この時期よく見かける「冷やし中華」の貼り紙

1
この季節になるとよく見かける「冷し中華」の貼り紙。
日差しが強くなるこの時期によく見かけるのが「冷し中華」の貼り紙である。パソコンで変換すると「冷やし中華」と送りに「や」が入るが、貼り紙のほうは圧倒的に「冷し中華」である。
いずれにしろ、この貼り紙を見ると夏だなぁと感じる。夏の風物詩ともいえるものだ。
そんなわけで、冷やし中華を食べる散歩をしようということになった。
オールアバウトプロデューサーのEくんから
「冷やし中華散歩」をしようという話を聞いたとき、
それならば「元祖冷やし中華」のある神保町を歩こうという話をしたのである。

冷やし中華発祥の地、神保町へGO!

1
神保町のすずらん通りにある「揚子江菜館」
冷やし中華の元祖というのは諸説あるが、すずらん通りの「揚子江菜館」がだとされている。現在、多くある「冷やし中華」の原型がここなのだ。
この「揚子江菜館」は僕が神保町界隈で仕事をしていた1980年代にはすでにあった。
それもそのはずで、創業は明治39年だそうだ。ハンパ無く老舗である。
お店の前に到着したのが11時29分。ちょうどお店の人が営業中の看板を出しているときだった。

これが「元祖冷やし中華」である!


揚子江菜館の元祖冷やし中華
元祖冷やし中華の「五色涼拌麺」1470円

ランチタイムにはシューマイか杏仁豆腐がサービスでつくそうだ。Eくんと僕は声をそろえて「シューマイ」を注文。出てきた熱々のシューマイが実においしかった。1人2個、うれしいねぇ。
ほどなく、冷やし中華が到着。
元祖というだけあって、実に基本に忠実な「冷やし中華」である。
まず、細長く切られた具材が麺の上に盛られている。チャーシュー、キュウリなど。そこに椎茸、海老などもある。
麺は細い丸麺。これこれ、昔はみんなこんな麺だったなぁ。
甘くて酸っぱい醤油ダレもまさに冷やし中華の本筋だ。
食べ進めると、小さな肉団子やうずらの卵などが中から出てきて、これもまたうれしい発見。

「この前、NHKでやってたアレちょうだい」
と背広姿の男性客が注文し、店の女性が「冷やし中華ですね」と応じている。
この季節、NHKのテレビでも元祖冷やし中華ということで取り上げていたのだろうか。
ふと周りを見回すと、一階は満席である。
客は二階や三階へ通されている。

昔「全日本冷し中華愛好会」というのがあった

1
サービスでついてきたシューマイ。これがうまかった!
具材を食べながら、勢いよく麺をすすり込むのがおいしい冷やし中華の食べ方だ。食べながらEくんに、
「そういえば、昔「全冷中」というのがあってね」
と話しかけた。もちろん、Eくんは知らない。ちょうど彼が生まれたころのことだ。
「前冷中」というのは、「全日本冷し中華愛好会」のことで、タモリなんかがそのメンバーだったんだよ、とEくんに言った。
「それはいったいどういう会なんですか?」
「冷やし中華ってたいてい夏しか出てこないでしょ。それを一年中食べたいっていうことを主張してた団体だったなぁ。初代の会長がジャズピアニストの山下洋輔氏で、2代目が作家の筒井康隆氏」
あ、そういえば、ここ「揚子江菜館」では一年中、冷やし中華が食べられる。
「そうそう、たしか『空飛ぶ冷し中華』という本も出していたなぁ」
と話した。するとEくんは、
「ここは古書店街だからその本を探してみましょう」
と言い出した。いいけど、すぐ見つかると思うよ、そう思いながら僕はEくんと店を出た。

「空飛ぶ冷し中華」を探す古書店街を巡りは

神保町で、元祖冷やし中華を食べ、「空飛ぶ冷し中華」という本を古書店街で探す。


表のワゴンの中をのぞきながら歩く

1
「空飛ぶ冷し中華」を探して歩く。
今回の散歩は古本の本質にふれるいい機会となった。というのも「空飛ぶ冷し中華」という本は昔、この神保町の古書街ではよく見かけた本だった。だから今でも店頭にあるワゴンセールの中にあるのではないかと思ったのだ。ワゴンセールは100円くらいの安い値段がついている。
アサヒグラフがあった。
Eくんは「懐かしいなぁ」と手に取る。
お、読んでいたのかなと聞けば、
「いえ、オヤジがよく読んでいたんですよ」と言う。
そうか、オヤジさんかぁ。
「僕もアサヒグラフには何度か原稿を書いたことがあるよ」
と言うと、驚いていた。それだけ僕とEくんは年齢が離れているのだ。
それにしても僕もアサヒグラフを懐かしく思った。
残念ながら僕が書いた原稿の載っている号は見あたらなかったけれど…。
そんなことよりも「空飛ぶ冷し中華」である。
携帯電話で検索してみると住宅新報社から1977年に刊行されている。昭和52年、僕が高校を卒業した年だ。
そして、Eくんはその頃生まれている。

