踊りは大好き、でも運動は苦手!

新国立劇場バレエ団プリンシパル・小野絢子さん。新国立劇場研修所を経て、入団直後のオーディションで新制作バレエ『アラジン』の主役に抜擢。以降着実にキャリアを重ね、実力を蓄えてきた、バレエ団が誇る生え抜きのスター・ダンサーである。

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幼少期の小野さん。姉と

バレエを始めたのは4歳のとき。バレエを習っていた4歳上の姉を追い、 自宅から徒歩一分の場所にある小林紀子バレエアカデミーへ入所した。
「最初の記憶は白いレオタード。小林先生の教室は稽古着が全て決まっていて、幼児科の時は白いレオタードに白いスカートで、児童科になると水色のレオタードとクラスによって変わるので。あの頃はバレエのレッスンというよりも、ギャロップしたり、音楽に合わせて楽しく身体を動かしていたのを覚えています」

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   日舞を習っていた頃

小学校からはやはり姉の後を追い、名門・花柳千代のもとで日本舞踊を始めている。こちらの稽古場も、自宅から徒歩一分の場所という好立地。しかし、日本舞踊とバレエとでは、身体性や重心も正反対。不思議な組み合わせに思えるが。
「今考えると確かにそうなんですけど……。小さい頃は本格的な訓練をしていたというよりも、私にとってはどちらも“音楽に合わせて楽しく踊るお稽古”という感覚だったんですよね」

バレエに日本舞踊と踊りの稽古にいそしむも、意外にも子供時代は運動が 大嫌いだったという。
「陸上が特に苦手で、小学校のリレーのタイムは50m10秒台。
最下位を争う遅さでした(笑)」
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幼少期の小野さん

その理由が、これまた意外。現在のスレンダーな姿からは全く想像がつかないが、子供の頃は肥満体型だったとか。
「お菓子大好き、ゴハンも大好きと、とにかく食いしん坊。健康診断では“軽度肥満”の所にチェックが入るくらい、だいぶポッチャリさんでした。バレエの教室でも一番太かったですね。稽古中はウエストゴムをする決まりなんですが、ゴムを付けてるのが三段腹に隠れて見えないんです(笑)」

ポアントを初めて履いたのは小学校三年生。 比較的遅いスタートに思えるが、それは教室の方針でもあった。
「小林先生の教室はあまり急いでポアントを履かせることはないし、コン クールにも積極的に出すことはなかったです。私にはそういうピリピリしない感じがよくて、多分続けられたんだと思う。どちらかというと、日本 舞踊の方がピリッとした空気でしたね(笑)」

バレエと平行し日舞も続けていたものの、やはり両立は難しい。
バレエか 日舞か、選ぶ時がきた。
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幼少期の小野さん。87年撮影


「中学の始めくらいになると、日舞もだんだん女踊りが多くなって、バレエとは身体の使い方が真逆になってしまったんです。そろそろどちらかにしないと、お稽古回数も大変だし、体型にも影響してくると思って……」
中学時代はバレエ一本に絞り、週に4回稽古に通った。とはいえプロを目指していた訳ではなく、純粋に踊りを楽しむ日々。教室の中でもズバ抜けて目立つ存在ではなく、当人曰く「ごく普通の生徒だった」そう。

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                            バレエアカデミー時代の小野さん






課題をクリアし、プロを目指す

プロへの意識が芽生えたのは高校二年の終わり、卒業後の進路を迫られた時のこと。選択肢のひとつとして、プロのバレエダンサーという道は確かにあった。しかし、稽古と仕事にするのとでは大きく違う。果たして、厳しいプロの世界に入ってやっていけるものなのか……。
「その時ちょうど学校のカリキュラムで2ヶ月間アメリカに短期留学することになって。稽古場に行かず自主練習ができるか、取りあえず試してみようと考えました」

2ヶ月もの間稽古場を離れるのも初めてなら、自習に挑むのも初めて。
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バレエアカデミー時代

2ヶ月サボれば、如実に身体にあらわれる。“これが乗り越えられたら……”と自身を鼓舞し、体育館の片隅でひとり毎日稽古を続けた。
「初めて自分でやり通すことができました。それまでは先生に怒られないようにやっていた部分があって、先生が見ていないとふっと気が抜けたりしてたんです。でも自習って自分が上手くなりたいと思わないといくらでも手を抜けるし、辞めることもできる。大変でしたけど、なんとかやり抜くことができました」
課題をクリアし、決意を固めた小野さん。帰国後「プロになりたい」との意志を師に伝え、バレリーナへの一歩を踏み出した。

