発明王トーマス・アルバ・エジソン(Thomas Alva Edison)は、アメリカ北部のミランという町で生まれた。1847年である。父サムエルは、カナダの木材を屋根板に加工する木工所の経営者であり、母ナンシーは、牧師の娘で、以前は小学校の先生であった。ここでエジソンは7番目の子供として生まれている。

このエジソンの好奇心は相当なものだったようである。「火はどうして燃えるの?」」「風はどうしたらみえるの?」「リンゴはなぜ赤いの?」といった内容だ。身近な現象の全てが興味の対象であった。そのため小学校で先生への質問攻めも凄く、ついには低脳児の烙印を受け、3ヶ月で退学している。

学校生活から疎遠になったエジソンは、母親のもと独学で勉強を進めることとなる。「人間は、人類のために努力して生きなければならない」この母親の素晴らしい教えが発明王エジソンの源流となっている。

10歳でエジソンは家の地下室に実験室を設けた。そして12歳には鉄道会社にかけあって新聞やキャンディーの社内販売権を獲得して、実験費を稼いでいる。そして帰りの電車までに空いた6時間を図書館で勉強し、その後汽車の中にも実験室を持たせてもらっている。

15歳ではこの実験室内で新聞を印刷、販売を始め評判になったが、薬品の落下による火事を起こし追い出されている。またここでの新聞売りの間に不慮の事故により難聴になっている。しかしこのような行動力は発明家というより事業家であるといえよう。

このような時、貨車に引かれそうになった駅長の子供を命がけで助けたエジソンは、駅長からお金ではお礼はできないがと、電信の技術を教えてもらう事になる。そして1869年に電信を応用した電気投票記録器を完成させた。これは特許も取れエジソンの発明第1号となったのである。