ゲイシーンにおける女装は「けもの道」


昔はゲイバー(というより「ゲイバァ」)と言えば、ママが女装しているのが当たり前でした。今だって、ふだんは男の姿をしている「ママ」が周年パーティになるとものすごい女装をしてショータイムで客を楽しませるのがふつうです。たいがいのゲイナイト(クラブパーティ)にはドラァグクイーンが登場して場を華やかに盛り上げます。

ルポールの「next top drag queens」
「RuPaul's Drag Race」にエントリーしたクイーンたち。さすがのゴージャスさ!
ドラァグクイーンというスタイルは欧米から輸入されたものです。本場のアメリカではドラァグクイーン版「America's Next Top Model」という番組までスタートしました。司会はあのル・ポールで、「RuPaul's Drag Race」というタイトル。「アメリカン・アイドル」や「America's Next Top Model」同様、日本でもそのうち放送されると思います。

日本のゲイシーンでは、ゴージャスさやカッコよさを追求するドラァグクイーンと、二丁目の伝統である「サービス」としてのお笑い女装の文化がうまくミックスされて、素晴らしく豊かな世界を生み出しています。(たぶん、ショーの幅広さや面白さは世界一じゃないかと思います)

一方で、見た目男っぽい人がモテるゲイシーンでは、女装は恋愛をあきらめなくてはいけない、いわば「けもの道」でもありました。(その辺りについては、今度あらためて詳しく書いてみます)

女装はごく一部の「プロ」の人たちがするもので、「セクシー」とは無縁な、豪華さや面白さを楽しむためのエンターテイメントでした。中にはロコツにゲイの女装をいやがる人もいて、「パレードで女装が歩くと、ゲイ=女装と思われるから迷惑」という発言まで飛び出すことも…。ある意味、ゲイの間には「女装フォビア」があったのです。

そんな中、世間の「女装フィーバー」とも関係あるのかもしれませんが、急速にハードルが下がり、どこにでもいるようなリーマンゲイたちが平然とドラァグクイーンを楽しむ姿がふつうになってきています。

ジュヌヴィエーヴ@レインボー祭り
ゴージャス系ではない、お笑い系ドラァグクイーンの例(二丁目のレインボー祭りより)
二丁目ではない、あるローカルな街のゲイバーで、年に一度のゲイナイト(村祭り)の「出し物」として、お客さんが女装してショーを披露するのがブームになっています。みんな昼間はどこにでもいそうなリーマンですが、週末になると、ドレスやメイク道具を買い出しに行き、スタジオを借りてダンスのレッスンにいそしみ、お店では嬉々として戦利品のヒールやつけまつげを自慢するという光景が繰り広げられています。まるで主婦のカルチャー教室のようでもあり、「村おこし」でもあります。

10年前、「たまにクラブで女装ショーやってるんだよね」とカミングアウトしてオトコにフラれた苦い経験を思い出しながら、僕は「時代が変わったんだなあ…」と、感慨深くその様子を見守っています。

おそらく彼らは、ジェンダーの抑圧から一気に解き放たれたのであり、自分の好きなアイドルになりきる楽しさや、スポットライトを浴びて新しい自分に生まれ変われる快感に目覚め、それを仲間たちと共有することの喜びを発見したんだと思います。「女装する女」たちと同様、「モテ」目的ではなく、自由な遊びであり、ストレス解消(癒し)なのですが、さらに、表現活動やコミュニティの結束という社会的価値も生み出しているわけなので、本当に生産的。素晴らしいことです。