一路真輝undefined愛知県出身。82年に宝塚歌劇団に入団、93年に雪組トップスター就任。96年『エリザベート』にて退団。その後は女優として『王様と私』『南太平洋』『アンナ・カレーニナ』など数々のミュージカルに出演し、『エリザベート』にはタイトルロールで出演。コンサートやテレビドラマなど幅広いジャンルで活躍している。 (C) Marino Matsushima

一路真輝 愛知県出身。82年に宝塚歌劇団に入団、93年に雪組トップスター就任。96年『エリザベート』にて退団。その後は女優として『王様と私』『南太平洋』『アンナ・カレーニナ』など数々のミュージカルに出演し、『エリザベート』にはタイトルロールで出演。コンサートやテレビドラマなど幅広いジャンルで活躍している。 (C) Marino Matsushima

*『ブラック メリーポピンズ』観劇レポート&作者・ソ・ユンミさんへのインタビューを3ページ目で掲載しました!*

台本、作詞作曲、演出を一人でこなした『恋の駆け引きの誕生』が昨年アミューズ・ミュージカル・シアターに来日し、日本初お目見えとなった韓国のミュージカル作家、ソ・ユンミさん(関連記事はこちら)。彼女が2012年に手掛け、異色の“心理スリラーミュージカル”として話題を集めた『ブラック メリーポピンズ』がこの度、日本人スタッフ、キャストの手で上演されることになりました。テンポよく人間群像を描く演出に定評のある鈴木裕美さんに加え、物語のキーパーソン、メリー役で一路真輝さんが参加すると聞き、ぐっと興味の増した方も多いのではないでしょうか。これまでにも様々な役を魅力的に演じてきた一路さん、本作にはどんな思いで取り組んでいらっしゃるのでしょうか。

 出演者と観客が一体となって“気”を生み出す、奇跡のような舞台を目指して

――今回、『ブラック メリーポピンズ』への出演をお決めになったきっかけは?

『シャーロックundefinedホームズ~アンダーソン家の秘密~』撮影:須佐一心

『シャーロック ホームズ~アンダーソン家の秘密~』撮影:須佐一心

「今年の年明けに『シャーロック ホームズ~アンダーソン家の秘密~』という韓国ミュージカルに出させていただいたのですが、そのとき“もう一つ、面白い韓国ミュージカルがあるんだよ”とうかがっていました。内容をお聞きして、私の役柄を含めて惹かれるものがありましたので、『シャーロック~』からの自然な流れで、出演させていただくことになったのです」

――台本には、まずどんな印象をお持ちになりましたか?

「この作品はソ・ユンミさんという女性が、韓国本国では脚本と作詞・作曲、それにステージングまで全部一人で手掛けています。日本には、まだこういう作品はないですよね。台詞一つをとっても、一人の人間の世界観で作られた作品ならではのものがうかがえて、これまでに観たことも経験したこともない新鮮さを感じました」

――20年代のドイツを舞台に、きょうだいのように育てられた4人の孤児たちが「失われた記憶」に向き合う。ミュージカルでは珍しい、心理スリラーというジャンルですね。

「お客様が“そうだったのか、なるほど”と思いながらご覧になっていると、実はこうだった。こっちに行くかなと思うとこっちだったというような“揺さぶり”が、2時間ほどの中にぎゅっと凝縮されています。始まったらあっという間に終わってしまうような、スリル感のある作品ではないかと思います」

――内容柄、つまびらかには出来ない部分もありますが、トラウマに正面から向き合うという部分は韓国的なのかな、と私は感じました。日本的な感覚では曖昧にしたり、蓋をして過ごしてしまいそうです。

「自分の身に置き換えて考えてみると、人間って不思議なことに、思い出したくないこと、忘れてしまいたいような出来事を自然と忘れたりしているんですよね。でも、全く自分の過去を知らないで生きていくことには納得できないんだろうな、と今回、この台本を読んで思いました。記憶を消してしまうのが一概にいいとは言えなくて、それを踏み台にして、消化して生きていくことが人生では大事なんじゃないかな、ということを言っているのかもしれません。でも観る方それぞれの立場によって、全然印象が違ってくる作品かもしれないですよね」
『ブラックundefinedメリーポピンズ』

『ブラック メリーポピンズ』

――一路さん演じるメリーは、きょうだいの家庭教師だった女性。“疑惑の人物”として登場し、なかなかその“正体”が明かされませんが、ご自身ではどうとらえていらっしゃいますか?

