バギムーチョについて真剣に考えてみたいと思います

ドラクエ9の図

ドラゴンクエスト9で目にして、違和感を感じたという人がわりといるんじゃないかと思います。

25周年を記念して開催されたドラゴンクエスト展は大変な賑わいで、ファミリーマートで発売されたスライム肉まんも売切れ続出という今日この頃、唐突ですが、バギムーチョについて真剣に考えていただいてますでしょうか。そんな人は、きっとほとんどいませんよね。というか、バギムーチョって何? という方もいらっしゃるかもしれません。バギムーチョは、ドラゴンクエストシリーズ(以下ドラクエ)に登場する、真空の刃で攻撃するというバギ系の最高位にあたる呪文です。バギ、バギマ、バギクロス、バギムーチョですね。

ドラクエと言えばファミコン時代から続いている長寿シリーズタイトルですが、バギムーチョが登場したのはここ数年の作品です。この呪文を目にした時に、なんか違うというか、納得いかないというか、しっくりこない、そんなことを言う人達がいました。正直に言うと、ガイドもバギムーチョは、ドラクエの呪文としてはなんかあんまりピンときません。何故ピンとこないのか、ぽくないといいますか、らしくないといいますか、しかし論理的には説明できません。

趣味の違い、あるいはセンスの違いというような言葉で片付けてしまえる類のことではあるんですが、そういうことについてあえて小難しく検討してみるのもたまには面白いものです。というわけで今回は、バギムーチョについて真剣に考えてみたいと思います。

ハイコンテクストなゲーム業界

ハイコンテクストな図

ゲーム業界は、極めて複雑なゲームの文化をユーザーやメーカーが高度に共有している状況があります。

ハイコンテクストという言葉をご存知でしょうか。別にこれはドラクエの呪文ではありませんし、バギムーチョとの直接の関係はありません。しかし、この概念を使うと、バギムーチョがピンとこない正体が少し見えてきます。

これはエドワード・T・ホールという、アメリカの文化人類学者さんが提唱した概念で、コンテクストは背景、文脈、さらには文化が共有している価値や嗜好のことを言います。現代の日本的な表現に置き換えれば、空気というのが近いかもしません。空気読めの空気ですね。文化によってコンテクストには度合いがあると、このエドワード・Tホールさんはおっしゃっていて、高度にコンテクストを共有できている文化のことを指してハイコンテクストであると、こういうわけです。

この話をすると、日本というのはハイコンテクストな文化を持つ国だと言われることが多いのですが、その中でもゲームという文化は極めてハイコンテクストな文化であると言うことができます。

次は、ハイコンテクストという言葉で、ゲーム業界や、ドラクエについて説明してみたいと思います。

斬新なシステムが斬新であるために必要なコンテクスト

ゲームを遊ぶ子供の図

子供の頃からゲームを遊んでいる人程、キャラクターが復活しないのは、斬新だと感じるかもしれません。

よくゲーム業界で、今までに全くない斬新なゲーム性、なんていうフレーズを聞くことがあります。ほとんどの場合、この斬新なゲーム性というのはこれまでのゲームにあったゲーム性というものがどういうものか理解している人に向かって発せられます。

俺の屍を越えてゆけという、PSP用タイトルが2011年11月10日に発売されました。もともとは初代PlayStationで発売されたRPGのリメイクで、プレイヤーキャラクターが死ぬと2度と復活できず、次の世代が引き継いでいくという斬新なシステムが話題になりました。しかし良く考えれば、これは普通のことです。人は死んだら復活しません。親が死んで子が跡を継ぐ生き方も、斬新ではないですね。

しかし、ゲームにおいてはかなり珍しい、斬新なシステムです。そして多くのゲームユーザーは、ゲームのキャラクターは死んでも復活することが多いし、親の跡を子供が継いで、それに従ってプレイヤーキャラクターが変わることもあまりない、ということを理解しているので、俺の屍を越えてゆけは斬新なゲームであることが伝わります。

もちろん、1つ1つのゲームについて、システムがどうなっているのかの知識を重ね、体系的に理解しているわけではないかもしれません。またそれを、メーカーが論理的に説明しているわけでもありません。ただ、RPGってこういうものだよねというコンテクストを高度に共有している、つまりハイコンテクストであるわけです。

