ブンデスリーガを経験した2人の日本人が、地元での国際大会に華やぎを与えた。釜山アジア大会でもペアを組む田崎俊雄(協和発酵=写真右)、鬼頭明(健勝苑=写真左)が、ITTFプロツアー「ジャパンオープン」の男子ダブルスで頂点に立った。

年間12大会ほど実施されるプロツアーの同種目に日本ペアが優勝するのは、1997年2月のカタールオープンでの松下浩二、渋谷浩以来のことである。

今回の優勝のみならず、田崎、鬼頭はともに松下浩二に「つづいた」経験をもっている。

鬼頭は97年4月、松下につづく2番目の日本人プロ選手になった。その年の8月からドイツリーグ3部でプレーし、3部で2番目の29勝8敗の好成績を残した。その活躍が認められ、翌98~99年のシーズンはブンデスリーガ2部の「オーバーハオゼン」でプレーした。

田崎は、99年8月から2シーズンにわたり、ブンデスリーガ1部の「ゲナン」でプレーした。松下につづき、1部チームに所属した2人目の日本人選手となった。ちなみに田崎と松下は99年11月28日、世界最高レベルのリーグの公式戦で対戦するという、日本の卓球界にとっての「記念日」を刻んでいる。

そんな田崎と鬼頭を、今大会では松下が「援護」することになった。

田崎、鬼頭のペアは、初戦でJ・セイブ(ベルギー)、プリモラッツ(クロアチア)の強豪ペアと対戦することになっていたのだが、当日の男子シングルスで松下がセイブと息詰まるような激戦を繰り広げた。セイブはフルセットの末に松下を振り切ったものの、カットの「打ち疲れ」により肩を痛め、ダブルスを棄権せざるを得なかったのだ。

準々決勝に進出した田崎、鬼頭は、第1シードのシュラガー、ジンドラク(オーストリア)に4-3で競り勝ち、準決勝ではシーラ、キャベスタニ(フランス)に4-1と快勝した。そして迎えた最終日、決勝の相手はティモ・ボル、シュテーガー(ドイツ)だった。
史上最年少の15歳でブンデスリーガの舞台に立ったボルは、「ドイツの新星」と期待されたとおり、着実かつ急速に成長し、今年2月のヨーロッパトップ12、4月のヨーロッパ選手権では男子シングルスのタイトルを獲得。まだ21歳の若武者だが、押しも押されもせぬ「ヨーロッパの顔」となった。

そのボルは、田崎がゲナンに所属していたときのチームメートである。そのためか、お互いにお互いのボールの処理に慣れているように見える。田崎がボルのドライブに鋭いカウンターを見舞えば、ボルはボルで田崎の表ソフト特有の打球を苦にしない。

それがスコアにはっきりと表れた。ボルの打球を田崎が処理する(ボル→田崎→シュテーガー→鬼頭)第1、第3、第5の奇数セットは日本ペアがとり、田崎の打球をボルが受けた(田崎→ボル→鬼頭→シュテーガー)第2、第4、第6の偶数セットはドイツペアが奪い返すという展開で最終セットを迎えることになった。

後半は苦手な「回り順」になるため、前半で離しておきたい日本ペアは幸先よく3-0とリードした。ここでドイツペアがタイムアウト。流れを寸断された日本ペアは、3-2と詰め寄られるものの、再び差を広げ、5-2でチェンジエンドを迎えた。

ここからの数本が勝負をわけるのではないか、と思えた。前の第6セット、日本ペアは出足から躓き、相手に一方的にリードを許した。ところが、ドイツペアが「ラク」にとろうとしたのか、日本ペアの開き直りが奏効したのか、2-8の局面で日本ペアは小気味よく5点連取し、7-8と詰め寄ったのだ。

そのときの日本ペアのいいイメージが、ドイツペアにとっては嫌なイメージが、最終セットに影響したように見えた。日本ペアが5-2から2点連取。その後は一進一退の攻防がつづき、点差はなかなか縮まらない。9-6から、シュテーガーのサービスミスですべてが決まった。

