愛犬の死を通して愛を描く『ずーっとずっとだいすきだよ』

犬の「エルフィー」と「ぼく」は、幼いころから一緒。共に遊んだり、いたずらしたり、添い寝をしたりしながら、一緒に大きくなりました。しかし、お互い子どものころから一緒に暮らしていた犬や猫は、人間の子どもより速いスピードで成長します。成長が速いということは、早く年老いるということ。お父さんやお母さんも、お兄さんや妹も大好きだったエルフィーは、歳を取って体が少しずつ弱り、眠るような死を迎えました。『ずーっとずっとだいすきだよ』では、1人の少年が愛犬の死の悲しみを通し、それを乗り越えるために、人々の心にある普遍的な思いを見つけます。

 


死に向き合うつらさの中で見つけた思い

家族みんなが悲しみに暮れて涙を流す中、ぼくは、年老いたエルフィーがあまり動けなくなった頃から毎日、「ずーっと、だいすきだよ」と声をかけ続けてきたことを思います。そうすると、少しは気持ちが楽になったのです。まだ子どもであるぼくも、死は避けられないもの、そして恐ろしく悲しいものであり、残された人々がそれを乗りこえることは、亡くなった相手と築いてきた心のつながりや思い出によってしかできないということに、気づきました。


言葉に出して、今伝えたい

若いころはやんちゃで、お母さんの花壇を掘り返したりお皿を割ってしまったりといういたずらもしばしばしたエルフィーでしたが、家族の全員が、エルフィーのことを大好きで大切にしていました。ぼくと違ったのは、その思いをエルフィーに伝えていなかったこと。みんなは、言わなくてもエルフィーも分かるだろうと思っており、エルフィーもみんなの気持ちを十分に察していたかもしれません。

それでもぼくは、みんなが「今も大好きで、これからもずっと大好きだよ」という気持ちをエルフィーに伝えてほしかったと考えるのです。そうすれば、みんなの非常につらい悲しみが、少しは軽くなったかもしれないから。それほどに、エルフィーの死は、家族全員がとてつもない悲しみに包まれる出来事でした。そしてぼくは、悲しみを乗り越えて進むために、あることを決めました。

相手が人間でも動物でも、意思を伝え合うことができる相手には、大切に思う気持ちを何度でも何度でも伝え続けよう、というぼくの思い。やがて誰にでも来る死を思うと襲われる悲しみを、ぼくの思いが少し癒してくれるような気がしました。

小学校の1年生の教科書にも取り上げられているお話です。まだ死というものをはっきり理解することができない年代のお子さんたちにも、限りある命の中で大切な相手に思いを伝えるということ、相手が人間でも動物でも、命が途絶えてもその相手への愛は自分の中にいつまでも生き続けるということを、考えるきっかけになるでしょう。


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