「仲間」は心の危機を救うセーフティ・ネット 

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楽しさも悲しみも分かち合える友達は宝もの

親しくなった仲のよい友人と過ごすのは、とても楽しいものです。

学生時代に同じクラスに友達ができれば、試験前にノートを見せあったり、学内やアルバイトの情報を交換したり、プライベートの相談をしたりもでき、心強いものです。社会人になってから会社内に友人と呼べる同僚ができれば、時には仕事の愚痴や上司の悪口を言い合ってみたりもし、溜まりがちなストレスの解消に一役買ってくれることもあるでしょう。

主婦は、子どもを通じた「ママ友」グループで、行き詰った子育ての相談をしたり、気持ちを慰めあうことができますし、日々の生活で生じる悩みを仲間と分かち合うことで、お互いに応援しあうことができます。

このように個人的に付き合う仲間を持っていると、その分だけ孤独感が和らぎ、解決への糸口も見つかります。「仲間」は自分の心の危機を救うセーフティ・ネットであり、いつでも自分を承認してくれるカウンセラーのような存在ともいえるのではないでしょうか。
 

もしも仲間とのベタベタした関係に息詰まったら……

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街を歩く若者たちがみんな同じに見えるわけ

とはいえ、付き合い方によっては息苦しくなったり、お互いに嫉妬や反感などを募らせて不快になってしまうこともあるものです。親愛感と共有する時間が増えるにしたがい、関係がベタベタしたり、遠慮なくものを言って傷つけあったりすることも増えてしまいます。

特に若い世代ほど、こうしたベタベタした仲間とのお付き合いを楽しみつつも悩み、心が不安定になりやすい傾向があるように思います。

教育心理学では、中学生くらいの年代の仲間との関係を「チャム・グループ」(同質の仲間)と呼びます。仲のよい友だちとの間で「考え方も行動もいっしょ」という同質性を確認しあい、一体感を求め合う関係を持とうとすると考えられています。

たしかに、渋谷あたりを歩く中学生の集団のなかには、同じようなファッションに身を包み、同調的な会話を楽しむ若者たちをよく見かけます。筆者自身、中学時代には仲良しグループの女子たちと話を合わせるために、同じアイドルグループ(80年代に流行したチェッカーズ)を追いかけたりしていました。「友だち」という他人に受容されるための必死の努力だったように思います。
 

成長しても「仲良し」にこだわる人たち 

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そろそろ仲良しグループは卒業したいけど・・・・・・

仲良しグループは、「同じこと」を確認しあっているうちは関係を楽しむことができます。

ところが、異質な部分を否定し、仲間はずれをつくるのもまた、仲良しグループの常なのです。表面的には同調していても、仲間から排除されないためのプレッシャーはすさまじく、内実は緊張感の連続です。

ところで、仲良しグループは思春期前半(中学生頃)、特に女子に特徴的な仲間作りとされていますが、実際には高校生、大学生、成人にもよく見られます。

教室移動から昼休みまでいつも友だちと一緒でなければ不安で、自分では進路も決められず、友だちと一緒の専攻を選んでしまう女子大生。子どもの幼稚園選びもママ友と一緒に決め、無理をしても仲間と同じ地域、同じ教育にこだわり続ける母親……などが典型例でしょうか。