自分らしさと「モテ」の矛盾

クリス・コルファー

「glee」のカート役でおなじみのクリス・コルファーが野郎系ゲイに囲まれてギョッとしている図。いろいろ示唆的で面白いです(日本では、クリスみたいな美少年系よりも周りのマッチョ兄貴たちの方がモテ筋だったりします)

さて、ゲイにとってモテる/モテないは、世のノンケの方たち以上に切実です。それはゲイが恋愛至上主義な生き物だから、ではなく、出会える機会が限られているなかで(男女と違って社内恋愛とか難しいのです)、また同性婚などの権利も一切認められていない現状で、せめて素敵な彼氏を見つけて幸せになりたい、できればパートナーと生涯を共にしたい…という健気な思いがあるからです。

なのですが、男っぽい人(リーマン系、さわやかスポーツマン系から骨太な野郎系まで)が断然モテるゲイシーンでは、自分の中の女性性を解放させようとすると、どんどんモテなくなるという矛盾に直面します。本当は髪も長くのばしてどんどんフェミニンになりたいと思っていても、オネエとか女装とかでハジけちゃいたいと思っていても、モテなくなるというプレッシャーが容赦なくのしかかってくるので、不本意ながら男っぽさをキープしている、というような方は意外と多いと思います。

これを読んでる女性の方の中には、アタシだって家に帰ればオッサンみたいな生活だけど外では「女装」してモテるようにがんばってるのよ、と思った方もいらっしゃるかもしれません(出展:『女装する女』)。でも、女性の方は、たとえば好きな男の人(イケメン系)が何かのアレで女装することがあっても、「アタシより美しくなったらどうしよう」とは思うかもしれませんが、幻滅した、とか、もう二度と話したくない、とまでは思わないはずです。ゲイの場合、「あの人、大オネエらしいよ」とか「女装なんだって」と言われることのダメージは、もはや致命傷。シャレにならないのです。

なので、モテを意識するような場では、できるだけ女性性は表に出さないようにするのですが、狭いコミュニティでは遅かれ早かれバレてしまいます(イタタタ…)。自分らしいジェンダーイメージの表現をしていくと、幸せから遠ざかる…せつないことですよね。

かと言って、そういう内なる女性性にフタをして偽りの自分を演じ続けるのはしんどいし(ただでさえ昼間、会社でノンケのフリをしているわけですから)、本当の自分をさらけ出せないストレスをつのらせたり、自分のアイデンティティや「売り方」がわからなくなって悩んだりするのです。(そういう意味で、ドラァグクイーンやってるような人は潔い=ある意味「男らしい」と言われたりするのです)

ゲイの世界では、オネエではっちゃけよう!(自分らしく生きよう)ということと、モテてハッピーになろう!(彼氏をつくって恋愛に生きよう)ということは、ある種のダブルバインドを生み出しているのです。冒頭で紹介したPAVELのように超イケメンマッチョだったりすれば、オネエだろうが女装だろうが関係ないのでしょうが(逆にそのことでカッコよさが際立ち、世界的に有名に)、その境地に達するのは至難の業です…