでいるかのような飛び跳ね方をしているのを見るにつけ、この舞台の、人間へのドライな視線が感じられます(演出・宮田慶子さん)。
『三文オペラ』撮影:谷古宇正彦undefined写真提供:新国立劇場

『三文オペラ』撮影:谷古宇正彦 写真提供:新国立劇場

“一癖もふた癖もある”のはキャラクターばかりでなく、登場する楽曲も同様です。あと数小節演奏がありそうなところでふっと終わり、次の芝居に移行。一般的なミュージカルではまずありえない、不意な終わりにはじめはとまどいますが、次第にその「空白の数秒間」がナンバーを反芻するための余韻となり、不思議な面白さが生まれています。

最後にピーチャムが「(実際には)この世には救いの神は来ねえ」と釘を刺し、皆で「この世の冷たさに凍え」と歌う。金がすべての資本主義社会を痛烈に風刺した芝居、ではあるのですが、今回はバイタリティ溢れる出演者が揃うことで、風刺にとどまらずもう一つ、「だからこそ人生を存分に生きろ!」という力強いメッセージが放たれる舞台となっています。キレのいい、クリアな音を聴かせた9人編成のオーケストラも大きく貢献。帰途、ほとんどの観客の耳には、どこかドライで、どこかとぼけたあの主題歌のメロディが長く残ったのではないでしょうか。




【編集部からのお知らせ】
All Aboutで家計に関するアンケートを実施中です!(抽選でAmazonギフト券1000円分を3名様にプレゼント)
アンケートはコチラのリンクから回答をお願いいたします(回答期限は2020年9月29日まで)

※記事内容は執筆時点のものです。最新の内容をご確認ください。