▼前編と合わせてお読みください!
吉田浩さんへインタビュー 【前編】 ベストセラーを量産するNPO「企画のたまご屋さん」の仕組みとは?


天才工場代表、出版プロデューサー
吉田浩さんへインタビュー 【後編】
フリーで生残るには、仕組みを作りなさい!


童話作家、ライターのお仕事をしていた吉田さんは、1999年に編集プロダクション「天才工場」を設立します。設立当初は、1人企業。そして、3年後に、(1人企業のまま)年間約100冊の本を作り出します。

なぜ、1人で、そんなことができたのか!?

天才工場には、当時500人に及ぶクリエイターのネットワークがあったのです。現在は、その数も1,500名までに拡大。天才工場の登録メンバーとして、制作プロジェクトへ参加しています。

インタビューの後編では、天才工場を作るに至った経緯、さらに、クリエイターとのネットワークをいかに構築してこられたのか。そこへ的を絞って、お伺いしました。

<INDEX>
天才工場を作るまで
なぜ、1,500名ものフリーランスの皆さんと仕事をするようになったか?
1人で500人はマネージメントできる!
私がやっていることは、全て仕組みづくり
フリーで生き残っていくには、仕組みを作れ!
1人の生産性を高めるには、“人材の借り物競争”が必要
人が集まるキーは、お金じゃない

プロフィール

天才工場代表、吉田浩氏
1960年、新潟県生まれ。法政大学文学部日本文学科卒。大学時代から童話を書き始め、寺村輝夫氏、小沢正氏に師事する。イソップ吉田、ウソップ吉田、吉田二匹などのペンネームを持ち、1982年『吉田ひろしクラブ』でMOE童話賞受賞。童話作家、ルポライターとして活躍後、1999年編集プロダクション「天才工場」を設立。続いて、2004年にNPO法人「企画のたまご屋さん」を立ち上げ、出版業界に、企画と出版社、著者と編集者を繋ぐ仕組みを作り上げる。大学生を対象にした「出版甲子園」の開催、早稲田カルチャーセンターでの作家養成講座の講師なども務め、出版の裾野を拡げる活動に取り組んでいる。


天才工場を作るまで

ガイド:
天才工場を設立しよう、と思われた切っ掛けというのは?

吉田:
もともとの切っ掛けは、リクルートの「天才塾」に参加したことです。これがあまりにも面白かった。講師の先生が、中谷彰宏さんとか、マッド・アマノさんとか、第一線で活躍している方ばっかりでした。そういう方々が、学校の授業じゃない、馬鹿な授業をやるんです。それが、楽しくてしょうがなかった。

「天才塾」が終わった後、あれをみんなで、もう一回やりたい。私の場合は、専門が出版なので、出版でみんなで楽しくなりたい。みんなで幸せになりたい。みんなで、お金も稼ぎたい。それが、結果的に見れば、天才工場という会社のカタチで具現化したんだと思います。

そういう経緯なので、どちらかと言えば、遊びの要素が非常に強かったですね。お金を儲けようという以前に人脈を作ろうとか、みんなで集まってワイワイと楽しいことをやろうとか。その中で、自分の一番やりたいことをやって行こうと。会社や仕事というより、自分の人生そのものの中で、何か自分の一番やりたいことで、人を喜ばせようと思ったことが、天才工場を作った大元の目的でした。


なぜ、1,500名ものフリーランスの皆さんと
仕事をするようになったか?

ガイド:
天才工場のビジネスモデルとなる、1,500人もの外部ネットワークは、どうやって作ってこられたのですか?

吉田:
なぜ1,500名のフリーランスの方と仕事をするようになったか。たった1つだけ、他の会社や他の編集プロダクションと違うところがあります。

それは、仕事を断らなかったんです。
1回も断ったことがありません。


天才工場代表、吉田浩氏
人のネットワークは、仕事を1度も断らない、というポリシーを持ち続けた結果、出来上がったものでした。
仕事を断らないと、どういうことが起きるか。例えば、出版社から仕事が1本来ますね。このルートを、自分ができないとか、レベルに合わないからと断ってしまうと、ゼロになります。ところが、自分が忙しくて受けられない時に、他の人に仕事を振ると、今度は仕事を頼めるルートが(自分に)出来ますね。次に、出版社から依頼が来た時、またその人に頼めるので、今度は、出版社からの仕事のパイプが2本になるわけです。尚且つ、仕事を振った人からも、仕事が来るようになります。

断るとパイプがゼロになるけれど、受けていると、3倍になるんです。

それで、1回も断ったことがないんです。断るとゼロになりますからね。出版社も、頼む先はいくらでもあります。いくらでも代替できる人材がいますから、その人が、よほどの才能の持ち主でなければ、出版社も無理やり頼もうとは思いません。

私の場合は、編集者が私を信頼して、仕事を依頼してくるわけですから、その信頼を断りたくなかった。自分が出来なくても、料金が安い仕事でも、受けてできる人に回しました。そうして人脈が拡がり、仕事のパイプがどんどん増えていきました。100人になり、300人、500人になり、1,000人、1,500人に増えました。

実は、天才工場を大きくしようとか、1,500人にしてやろうとか思ったことは一度もありません。仕事を1度も断らなかった結果、自然発生的に大きくなりました。

ガイド:
1度も仕事を断らないでというのは、スゴイですね! でも、外部の方へ仕事を丸ごと振るというのは、逆に心配なこととか、管理とか大変ではありませんか?

吉田:
その辺は、人を見て振っています。その方の許容範囲を知っていますし、自分より上手くできる人に頼みます。クオリティ管理はしますから、問題はありません。

現在、天才工場に登録しているフリーランサーの方の数は1,500人います。その中で、実際に仕事をしたことがある方が1,000人います。今、年間で私は、約100冊の本を作っていますから、100人の著者、数十人の監修者、デザイナー、装丁家、イラストレーター、カメラマン、校正マン、全部いれると年間500人の方と、仕事をしている計算になります。


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