吉原光夫undefined1978年東京都生まれ。高校卒業後、日本工学院八王子専門学校に入学。99年に劇団四季研究所に入所し、『ジーザス・クライスト=スーパースター』『ライオンキング』『ユタと不思議な仲間たち』などに出演。07年に退団し、09年にArtist Company響人を創設、演出も手掛ける。『レ・ミゼラブル』(11、13年)、『ザ・ビューティフル・ゲーム』(14年)など様々な舞台で活躍している。(C) Marino Matsushima

吉原光夫 1978年東京都生まれ。高校卒業後、日本工学院八王子専門学校に入学。99年に劇団四季研究所に入所し、『ジーザス・クライスト=スーパースター』『ライオンキング』『ユタと不思議な仲間たち』などに出演。07年に退団し、09年にArtist Company響人を創設、演出も手掛ける。『レ・ミゼラブル』(11、13年)、『ザ・ビューティフル・ゲーム』(14年)など様々な舞台で活躍している。(C) Marino Matsushima

3ページ目に『シスター・アクト~天使にラブ・ソングを~』観劇レポートを掲載しました

事件を目撃し、ギャングに追われる奔放な歌手デロリス。逃げこんだ修道院で、彼女は慎ましい修道女たちと次第に心を通わせるが……。笑いと涙とスリルを織り交ぜ、ウーピー・ゴールドバーグ主演で大ヒットした映画『天使にラブソングを…』のミュージカル版『シスター・アクト~天使にラブ・ソングを~』が、遂に日本で初演されます。騒動のもととなるギャングのボス、カーティス役を大澄賢也さんとWキャストで演じるのが、吉原光夫さん。11年、13年上演の『レ・ミゼラブル』でバルジャン、ジャベールを演じ、シリアスなイメージが定着している吉原さんですが、今回は冷酷非道のようでいて、どこか間抜けなボス役。どう取り組んでいらっしゃるでしょうか。

コワモテなのに“一生懸命”な姿が笑える親分役に

――『シスター・アクト~天使にラブ・ソングを~』映画版は、以前からご覧になっていたそうですね。

「大好きですね。僕の好きな役者、ハーベイ・カイテルが出ているのがきっかけで観たのですが、(公開された92年の)当時あまりミュージカル映画が無かったなかで、音楽とともに流れていく感じがすごく良かったですね。主人公のデロリスが修道院に入って行って、(実社会への)門を開いていく。バリケードを壊すシーンが象徴だと思うけど、アメリカのキリスト教社会への風刺も厭味なく描かれていて、最後にはローマ法王まで(デロリスたちの聖歌を聴いて)リズムを刻むという展開が、僕としてはハッピーで良かったですね」

――ギャングのボス役は映画版では白人ですが、舞台版ではアフリカ系の方が演じていたようですね。
『シスター・アクト~天使にラブソングを』ギャングのボス、カーティス役の吉原さんundefined写真提供:東宝演劇宣伝部

『シスター・アクト~天使にラブ・ソングを~』ギャングのボス、カーティス役の吉原さん 写真提供:東宝演劇宣伝部

今回の日本版では、イタリアン・マフィアだと思います。『ゴッドファーザー』の世界のように、柄のスーツに赤いネクタイをあわせちゃう親分ですね。

――彼は事件の現場を見られたことでデロリスを追いかけますが、もともと彼女は自分の愛人ですよね。親分なら女性に不自由しないであろう中で、なぜデロリスに惹かれたのでしょう?

