2011年3月11日14時46分頃に発生した国内観測史上最大のM9.0という巨大地震。阪神大震災の約1千倍という地震のエネルギー規模もさることながら、直後に襲った大津波が海岸沿いの街を次々に流していく光景は、テレビの画面を通して見ているだけでも信じ難いものでした。現地で被害に遭われた方々の恐怖心は、おそらく私たちの想像をはるかに超えるものだったでしょう。

いまだに被害の全容が明らかになっていませんが、被災者の皆様が一日でも早く安心できる生活を取り戻すことができるよう願うとともに、数多くの亡くなられた方々のご冥福を祈るばかりです。

今回の東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)は、現代の日本が直面した未曽有の大惨事であることに間違いはありません。今を生きる私たち全員にとって、一生涯忘れることのない記憶として刻まれるだろうと思います。それと同時に、震災対策や震災後の対応について数多くの課題を突き付けられました。

とくに地震に伴う大津波については、防災対策の再考を迫られる自治体も多いでしょう。毎年のように繰り返し起きている地震でも、近年は津波による大きな被害が発生する事例が少なく、2004年のスマトラ沖地震による大津波被害を見ても「日本では起きないこと」と油断していた面があるかもしれません。

津波防災の教科書のようにもいわれていた岩手県宮古市田老町の巨大な津波防潮堤(高さ約10m、総延長2,433m)も、今回の大津波は簡単に乗り越えてしまったようです。しかし、1933年の昭和三陸地震では高さ30m近い大津波が記録された地域もあったほか、さらに古い記録では1771年4月24日に石垣島の沖で発生したM7.4の地震が海底の地滑り津波を誘発し、推定で50mを超える巨大津波(明和大津波)が襲ったこともあるのだとか。

今回の大地震ではいろいろな場面で「想定外」といったことが言われているようです。たしかに地震の発生メカニズムは複雑で、予想を超えた規模だったことは否めません。その後の数日間に発生した比較的大きな地震も、震源地が東北地方だけでなく長野、新潟、茨城、静岡など、不気味なほど広範囲に及んでいます。深刻な原発事故も “想定外” だったことでしょう。

ところが、懸念されている東海地震や東南海・南海地震は十分に “想定” されたものであり、それに伴う8m~12mの大津波もはっきりと “想定” されています。それ以上の高さの大津波になる可能性も否定はできないでしょう。それに対して関東から九州の自治体では、しっかりとした津波対策が講じられていない海岸線も依然として多いのだそうです。想定内の津波でも大きな被害を避けられないところがかなりの数になるものと考えられ、東京、横浜、大阪など湾岸部に発達した大都市も無関係ではありません。

横浜ベイブリッジと横浜市街

大津波による被害は大都市も無縁ではない


今回の大地震でも大津波が到達する直前まで岸壁で見物をしていた人や、大量の海水が街を破壊し始めてから避難をしようとした人も映し出されていましたが、海に近い街で大きな揺れを感じたり警報が発令されたりしたら、とにかくすぐに避難を始めることが大切です。たとえ結果的に何事もなく、行動が無駄になることを繰り返したとしても、愚直なまでに何度でも避難をすることが命を左右するかもしれません。

そして、スムーズに避難を開始するための大前提として、住宅など建物の耐震性や家具の転倒防止対策などが重要であることはここで強く指摘するまでもないでしょう。もし結果的に家が流されてしまったとしても、耐震性の向上を疎かにすることはできないのです。

それでも逃げきれないほどの大津波がこの日本で起きることは、私たちが改めて気付かされた現実ですが…。

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