わずか16名の少女たちから始まった劇団が、100周年を迎えた奇跡……。
様々な困難に遭いながらも新しいものを求め、今に繋いだ軌跡……。
そこにいつもあったたくさんの輝石……。

宝塚歌劇団100年へのキセキのひとコマをご紹介いたします。
――Part9「海外公演~世界へ羽ばたくタカラヅカ」――

■宝塚歌劇団100年へのキセキ
Part1「小林一三が目を付けた宝塚村」
Part2「タカラジェンヌの意外な誕生秘話」
Part3「宝塚歌劇 第一回公演はお伽噺」
Part4「宝塚音楽学校の移り変わり」
Part5「宝塚大劇場の変遷」
Part6「東京宝塚劇場の変遷」
Part7「『モン・パリ』~レビューの誕生」
Part8「『パリゼット』~レビュー黄金時代」
Part9「海外公演~世界へ羽ばたくタカラヅカ」
Part10「宝塚歌劇団 戦争からの復活」
Part11「宝塚歌劇団の大運動会」
Part12「『虞美人』~小林一三翁逝く」
Part13「『華麗なる千拍子』~芸術祭賞」


初めての海外公演

TAKARAZUKA in TAIWAN 2013 Stage & Document

(C)宝塚歌劇団 (C)宝塚クリエイティブアーツ

今年2013年4月、柚希礼音率いる星組選抜メンバーが台湾公演を行いまいした。
この台湾公演には、東日本大震災の際、台湾より200億円を超える義捐金を寄贈していただいたお礼の思いもありました。

舞台は、「これぞ宝塚!」と思わせる日本物のショーと洋物のレビューに、台湾が原作のストーリーをミュージカルにした『怪盗楚留香外伝-花盗人-』の3本立て。
12回全公演のチケットは完売、終わらないカーテンコール、鳴り止まないスタンディングオベーションの中、台湾公演の幕は降りました。


宝塚歌劇団による初めての海外公演は、創設25年目にあたる1938年(昭和13年)。戦争の足音が聞こえる頃、「日独伊親善芸術使節団」に選ばれた宝塚歌劇団(当時は宝塚少女歌劇団)は、スタッフ16名、生徒30名により、ヨーロッパ公演を行います。
神戸港から船で一ヶ月かけてヨーロッパへ。ドイツ、ポーランド、イタリアなど25か所で35公演というハードスケジュールをこなし、半年後に帰国しました。

その翌月には、「日米親善芸術振袖使節団」としてアメリカ公演に。
ヨーロッパやアメリカでは「華麗」「洗練」「幻想的」「快活で上品」「見事なアンサンブル」……などと絶賛され、海外公演は大成功を収めました。



海外公演の歴史

その後も、戦前戦中の皇軍慰問団を経て、宝塚歌劇団はこれまでに、25回、18カ国、のべ129カ所で海外公演を行ってきました。

戦前の海外公演

戦前の海外公演


昭和の海外公演

昭和の海外公演




平成の海外公演

平成の海外公演



海外公演の魅力

「出演者は女性だけ」「女性が男性を演じる」「和と洋の融合」といった初めて目にする世界に、海外の観客は驚きます。
始めの頃は日本物のみでしたが、1965年のパリ公演より、洋物も上演。パリをはじめとしたレビューの本場や、ニューヨークにあるショービジネスの殿堂ラジオ・シティ・ミュージックホールでも、宝塚のレビューやショーは、いつも絶賛され、高い評価を受けてきました。

しかし、海外で公演する苦労は計り知れないものがあります。
出演者やスタッフの人数の多さもさることながら、セットや機材、衣装などは、他の舞台演劇と比較にならないほどの大きさ、多さです。
それらの搬入をはじめ、本番中のスピーディーな舞台転換などを、現地スタッフと共に作り上げる苦労は、並大抵のものではありません。

だからこそ、そうして作り上げた舞台は、芸術や文化を感じる心に国境はないことを証明しつつ、「観客と出演者」「現地と宝塚のスタッフ」「国と国」etcの交流を生んできました。

「日独伊親善芸術使節団」から始まった宝塚歌劇団の海外公演。
これからも宝塚歌劇団の海外公演は、様々な国や都市で、宝塚歌劇や日本の文化の魅力を発信しつつ、繋がりを深めていくことでしょう。


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