プロを視野に入れ、まず挑戦したのがコンクールへの出場だ。初コンクールは高校二年の終わりという遅いスタート。東京新聞全国舞踊コンクールにエントリーするが、周りはジュニア時代から凌ぎを削ってきた強者ばかり。
「みんな凄く慣れてましたね。楽屋は早々に陣取られてるし、メイクもバチッとして来てる。場あたりも自分の順番が来たらサッと行ってサッとやって帰ってくる。私はそれをほけーっと見てる感じで、気付いたらあっ という間に終わってました(笑)」

さらに、高校三年時にはフランス留学も果たしている。数ヶ月の渡欧を数
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バレエアカデミー時代の小野さん

度に渡り繰り返し、南フランス・マルセイユにあるパトリック・アルモンの教室で学んだ。
「小林紀子バレエシアターに彼がゲストダンサーとして来たのが縁で、お願いしました。それほど大きな教室ではないので凄くしっかり教えてもらいましたし、ぎりぎりローザンヌ国際バレエコンクールに出場できる年齢だったので、バリエーションを見てもらうのも兼ねて行ったり……」
高校卒業後は小林紀子バレエシアターへ。「養成員」として、一年余りを過ごす。




研修所で“てんてこまい"の日々

2005年、新国立劇場バレエ団研修所に入所する。研修生の対象年齢は17歳から19歳で、小野さんは当時19歳とぎりぎりセーフ。同期は8人、なかには現団員の井倉真未などがいた。
「毎日フラフラになってましたね。8人の研修生に対して沢山の先生がいらっしゃるし、触れたことのない講義も沢山ありましたし、てんてこまいという感じでした」

クラシック・バレエはもちろん、キャラクターダンスをはじめとした多彩なジャンルのダンスに、バレエの歴史や身体解剖学、演劇、音楽の授業といった座学まで。研修生の授業は多岐に渡り、密度の濃いカリキュラムが組まれる。
「楽しかったのはスパニッシュ。小島章司先生が実際に踊って見せてくださるんですが、だんだんその場が先生の世界に染まっていくんです。本当に凄い芸術家なんだと感じました。デッサンも面白かったですね。私は最初に何も考えずに描き始めるから、後で紙に収まらなくなって、先生に“どうしたらいいですか?”って尋ねたり……」

研修生の評価は点数や成績ではなく、各講師からコメントの形で寄せられる。
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2007年2月バレエ研修所公演より「ライモンダ」第3幕 撮影:瀬戸秀美


「どの先生もひとりひとりの特徴をよくわかっていて、細かくアドバイスをいただきました。なかでも印象的だったのは、演劇の先生からのコメント。“こうありたいという小野絢子の中にとどまっている感じがする、だから声が出ないんだ”というような指摘をされ、私も“あ、そうか!”と思うところがあって。あの頃はバレエでもよく“四畳半で踊らないで”と言われていたんですが、結局同じことなんですよね」

二年間の研鑽を経て、新国立劇場バレエ団のオーディションに挑戦。結果は見事合格、しかもソリストでの入団を叶えている。将来有望と見込まれてと思われるが、当人の見解は違うよう。
「私は身長が足りなかったので、コール・ド・バレエ(群舞)はムリだったんです(笑)」

新国立劇場バレエ団が規定する女性団員の身長は163cm以上(小野さん入団時)。小野さんの身長は162cm。女性としては高い方だが、バレエ団の基準には僅かに達していない。
「やっぱり群舞は見た目にも揃ってないといけない。私はバレエ団の中で一番チビだったので、みんなと踊ってもキレイに揃わない。だからソリストになれたんじゃないかと……」




入団直後、大役に異例の大抜擢!

2007年の9月に新国立劇場バレエ団へ入団。その直後、オーディションで『アラジン』の主役・プリンセス役に選ばれている。後に芸術監督となるデヴィッド・ビントレーによる新制作バレエであり、バレエ団の命運をかけた大作である。入団直後の新人の起用はバレエ団にとってもまさに大きな賭けであり、異例の大抜擢と言えよう。
「すっごいラッキーですよね! 私、ラッキーの塊なんです(笑)」

とはいえ喜んでばかりもいられない。プリンセス役は、本島美和と湯川麻美子の3名によるトリプルキャスト。小野さん以外はすでに数々の作品で主役を務めてきたトップダンサーであり、キャリア・知名度ともに格段の差があるのは否めない。
「萎縮してる暇があったら必死に付いていこうと思いました。力が足りないのはわかっていたので、少しでもお二人から盗まなければと。良い所をどんどん吸収して技術を上げて、その上で自分なりのものが出ればと」

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2008年「アラジン」小野絢子、八幡顕光 (撮影:瀬戸秀美)


オーディションから一年後の2008年11月、『アラジン』は遂に幕開けを迎える。小野さんのパートナーは一期上の八幡顕光で、やはり大抜擢でのアラジン役だ。バレエ界の注目を一心に集める中、ビントレーが生み出した物語世界は鮮やかに舞台を染め、かつてないスケールをもって同団に新たな風を注ぎ込んだ。『アラジン』は成功裏に幕を閉じ、同時に小野絢子という新たなスターを生み出した。

