漫才にするかコントにするか

ある若者が将来の進路を考えた末に、芸人になると決心します。彼は養成所に入り無事、相方を見つけました。さて、新人として世に出ることになって、彼は悩みます。「漫才にしようかコントにするか?」と。

漫才とコントの違い。全く別物のように見えて、実は両方の境界線はそれほど明確なものではありません。その証拠に「漫才」を辞書で引いてみてください。「二人の滑稽な掛け合いで笑わせる寄席演芸」と言ったことが書いてあるはずです。お気づきでしょうか、この定義、そっくりそのままコントにも当てはまります。

「違いなんてどーだっていい」という意見もあるかもしれません。たしかに見る方にとってはそうでしょう。ただ、演じる側は「漫才師の誇り」「コント師の誇り」を各々持っている訳で、漫才やコントについて言及していくうえでは、避けては通れない問題かなと考えております。

腑に落ちる説明をするとは

かなり昔から「漫才とコントの違いは?」という疑問は投げかけられてきましたが、正直、納得できる回答はいまだに現れていないというのが、個人的印象です。というのも、「漫才は○○である、一方、コントは××である」と説明しただけでは、違いの証明にはならないからです。

「漫才は○○であるがコントは○○ではない」あるいは「コントは××であるが漫才は××ではない」と言わなければ、腑に落ちる説明にはなりません。この理論に沿ったものだと「コントはセットや役柄があり、それに応じた衣装を着るが、漫才はそれらを使わない」という意見があります。

しかし、演芸場やホールで演じられるコントでは、ほとんどセットは使いませんし、友人同士の設定のコントであれば、漫才師が着ても違和感のない私服っぽい衣装の場合もあります。逆に漫才で特殊な衣装を着てるのが、髭男爵とクールポコ。ネタそのものもかなりボーダレスな感じですが(笑)。

違いを示すことの難しさ

なんだか「漫才とコントに違いはない」みたいな結論に落ち着きそうな雰囲気ですが、もうしばらくお付き合い下さい。どうにかして納得いく落としどころに持ち込みますから(願)。

ダウンタウンやサンドウィッチマン、おぎやはぎのように、漫才、コントともに得意とする芸人も少なくありません(3組ともタイプが全然違うところが面白い)。漫才の中にコントのような掛け合いが入ったものを、コント漫才と呼んだりもします。

あとショートコント専門の芸人も分類が難しいですね。だいたい、冒頭で「○○○(コンビ名)のショートコント!」と名乗りを上げるので、間違いなくコントグループに見えますが、漫才師が途中からコントを始めるパターンと、これ、スタイル的には変わらないのでは? 改めて問いますが、いったいコントと漫才の違いってなんなんでしょうか?

漫才が笑いとともに大切にするもの

ますます漫才とコントの間の境界線がうやむやになってきましたが、最後に起死回生を狙って仮説を提案してみます。漫才もコントも笑いを取ることを第一の目的にしているのは間違いのないところですが、漫才だけは笑いと同じくらいに大事にしている要素があるように思います。コントには皆無とは言いませんし、漫才師もある程度の経験を積まなければ、目指すためのスタートラインさえ立てないかもしれませんが。

その要素とは、全体に流れるテンポ、抑揚のようなものです。すぐれた漫才は、笑いに加えて心地よい曲を聴いたときのような満足感があります。これはコントでは決して味わえないものです。テンポを大切にする漫才師は、笑い以上に2人の間合いを気にします。何気なく見える仕草や目配り一つまで計算することで、全体の流れを絶妙に構成しているのです(もちろん、そうでない漫才だってあるんですが)。

これって漫才のルーツが音曲万歳にあるからなのかもしれません。楽器を持ってなくても歌わなくても、まっとうな漫才からはリズムやメロディさえも響いてくるものであり、さすがにこれはコントでは味わえないものだと思うのですが、いかがでしょうか?