らしさの正体

ドラクエ3の図

子供の頃から、勇者になって世界を救ってきた人たちがたくさんいます。

話をバギムーチョに戻しましょう。ドラクエに関しても、ユーザーは非常に高度にコンテクストを共有していると考えられます。ゲームシステムはもちろんのこと、村人のしゃべり方から、効果音の1つに到るまで、25周年に渡る長い歴史の中でユーザー達がそれぞれに培ったゲーム体験は、ドラクエらしさとでも呼ぶべき論理的に説明するのが極めて難しい膨大なコンテクストとして共有されています。

それは、炎の呪文であるメラがファイアではドラクエの雰囲気が出ないというような分かりやすいレベルではなくて、バギクロスとバギムーチョのどちらがドラクエらしいと感じるかという、極めて感覚的なレベルにまで達していいます。

ちなみに、ドラクエは海外では日本ほど人気がありません。そこには色んな理由があると思われますが、コンテクストが共有できていないというのも1つ挙げられるかもしれません。逆に言うと、バギクロスとバギムーチョの違いを指摘する人がいるぐらいまで、ハイコンテクストな文化の中で価値を共有できているということは、日本でドラゴンクエストの持つ圧倒的な人気を末永く支えている大きな要因の1つでしょう。

さて、バギムーチョという呪文の響きがドラクエのコンテクストから逸脱していると仮定するなら、何故そのような呪文が登場したのでしょうか?

コンテクストの破壊と創造

ドラゴンクエストモンスターズジョーカーの図

ドラゴンクエストモンスターズジョーカーでは、イオグランデやメラガイアーなど、新しい呪文が多数登場してます。(イラスト 橋本モチチ)

ハイコンテクストな文化の特徴の1つに、論理的な説明がなくとも意味が通じ、コミュニティの中で驚くほどスムーズな意思疎通が可能であるということが言えます。そしてそれは、同じ価値観を持つ仲間として関係性を強くする傾向があります。しかし、コンテクストを共有しない人からすると、意味や価値に論理的な解釈がつけにくいため、コミュニティの外側とコミュニケートすること、価値を伝えることが難しいということも同時に起こります。

これをビジネスの側面から見ると、ハイコンテクストな文化は安定した顧客獲得の基盤となるが、新規顧客が参加しにくく、長く続くなかでだんだんユーザーを固定化し、そして最終的には先細りしやす状況を作るということが考えられます。

余談ですが、Wiiというハードは、そういう状況を危惧した任天堂が、極めてローコンテクストなゲームを投入するべく誕生したハードである、そういう言い方をすることができます。WiiSportsやWiiFitはゲームがこれまで積み上げた高く高くそびえるコンテクストを無視したが故に、多くの人に理解され、受け入れられたタイトルでした。同時に、ハイコンテクストなゲーム文化の中で価値を感じている人に訴求することに苦戦したハードでもありました。

Wiiほど劇的ではないにしろ、固定化しつつあるユーザー層を広げるという意味では、ドラクエにも近いことが言えるかもしれません。バギムーチョが初めて登場したのは、ニンテンドーDSのドラゴンクエストモンスターズジョーカーです。ドラゴンクエストモンスターズシリーズは携帯ゲーム機を中心として発売されているドラクエのスピンオフ的作品で、本編よりも低めの年齢層を主なターゲットとしています。ドラクエは近年、同じく携帯ゲーム機で展開するスライムもりもりドラゴンクエストシリーズや、アーケードのドラゴンクエストバトルロードシリーズなど、低年齢層へ向けたコンテンツを投入し続けています。

そして、ニンテンドーDSで発売されたドラゴンクエスト9で、バギムーチョは本編に初登場することになります。ここで子供用の展開と、これまでの展開が融合して、違和感を感じた人が多くなったんじゃないかと推測されます。

2011年はドラクエの25周年だけでなく、ゼルダの伝説シリーズも25周年、ぷよぷよシリーズとソニックシリーズは20周年となりました。毎年のように何かのタイトルがアニバーサリーを祝っているようにも思います。ゲーム業界が時間をかけてユーザーと一緒に成長していくなかで、素晴らしい文化の共有が行われてきました。しかし、これから更に20年、30年と頑張っていくには、次の世代を取り入れていかなければいけません。

バギムーチョに感じる違和感の正体は、これまでのコンテクスト、これまでの文化の破壊への抵抗感であるかもしれません。ガイドはやっぱりバギムーチョはピンとはこないのですが、破壊の先にある新たな誕生を信じれば、それはそれで良いと思えるような気がします。

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