10年以上前にあったものが今あるわけない

1
昔はこんな店頭に置かれた棚に「空飛ぶ冷し中華」を見た記憶がある。
今回の散歩は古本の本質にふれるいい機会となった。
「空飛ぶ冷し中華」という本だが、僕が東京にきて、この神保町で働いていた頃だ。1980年代の半ばくらいだろうか。
Eくんにそう言うと、あきれられた。
「そんなに昔にあったものが今あるわけないじゃないですか、それに…」
それに、アマゾンで検索すると、古書で3000円の値段がついているのだそうだ。店頭のワゴンに置いてあるわけがない。最初はワゴンを見てまわったが、今度は店の中まで入ってゆっくり見る。
「ブンケンロックサイド」「@ワンダー」といったサブカルチャー系の古書店を丹念に見た。
さらに「悠久堂書店」という料理本のお店もかなり期待しながら見た。
それでもない。だんだんあせってきたぞ。必ず見つかると思ったんだけど…。

「本と街の案内所」に駆け込む!

1
ここにはパソコンが置かれていて、神保町にある本を検索できる。
たしかどこかに案内所のようなものができていたはずだ。靖国通り沿いに「本と街の案内所」はあった。中に入るとパソコンが置いてあって、そこで検索ができるのだ。しかも、中に2名いらっしゃって、相談にも乗ってくれる。
検索は「BOOK TOWN じんぼう」というサイトなので、普通にネットからも検索が可能だ。
そこで、「空飛ぶ冷し中華」を検索してみるも一冊もない。
しかし、そこの人の話によれば、
「神保町にある十分の一ぐらいの本しか登録されていないので…」
とのこと。なるほど、店の隅に積み上げられている本の中にまだ「空飛ぶ冷し中華」はあるかもしれない。
「神田古書店地図帖」というマップをもらう。これはなかなか便利だ。

さて、「空飛ぶ冷し中華」探しは

白山通りの古書店へく

1
なんだか掘り出しものがありそうな白山通りの古書店。
この日、Eくんは歯の治療のためここで離脱。
「ここにありそうだと思うんですよ」
という書店。たしかにありそうだ。さっそく向かってみる。が、古書店そのものがすでになかった。移転したのだろうか。。。
それから「本と街の案内所」でありそうだと教えてくれた書店もこの日は休み。
まったくツイていない。
まあ、もう少し探してみよう。書店を巡るとものすごくありそうな雰囲気なのだ。
白山通りにある古書店をのぞいてみると、たとえば同じ時期に刊行された橋本治の「桃尻娘」などが200円で売られているのを発見した。
これは期待が持てそうだ。古書などというのは、値段があってなきようなもの。
アマゾンでは3000円の値段がついていたが、ひょっとしてどこかの古書店で安く売っているかもしれない。
そう思って古書店巡りに拍車がかかった。
それにしてもさがしまわっているうちに「空飛ぶ冷し中華」がものすごく読みたくなってきたぞ。

錦華通りあたりの古本屋

1
最近は裏神保町と呼ばれるところ。
白山通りを北へ行けばJR水道橋駅がある。
そこから引き返し、今度は白山通りの東側を歩いてみることにした。
「神田古書店地図帖」にもこのあたりに古書店がけっこうある。
固まっているのではなく、点在しているので歩きながら古書店をさがしてみるのはなかなか楽しいものだ。というのも、このエリアにある古書店は、ひっそりとビルの1階やあるいはビルの上の階で営業している店もあるからだ。
中には、古書と同時に雑貨などを売る店もあり、個性的でどの店もおもしろい。
たぶん、新しくできた古書店が中心だと思われる。
そんな場所で「空飛ぶ冷し中華」を一軒一軒探す。なんか探すのが快感になってきた。脳内でなにか快感物質が出ているかんじだ。

古い建物などがまだ残っている神保町

1
東都ランドリーという看板も実に古く味わい深い。
神保町を歩く楽しさのひとつに古い建物を眺めることである。この白山通りから東のエリアにもずいぶん古いお店も残っている。そして、路地裏には何をやっているのかわからないような怪しいお店などもあり、歩いていて本当に楽しくなってくる。今度じっくりこのあたりも歩いてみたい。
ところで、「空飛ぶ冷し中華」にはその続編が翌年出ている。「空飛ぶ冷し中華 Part2」である。どちらも著者は全日本冷し中華愛好会になっているが、この執筆陣がすごい。ざっと列記すると、
山下洋輔、筒井康隆、奥成達、平岡正明、坂田明、日比野孝二、河野典生、上杉清文、山口泰、伊達政保、舎人栄一、岡崎英生、瀬里なずな、小山彰太、池上比沙之、掘晃、黒鉄ヒロシ、赤瀬川原平、高信太郎、長谷邦夫、南伸坊、末井昭、長谷川法世、タモリ、吉峯英虎、赤塚不二夫、高平哲郎、朝倉喬司
ということになる。ますます読んでみたい。
さらに古書店街を巡りは

