「贈り物」は恋愛そのもの

『愛と経済のロゴス -カイエ・ソバージュ〈3〉』
『愛と経済のロゴス -カイエ・ソバージュ〈3〉』中沢新一(講談社)
贈り物をするということ(贈与)は、文化人類学的には、等価交換(市場原理)とは異なる、人と人とを結びつける(社会に流れを作り出す)力を持ったものと考えられてきました。

バレンタインのチョコもそうですが、贈り物をするときは、わざわざ値札を取って商品としての痕跡を消します。また、等価交換なら、商品の代価はすぐに支払わなければ泥棒になってしまいますが、贈与の場合は、長く時間をあけてからお礼をする方が、友情や信頼関係が持続している証としてむしろ礼儀正しいものとして感じられます。同じ額の物を返す必要もないのです。

言い換えると、贈り物とは、「あなたのことが好きですよ。これからも仲良くしましょう。よろしくお願いします」というメッセージなのです。

なので、彼氏や友達(好意を持つ人)に対して贈り物をすることはとても気持ちがいいし、誕生日を忘れてその機会を逸したりすると、取り返しのつかないことをしたような負い目を感じるのです。

逆に、「この人とはあまり関わりたくないな」という人からの贈り物はうれしくありませんし、受け取ることを拒むこともあるかもしれません。いったん受け取ってしまったら、お返ししなければいけないという義務感(心理的負担)に苛まれるからです。

プレゼントに限らず、日頃から「愛」や「好意」を伝えること(広い意味での贈り物)は、人間関係において本当に大事なこと(まさにバレンタインはそのためにあります)。コミュニケーションとは、不断の贈り物だとも言えます(頻度とか濃さとか様々ですが)。もっと言うと、生きるとは、神様から与えられた贈り物(英語で才能のことを「gift」と言いますよね)に感謝し、お返ししていくことなのではないでしょうか?

そうしたことを踏まえたうえで、前の章で言った「できるだけ相手が喜ぶような贈り物をする」に戻ってみると、それは恋愛の姿そのものではないかと思うのです。


「私があなたに あげられたものが あるのかな?」

クリスタルケイ『Boyfriend -prat2-』
『Boyfriend -part2-』Crystal Kay/エピックレコードジャパン
マジ泣きしちゃう名曲です!
Crystal Kayの『Boyfriend -part2-』(R&B好きなゲイの間での究極の「泣き歌」)の「私があなたに あげられたものが あるのかな?」というところでジーンとくる人も多いと思いますが、誰かとつきあうことの意味って、そういうことですよね。

愛してやまない彼氏のことを神様からの贈り物だと感じ、感謝の気持ち(お礼)を表現していくこと。「愛してる」の言葉だったり、優しいキスだったり、「安らぎ」だったり、「元気」だったり、美味しいご飯だったり、誕生日のプレゼントだったり、形は本当にいろいろですが、恋愛ってそういうことだと思います。「これだけやったんだからそれに見合う対価を払ってちょうだい」ではないのです。

たとえお金がなくても、センスがなくても、好きな人といっしょにいられる幸せを「神様からの贈り物」だと思えたら、そして、彼に何をあげられるか、どうしたら彼が喜ぶかを考える優しさや想像力があれば、誰でも必ず、素敵な贈り物をすることができるのです。

続いては、自称「バカップル」なじゅん(ゴトウのことです)とあさこ(ダンナのことです)のパートナーシップについてお送りする「おまけコーナー」です。