店内
上・実物はもっと渋いオーナーバーテンダーの遠藤明氏。/下・潔いつくりで酒とじっくり対峙できる店内

浅草寺の除夜の鐘が鳴り、浅草は白い息の賑わいの中で新しい年を迎える。参拝客が引きはじめる午前2時ぐらいから『オレンジ・ルーム』は熱を帯びる。通常営業は午前3時までだが、この時ばかりは朝6時、7時ぐらいまで店の灯は消えない。
『オレンジ・ルーム』の休業日は年一回、元旦だけだ。とはいっても大みそかの31日夜から1月1日朝まで営業しているのだから、カレンダーで見れば無休のようなもの。元日の夜からの営業がないだけのことだ。

オーナーバーテンダー、遠藤明氏は「休めないんですよ。休んだらお客さまに叱られる」と苦笑する。遠藤氏は月曜日が休みで、他のふたりのバーテンダーも交代で休みを取る。バー、とくに地域密着型のバーは、いつも開いていること、いつも店主がいること、この日常的な安心感が大切というが、その典型といえよう。

近所の店主たちがフラリと来て飲む。和服姿の商店主を見ると、「ああ、浅草だ」と実感する。商店の奥さんたちが寝酒を飲むためにやってくることも多い。
「家族でやっていらっしゃるお店は、夫婦が一日中顔をつき合わせているから、おひとりの時間も必要なんでしょう。奥さんひとりとかね。また商店街の仲間の奥さんとふたりとかね」
もちろんビジネスマンの姿もある。ただここは女性客が多い。しかもひとりでやって来る。

「マスコミが浅草をよく取り上げるから、興味を持ったり、好きになったりして、引っ越してきたっていう若い女性がカウンターにごく自然に座って飲んで行く。しばらくするとまたひとりでやってくる。最近はそういう女性が多いんですよ。若い男性にはそんなのいない。なんでだろう。女性の方がバーの愉しみ方をよく知っていらっしゃる」
こう話す遠藤氏は、そういう女性客にはタクシーを呼んであげる。たとえワン・メーターでも「タクシーでお帰りなさい」と言う。時にはタクシーの並ぶ国際通りまでエスコートして見送る。
まさにバーテンダー。遠藤氏は50代前半の男前だ。俳優の故・天知茂とプロ野球のヤクルト、若松勉監督を足して2で割ったと表現できる。写真より実際はずっと渋い。


酒の会話を愉しむ潔い空間。

店は浅草公会堂から浅草演芸ホールにつづくロックフラワー通りに面したビルの1階にある。オレンジ通りで3年、いまの場所に移転して18年になる。
コンクリート打ちっ放し、フローリングの床。入り口側のゆるいアールから直線に伸びるカウンターは10席。そして右奥の円形のテーブル席4つの16席。すべてハイスツールだ。
凝ったつくりではない。殺風景と言ってもよい。だが少し大きめのボリュームで流れるモダンジャズの音色の中、じっくりと酒と会話を愉しむための空間であり、潔さを覚える。(次頁へつづく)