「お客様にとっては“疑惑の人物”に見えたりそうではなく見えたり、というのを繰り返していく役柄ですが、少しだけお話しますと、実は彼女自身につらい過去があり、それを受け入れながら生きてきた。だからこそ似た立場にいる子供たちのために何かできないか、何かしてあげたいという思いをもってしまったのかな……、と。最終的にどうなのかはご覧になってのお楽しみ、です」

――余白が多く、台本を読んだだけではどんな舞台になるか容易に想像できません。

「そうですね、がちがちに固まってはいない作品ですね。特徴の一つとしては、この作品、時間軸が急に変わるんです。例えば物語は28歳くらいの長男の台詞から始まるのですが、ある瞬間に子供時代になり、また元に戻ったりと、セットも衣裳も変わらないなかで、きょうだいたちは子供になったり、今の年齢に戻ったりするんです。初めてご覧になるお客様にも無理なく理解していただけるように、私たち演者もすべてのスタッフの方も、心を一つにしてやっていくというのが、今回の目標の一つです。

私の役はちょっとしたメークで少しわかりやすく変化を見せられるかもしれないですけれど、きょうだいたちはおそらくずっと同じ(こしらえ)だと思うのでお芝居で“今”なのか“昔”なのかを見せていきます。みんなしっかりしていますので安心していますし、照明やセットの位置を変えることで分りやすくしたりもするようです。まだお稽古が始まったばかりなので、これからどうなるのか、私自身とても興味を持っています」

――音楽的にはどんな印象をお持ちですか?
『ブラックundefinedメリーポピンズ』2013年の韓国再演公演より

『ブラック メリーポピンズ』2013年の韓国再演公演より

「韓国の方が作曲されたミュージカルって、『シャーロック~』の時もそうでしたが、譜面をぱっと見た時にすごく難しかったり、一回音を取った時に“あ、ここに行くんだ、これは大変”と思ったりするんです。ところが、歌が自分の中に入ってくると、歌ってる方も気持ちいいし、聴いているお客様も心地いいそうなんですね。欧米のミュージカルも難しくて頑張って歌うんですけど、意外とお客様の耳に残らなかったりすることもあって……。でも、韓国ミュージカルに関しては不思議と私たちも苦闘した甲斐があり、お客様の心にもすっと入ってゆくものが多いなあ、と感じます。おそらく“血”というか感性というか、同じアジア人なので流れているものが近いということがあるのではないでしょうか。最近、どんどん上演されている海外ミュージカルの新作の中では、韓国の作品が日本人にはどこか懐かしく、違和感なく入ってくるものがあると思います」

――今回は5人芝居。少人数の舞台は久しぶりでしょうか?

「これほどの少人数編成は近年、無かったですね。5人しかいないと、本当に役者の信頼関係が大事なので、みんなで一致団結しています。4人のきょうだい役のみんなはいつも一緒にディスカッションしてて、私は今はまだちょっと離れたところから『みんな頑張ってるな~』と見守っている感じですけれど、最終的には一つにまとまっていくんじゃないかな。

お姉さん的存在ですか?いえいえ、お母さんかもしれませんよ(笑)。自分の子供であってもおかしくない年代の子もいるけれど、逆にすごくパワーをもらっています。私がまったく考えつかないような角度からぼーんと来たりするので、そういうのってすごく楽しいですよね。『シャーロック~』の時は若いチームと熟年チーム(笑)にはっきり分かれていて、あの時はあの時で楽しかったですね。今回は年長が私一人しかいないので若干心配なんですけど、若者に混ぜていただこうかな~と思っています(笑)」

――どんな舞台になりそうでしょうか。

「緊張感をうまく持続して、舞台と客席が一体となって同じ呼吸ができたら、すごくいい舞台、いい作品になるような気がします。休憩も無くノンストップなお芝居なので、お客様と出演者の“気”がうわっと上り詰めたところで終えることができたらいいですね。スリリングなサスペンスですが、決して救いがないわけではありません。それと、この作品は韓国では何回もリピートしているファンの方もいらっしゃる人気作で日本のミュージカルファンもたくさん観に行かれているそうですが、今作は演出の鈴木裕美さんと上演台本の田村孝裕さんが、韓国版とはまた違う日本版を作って下さっているので、そこも楽しみにしていていただけたらと思います」

*次頁ではこれまでの道のりやその過程で得たもの、そして今後について語っていただきました!