「基本的には、そこを大きく掘り下げる必要はないのかなと今の時点では思ってます。カーティスにとってデロリスはただ“女”。でも男って、相手が離れていくと取り戻したくなったりする、そういうものじゃないですか。彼は特にそういうところが強いような気がします。

でも、今回のデロリス役の(Wキャストの)瀬奈じゅんさん、森公美子さんはそれぞれとても魅力的な方なので、それをふまえた関係をうまく作っていけたらいいなと思います。瀬奈さんは初共演だけど、共通の知り合いがいて楽屋でお話したことはあって、ほんとに飾り気のない素敵な女性です。モリクミさんは『レ・ミゼ』の時に僕が若いのに座長をやっていて、判断に困ることが出てきたときに相談をしたり、つらかったときに差し入れを持ってきてくれたりと何かと世話を焼いてくれていた方で、(下手をすると)“お母さん”的に思ってしまうので、そこは注意して変えていかないと。テレビでは豪快なイメージがあるかもしれないけど、きれいなものに対する美意識であるとか男性を見る目はとても女性的で知的な方なので、そのあたりがうまくひっぱりだせるといいなと思ってます」

――カーティスの造型はどう考えていらっしゃいますか?

「まだ分からない部分もあるけど、コメディだからといってただのバカに作るのではなくて、やることの一個一個に伏線を張っていけたらいいなと思っています。観ていて笑っちゃうほど馬鹿な人って“一生懸命”だと思うんですね。彼もたぶん女に対して、ステイタスに対して一生懸命な人だと思うんで、そこが出せたら面白いんじゃないかな。コメディって、難しいですよ。これまで何本かやっていますが、特にストレートプレイでやるのは恐ろしいですね。名優が揃わないと無理なんじゃないかなと思います。(脈絡なく)笑いを取りに行くのはたぶん簡単だと思いますけど、作品の中でホットに笑わせるというのは相当の技術と経験とセンスがないとできないし、やっちゃいけないなと思うので、今回チャレンジして無理だったら二度とやるのをやめようと(笑)。役者としては“今回重くないから”とか“最後は盛り上がって終わるし”と思いがちだけど、これが一番怖い。真剣に取り組んでこそ笑える(ものになる)と思えますね」

――舞台版の作曲はアラン・メンケン。『美女と野獣』で親しんでいらっしゃいますね。

「『美女と野獣』はガストン役で出たことがあって、大好きな作品ですね。一生の当たり役なんじゃないかなと思うくらい、いい思い出しかない作品です。ミュージカルって、ストーリーとかこのナンバーだけとか、パーツが良くてもコンプリートでいいと思う作品はなかなかないと思うんですけど、ロイド=ウェバーの作品や『レ・ミゼ』、それにこの『美女と野獣』はコンプリートで素晴らしいと思うし、“人は見た目で判断してはいけない”というメッセージを伝えるのにあの音楽をつけたのは凄い。それに(舞台版は)アニメより楽曲が増えてるのに、アニメからぶれてないのが凄いなと思いましたね。

今回、音楽は映画版の曲は使わずオリジナルと聞いていてちょっと心配だったんですけど、聴いてみたらすごくホットで、メンケンはこういう曲も書くんだと意外でした。僕、音楽はけっこう幅広く聴いていて、先日記者会見で村井(国夫)さんが“僕らの時代の音楽”とおっしゃっていましたが、そういった音楽も僕は結構知ってるんですよ。とても耳触りがいいですね。だからといって自分がうまく歌えるか……は、自信ないです(笑)」

――どんな舞台になりそうでしょうか?
『シスター・アクト~天使にラブ・ソングを~』写真提供:東宝演劇宣伝部

『シスター・アクト~天使にラブ・ソングを~』写真提供:東宝演劇宣伝部

「俳優としてはコメディというジャンルに丁寧にアプローチしていきたいなというのと、東宝さんでこういうポップなコメディを、僕も入るようなキャスティングでというのは珍しいと思うので、演劇界に新しい風を起こしていけたらと思いますね。僕自身、演劇が好きということはずっと変わらず、ぶれていないんですが、明確にこういうことをというものはまだないので、こういう作品に出させていただきながら、(自分のゆく道を)見定めていけたら、とも思っています」

“あの作品に出たい”一心でワカメにもなった修業時代

――吉原さんはもともとバスケットボールの道を志していたのが、演劇に転向されたのですよね。なぜ演劇だったのでしょうか?

