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真実を知らないのは読者だけ『パレード』

読者の想像を見事に裏切ってくれるのが、2002年に山本周五郎賞を受賞している吉田修一氏の『パレード』です。

投稿記事

■作品名:『パレード』
■作者:吉田修一

「都会の2LDKでルームシェア中の若い男女の物語」。
こう書くと、一昔前のトレンディドラマのような恋愛模様がマンションの一室で繰り広げられているような印象を受けますが……。
そんな読者の想像を見事に裏切ってくれるのが、2002年に山本周五郎賞を受賞している吉田修一氏の『パレード』です。

登場人物は5人。
夜のジョギングが趣味で常識あるサラリーマンの直輝、イラストレーター兼雑貨店店長の未来、人気俳優である恋人からの連絡をひたすら待ち続ける無職の琴美、お気楽大学生の良介。
もともとは4人で生活していた部屋に男娼をしている18歳のサトルが転がり込んで、ストーリーは一気に動き始めます。

実際は恋愛ドラマどころか、5人の誰もが「本当の自分」を隠して共同生活を送っているという不気味な設定。
それゆえ表面上は穏やかに日々が過ぎていくのですが、そんなとき、5人が暮らすマンション付近で連続女性暴行事件が起こり始め……。

最終章に行きつくまでは、5人それぞれの「緩い」日常が描かれ、時にはクスッと笑ってしまうほどの愉快なエピソードすらあるのですが、ラストで何の前触れもなく女性が鈍器で殴られる生々しいシーンに急降下。心臓が止まりそうになります。
通常なら、そこに行きつくまでに何らかの伏線が張ってあるはずなのですが、そういったものは一切なし。
いえ、伏線は張ってあるのかも知れませんが、ほとんどの読者はまったく気付かないのです。

しかし、平和な通俗小説がいきなりサイコ・ホラーな展開になってしまって、ショックを受けているのは読者だけ。
登場人物は皆、気が付いているのです……犯人が誰なのかということを。

退屈な日常の中に潜む狂気と、それはどこの誰にでもありうるものだという恐怖。
ディスニーランドの「イッツ・ア・スモールワールド」に乗っていたつもりが、実は「スペース・マウンテン」だった……こんなスリルを小説で味わってみたい方にお勧めです。
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