  宝塚、舞台、そして実生活で得た一つ一つを演技にこめて

――一路さんというと、私にとっては何より、スケールの大きな芸風が思い出されます。役を演じるのみならず、その作品世界までも表現されているというイメージが強いのですが、ご本人の中ではどう意識していらっしゃいますか?
『アンナ・カレーニナ』2013年上演舞台より。撮影:齋藤清貴

『アンナ・カレーニナ』2013年上演舞台より。撮影:齋藤清貴

「スケールの大きさ、ですか(笑)。やはり宝塚というところから出発しているので、大きなミュージカルで主役をやる場合には、宝塚で培った舞台人としての在り方は大事にしたいなという思いはあります。映像やストレートプレイのお仕事をメインにやってこられた方よりは、大きな芝居になっているかもしれないですね。

ただ、それがすごく活かされる時と、そうでない場合もあって、女優を始めてもう18年になりますが、葛藤しながら生きてきました(笑)。大きく表現することが邪魔になって、映像の仕事で“もう少し普通の女の人になってください”と演出家さんに言われたこともありましたし……。このごろやっと、少しずつではありますがその使い分けができるようになってきたかなと感じています。でもやはり、男役として大きな舞台の真ん中に立ってぱっと場内を包むといったことを、何年もやらせていただけたので、それは本当に有難かったと思います」

――中でも、一路さんの宝塚退団公演でもあった『エリザベート』(1996)は鮮烈でした。“死(トート)”が歴史上の皇妃に恋をして……という、荒唐無稽にも聞こえうる物語が自然な説得力をもって受け止められたのは、やはり一路さんのトートの表現に負うところが大きかったと思います。

「あの公演は特別でした。さっき『ブラック メリーポピンズ』について“お客様と出演者の気が集中した時に終えることが出来たらいい”とお話したのは、私自身、『エリザベート』の時にそれを経験したからなんです。あの作品は退団公演でもあったので、私も男役の集大成として持てる力を全部出そうと思ったし、雪組のみんなも私が最後だというのでいつも以上に団結していました。みんなの気持ちが一つの方向に向かって集中した時って、持っている力の何倍ものものが出るんですよ。

これは余談なんですが、公演中に当時オリックスに在籍されていたイチロー選手が観にいらして、“プロ野球も同じだ”っておっしゃったんですよ。みんなが同じものに向かって頑張るときって、チームがすごく良くなると。阪神大震災でみんなの心が一つになったときチームの力がすごく上がって、優勝できたというお話でとても興味深く聴かせていただきました。『エリザベート』もそれと同じで、“一路さんの退団公演です”、“ウィーンのミュージカルを宝塚が初めてやります”っていろんなプレッシャーがある中で、みんなが”絶対いい作品にしたい”と思ったことで、いつも以上の力が出たんです。その舞台に出させてもらえて私はすごく幸せでしたし、そういうことが出来るということもそこで経験できました。もちろん技術も大切ですが、気持ち次第で変わるものはある、という想いが何となく自分の根底にはあるんですよね」

――座長としてカンパニーを率いることも多いかと思いますが、集団をまとめあげるにあたって大切にされていることは?

「おかげさまでいろいろな立場で演らせていただけているのですが、スタンスは変わらないですね。まずは自分の役割を一生懸命果たすことです。これはみなさん同じだと思いますから、そうなると自然と向く方向も同じになるわけで……。あとは心地よい空間になればいいな~と思います。ことさら、そのために敢えて何かするというわけではないです」

――一路さんはそもそも役者になろうと宝塚に入られたのですか?それとも宝塚に憧れて?

「宝塚に憧れて、ですね。私は宝塚を辞めた後のことなんて考えていなくて、頭の中にあったのは宝塚のことだけでした。憧れた理由は、やっぱり男役の世界ですね。男役さんの、異次元というか、この世の中からちょっと突出している、あの世界観にひかれましたね。夢中になったのは中学に入ってからです。中学生になってアイドル歌手に憧れてみたりする時代でしたが、宝塚の生の舞台を観た時に、それまでの全部が吹っ飛んで、私はここに入りたい!と思ったんです」

――音楽学校に入って、想像していたものとギャップを感じたりはしませんでしたか?