「楽そうだな~と思って……というと皆さんがっかりされるんですが、本当のこと言わなくちゃいけないですよね(笑)。バスケの強い高校に推薦で入学して、ホープだとか言われてちょっと調子に乗ってたんですよ。大学もそのまま体育推薦で行けると思ってたから、勉強なんか一切しないで夜は遊んで昼間、授業中に睡眠。人生楽勝だなんて思っていたら、天の雷が僕に降りまして。ちょうど強い奴が揃っていた時代で、ポジションは変えられるわ、セレクションからは落ちるわ、推薦で行けるのはとんでもない遠方の短大しかないと先生に言われまして。絶対行きたくないと思って、暴走族とかやってふざけてたらうちのおやじがぶちぎれて、今でも忘れない、ストーブに顔を押し付けられて……殺されると思いましたけど(笑)、“専門学校だけは面倒見てやるから、どこでもいいから行け”と言われて、専門学校の資料を投げつけられたんです。

どこか楽な専門学校ないかな。演劇部って楽そうだな。人前に出ること嫌いじゃないしな。芸能人になってお金たくさん稼いでみよう……という浅はかな考えで、一番キャンパスがきれいな学校を選んで行きました。でも一日目のレッスンで、“ここは海です。みんな海の生物になりなさい”と言われて、それこそ『コーラスライン』のディアナのエピソードですよ。みんな汗だくになりながらワカメとかタイになってたけど、僕は“無理だ、演劇”と思ってすぐ退学届を書いて印鑑をオヤジの箪笥から盗んで押して、持っていって、最後に一つ、みんなとも仲良くなったから出ようと思って出た授業で、先生に“私の一番好きな作品を見せます、そのほうが私のことを分かってもらえると思うので”と言われて、レーザーディスクの上映が始まったんです。一番後ろの席で、当時ドレッドを巻いてたんで指で巻きながら観始めたんですけど、終わった頃には一番前の列に移ってました。

それが『ジーザス・クライスト=スーパースター』でした。人生で初めて衝撃を受けましたね、それまでミュージカルなんてダサいみたいなイメージがあったけど、それが一瞬にして消されました。エルサレムの山の上で黒人がロック歌ってるのがびーんとしびれて。“これに出たいんですけど”と先生に相談したら“劇団四季に入れば出来る”と言われて“どうしたらいいですか”“全部のレッスンに出なさい”。人生で初めて休まずに学校を皆勤して、ワカメにもなり、概論とか演劇史にも全部出て、おふくろが泣いて喜びました。それほど、ジーザスに惚れたんですね。“一人ジーザス”とかやってました。一人で全部歌ったりして」

*次ページでは特に思い入れの深い『ジーザス・クライスト=スーパースター』と『レ・ミゼラブル』、そしてご自身の劇団での活動について語っていただきました。まだまだ続きます!


響人公演『夜の来訪者』撮影:沖美帆

Artist Company 響人公演『夜の来訪者』撮影:沖美帆 響人の最新公演は『楽屋・署名人』4月1日~6日=APOCシアター。吉原さんは演出を手掛けるほか、『署名人』に出演
 

執念で繋がり続けた『ジーザス~』

――そして見事に劇団四季研究所に合格。初舞台が運命の『ジーザス~』だったのですね。

「稽古期間が少ない状況で出演が決まったのですが、震えるほど嬉しかったです。あんまり泣くような人間じゃなかったのに、出られたときは泣きましたね。あの作品は(八百屋舞台と呼ばれる傾斜舞台で駆け回るため)四季のレパートリーの中で最も怪我をする舞台と言われているんだけど、僕は毎日全力を出すことに命をかけていました。若かったというのも大きいと思いますが、楽しくてしょうがなかったですね。