見事に大役を務めた小野さん。踊りきった感慨は? と聞くと、「うーん、覚えてないんです……」とぽつり。
「あまりにも必死だったというのもあるし、ホッとしたのもあると思う。主役といってもみんなが盛り上げてくれてできた舞台だったので、本当に感謝の気持ちで一杯。いろんな人に助けられ、アドバイスをいただきながら乗り切った感じでしたね」

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2008年「アラジン」小野絢子、八幡顕光 (撮影:瀬戸秀美)


その後も八幡とペアを組んだ『コッペリア』をはじめ、主要な役所を演じ着実にキャリアを重ねてゆく。さらに2010年のデヴィッド・ビントレー芸術監督着任後は、主役を務める機会もぐっと増えた。チャイコフスキー三大バレエをはじめとした古典作品から、『アラジン』の再演に『カルミナ・ブラーナ』、『パゴダの王子』といった創作バレエまで。

なかでもファンを驚かせたのが、『カルミナ・ブラーナ』で演じたフォルトゥナ役だ。小野さんといえば、初々しく楚々とした雰囲気で、愛らしいプリンセス役がよく似合う。フォルトゥナ役とは正反対の印象だ。
「私自身あの役に指名されるとはこれっぽっちも思っていなかったので、“え、何で?”という感じでした。でもあれほど出来ないと思うことが楽しい、挑戦することが楽しいと感じた作品はなかった。『カルミナ・ブラーナ』をやらせていただいた経験は大きいし、本当に良かったなと思っています」

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  2010年「カルミナ・ブラーナ」撮影:瀬戸秀美






入団4年でバレエ団のトップに

2011年の公演『ロメオとジュリエット』でジュリエット役をドラマティックに演じきり、確かな力量を実証した小野さん。入団から4年後というスピード出世で同年プリンシパルに昇格し、名実共にバレエ団のトップに立った。
近頃は小野絢子というプリンシパルを目当てに劇場へ足を運ぶファンも多い。
「だけど、私を観て欲しいと考えたことは一度もなくて……。いつも、作品を観に来て欲しいと思っています。私としては“小野絢子が出てるから”来てもらうのではなく、“あれ、この人こんなのもできるんだ”というのを目指したい。違う役をやった時、同じ人間が踊ってるとはわからないくらい、後でそうだったのかと気付いてもらえるくらいが嬉しいです」

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  2011年「ロメオとジュリエット」撮影:鹿摩隆司


日々の健康管理で大切にしていることはというと、「やはり食べることですね」と小野さん。子供時代は肥満気味だった彼女も、プロを目指してからはすっかりスリムに。むしろ近頃は太れないのが悩みとか。
「運動量が多いのと、やはりお昼は稽古があるから沢山食べられないので。昔はポッチャリがコンプレックスでしたが、今は身体が薄いのがコンプレックス。できれば、今の1.5倍くらいのサイズになりたいんですよね。衣裳も立体的なものですし、やっぱりちゃんとしたボディの方が舞台でも映えますから」

休みの日は休息を第一に、銭湯や公園へ行きリラックス。ときには舞台公 演や映画館にも足を運ぶ。ただ、プライベートにはなるべくバレエを持ち
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2011年「パゴダの王子」
撮影:瀬戸秀美

込まないようにしているそう。
「一日中バレエのことを考えるのもあまりよくないんじゃないかと思って。お休みの日に、“バレエのためになるからコレをしよう”という考えはあまりないですね。お芝居にしても映画にしても、せっかくの休日なんだから、その場を楽しみに行きたい。なので、バレエを観に行くのはちょっと避けてしまうフシがありますね」  






これは夢なのかも……。

「新国立劇場の舞台は小学校の頃からずっと観てきました。湯川麻美子さんに憧れていたので、まさか同じ舞台に立ったり、同じ役をやることができるなんて……。山本隆之さんも色気があってカッコ良くて、なんて芸術的なんだろうって思ってました。普通にただのファンです(笑)」

今や憧れの先輩たちと肩を並べ、バレエ団の顔として主役を張る日々が続く。自身の歩幅に合わせ、堅実にステップアップを果たしてきた小野さん。誠実な稽古で実力を重ね、未来を切り開き、自らの手で夢を叶えてきた。
「これは本当に夢なのかもしれないと思う時があって……。私はプロを目指したのも遅かったし、コンクールに出たのもジュニアぎりぎりの年齢だった。研修所に入ったのもぎりぎりの年齢で、身長もぎりぎりと、常に出遅れてる(笑)。でもソリストで入団させてもらい、その直後にオーディションで主役に選んでいただいた。タイミングや人に恵まれたし、いろんな意味でラッキーだったなって感じます」
ラッキーとは言うものの、人一倍努力した結果でもあるのでは……?
「でもみんな努力してますから。本当に凄いと思います」

