ゴルフに対する悪感情はどこから?

ゴルフ場は自然破壊という常識をデータ駆使しながら反論する田中淳夫『ゴルフ場は自然がいっぱい』
先日、口蹄疫発生後の閣僚初動の遅れが指摘された際、ゴルフをしていたという誤報が流れました。なぜそこで、ゴルフなのか? ガイドには、以前からあるゴルフに対する悪感情が根底にあるように感じます。

印象的なのは、2001年の「えひめ丸事件」。宇和島水産高校の漁業練習船、えひめ丸がアメリカの原子力潜水艦に衝突され沈没した事故です。当時の森首相が事故の報告を受けた後もゴルフをしていたと激しいバッシングを受け、首相退陣の遠因となりました。他にも、接待や癒着など、ゴルフにまつわる醜聞は数多く、ゴルフというスポーツの本質とは別のところで、ゴルフへの印象を悪化しています。今回の誤報も、そうした背景を紋切り型に利用しようとしたものだと思います。

ゴルフへの悪感情は意外に古く、土地を贅沢に使うということ、外国人が持ち込み貴族階級から広まったという背景から反感を買っていた歴史があります。当時の社会主義運動と結びつき、ブルジョア遊戯などと非難され、ゴルフ亡国論まで出る有様。1924年には、ナショナルハンディキャップ制を導入するなど、日本のゴルフ創成期に普及に力を尽くしたことでも知られる大谷光明と、川崎肇が暴漢に襲われ、川崎が失明するという事件が起きました。

ゴルフへの悪感情は、大きく二つに分かれると思います。

ひとつは、お金持ちのスポーツという印象です。ゴルフのみに課されるという、懲罰的ともいえるゴルフ税などはそうした認識に基づいていると思われます。お金持ちのスポーツとは、野球、サッカーなどに比べ道具代やプレー代がかかることからもいわれることですが、他にもお金がかかるスポーツはいくらでもあるので、競技人口やメディアへの露出、トーナメントの開催などを含め、ゴルフが目立っているということでしょう。

なによりもバブル期ゴルフ会員権の高騰やいわゆる預託金問題などで、投機、詐欺まがいが横行したのも大きな要因でしょう。詐欺同然の事件が印象を著しく悪くしたのは事実。

現在は、低価格化、そして若年化、ファミリー化が進んでいます。ゴルフ場経営も健全化しつつあるといえます。石川遼プロや宮里藍プロの爽やかな活躍は、接待や癒着といったイメージを払拭する大きな力になるでしょう。

もうひとつは、自然破壊ということ。こちらには、かなり誤解が多く、一般的なゴルファーの中にも知っている人は少ないと思います。

そこで、今回と次回、2回に分けて、『ゴルフ場は自然がいっぱい』(田中淳夫 筑摩新書)という本を紹介したいと思います。ゴルフを全くプレーしないという著者が、ゴルフ場の自然破壊という常識をデータ駆使しながら反駁する本です。ゴルフに対する誤解を解く、契機になれば幸いです。

>>次は、ゴルフが嫌われる歴史的背景>>

ゴルフが嫌われる歴史的背景

ゴルフ場は自然がいっぱい』では、ゴルフが嫌われた歴史的背景について紹介されます。

その中では、まずゴルフ場批判の太い根っこは、1970年代の第二次ゴルフブームにあるとしています。田中角栄内閣の「日本列島改造論」によっておきた開発ブームに後押しされ、ゴルフ場乱開発が始まった時代。当時はまだ、広範囲の森林開発を規制する法律もなく、芝生の維持管理手法も確立されていなかったこともあり、土砂崩れや河川の汚染、農薬の大量散布などが行われていました。荒っぽい工事で、古墳などの文化財を破壊するトラブルもあったといいます。

当時は、全国で1000コースにも満たなかったのですが(現在は、2400コース程度)、この時代に生まれた反ゴルフの感情を今も引きづっているのでは、と著者は言います。