その後、『ジーザス~』からしばらく疎遠になったのですが、疎遠になりたくなくて、劇団では珍しいことなんですが、稽古場で演出家を待ち伏せしてたんですよ。『ジーザス~』の稽古初めになると稽古場の周りをうろちょろして、わざと視界に入るようにして。稽古が始まってもドアの外にいて中の流れを聞く……ということを繰り返していたけど、なかなか出られませんでした。

ところがある時、ドアの内側で演出家が“シモン役がいないな、誰か出来る奴いないか”と言っているのが聞こえたので、がちゃっとドア開けて、“はい”って言ってカンパニーに入ったんですよ。と思ったら“やっぱり全然だめだ”と言われてシモンは降ろされたけど、アンサンブルとしてカンパニーには残してもらえて、嬉しかったですね。そうこうしていたら、あるメインの役の方が稽古中に事故で出られなくなり、その時シモン役だった人に代わることになった。そこで僕がシモン役に入ることになったんです。今日は舞台稽古という時の交替で、緊張しましたけど超嬉しくて、あそこまでの高音を出すのは初めてだったのでぐちゃぐちゃになりながら、先輩に“そういう発声だから声が枯れるんだよ”と怒られながらやっていました。

ユダの時も舞台稽古で降ろされそうになったんですが、最終的に“吉原で行く”となった時には泣いて喜びました。この時が初めてのジャポネスクだったんですが(注・劇団四季の『ジーザス~』にはリアルなエルサレム版と和風のジャポネスク版の2演出が存在します)、僕はどちらかというとジャポネスクのほうが好きなので、とても光栄でしたね。演じていて、ジャポネスクでは“日本人”ということを刻まれるんです。エルサレムという設定は変わらないけれど、三味線の音が入ったり歌舞伎のメイクをして能の歩き方をやったりしているうち、だんだん(ドラマが)現代日本の置かれている状況に思えてくるんですよ。そしていてもたってもいられない、ユダの気持ちが強くなってくるんです」

――ユダは物語の中にいる人物のようで、最後に物語の外に出てきて「スーパースター」を歌う役ですね。

「はじめは違和感がありましたね。特にエルサレム版では茨の冠をユダがジーザスに乗せさせる演出で、僕はユダは彼を愛しているがゆえに死ぬと考えていたので(その人物の行動として整合性がなく)違和感を感じていたのですが、ユダ役の先輩と話していたとき、腑に落ちたんです。“ユダ役はユダだけを演じるんじゃない。オーバーチュアや『スーパースター』は(ユダの気持ちというより)世論でもあるんだよ”と聞いて、なるほどと。あの曲を聴くとユダの心情に没頭してしまう傾向があるけれど、そうじゃないんですね。以来、『スーパースター』はユダとしては歌っていないです。ロックシンガーみたいな感じですね」

――もう一つ細かい質問で恐縮ですが、『スーパースター』の最後、“ジーザス、ジーザス”と連呼する部分がありますよね。英語版含め、役者さんによっては聴いていて正直、間を持たせるのがつらそうな方もいらっしゃいますが、いかがでしたか?

「全然そんなことはなかったです。あそこでは、“ジーザスクライストスーパースター”“誰だあなたは”“気を悪くしないでくれよ”の三つしか言っていないんですが、この三つってとても意味が大きいと思うんですね。“ジーザス~”は神、偶像。そして「誰だ」と連呼することで、聴いている側は自分自身が“誰だ”と言われているような気持ちになると思うんですよ。でも最後に“気を悪くしないでくれよ”と言う。それが作者のいいところでもある。この三つの言葉で集約されているものもあると思うので、自分の中でイメージ付けしてやっていました」