優勝が決まった瞬間。ガッツポーズをする鬼頭(中央)と、呆然とするシュテーガー(右)
記者会見に臨んだ田崎と鬼頭は、さっぱりとした表情をしていた。

鬼頭 最終日まで残って、決勝の舞台で試合をやらせてもらったことを喜びと感じながらやっていました。今日は観客も多かったし、多少、力が入っていた部分もあったんですけど、お互いに声をかけあいながら、なんとかいいプレーができてよかったです。

田崎 この大会の前に行ってきた韓国オープンでは、地元の韓国の選手がすごく活躍したので、地元の大会ではやっぱり地元の選手が活躍しないと盛り上がらないし、決勝で負けてもいいという感じはなく、最初から勝つ気持ちでやったことがよかったんじゃないかと思います。

──戦術は、試合前にどう考えましたか。

鬼頭 試合前はとくに思ってなかったんですけど、大きいプレーにもっていったときに点数がとれてたし、相手のサーブが出たときには田崎君も積極的にドライブかけてくれて、いい流れで進んでいたので、試合をやりながら戦術を組み立ててったという感じです。

田崎 ベンチコーチの佐藤さんのアドバイスもあったんですけど、2セットやって相手の出方を見て、こっちも組み立てていこうっていう話をしてたんで。それまでは自分らの得意なパターンとか、サーブ、レシーブをしっかりやっていこうっていう感じで。そのあとは相手に合わせて少しずつ変えていこうっていう話をしてたんで。1セット目をうまくとれたっていうのが流れ的にはよかったんじゃないかと思います。

──シュテーガーのほうを狙い打つというか、集中的に攻めていくっていうこともあったと思うんですけど。

鬼頭 いや、それはなかったです。けっこう向こうがサーブミスもしてくれて、ちょっと力が入ってたような感じだったんで、強気に攻めていこうっていう気持ちはありましたね。
今年3月のカタールオープンで初めてペアを組み、このジャパンオープンで5回目という新しいペアだ。所属チームが違うため、ふだんはペア練習ができないが、そのぶんナショナルチームの合宿で一緒になるときに、できるだけ時間を割いているという。

ベンチコーチを務めた協和発酵の佐藤真二監督はこう言う。
「2人とも同い年で、仲もいいですし、ペアは問題ないと思います。打ったボールが入る入らないは別にして、技術的にも精神的にも崩れてしまうことはないですね」

年齢的にみて、今年28歳の彼らは、フィジカル面と精神面とがもっとも調和する時期にあるが、ややもすると、妙な「落ち着き」を備えてしまいかねない時期に差し掛かってもいる。そこに、新たなペアという刺激が注入された。

前回の韓国オープンでは準々決勝で高礼澤、李静(香港)にセットオールジュースで敗れたものの、2人は「かなりいい感触だった」と口をそろえる。その手ごたえをそのままにジャパンオープンに臨み、これ以上はない実績を残した。そして、貫禄を増した彼らは、自信が芽生えるきっかけとなった韓国に乗り込む。

鬼頭 お互いに慣れてきた部分があるし、自信もついたので、いい感じで臨めるんじゃないかと思っています。

田崎 いいプレーして勝てたし、(韓国オープンでは)アジアに対してもできるっていうことがわかったんで、たぶんアジア競技にもいい感じで臨めると思います。

(写真説明=表彰を受ける田崎と鬼頭。右端はボル)


むろん、中国、韓国のレギュラークラスが不在だった今回の優勝が、釜山アジア大会に直結すると考えるのは短絡的にすぎる。だが、視線をアジアの先、パリやドーハやアテネに向けてみるとき、不思議なことに、ヴェテランの域に足を踏み入れつつある彼らが、より「未知なる可能性」を秘めているように感じられるのだ。

しかし、それは不思議でもなんでもないのかもしれない。松下浩二、渋谷浩のペアが世界選手権の表彰台に立ったのは、「30にして立つ」年だった。

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