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  2009年「コッペリア」 撮影:瀬戸秀美


奢ることない謙虚な姿勢は、プリンシパルとなった今も変わらず。またそれこそが、彼女の進化を支えてきた源なのかもしれない。
「みんな本当に上手なので、私も頑張らなければと思うし、技術から何からもっと地道に練習しなきゃいけない。足りないものは一杯あって。これまで先輩方のことを見て良い所を盗もうとしてきたけれど、やっぱり見えてない部分が絶対にあるはず。何が違うんだろうって見つけようとしたり、意識の問題も大切。そうやって、いつも上を目指していければと……」

謙虚な姿勢と同時に感じるのが、圧倒的な芯の強さ。最近気づいたことは? との問いに、「自分が何もわかってないということがわかりました」と即答。尽きることない情熱が、凛とした美しさの確かな理由を伝えくる。
「舞台に立つといつも、“全員に届ける”って凄く難しいなって感じます。ただ、それに対して何が足りていないかというのが明確にはわからなくて……。1階のお客様から4階の隅のお客様まで、どうしたらちゃんと届けられるのか。例えば1階席の方に凄く良かったと言われても、4階席のお客様には何も伝わらない場合もある。かといって過剰な表現をしたら、逆に一階席のお客様はやりすぎだって感じるかもしれない。自然かつ全てが伝わるような演技を目指したい。全ての方に、“チケットを買って良かった”と感じてもらえる舞台にしたい。それが、今一番の願いですね」

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  2011年「パゴダの王子」撮影:瀬戸秀美






小野さんに10の質問!

Q:好きな映画は?
『紅の豚』。ジブリは結構好き。

Q:バレエ以外でハマッていることは?
美味しいものを食べる。

Q:休みの日は何してる?
掃除で大抵終わっちゃいます。
あとは、映画館にぶらっと行ったり……。

Q: 趣味は?
馬が走ってるのを見るのが好き。テレビで『みんなのKEIBA』を見たり。
府中にも数回行きました(笑)。馬ってキレイですよね。

Q:ストレス解消法は?
銭湯でリラックス

Q:好きな俳優は?
大竹しのぶ

Q:やめようと思いつつ、やめられないことは?
二度寝

Q:好きな食べ物は?
うなぎ、トンカツ、もち、チーズ、カレー、お好み焼き……。
美味しいものだったら何でも好き。
甘い物も好きです。アイスはなるべく一日一回食べたいです。

Q:苦手なことは?
運動

Q:プライベートで今気になっているもの、チャレンジしてみたいことは?
白神山地と屋久島に行ってみたいです。



プロフィール

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小野絢子

東京都出身。小林紀子、パトリック・アルモン、牧阿佐美に師事。小林紀子バレエアカデミー、新国立劇場バレエ研修所(第3期修了生)を経て、2007年新 国立劇場バレエ団にソリストとして入団。主な受賞歴に、アデリン・ジェニー国際バレエコンクール金賞などがある。入団直後にビントレー『アラジン』の主役 に抜擢される。その後、『くるみ割り人形』、『白鳥の湖』、ビントレー『カルミナ・ブラーナ』、プティ『コッペリア』、『しらゆき姫』、フォーキン『火の鳥』で主役を務めている。2010年スワン新人賞を受賞。2011年プリンシパルに昇格。平成22年度(第61回)芸術選奨文部科学大臣新人賞。第 42回舞踊批評家協会新人賞。



公演情報

新国立劇場バレエ団『白鳥の湖』
主なキャスト:オデット・オディール/小野絢子、米沢唯、堀口純、長田佳世
ジークフリード王子/福岡雄大、菅野英男、マイレン・トレウバエフ、奥村康祐
日程:2014年2月15日(土)14:00、16日(日)14:00、21日(金)19:00、22日(土)14:00、23日(日)14:00
会場:新国立劇場 オペラパレス
S席10,500円、A席8,400円、B席6,300円、C席4,200円、D席3,150円
出演:新国立劇場バレエ団
チケット取り扱い:
新国立劇場ボックスオフィス03-5352-9999
新国立劇場Webボックスオフィスhttp://nntt.pia.jp/(PC&携帯)
チケットぴあhttp://pia.jp/t/(PC&携帯)
イープラスhttp://eplus.jp/nnttballet/(PC&携帯)
ローソンチケット、CNプレイガイド ほか
問合せ:新国立劇場ボックスオフィス03-5352-9999
http://www.nntt.jac.go.jp/


※ データは2014年2月1日現在のものです。
内容は変更になる場合があります。
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