台詞劇、演出業によって培われるもの

――退団後立ち上げたArtist Company響人では、ストレートプレイ(台詞劇)の上演が続いていますね。

Artist Company響人公演『オーファンズ』

Artist Company響人公演『オーファンズ』

「ストレートプレイが好きなんです。ミュージカルは本当は苦手です。謙遜ではなく、僕は本当に歌が下手で、本当は『レ・ミゼ』なんて出ちゃいけないくらいの人間なんですけど、何とか頑張って出させていただいてるんですよ。ストレートプレイには歌や踊りというテクニカルな部分が無いがゆえの難しさがあるけれど、“インナーリアリティ”という役の内面の動きを、見えない糸で繋いでいって最後にぴっと張る、という作業が好きなんです。上演する作品は全部僕が選んでいますが、今この時代にどの作品が響くかということを考えてやってます。だから暗い作品が多いんだと思います」

――アーサー・ミラーなど、人間のダークな、見せたくない部分を白日のもとに晒す作品が多いですね。

「アーサー・ミラーは『橋からの眺め』ですね。でも観ていると最後にその人の生き方に共感してしまう。舞台では人間が着飾ることがほとんどで、内面をさらけ出すことってあまりないけれど、そういう姿にこそ学ぶものがあるし、危険なものがつきまとうのが人間なんじゃないかというのがミラー作品の根底にあるし、人間の本能、本心、ありのままが僕は好きですね。『ジーザス~』を好きなのも、同じ理由です」

――響人では演出も手掛けていらっしゃいますね。

Artist Company響人公演『橋からの眺め』撮影:沖美帆

Artist Company響人公演『橋からの眺め』撮影:沖美帆

「死にたくなるほど、難しいですね(笑)。やりたいことは山ほどあるけど、それがこの作品とどうリンクするのか、観客や世の中とどうリンクしてくるのか。いつもご飯を食べていても、稽古場まで歩いてきてても判断がつかなくて、怖くなってきますね。失敗してもいいやと思ってやってはいます。自分が役者としてコントロールオーバーになった時、演出家という鏡があると、その人に対して自分が集中力を注げば何とか手がかりはあるんですけど、その鏡役をやるには、揺れ動かないものを持ってなくちゃいけない。難しい。より孤独で、怖い。伝えたいことは明確にありますけど、それをどう伝えるかについては、僕はブレブレだと思います。だから言葉数が増えてくる。ああでもないこうでもないと話すうちに自分を納得させたり、人に言うことで具現化して安心しようとしてるのかもしれません」

――役者の仕事にはどう役立っているでしょうか?

「演出をやっているおかげで、客観的に、第三の目が働くというか。ブレーキングもすごくうまくなりますね。僕はうわっと情熱的にやってしまうことがあるんですが、それじゃいけないときに、演出家の目でブレーキがかかります。“もしかしたら”“この姿勢はあやしいな”“なんでこういうんだろう”とか。それは役者業の支えになります」

人生に刻まれる『レ・ミゼラブル』出演

――吉原さんは11年のオリジナル版と、13年の新演出版という『レ・ミゼラブル』の二つのバージョンを経験された数少ない俳優のお一人ですが、実際にやってみてどう違いを感じましたか?
『レ・ミゼラブル』(2011年)undefined写真提供:東宝演劇宣伝部

『レ・ミゼラブル』(11年) 写真提供:東宝演劇宣伝部

「アンティークなものを現代にあわせたのが新演出なのかな、と思いますね。昔(11年までのバージョン)はセットは今より無いのに、本当にタイムスリップしたような、白黒の映画に出てるような感じがするくらい、いい意味の重厚感がありました。でも最近はメディアが発達してきて本を読む人が減ってきたこともあって、分かり易さ、見易さということでマイナーチェンジしたんじゃないかな。個人的には僕は前の演出のほうが好きです。今の演出も嫌いではないけど、長い間商業演劇をやってなかった時期に前のバージョンに出演して、感慨深いものがあったんですね」

――人物像は変わりましたか?

