グループCカー、ポルシェ最強時代の到来

90周年を記念してルマンに集結した「ルマン24時間レース」の名車を紹介しながら、その歴史と自動車の発展を紐解いていく企画「ルマン24時間の歴史を彩った名車たち」。前編では1920年代~70年代のルマンで活躍した名車をご紹介した。

最初の50年でも、ベントレー、アルファロメオ、ブガッティ、ジャガー、フェラーリ、フォード、アルピーヌなど数多くのスポーツカーメーカーやブランドがその名声を世界へと轟かせる舞台になった「ルマン24時間レース」。

そんなルマンで1970年代以降、総合優勝をかけた表舞台で主役となったのがポルシェ。特に80年代に入ってからの7年連続優勝(81年~87年)は他のどのメーカーも達成できていない金字塔と言える。
ポルシェ

ポルシェ962C


70年代からFIAのプロトタイプカークラスにあたるグループ6規定で圧倒的な強さを見せたのがポルシェだった。80年代に入り、FIAはポルシェのひとり舞台となっていったグループ6を改訂し、「グループC」規定のレース、世界耐久選手権を設定した。「グループC」の最大の特徴は「スピードと燃費」を競うこと。レース中に使用できる燃料が制限され、長時間長距離の耐久レースを限られた燃料で走り切るレーシングカーの開発が求められた。レース復帰を望んだ各自動車メーカーはこの趣旨に賛同。1982年から「世界耐久選手権(WEC)」の1戦としてルマンも位置づけられ、グループCカーと呼ばれるモンスタープロトタイプカーがルマンの主役となった。

1982年にポルシェは「ポルシェ956」を3台ワークス参戦。ポルシェ956はこの年のルマンで圧倒的な強さを見せ、1位から3位まで表彰台を独占した。この年はポルシェ956のライバルはグループ6規定のランチアLC1だったが、ポルシェは3台が初の燃料制限が設けられたルマンを独走。ライバルは居なかったも同然の強さといえた。しかもレギュレーションの根本部分からの大変革の年にも関わらず圧勝した姿は、まさに「耐久王ポルシェ」を象徴するできごとだった。
ポルシェ962C

ポルシェ962C. 956の後継となったマシン


ポルシェというメーカーが「耐久王」と呼ばれる理由はその強さだけではない。ポルシェは956で圧勝した翌年以降、ワークスマシンと同等の車両をプライベートチームに販売したのである。ワークスが参戦しなかった84年はC1クラスの29台中14台がポルシェ956であり、優勝はもちろん7位までの上位を独占した。

ワークスチームを最重要視してレースに挑む日本の自動車メーカーの常識からすると、ポルシェは非常に懐が深いと感じるが、ルマンの60年代、70年代を見ても分かる通り、ポルシェは世界中の数多くのカスタマー(顧客)にロードゴーイングカーの「ポルシェ911」を含む「耐久レースに強いマシン」を販売してきた。ポルシェにとって、彼らが売るクルマはレースを戦うクルマであり、すなわちレーシングカーは彼らの市販車なのである。

ポルシェの圧勝で始まった「グループCカー」の時代。速さと燃費を競うこの規定のレースで、スポーツカーメーカーであるポルシェに一般車を幅広く開発、販売している世界中の自動車メーカーは負けているわけにいかない。「打倒ポルシェ」は世界の自動車メーカーの命題となり、グループCカーによるルマンは史上最も華やかな時代を迎えることになる。

次のページではグループCカーと日本の名車をピックアップ。