つくり手の視点が生きたウイスキーの旅

「ウイスキー 起源への旅」
「ウイスキー 起源への旅」(三鍋昌春著/新潮選書/1,200円)
待っていた本である。「ウイスキー 起源への旅」(三鍋昌春著/新潮選書/1,200円)。
スコッチウイスキーの歴史やカタログ的情報ばかりがあふれている中で、ウイスキーの源流を深く辿った、これは、と納得させてくれる書物はいままでなかった。世界的に見てもおそらく初の試みといえる一冊ではなかろうか。
わたし自身、ウイスキーの源流を辿る仕事をメーカーから依頼され、何度も挑戦してきた。さまざまな文献から探り出そうと試みるのだが、指針を得られるものに出会えないでいた。強固な岩盤を金槌と鑿で少しずつ削り取るような作業で、仕事を終えても未熟成の感が燻りつづける。錬金術と蒸溜技術の伝播を深く掘り下げることは容易ではないことを痛感してきた。
そういった面から言えば、この一冊は祝福されるべきもので、今後の大きな指針となるものだ。

著者、三鍋昌春氏は現在サントリービジネスエキスパート株式会社品質保証本部部長だが、長年ウイスキー製造に携わっていらっしゃった。白州蒸溜所を振り出しに、エディンバラにある国立ヘリオット・ワット大学国際醸造蒸溜研究所に留学し博士号取得。その後白州蒸溜所製造技師長、ウイスキー原酒生産開発部門の課長、ブレンダー室部長兼シニアブレンダーなどを務められてきた方だ。
その三鍋氏がつくり手の視点を入れながら、ウイスキーとはなんぞや、どうして生まれたのかを探った足跡を描いたものが「ウイスキー 起源への旅」だ。

通を気取るならば、この本は読んでおかなくてはならないだろう。また歴史に興味ある人ならば惹き付けられる内容だ。そして何よりも読みやすい物語性の高い一冊。ウイスキー誕生の謎に挑んだ壮大なドラマといっていい。
旅のきっかけは1990年秋、エディンバラはロイヤルマイルのパブでのひとりの老人との出会い。旅のはじまりは1992年春、大河ナイル。わたしは胸を躍らせながら読みはじめた。

ウイスキーに愛された人が描いたドラマ

三鍋氏とウイスキーを飲みながら語り合ったことがある。愛すべきロマンチストである。
よくおっしゃっているのが、酒は風土と歴史と人との三位一体で誕生するということ。飲むほどに語るほどに覚醒し、思いが溢れ出す。
スコッチはヨーロッパ文化の底流にある「ワインとキリスト教」、ワインと双璧を成すビールとが、フランス食文化とスコットランドのケルトの精神(魂)という触媒と遭遇した一瞬のチャンスから生まれた。まるで神の恩寵のように。
と、ここまで語られると、グラスを傾けるピッチが上がる。そしてウイスキーはワインとビールの要素を内包した豊かな香味を持つ。ただ酔い心地はその両者とも似ず、まさに魂の酒といえるストイックなものだ。
と、言って満足気にまたひと口。ウイスキーを愛し、またウイスキーに愛されているかのような人だ。著書にはその三鍋氏自身の魂が見事に映じられている。

スコットランド、アイルランドはもちろん、エジプト、アラビア、ヨーロッパ大陸と取り上げられている範囲は広い。そしてそれらの地の歴史風土にまつわるワインやビール、錬金術、ケルト民族、キリスト教の伝播、気候変動など蒸溜に関わる事象を分析しながらウイスキーの起源を探る、蒸溜酒4000年の歴史の旅でもある。
このゴールデンウイークにおすすめの一冊。是非お読みいただきたい。

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