「自分の中では、ジャン・バルジャンに関してはあまりないです。ある普通の男に突然19年の刑が下って、たてつきもし、唾もはくし、妬んだり人を殴ろうともする、そういう人間がミリエル司教と出会って変わる、ということでやっていて、新演出はよりその輪郭が強くなりましたね。あと最後の着地が、新演出をやらせていただいたおかげで自分の中で腑に落ちたなというのはあります。

ジャベールは変わったと思います。新演出版では、泥臭いジャベール像をリクエストされました。前回は芯が強くて、制服の襟一つ裾ひとつぶれない、内面的にもぶれなかったのが一瞬にして崩壊していくという感じでしたけど、新演出では、目的のためだったらすべてを失ってもいいくらい泥にまみれて、バルジャンを野良犬のように追っていく感じと言うのを要求されました」

――バルジャンとジャベールの二役はどんな経験でしたか?
『レ・ミゼラブル』(2013年)写真提供:東宝演劇宣伝部

『レ・ミゼラブル』(13年)写真提供:東宝演劇宣伝部

「つらい経験でした(笑)。スムーズに(二役が)できるようスケジュールが組まれていたけど、いろんな事故でそれがくしゅーんとなって大変でしたね。プレビューとゲネプロを入れたら全部で21回、連続で登板して、その後で(キム・)ジュンヒョンが復活して二人でまわすようになったけど、あの作品は3人でまわさないと結構きついんですよ。やっと福井さんがアキレス腱治られて良かったとなったときに、“吉原さん、ジャベール役(の出演)がもうすぐですからあたり稽古しましょう”と言われて、“え、ジャベール?”……。 物理的に苦しかったですね。最初はバルジャンをやりながらジャベールのことを考えて、ジャベールをやりながらバルジャン……とあっぷあっぷでした。

でも、二役をやると、ジャン・バルジャンとしてジャベールを見てるので、ジャベールをやると一個ずつの粒が見えてきたし、作者のユーゴーはウィドックという一人のパリの密偵だった人を分割してジャベールとバルジャンという人を作ったというのが分かってきて、それからはだんだん気苦労なくできるようになりました。普段ふざけてばかりの僕が、最初は楽屋で誰とも喋らず、“光夫どうしたの、病気になったのか”と心配されるくらい、二役の切り替えを大事にしてたんだけど、途中から“バルジャンがジャベールでジャベールがバルジャンなんだな”と思うと、スイッチを切り替えたりせずできるようになっていました」

――『レ・ミゼラブル』は吉原さんにとってどんな作品ですか?

「難しいことはわからないけれど、誰にでもあてはまる物語だからこれだけ読まれ、観られている作品なんだろうと思います。誰にでもあてはまる、バルジャンという人の再起。その行く末、愛する人のそばで美しい世界に幸福感のなかで旅立っていくということが、人間の求めることであり、人間の着地点である。どこか神聖なものととらえられているけれど、そんな当たり前の日常のことが、神々しいのかもしれない。バルジャンのように19年も囚われるということはないかもしれないけれど、人それぞれ過去の傷や重みを抱え、人との出会いとともに何とか変わっていこうとして、人を愛し、守ろうとする。そして最後にその人に見守られて死んでいく。それがまっとうな人間の生き方なんじゃないかなと思います。バルジャンだけでなく、ファンティーヌもエポニーヌも愛する人に見守られて死んでいくし、ジャベールだって最後、自分がそうなりたかったであろうバルジャンと会話をして死んでいく。そういうものなのじゃないかな。
『レ・ミゼラブル』(2013年)写真提供:東宝演劇宣伝部

