日本最大の金山だった佐渡金山

佐渡金山(1)/導遊の割戸と導遊坑の出口

佐渡金山・道遊坑の出口にある機械工場の前から見た導遊の割戸。金を掘るため山の形が変わってしまった佐渡金山のシンボルの一つです(2011年8月撮影)

自然の宝が満載の佐渡、続いては佐渡の中部に位置する相川(あいかわ)へ。ここは佐渡金山と共に賑わった街です。

 

佐渡金山(2)/宗太夫坑・導遊坑コースの入口

佐渡金山の見学コースの入口。門をくぐって左へ行くと導遊坑コース、右へ行くと宗太夫坑コースに分かれます(2011年8月撮影)

相川の少し山間に位置する佐渡金山は、江戸時代初期に発見された後、元号が平成に変わった直後まで実に388年間に渡り金を生産し続けた日本最大の金山です。

佐渡金山の豊かな金は、徳川幕府の財政を長きにわたって支えることとなり、幕府の天領として金山に関わる人たちで大いに賑わいました。

時代が明治に変わった後は国の直轄として最新技術による採掘作業の近代化に邁進。三菱財閥に払い下げになった後も新潟県で初めての水力発電所を開設するなど近代化を進めてきましたが、金の採掘量の減少により金山としての使命は終わってしまいました。

しかし、現在では佐渡有数の観光スポットに変わり、一部の坑道が見学できるように整備されています。

 

佐渡金山(3)/宗太夫坑の人形による説明

江戸時代の坑道・宗太夫坑の人形による説明。人形が結構リアルです(2012年8月撮影)

気軽に佐渡金山の坑道を見学できるコースは2つあります。

宗太夫坑(そうだゆうこう)コースは、江戸時代の手彫りの坑道を歩きながら金の採掘について人形による動く説明を見るコース。

もう一つの導遊坑(どうゆうこう)コースは、明治時代の坑道を歩きながら、近代化が進んだ鉱山技術の機械類などを見学していくコースです。

 

佐渡金山(4)/導遊坑のトロッコ電車

明治時代の坑道・導遊坑のトロッコ電車。宗太夫坑と比べると近代化が進んだことが実感できます(2011年8月撮影)

それぞれのコース見学はまったく趣きが異なり、入場料もそれぞれにかかります(共通券による割引あり)ので、見学時間をたっぷり取って両方を見るか、どちらか片方だけを見る形になります。

片方だけの見学の場合、佐渡金山の基本的なことを知りたいという方は宗太夫坑コースを、山頂から金を掘り進めたことで山の形がV字に変わってしまった佐渡金山のシンボル、導遊の割戸(どうゆうのわれと)の真下や間近に行きたいという方は近代化産業遺産にも選ばれている導遊坑コースをお薦めします。

 

佐渡金山(5)/金山資料館の金の延べ棒

金山資料館に展示されている12.5kgの純金の延べ棒。ケースの中に手を入れて触れることができます(2012年8月撮影)

そして、見学コースの最後は金山資料館と売店となっており、金山資料館では、ケースの中に入っている本物の金の延べ棒(12.5kg)をさわることができます。

また売店の外では金箔ソフトクリームが売られているなど、まさに金づくしの体験が味わえます。

 

佐渡金山(6)/大立竪坑

赤い鉄塔が印象に強く残る大立竪坑(2012年8月撮影)

佐渡金山の見学が終わった後は、今度は大佐渡スカイラインの方向に移動してみましょう。車で数分進むと左手に真っ赤な鉄塔が見えてきます。これは三菱財閥時代に掘られた大立竪坑。その大きさには今でも圧倒されますね。

なお佐渡金山は、佐渡島内にあった鶴子銀山などと共に2013年現在、「金を中心とする佐渡鉱山の遺産群」として世界遺産の暫定リストに掲載されて、近い将来世界遺産に登録されるのを待っています。

日本最大規模の鉱山跡として、いろいろな施設がしっかり残されていることもあり、もし世界遺産への登録が決まった時はさらに多くの方が訪れることになるでしょう。

 

佐渡奉行所にも立ち寄りたい

佐渡奉行所(1)

徳川幕府の天領となった佐渡に置かれた佐渡奉行所。相川の中心部から佐渡金山へ向かう途中にあります(2012年8月撮影)

佐渡奉行所(2)

佐渡奉行所の建物(2012年8月撮影)

相川の市街中心部から佐渡金山へ向かう途中にある佐渡奉行所。徳川幕府の天領となった佐渡を収めるために江戸時代初期から奉行所が置かれました。

何度か焼失してしまっており、現在は2001年に復元された建物が当時の雰囲気を再現する形でたたずんでいます。内部の見学も可能で、金の精錬が体験できる勝場(せりば)も設けられています。

近くにある佐渡版画村美術館とあわせてゆっくり見学するといいですね。

 


続いては、佐渡を取り巻く美しい海の風景を紹介しましょう。次ページに続きます。