東京都から名勝として文化財に指定されている旧安田楠雄邸は、東京メトロ千駄木駅より徒歩6分ほどの高台にあります。建築は大正8(1919)年。平成8年までは安田家の方々が住んでいましたが、現在は財団法人日本ナショナルトラストに寄贈され、修復工事を経て一般公開されています。築90年の古い建物ですが、近代和風建築として評価が高いだけあって凝った意匠が随所に見られ、素敵な建物でした。

大正時代に建築された和洋折衷の家

旧安田楠雄邸は、もともと「豊島園」の創始者として知られる実業家の藤田好三郎氏が大正8(1919)年に建築しましたが、大正12年に旧安田財閥の創始者・安田善次郎氏の女婿・善四郎氏が買い取り、家族とともに暮らしていた家です。その後、長男の楠雄氏が相続しましたが、楠雄氏の死亡後、遺族が財団法人日本ナショナルトラストに寄贈され、約3年にわたる大規模な修復工事が行われ、一般公開に至りました。

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東京都から文化財に指定されている旧安田楠雄邸は大正時代の建築です
建物は木造瓦葺き一部2階建ての近代的和風建築をもとに、暖炉付きの洋室などをとり入れた和洋折衷様式。間口が狭く、東西に細長いL字型の敷地のメリットを活かすため、雁行型をしています。そのため、南側にある庭に面して開口部が多く設けられ、部屋から庭を眺められるようになっています。

大地震も戦争もくぐり抜けた家

大正8年に建築されたこの家は関東大震災も、第二次世界大戦も運良くくぐり抜け、生き残ってきました。特に、大戦の空襲の際はこの建物が建っている千駄木のあたりも戦禍がひどく、近隣の建物は被害にあったそうですが、幸いにも旧安田邸は無事でした。

建築当時の家具やカーテンが残された応接間


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玄関に近い場所に配された応接室には建築当時の家具やカーテンが残っていました
1階の玄関を入って右手奥のところに応接間が配置されています。応接室の東側の壁には暖炉が設けられ、反対側はサンルームを隔てて庭が広がります。この部屋の家具やカーテンは建築当時のものがそのまま残っているのだとか。屋敷を買い取った安田家の人々も愛着を持って、この住まいを大切にしていたのでしょう。ちなみに、カーペットは当時のものを再現したそうです。

よい材料で格調高く仕上げられた和室

細長い敷地に合わせて長く続く廊下を進んで行くと、12畳の客間に出ます。この和室は表千家の残月亭の床の間を模してつくられた「残月」があり、「残月の間」と呼ばれています。「残月の間」に付書院、次の間(6畳)と、来客用のスペースが続きます。

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1階の客間は「残月の間」と呼ばれています。これが雛人形りや五月人形が飾られる残月床の間です
安田家では、床柱に北山杉のしぼり丸太を用いた二畳敷きの残月床に雛人形や五月人形を飾ったそうです。これらの人形は「三代目永徳斎」という著名な人形師の手による作品で、今でも保存されています。それぞれ祭事の季節になると展示されるので、それを目当てに訪れるのもよいでしょう。

来客のスペースの奥に、茶の間や台所など、家族の空間が広がっています。