『レ・ミゼラブル』(13年)写真提供:東宝演劇宣伝部

もう一つ、僕の中では震災のことがあります。11年の3月11日は、建物の9階で稽古していて、すごい揺れのなかでスピーカーも落ちてきて、蛍光灯も落ちてくるからってみんなで覆いかぶさって。その日は帰宅できずに新宿で野宿して、しばらく自分のことしか考えられなかったんですが、数日たって東北の被災地の状況が分かってきました。“何かしなくちゃいけない”とかいろいろ思ったのですが、本当に自分のできることって何なのかなと考えたら、結局、芝居を誠実にやることしかないと思えたんですね。そこに『レ・ミゼ』という作品があった。この芝居をやりきらなくては、社会と歯車のかみ合う人間にはなれない。まずは自分がやらなくちゃいけないことに集中すべきだと思ってできたのが、11年のバルジャン、ジャベールでした。ですから『レ・ミゼ』は震災とともに、自分がやるべき大切なことが分かった作品です」

――では最後に。どんな表現者を目指していらっしゃいますか?

「舞台でも日常でも、いつも“感じる”ことができる表現者でいたいなと思いますね、永遠に。当たり前のことだけど、意外に難しいと思います。舞台上でも日常でも、いろんなものが当たり前になって、感じるということがなくなってしまうと怖い。振り返ると、以前の、仕事が無かった時期のほうがいろいろなことを感じられたと思うんです。昨年はバルジャン役の件で、帝劇を救ったヒーローみたいに言われましたが、僕としては逆にたくさんの回数をやらせていただいて、学んだことが大きい。感謝しています。いつもそういう感覚を忘れないようにしたいです」

吉原さんが生まれて初めて名前のある役を演じたのは、劇団四季ミュージカル『夢から醒めた夢』。枠にはまらず、のびのびとした暴走族役はとても魅力的でしたが、ご本人は当時怒られてばかりだったそうです。「自分の見せ方ばかり気にしていて、芝居全体をとらえていなかった」のが原因だったのではと、演出をこなす今なら分かる、と吉原さん。様々な人生経験を経ながら、人間力を磨き、それを舞台に反映させてゆく彼の道程、これからもじっくりと見守らずにはいられません。

次ページで観劇レポートを掲載!

*公演情報*
シスター・アクト~天使にラブ・ソングを~』~7月8日=帝国劇場 7月12~13日=厚木市文化会館大ホール他、岩手、仙台、大阪、名古屋で公演。


音楽の喜び、仲間の絆に胸熱くなる『シスター・アクト~天使にラブ・ソングを~』観劇レポート

『シスター・アクト~天使にラブ・ソングを~』写真提供:東宝演劇部

『シスター・アクト~天使にラブ・ソングを~』写真提供:東宝演劇部

幕開けの舞台はギャングのボス、カーティスの経営するナイトクラブ。中央からするすると幕が開くと、派手派手の(趣味がいいのか悪いのか分からない……)ワンピースに身を包んだ森公美子さんが登場!「私をイかせて」ときわどい歌詞のR&B調ポップスを歌う、セクシー・ダイナマイトの森さんから目が離せません。

クラブでの歌手デビューを夢見るデロリスですが、カーティスの答えは「ダメだ」。おまけに、恋人だと思っていたカーティス(この日は吉原光夫さん。森さんを包み込むような体格と声で「このコンビ、有り!」と思わせます)からのクリスマスプレゼントを開けると、彼の妻の名前入りのコートが。頭にきたデロリスは「もうアイツとは終わり!夢は自分で掴んでやる!」と、打ち合わせに行ったカーティスを探しに行き、彼が裏切り者を“処分”する現場に遭遇。目撃者として追われる身となって警察に飛び込み、幼馴染の警官“汗かきエディ”(石井一孝さん、今回は汗をかきかき奮闘する、うだつのあがらない男を好演)の提案で、デロリスは裁判の証言台に立つまで“絶対に見つからない場所”=修道院に潜伏することとなります。
『シスター・アクト~天使にラブ・ソングを~』写真提供:東宝演劇