バブル期に行われた、投機目的での会員権売買やゴルフ場乱開発は、そうした反ゴルフ感情を決定的にしたと言えそうです。ガイドも記憶にありますが、本来、ゴルフプレーをする権利であるはずの会員権が、数千万円から億を超える額がつき、それを投資家はもちろん、サラリーマンまでが買い、社会現象として大きく取り上げられました。中でも、会員権の乱売は最悪で、高額な預託金だけを集め、実際にはゴルフ場が作られなかった詐欺行為が頻発しました。

バブル時代は、プレー人口が大きく増え、ゴルフは大衆化。しかし、バブル崩壊とともに、こうした金にまつわる悪い話が次々表沙汰になり、ゴルフへの印象が悪くなっていったのは、無理もないことだと思います。

本書では、このお金の問題は、あまり取り上げられません。これらの問題が基本的に犯罪行為であり、厳正に処罰するべきもの。また、今後ゴルフ場開発の計画は数えるほどしかなく、巨額のお金が動く可能性が低いことを理由にあげています。

ガイドの周りにも、預託金詐欺で大金を失った人が何人もいます。自己責任といえばそれまでですが、こうした犯罪行為の舞台になったゴルフというスポーツは、悪感情をバブル期のある種の負の遺産として今も抱えていると言えます。これらは、現在ゴルフに関わっている人々が、現在の健全さを広くアピールしていく必要があるでしょう。

>>次は、ゴルフ場への反対運動>>

ゴルフ場への反対運動

お金の問題と、もうひとつゴルフの印象を悪くしているのが、自然環境の破壊という問題です。本書でも、こちらについての著述に主眼が置かれています。

ゴルフ場の自然破壊という認識は、現在も多くの人々が持っていると思います。しかし、『ゴルフ場は自然がいっぱい』では、そもそもゴルフ場が環境破壊と断じる根拠の薄さを指摘しています。

ゴルフ場反対運動の原点は奈良県山添村で、浜田耕作さんが80年代後半に始めた、“農薬まみれのゴルフ場建設反対”運動だとしています。山添村は、三重県名張市と県境を挟んで接し、名張は現在も再審請求中で、謎の多い「毒ぶどう酒事件」のあったところです。浜田さんは、不幸にも奥様が事件に遭遇され、幸い命は取り留めたものの、農薬への強烈な拒否反応を持つようになったといいます。

ゴルフ場反対運動の象徴となったのが、ゴルフ場の排水溝から流れ出る赤いヘドロの写真や映像。しかし、著者の田中淳夫氏の取材によると、赤いヘドロの写真は反対運動にシンパシーを感じる雑誌記者のミスリードによるものだとしています。現実には、赤いヘドロは、土壌中の鉄分にバクテリアが繁殖したもので、農薬とはなんの関係のないもの。ゴルフ場建設前から、発生することはあったとか。

しかし、山添村はゴルフ場反対運動のメッカになっていきました。ゴルフ場建設計画のある地域から、村への視察が相次ぎ、赤いヘドロの写真は、ゴルフ場の環境破壊の象徴として使われました。

本書では、「当時の山添村のゴルフ場反対運動が間違っていたとは思わない。(中略)あまりに野放図なゴルフ場建設にストップをかけた意味は大きい」としています。
著者の田中氏によれば、山添村のゴルフ場は、既に奈良県の指針を越える面積になっていて、小さな村には、「ゴルフ場はいらない」という意志がはっきりとしていたといいます。
ゴルフ場建設に歯止めをかけるとしたら、こうした地域住民の意思やゴルファーのニーズによって行われるべきでしょう。
しかし、少なくとも根拠のない、誹謗と言えるような批判は退けられるべきです。

『ゴルフ場は自然がいっぱい』では、ゴルフ場批判本で、きちんとした論拠を示している本はほとんどなく、「読んでみると批判になっていないものがあまりに多いのだ。こんなレベルの批判だったのか」と、著者の田中氏は、その内容の貧弱さに驚き落胆したとしています。

扇情的で、論拠のないゴルフ批判は、今も頻繁に見られます。あえて言えば、“金持ちのスポーツ”としてのゴルフへの反感が、自然破壊という錦の御旗をもって、ある種の腹いせをしているのではないかと。ガイドもゴルフに携わる人間として、とても違和感を覚えます。

次回は、ゴルフ場の自然破壊について、データをあげながら反論する記述を紹介します。



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