大阪の『ハーバー・イン』の藤田敏章氏は肩に力が入ったところがなく、客を優しく包み込む安心感のあるバーテンダーだ。
カクテルに『シーガル』という名品がある。
鴎という名のその一杯は、ひと口含むとほどよい酸味のサワー系の爽やかさが広がる。嫌味のないさっぱりとしたキレ味のよさがある。ホワイト・ラムとオレンジのリキュール、ホワイト・キュラソーを使う『XYZ』というカクテルがあるが、似てはいてもそれよりは奥が深い。なかなかに複雑微妙なコクを感じさせるのだ。
これには10mlほどのシングルモルトウイスキー、ボウモアが潜んでいた。キレ味の中にある複雑微妙さはこれだった。
ラム、ホワイト・キュラソー、ライムジュースなどとともにボウモアがとてもしなやかに溶け込んでいる。いきなりモルトの香味を主張してくることもない。
慈しむように味わってみるといい。口中にほのかに浮遊するようにボウモアが表れ、ふくらみのある味わいに仕立てあげられているのを感じる。その浮遊感はとても上品なものだ。ほんのわずかなホワイトミントのリキュールが利いている。ボウモアの主張をうまく抑えながらも損ねることのない大切な役割を担っている。

『ハーバー・イン』でカクテル『シーガル』と聞けば、スコットランドのアイラ島を旅したことがある人ならピンとくるだろう。
『ハーバー・イン』の店名は、アイラ島のボウモア蒸溜所近くにある料理が旨い旅籠の名を戴いたものだ。奥の壁には大きい石がはめ込まれているが、これは旅籠の内装を似せたもので、また右手の白壁にはボウモアのロゴが印字されている。

そして『シーガル』は、ボウモア蒸溜所近辺の入り江を飛び交う鴎だ。わからない人はボトルを眺めて欲しい。ボウモア村はあの絵そのものの景色なのだ。
ボウモア一色のような店内ではあるが、不思議と嫌らしさを感じない。藤田氏の穏やかな接客そのままに、圧迫感がない、柔らかい空気が流れている。見事だと思う。