「無かったですね。本当に宝塚が大好きでしたから、どんなつらいことでも平気でしたし、自分の憧れてた世界が目の前にある!と思ってやっていました。音楽学校の一年目は本当に大変で(笑)。朝は早起きしてお掃除から始まります。そしてレッスン、レッスンで、時には夜も寝ずに反省文を書いたりと、怒涛のような一年を過ごすのですが、何をやっても“これをやったら私の好きな舞台に立てるんだ”、と信じていました。例えつらいことがあっても“これは大好きな舞台のためにやってるんだ”と思っていましたから、“私の想像とは違う”ということは全然ありませんでした。

宝塚で得た、一番大きなものですか? そうですね……。“やればできる”! 絶対無理だと思ったことでも、人間はあきらめなければ出来る、ということでしょうか。大きい役をいただくと、やるしかないじゃないですか。あきらめないことですよね」

――先日、創立100周年を記念したOGの方々の舞台『セレブレーション100』を拝見しましたら、大ベテランの真帆しぶきさんが素晴らしいパフォーマンスをされていました。退団後もストイックに鍛錬を続けていらっしゃる方が多いのでしょうか。

「私も客席で真帆さんを拝見しました。あのような場所で大先輩の素敵な姿を観ることはすごい励みになります。20年後、30年後に自分も同じことができるかなと思ったときに、真帆さんのようになさっている方がいるのだから、自分もやれる限りは頑張りたいなと思いました。

ご存知のように、宝塚のOGには女優をする人もいらっしゃれば、全く引退して家庭に入る人も、また、全く違う道に進む方もいらっしゃいます。その中で、舞台などのお仕事を続けていらっしゃる方は自分を鍛えていらっしゃると思うんですよね。どの道を選ぶかというのはひとそれぞれで、私は女性としての幸せも欲しいなと欲張っちゃったタイプで、それ(結婚、出産)がもしかしたら足をひっぱった部分もあるかもしれないし、女優としては何かの肥やしになったかもしれません。

でも私にとっては、それは絶対に必要な時期だったのではないでしょうか。出産育児を通して少し視野が広がったような気がしています。2年間ほどはほとんどレッスンもできませんでしたが、3年目くらいに“コンサートをやりませんか”というお話をいただいて、“2年やってないとキツイな~”と思いながらも、初心にかえって楽しくトレーニングできました」

――妊娠から出産後の育児までの間に、ひょっとして「このまま社会と断絶されて大丈夫かな」と不安がよぎることはありませんでしたか?私も出産経験がありますが、この時期は非常にそういう思いがありました。

「ありました(笑)。でもね、私の場合は変な話、もともと実社会からちょっと離れたところにいたので、子供を産んだことですごく社会が身近になったんですね。宝塚時代から退団してこの世界に入りお休みするまでは、本当に自分の時間もないし、いろんな人に甘えて、スケジュールは事務所に調整していただき、自分のことだけを考えていればよい状態で10年以上生きてきたのが、突然一般社会に放り出されたような感じでした。私にとってはある意味カルチャーショックで、人生勉強になりました」

――一路さんにとって、演じるということの醍醐味は?
『エリザベート』写真提供:東宝演劇部

『エリザベート』写真提供:東宝演劇部

「人生や人間を、いろいろな角度から見ることかな。役を演じる度にその人の生きてきた世界を見たいなと思ったりするので、自分の生活だけではできない人の生き方を体験できることは、すごく楽しいですね。特に舞台で時代物をやると、その時代背景をとても知りたくなります。『エリザベート』を(東宝で)6年やっていたときには、ハプスブルク博士になれるかな?というくらい資料を読んだり、現地に行って肌で感じたりするのが凄く楽しかったです」

――今後のキャリアについては、どうお考えですか?

