若い時分に、ジャズ喫茶を経営していたという変わった経歴を持つ、日本を代表する小説家「村上春樹」。その代表作「ノルウェーの森」は、ジャズフリークの作者らしく、何気ないシーンにジャズが登場することでも有名です。

毎日の生活の中で揺れ動く主人公の心象。ジャズの持つどこかインテリな部分。その二つがアクセントとなって、若い主人公の移ろいやすいセンシティブな感性を上手に表現しています。

このようにジャズをエッセンス、もしくはスパイスとして使用している小説は意外と多く、ジャズの記述が出るたびにジャズフリークは興味をそそられます。今回はジャズそのものが主役となった、もしくは重要なファクターとなった傑作小説と、そこに出てくるジャズをご紹介します。

ジャズ批評家「ナット・ヘントフ」の青少年図書フェスティバル賞受賞小説「ジャズ・カントリー」

ジャズ・カントリー

ジャズ・カントリー

 
この小説は、高名なジャズ評論家の「ナット・ヘントフ」が、自分にフィクションが書けるのか? という知的好奇心から、何の計画もなく書き始めたと言う作品です。

内容は、高校生の「ぼく」が、大好きなトランペットとジャズと、彼が白人であるという事。そしてそれがゆえの将来の希望。それらが一緒くたに絡まって大いに考え大いに悩み、現実に向き合っていくという青春小説となっています。

青少年図書フェスティバル賞という賞を受賞したこの本は、誰もが読みやすい本になっています。しかも小説が書ける事で自分を驚かす事が出来ると書き始めたにしては、そこはさすがにジャズ評論家ナット・ヘントフ、思いの外と言ったら失礼ですが、ジャズの世界に深く入り込んだ内容の好著になっています。

知っているようで知らないジャズの、そしてアメリカの抱える問題を、さらりと高校生の視点から描いて見せています。その上ジャズメンの抱える根源的な複雑さも表現し、なおかつ読後感のスッキリとしたジャズ入門書にもなっています。

この中で、主人公の「ぼく」とは対照的な同世代の黒人のトランペッター、ダニーの存在が、次にご紹介するサックス奏者「オリバー・ネルソン」と、同じくサックスの「エリック・ドルフィー」との関係を連想させます。

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オリバー・ネルソン、エリック・ドルフィー「ストレイト・アヘッド」より「シックス・アンド・フォー」


Straight Ahead

Straight Ahead

どちらかと言えばオーソドックスな「オリバー・ネルソン」のアルトに対して、「エリック・ドルフィー」は、同じアルトとは思えないほどアブストラクトで先鋭的。二人の個性が、静と動、コンサバと前衛、はては優等生と不良のように感じさせる好対照で刺激的な演奏です。

わけ知り顔の大人たちを思わせるリズム隊に囲まれた二人の少年が、一所懸命にあがきながらも、自身のアイデンティティを見出そうと苦闘する様を連想させます。誰にでも一度は訪れる若き日の、青春の猛りや悩みや不安。それらすべてを表現したかのような、どこか甘酸っぱさを感じさせる演奏です。

次のページでは、有名なビートニクを代表する作家の作品をご紹介します!

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ビート小説界の寵児「ジャック・ケルアック」の「地下街の人びと」


地下街の人びと

地下街の人びと

この小説は、「路上(オン・ザ・ロード)」で有名なビート作家「ジャック・ケルアック」が書いた、三作目の長編です。話は1948年、ケルアック自身がモデルと思われる駆け出しの作家の「ぼく」が、サンフランシスコのある夜に知り合った黒人の「マードゥ」と恋に落ち、二か月間で終焉を迎える刹那的な恋の物語です。

二人は、あまり運命的とは言えない状況で何となく知り合い、何となく付き合い始めます。丁度そのタイミングで、バードことチャーリー・パーカーが、二人のいるシスコに演奏に来ています。

二人してビールでしこたま酔いながら、バード(チャーリー・パーカー)のステージを見に行くくだりがあります。ステージからマードゥと「ぼく」を見るバードのその目は、「バップ世代の創始者であり、王者の目だった」と書かれています。この文章からも、ケルアックのバードへのリスペクトとバップに対する並々ならぬ愛情が伺い知れます。

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チャーリー・パーカー「バード・コンプリート・チャーリー・パーカー・オン・ヴァーヴ」より「ザ・バード」


Bird: Complete Charlie Parker on Verve

      Bird: Complete Charlie Parker on Verve

このパーカーのあだ名がそのままついた演奏「ザ・バード」は、物語の「ぼく」が恋人と一緒にバードの演奏に接する少し前の、1947年12月の録音です。

この時期は、丁度この12月から翌年の1948年にかけて、メジャーレーベル(レコード会社)の録音ストライキが約1年続いた時期にあたります。当然チャーリー・パーカーの録音自体も少なく(一部のマイナーレーベルに録音はされている)、貴重とも言える演奏です。

しかも録音されたのは、ニューヨークの音楽の殿堂「カーネギー・ホール」の、深夜12時を回ってから。メンバーは、当時としても珍しい顔合わせで、ピアノがハンク・ジョーンズ、ベースはレイ・ブラウン、そしてドラムが白人のシェリー・マン。