『シスター・アクト~天使にラブ・ソングを~』写真提供:東宝演劇部ラ

訪ねたクイーン・オブ・エンジェルス教会の厳格な修道院長(鳳蘭さん、その風格と、おごそかながら笑いはしっかり取る、絶妙の台詞回しは唯一無二)は奔放なデロリスを一目見て拒絶しますが、経営難の修道院に警察から多額の寄付があるとオハラ神父(村井國夫さん、ノリが良く、思考の柔らかい役どころがぴったり)から説得され、しぶしぶ受け入れることに。その後も「自由」「規律」を体現する二人は何かと対立しますが、修道院長がデロリスに修道院の「言葉にならない」聖歌隊の指揮を命じると、この采配が思わぬ「大当たり」となり、デロリス、修道女たち、そして修道院長自身の人生までもが、大きく変わってゆくことに……。
『シスター・アクト~天使にラブ・ソングを~』写真提供:東宝演劇部

『シスター・アクト~天使にラブ・ソングを~』写真提供:東宝演劇部

コメディタッチで進行してきた舞台はこの、聖歌隊レッスンが始まる1幕後半からテーマを鮮明にし、大きくうねり始めます。抑制された世界で慎ましく生きてきた修道女たちの、弱弱しく、音は外れ放題、ハーモニーからはかけ離れた歌が、デロリスの「音楽は喜びよ!声を出して、神様に聞こえるように!」という声掛けで、次第に力強くまとまってゆく。森さん、そして修道女役の方々ひとりひとりが、「音楽の楽しさ」「仲間と心を一つにすること」を再発見し、その喜びをかみしめているかのような光景が観客の心もしっかととらえ、劇場内の温度は一気に上昇してゆきます。

利己的に生きるばかりが人生ではないと知り、人情味を増してゆく森さんのデロリス。頑固者と見えていたが実は弾けた側面もある高齢のシスター・メアリー・ラザールス(春風ひとみさん)、イエスしか言えなかったのが自我に目覚める見習い修道女メアリー・ロバート(ラフルアー宮澤エマさん)など、以降の登場人物たちの変化・成長の過程も面白く、親しみが増してゆきます。冒頭、ナイトクラブでデロリスが歌っていたきわどい歌詞の歌「天国へ行かせて」をそのまま神様へのラブソングとして聖歌隊に歌わせているのも、ご愛嬌。
『シスター・アクト~天使にラブ・ソングを~』写真提供:東宝演劇部

『シスター・アクト~天使にラブ・ソングを~』写真提供:東宝演劇部

聖歌隊の見事な歌唱はメディアに取り上げられ、なんと法王さまも来米の折に立ち寄ることになりますが、それが仇となってデロリスの居場所はカーティスらの知るところに。(カーティスの子分3人組を演じる藤岡正明さん、KENTAROさん、上口耕平さんは、お間抜けなだけでなく素敵な歌声も披露します。前方通路際席の女性客、熱視線をいただけるかも?!) デロリス、絶体絶命のピンチ!

ここで、デロリスを助けようととっさに立ち上がるのが、あの人、この人……。その勇気ある姿に対して、狂気じみたリアクションを見せる吉原カーティス。映画版とは一味違う、芝居としての見ごたえあるクライマックスを経て、物語は大団円へと向かってゆきます。

『シスター・アクト~天使にラブ・ソングを~』写真提供:東宝演劇部

『シスター・アクト~天使にラブ・ソングを~』写真提供:東宝演劇部

最後には“まさかの”法王さまも登場(?!)し、カーテンコールでは吉原さんが着ている囚人服のナンバーに悪戯が?! アラン・メンケンの、70年代テイスト溢れる耳ざわりの良い音楽に乗せ、遊び心に満ちながらも人間ドラマとしての骨格をしっかりと持った舞台は、幕を閉じます(演出・山田和也さん)。心が躍り、笑顔で劇場を後にすること間違いなしの本作。一人より二人、二人より三人……と、大勢で観るとより楽しめそうな舞台です。

舞台ダイジェスト映像はこちらからご覧になれます。


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