テクモ 残業代をめぐる訴訟

FCキャプテン翼の図
テクモと言えばファミコンのキャプテン翼……というのは古すぎましたでしょうか。デッドオアアライブシリーズやNINJA GAIDENシリーズで人気のあるメーカーです
2008年6月16日、テクモ社員が違法に設定された裁量労働制によって、残業代が支払われていないとして、会社を相手取り裁判を起こしています。簡単に言ってしまえば、たくさん働いたのに、その分のお金が支払われていないよ! と、そういうお話です。この訴訟のいきさつについて、とても詳しい内容の記事が、東京新聞のWebサイトでリリースされています。

【関連サイト】
働く 返せ!残業代(中) 実態に合わぬみなし時間(東京Web)

この問題は根っこの所を覗いてみると、ゲーム開発者の働き方、ひいてはゲーム業界のビジネスの構造に深く突き刺さるもので、必ずしも、テクモだけの特別なお話とは言えません。裁量労働制という仕組みとはどういうものなのか、そしてこの仕組みがゲーム業界で使われる背景とそこに潜む問題について、考えてみたいと思います。

裁量労働制ってなあに?

徹夜で仕事の図
徹夜仕事なども少なくないゲーム開発。どうしても労働時間が不規則になりがちです
まず、裁量労働制について簡単にご説明したいと思います。大雑把に言えば、何時間働いてもお給料は同じ、というシステムです。普通は、ゲーム業界人もサラリーマンですから、就業時間というものが設定されていて、例えば午前9時が始業時間で、12時から1時にお昼休みがあり、午後6時に定時で8時間勤務、それ以上働いた場合は残業代がつきますよ、という風な契約を会社と交わすわけです。

これに対して裁量労働制の場合は、何時からきて、何時に帰ってもいいですよ、その代わり、自分で管理して決められたお仕事はこなしてくださいね、早く帰ってもお給料が減らない代わりに、遅くまで残っても残業代はでませんからね、という仕組みになります。みなし労働時間というものを定めまして、例えばみなし労働時間8時間と取り決めたら、たとえ5時間しか働かない日があっても、10時間働いた日があっても、8時間とみなして計算します。

とてもフレキシブルに働ける仕組みですよね。次はこの裁量労働制がゲーム業界に取り入れられた理由についてお話したいと思います。

ゲーム開発を管理するのにはぴったりの制度

早めに帰る開発者の図
椅子のベッドで仮眠は基本ですね。なかなか家に帰れない人もいれば、仕事が終わって早めに帰る人も。
裁量労働制の非常に大きな利点は、人件費管理が楽な点です。ゲーム業界の開発というような特殊な仕事だと、必ずしも毎日同じ時間に行って、同じ時間に帰ってくるというような仕事の仕方は難しいこともあります。例えば、開発の中でも、グラフィックを担当する人達というのは、開発半ばは猛烈に忙しいのですが、終盤になるとほとんど仕事がなくなることがあります。絵が全部ゲームの中に組み込まれて、バランスを調整したり、バグを取ったりする作業になると必要なくなるからですね。

じゃあ、グラフィックを作りこむ間は遅くまで残業して、終盤にかかったらあまり会社に来なくていいですよ、という風にする場合に、裁量労働制なら細かく残業状況をチェックしたり、振り替えの計算をしたりしなくてすむわけです。管理をするというのは即ちコストそのものですから、これがなくなるのは単純に会社全体にとっていいことですね。

ただでさえ忙しいなか、毎日の労働時間の申請を細かくしなくて良いのは、働く側にとっても無駄が無くて合理的です。めまぐるしい作業の中、いつどれだけ残業したかなんて覚えてないよ! なんてことはゲームに限らず忙しい現場ではよくあることですよね。さらには、経営という視点で見ても、人件費のコントロールがしやすいという大きな利点があります。

何かいいことずくめのような気もする裁量労働制、そこに問題は無いのでしょうか?