特にシェリー・マンは、プロデューサーのノーマン・グランツが他のホールのセッションのために招集したのを、そのままバードのセッションにも起用したものです。

そのため、カーネギーホールの上の階のリハーサルホールに、チャーリー・パーカー・カルテット。下の大きなホールに、アレンジャーのニール・ヘフティのためのビッグバンドと、ドラマーのシェリー・マンは両方を行ったり来たりの大忙し。

たびたびのドラマー不在に、業を煮やしたバードは、最初にドラムレストリオで、この「ザ・バード」を吹きこもうとしたようです。結局、本番にはシェリー・マンが無事座り、カルテットでの演奏になりましたが、もしドラムレスで録音されたのならば、それはそれで世紀の録音となったのでは? と、想像するだけで楽しい演奏でもあります。

さて「地下街の人びと」の物語はあっという間に進み、ぼくとマードゥの二ヶ月の恋は、やってきたのと同じくらい唐突に終わりを告げる事になります。

全てを壊したいのは男で、実際壊すのは女。そして男はその時になって、失ったものの大きさに慄く。いつの時代でも繰り返されるありきたりな恋物語が、ありきたりではない日常の中で普遍の輝きを見せます。

この本には、チャーリー・パーカーの他にも、バリトン奏者のジェリー・マリガンや、女性ボーカルのジェリ・サザンなどが、「ヒップ」(最先端でカッコイイこと)の代表の様に出てきます。その他にも、スタン・ケントン楽団にいた頃の、テナーサックス奏者「リッチー・カミューカ」(訳文ではリッチ・コムッカとなっています)の話がでてきます。

作中のビートニクの人物に、「これが、これからのジャズなのか?」と言わしめる演奏だとありますが、これは少し年代が違っています。

リッチー・カミューカは、確かに駆け出しの頃、スタン・ケントン楽団に入って注目されますが、それは1951年になってからのお話。この1948年当時は、まだ18歳にならんとする頃で、まだまだ芽が出たばかりで、ジャズメンとしての芳香を漂わせる前の時期にあたります。

とは言えあくまでもフィクションである事を考えると、細かい事は言わずに実際のリッチー・カミューカのジャズを聴いてみましょう。

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テナーサックス奏者リッチー・カミューカ「リッチー・カミューカ・カルテット」より「ネヴァーザレス」


リッチー・カミューカ・カルテット

リッチー・カミューカ・カルテット

この曲は、1931年のビング・クロスビーによりヒットした、古いスタンダード曲です。時代色のある泰然としたテーマを、悠々とリッチーは、大人の貫録で歌い上げます。録音は1957年。当時リッチーは、まだ27歳です。まだまだ若者と言った年齢ですが、ここでは老成した趣さえ感じられます。

ジャケットのイラスト通り、苦み走った大人の風情を感じさせる吹奏ぶりは、もしかしたら時代の先端だったリッチーが早くも円熟を迎えた、と言う事かもしれません。ここにはケルアックが、作中人物に語らせた先進性は感じられません。むしろ威風堂々とズート・シムズに通じるモダン・スウィングの王道を行く姿を見せています。

この57年になって、ようやくケルアックの代表作「路上」が発表され、ケルアックはそこから一気に時代の寵児となって行くわけです。

この「リッチー・カミューカ・カルテット」とケルアックの「路上」は、彼らビートニクがそれぞれに華を咲かせ、洋洋とした未来にこぎ出した記念すべき作品、と言っても良いのかもしれません。

次のページでは、この男よりジャズは始まったとされる伝説の男に迫ります。

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ブッカー賞受賞作家「マイケル・オンダーチェ」の「バディ・ボールデンを覚えているか」


バディ・ボールデンを覚えているか

バディ・ボールデンを覚えているか

彼からジャズが始まった! と言われる、伝説のコルネット奏者「バディ・ボールデン」。現存する録音は一切なく、ある日突然に精神に異常をきたし、その半生を精神病院で過ごした、と言われています。

まさに歴史のブラックホールに吸い込まれてしまったかのようなレジェンドの生涯を、史実と詩や小説を織り交ぜて綴ったドキュメント・ノベルです。

ニューオリンズ・ジャズの開祖とも言われるバディの演奏は、今では聴く事が出来ませんが、その流れをくむまさに当時そのままの音を聴かせてくれるのが、クラリネット奏者の「ジョージ・ルイス」です。

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ジョージ・ルイス 「ジャス・アット・オハイオ・ユニオン」より「ハイ・ソサエティ」


Jass at the Ohio Union

Jass at the Ohio Union

ジャズは、ニューオリンズより始まり各地に広がります。決定的だったのは、第一次世界大戦の影響により、ニューオリンズの歓楽街が閉鎖された事です。

名のあるミュージシャンは、シカゴやニューヨークに移って行きましたが、数は少ないもののニューオリンズに残り、アマチュアとして伝統を守った人々もいました。その中の代表的な一人が、クラリネット奏者の「ジョージ・ルイス」です。

