日本マット界で薬物検査が行われないのは?

多摩脳神経外科 副医院長を務め、リングドクターとしても多忙な日々を送る綱川先生に話を聞いたインタビュー後編
プロレス&格闘技界に蔓延するドーピングの問題は、悪化の一途を辿っている。アナボリックステロイドの副作用は、心身を蝕み、時として人の命さえも奪ってしまう。

使用する選手は正しい知識を有しているのか?主にアメリカマット界を中心とした薬物検査の実態は?日本マット界で薬物検査が行われないのは何故か?記憶に新しい、クリス・ベノワの事件とは?

その恐るべき実態が次々と明るみに出る中、リングドクター・綱川慎一郎先生に、素朴な疑問をぶつけてみた。『綱川先生に聞く、ドーピングについて』インタビュー後編。
【前編はコチラ

「説ではなくて、副作用だと思います」

――最近では、ステロイドの副作用なのか、急死するプロレスラーも増えています。

綱川先生「そうですね。もちろん、選手にもよりますけど、自分が最後にエディ(ゲレロ)さんに会った時も、ひどく落ち込んでいる様に見えました」

――特に、エディ・ゲレロやクリス・ベノワの急死について、報道ではステロイドの副作用説が大きく取り上げられました。

綱川先生「説ではなくて、副作用だと思いますね」

――例えば、海外ではWWEを含め薬物検査を実施している団体、格闘技イベントはいくつもあります。もちろん、これに限った話ではないのですが、薬物検査の抜け穴を掻い潜るような新薬が次々に出てきているとも言われます。

綱川先生「完全にいたちごっこになっていますし、実際、これらのイベントがどういったテストをしているのかという意味でも曖昧ですね」

いたちごっこの現状 “遺伝子レベルの検査が必要”

――これらを防ぐ手立てはないのでしょうか?

綱川先生「遺伝子レベルでの検査が必要になってくるんじゃないでしょうか。遺伝子ですと操作ができない訳ですからね」

――ステロイドを使用で一時的に優れた能力を得たとしても、そのツケは蓄積されていく訳ですよね?

綱川先生「以前、(アーノルド)シュワルツェネッガーも大腿骨を折っていますが、あの年齢でココを折るってことは少ないんですよ。やっぱり、ステロイドの副作用で、骨粗しょう症というか骨が弱くなっているんだと思います。また、最近では、HHHなんかも大腿四頭筋を切っていますよね。これも同様のことが言えると思います」

――選手心理としては副作用を知っていながら、それでも使用してしまう?

綱川先生「うーん、どうでしょうね。ステロイドの使用をカミングアウトをして、その後、使用を止める様な選手もいますし、“美しい身体を見せなければならない”といった様々な理由から使用を続けている選手がいるのも確かですよね」

――簡単に使用を発見できるケースというのもあるのでしょうか?

綱川先生「例えば、ステロイドの影響が大きく表れる箇所として僧帽筋が挙げられますね。だから、僧帽筋が異常に盛り上がっている、発達している選手というのは、ステロイド使用の可能性が考えられます」

――一概には言えないとは思いますが、その根拠というのは?

綱川先生「僧帽筋は、アナボリックステロイドが一番受け皿になりやすい箇所なんですよ。受容体って言うのですが、ステロイドがそこにくっついて、筋肉を増強しますよっていうシグナルを出すんですよね」

――ちなみに(プロレス&格闘技界における)ステロイドの使用は、主にアメリカで発覚するケースが多いようです。日本国内ではこうした検査はなされないのでしょうか?

綱川先生「できるんですけどお金が掛かりますよね。これが一つの要因であることは間違いないと思いますけど・・・」

――話を戻しますと、ベノワの事件では、薬物検査の結果、鎮痛剤や抗不安剤が検出されたという報道もありました。

綱川先生「それは、ステロイドとは全く別モノですね。鎮痛剤で精神錯乱は起こらないので、今回の事件では、これが直接的な原因ではないでしょう」

――薬物検査の結果、WWEの声明では、テストステロンが陽性で、アナボリックステロイドは陰性と発表されたそうです。これはどういうことなのでしょうか?

綱川先生「テストステロンというのも、結局アナボリックステロイドと似ているんですよね。同じと言ってもいいかもしれません」

――そうなんですか!全く知識のない私が、この部分だけを切り取って言われれば、“アナボリックステロイドは使用していなかった”と錯覚してしまいますね。

綱川先生「アナボリックステロイドを入れて、テストステロンに変わっていきますので」

“やらない、やらせない”ごく基本的なこと

――では、正しい知識を持たずに、無知が故にステロイドを使用する選手もいるんでしょうか?

綱川先生「それはそうかもしれないですね。会場で使用しているなんて話を聞くこともありますから。やっぱり、ナチュラルがいいですよね。“It's Natural”ってことで」

――一時のために、ステロイドを打って試合をして、試合後の検査で、せっかくやった試合が無効になってしまうこともあります。

綱川先生「UFCなどでは、両者失格なんてケースもありましたよね」

――一度でもステロイドを使用した選手は、半永久的に検査に引っ掛かってしまうのでしょうか?

綱川先生「期間にもよりますが、使用を止めれば大丈夫ですね」

――まだ、日本におけるステロイドの検査や体制作りも時間が掛かりそうですが、先生が望まれることというのはありますか?

綱川先生「そうですね、やっぱり選手は自ら購入したり、使わない。医師もそういうことをやらない。本当に、ごく基本的なことですよね」

綱川慎一郎先生 Profile

広島県福山市出身、1973年10月22日生まれ。
北里大学医学部卒業後、東京警察病院に入局。その後、関連病院で研修を行い、2007年4月より多摩脳神経外科・整形外科に勤務する傍ら、リングドクターの中山健児先生との出会いをきっかけに、修斗・PRIDE・HERO'S・ZST・CAGE FORCE・レスリング・UWAI STATION・WWE・新日本プロレスリング・リングスといった様々な団体、イベントでリングドクターを務める。

また、現在は引退をしているが、激務の合間を縫っては格闘技の練習にも打ち込み、ZST大会に出場するなど選手としても活躍した。

◇資格
日本整形外科学会専門医
日本体育協会公認スポーツドクター(日本レスリング協会)
日本医師会公認スポーツ健康医

◇関連リンク
・多摩脳神経外科
http://www.tamaneuro.com


【編集部からのお知らせ】
All Aboutで家計に関するアンケートを実施中です!(抽選でAmazonギフト券1000円分を3名様にプレゼント)
アンケートはコチラのリンクから回答をお願いいたします(回答期限は2020年9月29日まで)

※記事内容は執筆時点のものです。最新の内容をご確認ください。