裁量労働制は高騰する開発費を誤魔化し得る

HD機とSD機の図
特にPS3やXbox360のように、HDに対応しているゲームの開発費高騰が顕著であると言われています。
この裁量労働制を採用するゲーム会社というのは、随分増えてきていますが、その背景には開発費の高騰が関係していると思われます。ゲーム業界において、開発費とはほぼ人件費です。面白いゲームを作るためには、最終的には才能に溢れる優秀な人材を、できるだけたくさんの人数で、長時間拘束して作るしかありません。特に、ゲームに使われるメディアの容量が大きくなって、1つの商品につぎ込むデータの量が増えていけば、それは顕著に人件費へと反映されます。

そういった背景の中、残業をしても人件費に反映されない制度があれば、当然コスト削減になりますよね? 管理費と人件費が一気に削減されるわけですから、一石二鳥とはこのことです。しかし、これでは働く方はたまったものではありません。カットされたコスト、とくに人件費の方は残業代そのものなのですから。

本来、労働時間の変動が激しくて管理が困難な場合に使い、忙しい時間と会社にいなくても良い時間の帳尻が大体あっていれば、至極合理的な仕組みです。しかし、作業が膨大化し続けている現状のゲーム業界の中で採用すれば、場合によっては残業代カットの口実にしかならない場合もあります。そして実際に、実情とあまりに違い過ぎるということで訴訟が起きたのがテクモの例だというわけです。

裁量労働制はとても便利な仕組みではありますが、1歩間違えば大きな爆弾を抱えることにもなります。

人件費を削ることの莫大なリスク

長期休暇にリゾートの図
忙しいばかりではなく、ゲームが完成したら、1ヶ月ほど一気にお休み、なんてことができる会社も。
誤解のない様に言っておきますと、裁量労働制を使っているからといって必ずしも人件費をケチっているとは限りません。実際、ガイドの奥さんはゲーム開発者で、裁量労働制の会社でグラフィッカーとして働いているのですが、だからと言って残業も、休日出勤もほとんどありません。また、休日返上で働いて、開発を終えると1ヶ月ドカーンと休ませる会社もあります。最初に申し上げた通り、ゲーム開発のような特殊な働き方にマッチした制度なので導入されているんですね。

逆の言い方をすれば、裁量労働制によって残業代をカットする背景には、高騰する開発費に対処できなくなっている企業の姿が伺えます。開発費が倍になったら、商品も倍売れるということであれば良いのですが、なかなかそうはいきません。簡単に売り上げは倍にはなりませんし、値段も倍にはできません。ということになればコストを出来るだけ削減しようとするのは、自然な流れではあります。

しかし、コンテンツ産業において、人件費を削るということは目に見えない大きなリスクがあります。単純な話です、才能に溢れ、前途洋々たる若者がいたとして、果たして仕事の量はたくさんあるけれど残業代は支払わないという企業に入りたがるでしょうか? ことは銭金だけの問題ではなく、人材に対する会社の姿勢が問われる話です。コンテンツ産業に才能が集まらなくなったら、それは即ち業界の衰退を意味します。市場が縮小し、ますます人件費が出せなくなるという悪循環に陥りかねません。こうなると、便利な仕組みが崩壊を導く爆弾に変わります。

才能と労働にはきちんと代価を支払う、そういう姿勢を貫く必要がどうしてもあります。しかし、開発費と売り上げのバランスが取れない。であれば、その才能の活用の仕方を考え直さなければなりません。大量の人と時間を投入して、画面の密度を上げていくことで付加価値をつけていた方向性を見直したり、作り上げたコンテンツをゲームを超えて幅広く活用していくことも、もっと考えなくてはいけないかもしれません。

一朝一夕に出来る話ではありませんね。試行錯誤と周到な準備を要します。だからこそ、先を見つめて、裁量労働制という名前で潜んでいる爆弾が爆発しないうちに、考えなくてはいけない問題ではないでしょうか。

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