最初に注目してほしいのは、その題名です。「JASS AT THE OHIO UNION」。ジャケットにもはっきりと「JASS」(ジャス)とあることです。JASSとはもちろんジャズのことです。そもそも「JAZZ」と言う語源ははっきりしていませんが、ジョージ・ルイスの時代には、「JAZZ」という呼び方がそれほど定着していなかったことがわかります。

そして、ジョージ・ルイスが誇りをもって「JASS」と自らの音楽を呼んでいたことがわかります。現在では、「JAZZ」が一般的ですが、もしジョージ・ルイスらがニューオリンズにとどまらずに、シカゴやニューヨークに進出したとしたら、もしかしたら「JASS」だった可能性もあるのか? などと、想像するだけで楽しい気分になります。

この録音では、演奏する喜びに満ちたジョージ達ニューオリンズの仲間による、生きたニューオリンズジャズを聴く事が出来ます。録音は1954年、オハイオ州立大学で行なったコンサートの実況盤です。

全曲楽しい出来で、特にこの曲「ハイ・ソサエティ」では、曲が始まって2:05あたりから「ジョージ・ルイス」が幾度となく繰り返すリフ(短い旋律の繰り返し)が、印象的です。

そしてそのフレーズは、「ビ・バップ」におけるアドリブのクオーテーション(引用句)の代表的フレーズとして、前述のチャーリー・パーカーを含め、色々なバッパーが、自身のアドリブに取り込んでいます。

その中でも、何といってもハマっているのは、アルトとテナーを両方自在に操るソニー・スティットの「スティット、パウエル&JJ」の一曲目、「神の子は皆踊る」です。

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ソニー・スティット「スティット、パウエル&JJ」より「神の子は皆踊る」


Sonny Stitt, Bud Powell, J.J. Johnson

Sonny Stitt, Bud Powell, J.J. Johnson

このCDは、1949年と50年の二つのセッションを一緒にしたもので、特に49年のピアノ奏者バド・パウエルとのセッションは、バップの聖典とも言われる名演で有名です。

普段は、アルトとテナーの半々かもしくはアルトを吹く事が多かった当時のスティットでしたが、この時はテナー一本で猛烈にスイングします。特にこの一曲目「神の子は皆踊る」は、次々と繰り出される二人の火花散る競演により、ビバップを代表する演奏と言ってよいものです。

特にバドのピアノによるイントロは、すこぶる快調で、続くスティットによるテーマもさらに絶好調。そしてアドリブの1コーラス目(0:35より)が、「ジョージ・ルイス」の吹いている「ハイ・ソサエティ」からの引用になっています。

古い「スイング」ミュージックの殻を破り新しさを追求した「ビ・バップ」が、実はそれ以前のジャズの土台から育って行ったものだと言う事を確認できる瞬間です。

それにしても、このCDでのスティットとバドは、まさにスイングの塊。快演を維持したまま次々と録音をしていきますが、その異常なまでの好調さには少しばかり秘密がありそうです。

バップの聖典「スティット、パウエル&JJ」が名演になった秘密とは…

この時に、吹きこまれた曲は八曲。この内「ファイン・アンド・ダンディ」のみ2テイク残されていますので、全部で9テイクになります。この中で、実はキー(曲の基本となっている調)が「F」のものが四曲、「Bフラット」が三曲。バラードの「サンセット」のみが「Eフラット」という構成になっています。

曲目
1. 神の子は皆踊る   キー(調)オブ 「F」
2. ソニー・サイド             「Bフラット」
3. バズ・ブルース             「Bフラット」
4. サンセット                「Eフラット」
5. ファイン・アンド・ダンディ(テイク1)  「F」
6. ファイン・アンド・ダンディ(テイク2)  「F」
7. ストライク・アップ・ザ・バンド     「Bフラット」
8. 幸福になりたい             「F」
9. 恋のチャンスを             「F」

つまりスティットは、もちろんコード進行はそれぞれ違いますが、テナーサックスで自分の得意のキーしかやらなかった、という事です。(テナーのキーに移調すると、それぞれG、C、Fになります)

そのせいか、違う曲なのに、アドリブに入るとなぜか同じような耳馴染みのフレーズが…と言った事が起きています。でも実はそれこそが「ビ・バップ」の神髄。演奏できるギリギリの急速調で、ここぞという場所で同じフレーズが繰り返される事によって生まれる高揚感こそが、ファンにはたまらない魅力でもあるのがこのCDの秘密なのです。

出してほしい時に出してほしいフレーズが出る心地よさ。組み合わせによってルーティンと感じさせずに、しかも腹落ちする決めのフレーズがズバッと出てくる。これはピンチになったら、最後に必ず出てくる黄門さまの印籠のようなもの。この辺が、何回聴いてもまた聴きたくなる秘密とも言えます。

小説も何十冊と続くシリーズ物の魅力は、このスティットとバドのビバップのフレージングと同じで、裏切らない予定調和の心地よさにあるのかもしれません。

今回の、晩秋の読書とジャズはいかがでしたか。折角の機会ですから、ぜひ長編小説にも挑戦したいものですね。それでは、また次回お会いしましょう!

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