オーバーな自己表現、自己アピールに疲れていませんか? 

ミーティング

自分を大きく見せようとすることが「小さな自分」を際立たせる

自分のことを大げさに話してみたり、経歴を少しオーバーに伝えたり、自分を大きく見せるためについ頑張ってしまった経験、ありませんか?

「大きく見せなければ」と頑張りすぎると、自分自身でもとても疲れてしまいます。しかも、周りからは引いた目で見られ、「小さな自分」をより強く印象づける結果になってしまうことも……。「大きく見せなければ」と頑張る姿は、周りの人に緊張感と違和感を与えてしまうのです。

カウンセラーの私は、「人の話を聞くときには、カウンセラー自身の『自己一致』を心がけよ」と教わりました。「自己一致」とは、「こうあろう」とする自分の姿と自分の態度が一致している状態。つまり「ありのままの自分」でいる、ということです。聞き手が飾らずにありのままでいてくれると、話し手は信頼し、リラックスして話を打ち明けやすいのです。

友だち付き合いでも、ビジネスでも、飾らずにありのままでいる人は信頼され、自然に人が集まってきます。人が集まれば楽に助けを借りることができ、困り事や難問を抱えても、物事がうまく運びやすくなるのです。

分かっていてもなかなか行動に移せない「自己一致」

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「ありのまま」になりたいのになれなくて苦しくなる

とはいえ、「ありのままの私でいたい」と思っても、なかなか理想通りにはいかないものです。そのため、多くの人が無意識のうちに自分を飾ってしまうのではないでしょうか。

特に、あまり親しくない人と付き合うときや、仕事や親せきなどの義理の関係でのお付き合いには、そうなってしまうことが多いと思います。

私自身、新しい仕事に挑戦するときや、新しい人間関係が始まるときには、気がつけば「自己“不”一致」になっていることに気付きます。「この程度の実力か」とがっかりされるのが怖かったり、「陽気でいい人」と印象づけたいと思ったりして、ついつい自分を飾ってしまうのです。

とはいえ、こうした自己“不”一致な状態が続くと、確実に心が消耗しますし、他人とも楽しく付き合えず、気持ちが沈んでしまいます。そんなときには、誘いを断って部屋に閉じこもりたくなったり、1人でぶらりと旅にでも出かけたくなったりします。

「自己“不”一致」の疲れから卒業するためのポイントはあるのでしょうか?

「自己一致」を目指すための4つのヒント 

つい自分を大きく見せてしまうクセを否定しても、それを意識して直すのは難しいもの。意識すると、逆に人にどう接していいのか分からず、何を話したらよいのか分からなくなってしまいます。

そこで私は、次の4つのポイントを頭に入れておくと、楽に卒業しやすくなるのではないかと考えます。それぞれ解説していきましょう。

その1:「自己“不”一致」になるのも自然なことと認める 

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世間を渡っていくために、ときには「武装」も必要なのでは?

新しいことに試み、新しい環境に入れば、自己“不”一致になってしまうのは、むしろ自然なことかもしれません。

「敷居をまたげば7人の敵がいる」といわれるように、世間と渡り合うには、無防備なままではいられないもの。ときには、自分に鎧を着せ、思わぬ攻撃にも受けて立てる態勢を備えておくのも、大切な心がけだと思います。

まずは、他人に対してしっかり防衛しようとしている自分を「健康で素直な人間」だとありのままに認めてしまうと、楽になります。

とはいえ、いつでもそうした“臨戦態勢”でいると、緊張が続いて疲れるので、2以降のポイントも一緒に考えてみましょう。

その2:あなた自身が「楽に付き合える人」とは? 

まずあなた自身が「楽に付き合える人」とはどんな人なのか、思い返してみましょう。

できないことは「できない」、わからないことは「わからない」と素直に言えるような人、つまり飾らず、オーバーな表現をせず、無理をせず、とても自然体な人と一緒にいると、リラックスできるのではないでしょうか? 逆に、頑張って「立派な人」「いい人」を演じる人と接するとどうしょう? 「飾っている」「偽っている」と感じて、不快に感じるのではないでしょうか?

誰でも、話してリラックスできる人と信頼関係を築きたいものです。つまり、他人によい印象を与えようと頑張るより、ありのままの自分で向き合った方が、人に緊張を感を与えず、信頼されやすいのです。

その3:慣れて自信がつけば、自然に卒業できる 

1.で述べたように、新しいことを始めたり、新しい環境や人間関係に遭遇すれば、自己“不”一致になってしまうのは自然なこと。逆に考えれば、始めたことや環境、人間関係に慣れていけば、しだいに無理をしなくてもすむようになります。すると、自然に「ありのまま」の自分、つまり自己一致に近づいていけるのです。

新しいこと、環境、人間関係に慣れていけば、「できない」「分からない」恥ずかしさからも卒業することができ、逆に「分からないので教えて」と自然に質問ができたりします。しばらくは、自己“不”一致の息苦しさを感じても、「慣れれば楽になる」「自信がつけば楽になる」と鷹揚に考えてみましょう。

その4:「ありのままの自分」を受け止められた経験を振り返る

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幼い頃から「いつも頑張っている私」を期待されてきたような気がしませんか?

最後は、一番大切なポイントです。

いつでも、誰に接しても自己“不”一致的な接し方になり、息苦しさから逃れられない場合、「ありのままの自分」を受け止められたという実感や経験が少ないのかもしれません。

子どものときから、「いい子の私」「頑張っている私」「高みを目指す私」を期待されているように思い、現状やほどほどのレベルで満足する自分は弱く、認めたくない、という気持ちが強くなっているのではないでしょうか。

向上心は人を成長させてくれ、前向きに生きるための動機づけを与えてくれるすばらしい志です。同時に、常に高みを目指して頑張り続けていくと、いつも何かに駆り立てられているような焦燥感に襲われ、自分がすでに手にしているもの、やってきたことを評価する気持ちが持てなくなってしまいます。

たとえ自己“不”一致なふるまいに慣れていても、それで息苦しさが募ってしまうなら、その気持ちを吐露する場所を持つといいと思います。私は、カウンセリングでしばしばこうした気持ちを受け止めていますが、特別な場所ではなくても、身近な人間関係の中でも、同じように受け止めてくれる人がいるかもしれません。

思いを存分に話すことができれば、自分が何にこだわり息苦しくなってきたのかを知るきっかけがつかめることもあります。すると、頑張りすぎて苦しくなっている自分が解放され、自然に自己一致の方向へと向かっていくのではないかと思います。
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