「これからは、制作さんサイドだったり演出家さんから望まれる、必要とされる役柄に自分をはめていく一方で、新たな挑戦も自分で探してきて、両方をバランスよくやっていけたらいいかなと思ってますね。今年はストレートプレイも小劇場での作品もあってバラエティに富んだお仕事ばかりなので、すごく楽しみです」

――演劇と言えば、個人的には義士の姉を演じられた『女たちの忠臣蔵』が非常に印象に残っています。品格のある盲目のお武家娘が、弟の切腹を知って思いを爆発させる。明治座という大きな劇場で彼女の悲しみが嵐のように渦巻くのが感じられました。
『女たちの忠臣蔵』撮影:江川誠志、写真提供:明治座

『女たちの忠臣蔵』撮影:江川誠志、写真提供:明治座

「あの作品も新鮮でした。お話をいただいたときは、実は大丈夫かな?と不安だったんですよ。日本ものというと宝塚で侍か男の町人しかやったことがなかったので(笑)、武家娘ってどうやって演じたらいいかな、と。でも、私にはできないって尻込みしていたらいつまでたっても次に行けないし、挑戦することで出来ることも増えてゆくのだから、と出演させていただきました。これからも、ミュージカルだけにこだわらず、いただくお話は本当に有難くやらせていただきたいなと思っています」

――これからも、いろいろな舞台で一路さんを拝見するのを楽しみにしています。

「(微笑んで)ぜひ、いらしてくださいね」

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舞台上での、スター・オーラに満ち満ちた姿とは対照的に、目の前の一路さんはつい子育て話なども始めたくなるような、気さくな女性。様々な質問を受け止めるご様子、返す言葉の選び方には自然な優しさが滲み、宝塚時代から“慕われるトップ”であり続けたことがうかがえました。そんな彼女が自身「こういう作品は初めて」とわくわくされている最新作『ブラック メリーポピンズ』。ご覧になってすべての謎が解けた時、「なるほど、このお役は一路さんなればこそ」と、みなさんも今回の配役に合点がゆくのではないでしょうか。

*公演情報*『ブラック メリーポピンズ』2014年7月5~20日=世田谷パブリックシアター

*次ページで観劇レポート&作者ソ・ユンミさんへのインタビューを掲載しています*


『ブラック メリーポピンズ』観劇レポート
日本版ならではの風合いを持つ
「失われた記憶、過去」との対峙の物語

『ブラックundefinedメリーポピンズ』撮影:難波亮

『ブラック メリーポピンズ』撮影:難波亮

三方を白い壁(に見立てたカーテン)に囲まれた巨大な部屋の中で起こる、4人きょうだいたちの、「封印された過去」への旅。忌まわしい事件で記憶を失い、離れ離れになっていた彼らは12年ぶりに再会し、当時を検証し始めます。本当は事件を起こしたのは自分だったのではないか。時折ちらつく記憶の断片に恐怖を抱きつつも、「ずっとこのままでいるわけにはいかない」と互いに支え合い、真相に対峙しようとする彼ら。回想シーンが多く、「現在」と「過去」が頻繁に入れ替わる構成ですが、年代の変化を印象づける所作(振付・小野寺修二さん)の力も借りながら、きょうだい役の4人(小西遼生さん、上山竜司さん、音月桂さん、良知真次さん)はそれぞれのキャラクターを的確に浮き彫りにしつつ、呼吸を合わせ、流れるように時空を往来。この抜群のチームワークの良さが、きょうだいが最後に行き当たる真実の悲劇性を増幅させます。
『ブラックundefinedメリーポピンズ』撮影:難波亮

『ブラック メリーポピンズ』撮影:難波亮

もともとの韓国版ではこの4人が記憶(過去)と向き合い、実世界(未来)に踏み出す勇気を得るまでが骨子であったようですが、日本版ではそれにさらに、彼らと“メリー”という人物との関わり、そして彼女自身の悲劇性という要素が強く刻み込まれます。子供たちに無償の愛を注ぎつつも、心ならずも彼らを傷つけてしまうという複雑な役どころのメリー。今回の日本版では彼女を、最後に4人が「心のよりどころ」として帰着する存在として位置づけ、演じる一路真輝さんの、悲しみと深い愛を幾重もの襞に織り込んだメリー像によって、独自の味わいを醸し出しています。
『ブラックundefinedメリーポピンズ』撮影:難波亮

『ブラック メリーポピンズ』撮影:難波亮

人間の内面を鮮やかに引き出す鈴木裕美さんの演出、一枚の布(カーテン)の使い方で場の空気をドラマティックに変える二村周作さんの美術、ピアノ、ギター、パーカッションのわずか3人編成で豊かな音を紡ぎ出す生バンド……。スタッフ、キャストが明確な方向性のもと一丸となることで発揮された、カンパニーの“総合力”が顕著な舞台であると言えましょう。

