■異性である息子より、同性の娘のほうがわかってくれる・・・

母と娘の関係の危機については、先日イラクの人質事件で解放された今井さん、高遠さん、郡山さんの診察にも当たられた精神科医の斉藤学氏が、著書『「家族」という名の孤独』のなかでもふれています。このなかで、私もなるほどと思った文章がありますので、引用してみましょう。

母と息子となると、母はさすがに息子の男性性を感じて、たじろぐところがある。
-中略-娘、とくにひとり娘や長女となると、母親はまるで自分の体の延長のように娘を感じてしまうようだ。

自分の喜びは娘の喜び、自分の嘆きは娘の嘆きと思うから、夫への愚痴などがあれば、思う存分たれ流す。娘がそれを聞いて、どのように感じるかに思いがいたらない。それほどの一体感の中に、入り込みがちなのである。

このように、娘と精神的な一体感を求める母親のなかには、その思いを「子どもへの無償の愛」と勘違いしている人も多いでしょう。なかには、どれだけ自分を犠牲にして愛をそそいできたかということをとうとうと語って聞かせる親もいますが、こうした親こそ、子どもを“愛情”の名のもとに拘束したがるのではないかと思います。

もちろん、こうした関係は母-息子間でも起こりうるでしょう。しかし斉藤氏が指摘するように、息子は異性であるために心理的に一体になりきれない部分が生じてしまいます。一方、母と娘の関係の場合は同性であることから「娘なら、自分の気持ちと同じように感じてくれるはず」と過剰に期待してしまいやすく、子どもの気持ちを聞かずに自分の趣味や考え方を押し付けてみたり、成長するにしたがって夫婦間のいざこざでも姑の他人の悪口でも何でも話し、同じ気持ちを共有して癒されたいと思いがちのではないかと思います。

たしかに乳幼児期の頃は、子どもの側から母親への一体感を求めるため、その頃の充足感をずっとずっと持ちつづけたいと思うこともあるでしょう。しかし、子どもは誰しも自分の世界を持ち、精神的に自立していきます。したがって、親が子どもの考えや成長を無視して、依存的な愛情で拘束しつづけようとしたり、精神的な一体感をいつまでも持ちつづけようとするのはやはり一方的なエゴであるといわざるをえないでしょう。

親の役目は、子どもが自分自身を肯定し、また他人や社会も受け入れられるような愛情を与えてあげること。自立心の妨げにならないように注意しながら、人間として身につけていくべき基本的な知識を教えていくこと。また、可能なかぎり自由に人生の選択ができるような環境を整えて、自立を支えてあげることなのではないかと思います。

母と娘であっても母と息子であっても、親子という関係は生涯変わりません。いくつになっても、子どもは親のカウンセラーでもなければ、友人、親がわりにもなれないのです。家庭内のストレスを増幅させないためにも、そのことを忘れてはならないのではないかと思います。

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