いちばんありそうだった「映吉書店」

1
店の前に置物の犬がいる「映吉書店」
今回まわった古書店の中でいちばんありそうだったのが、ここ「映吉書店」である。なんといって1970年代後半から1980年代にかけてのサブカル的な本が多い。ちょうとこの時期、僕自身が高校から大学生という時期だっただけに、もう欲しい本がたくさんあった。
しかし、ぐっとガマン。「空飛ぶ冷し中華」を見つけたときに買えないと困るからだ。ちなみに所持金は5千円である。
この「映吉書店」に「空飛ぶ冷し中華」があるのではないかと思ったのは初代会長である山下洋輔の著書が何冊かあったからだ。しかし、隅から隅まで探したが、見つからない。残念!

錦華公園で少し休憩をする

1
金華坂という急な坂道があった!
もう夕方近い。どのくらいの古書店をまわっただろうか。とにかくたくさんの書店をまわった。本を見ながら歩くのは楽しいが、なんとも疲れる。自動販売機で缶コーヒーを買い、錦華公園で少し休んだ。この公園の横には、錦華坂という急な坂があるのだが、この坂がいかにも古い坂で、なかなかいい。
「神田古書店地図帖」によれば、この公園の中に夏目漱石の碑が存在することになっている。そこで、探してみたのだが、なかなかないのだ。
公園にいる人に聞いてもわからないとのこと。
「空飛ぶ冷し中華」同様に見つからないと悔しい。
それで、千代田区の区役所に電話してみた。

夏目漱石の碑を発見!

1
かつて「錦華小学校」と呼ばれた「お茶の水小学校」の一角に碑はあった。
区役所に電話する。携帯電話というのは、実に便利である。
「錦華公園にはないんですよ。そこから、お茶の水小学校のほうに歩いてもらって」
と誘導してもらい、やっとたどりついた。「吾輩は猫である まだ名前は無い」という有名なフレーズに続き、「明治十一年 夏目漱石 錦華に学ぶ」と書かれた石碑があった。
なんだかホッとする。
しかし、ここでなんだか疲れてしまって、散歩を終了することとした。
帰りの電車でEくんにケータイから「空飛ぶ冷し中華」は見つからなかったとメール。
なんだかものすごい敗北感と疲労感をかんじた。

「空飛ぶ冷し中華」探しの感動のフィナーレは…

これが「空飛ぶ冷し中華」だぁ!

数日後、Eくんよりメール。なんとEくんはあの日あの敗北感いっぱいのメールを受けて、すぐにアマゾンに注文してくれたそうだ。そして、たった今「空飛ぶ冷し中華」が届いたと書かれている。うわぁ、さっそく会社に取りに行った。
空飛ぶ冷やし中華
これが「空飛ぶ冷し中華」の現物である。思わずほおずり。アマゾンで3000円であった。

さあ、注意深く本書を見てみよう。時代の経過は感じられるものの、かなりきれいな本だ。汚れなどはほとんどない。

思わず本をなで回した

1
「空飛ぶ冷やし中華」の大きさはこんなかんじ。
表紙のイラストは黒鉄ヒロシ氏である。さっそく中身を読んでみることにした。
まずは、新聞や雑誌に取り上げられた「全日本冷し中華愛好会」の記事である。
考えてみれば、先にこの本があったのではなく、ちょっとしたマスコミを賑わせた「全日本冷し中華愛好会」のブームがあり、それを受けてこの本が発行されたようだ。
読んでみて、驚いたのは、僕はこの本を初めて手に取ったつもりだったが、いくつか昔読んだ記憶のある文章に出会ったからだ。ひょっとしたら、この本を僕は昔読んだのかもしれない。

そして初版本であった

1
この本が増刷されたかどうか不明だが、初版本であった。
それにしても、本当にいろんな人が冷やし中華についていろいろなことを書いている本だ。それらを「冷し中華思想」と読んで、この時代のイデオロギーなどへのパロディにもなっている。
ちなみになぜ「空飛ぶ」なのかだが、これは勝手な想像だけれど、当時「空飛ぶモンティ・パイソン」というイギリスのテレビコメディがあったのだが、それのパロディではないかと思われる。
そんなわけで、今回も楽しい散歩だった。終わりよければすべてよしである。

※記事内容は執筆時点のものです。最新の内容をご確認ください。