『ブラック メリーポピンズ』脚本・作詞・音楽
ソ・ユンミさんインタビュー

(この取材は日本版の開幕前に行われましたが、いわゆる「ネタバレ」も含まれているため、初日を待っての公開とさせていただきました。これからご覧になる方は、舞台をご覧になった後でお読みくださるのが良いかもしれません。また、ソ・ユンミさんには『恋の駆け引きの誕生』来日公演の折にもインタビューしていますので、宜しければそちらもご参照ください。)

――『ブラック メリーポピンズ』はとても独創的な作品ですが、どこからアイディアが生まれたのでしょうか。

「私は、世の中のどんな結果も、たった一つの原因から生まれることはないと思っています。様々な可能性の要素が絡み合い、ある結果を創り出すのではないでしょうか。それと同様、本作のアイディアは一か所からではなく、以下に挙げている様々な考え、人生の経験が絡み合って生まれてきました。

1 愛する母が突然亡くなり、“いなくなる”ことについて考えるようになったこと。
2 小さなころ、母が自分で結末を想像することを促しながら読んでくれた絵本と、オルゴールの遺品。
3 思いがけない不幸にみまわれ、記憶を消したいと思ったけれど、幸せな記憶が一つでもあるのなら消せないと思った経験。
4 催眠治療を試してみたが、医者を信頼できず、催眠状態に陥るまでに至らなかった経験。
5 ドキュメンタリー作家をしていた頃、犯罪者をインタビューし、誤った考えと異常な信念のために“罪”さえ“罪”であると認識できていない姿を見た経験。
6 入試の論述を教えながら西洋史授業をする中で感じた、時空間を乗り越える歴史の普遍性と、それが個人の人生に及ぼす影響。
7 普段から、失敗した実験にも価値があるという話を書いてみたかった。
8 私のいろいろな作品世界の主人公たちの自由意思。

その他……こんな全ての要素が入り交り、一つのストーリーが生まれました」
『ブラックundefinedメリーポピンズ』撮影:難波亮

『ブラック メリーポピンズ』撮影:難波亮

――本作には素敵な旋律の曲がたくさんありますが、ソ・ユンミさんは作曲はどのように学ばれたのですか?影響を受けた作曲家はいらっしゃいますか?

「5歳の時からピアノを弾いてきましたが、演奏の才能はないと思い、音楽は専門にしていませんでした。スコアを見て暗譜するのがうまくできず、自由気ままに作曲して弾きながら、レッスン時間を過ごしていました。

小さい頃に学んだクラシックの影響を受けていると思います。クラシックの作曲家ではとりわけラフマニノフが好きです。高校生のころには夜明けに『ペ・ユジョン(Bae Yoojung 韓国の有名なMC兼通訳)の映画音楽』というラジオ番組を聞きながら眠りましたが、その時に聴いた映画音楽、なかでもエンニオ・モリコーネ、久石譲、ダニー・エルフマンなどの音楽のメロディを覚え、翌日ピアノで弾いてみたりしていました」

――作品の鍵となる人物がメリーかと思いますが、韓国版では若い女優さんが演じていらっしゃるようですね。今回日本で上演されるにあたり、この役をどんな人物として演じて欲しいと思っていらっしゃいますか?

「メリーは今現在にはいない“記憶の存在”ですから、30代の中盤、後半の若い女優さんをキャスティングしてきましたが、あえて若い女優をキャスティングする必要はありません。

記憶は編集され、歪曲されるものなので、ある記憶は鮮明に、ある記憶は薄暗く残ったりします。鮮明だった時間の中の美しい姿を思いながら(メリー役の)キャスティングをしました。
『ブラックundefinedメリーポピンズ』撮影:難波亮

『ブラック メリーポピンズ』撮影:難波亮

子供たちの記憶の中に存在するメリーは、子供たちには一つの“世界”です。記憶の中のメリーはおおよそ“善”ですが、実は善か悪かは曖昧で、それは子供たち、そしてご覧になるお客様それぞれの人生の洞察力で見て判断すべき“世界”の象徴です。それは子供たちがメリーの世界を出ていって出会う別の世界の不確実性、不透明性と両面性とも接しています。幸福と不幸は決して別々に存在しているのではなく、共存しているのだと言うこの作品の、最後の台詞のように……。そして“疑問”を抱ける作品であることが最も重要だと思っています」


※記事内容は執筆時点のものです。最新の内容をご確認ください。