ReMix
リングで闘う事で「輝く」姿を、身をもって示したジョシカク最初の牽引車“マア★ティン”こと星野育蒔

“渋谷系”スマックガールで輝く「強くなりたい少女」たち

ReMixはさらに翌年2001年5月3 日代々木第二体育館で第二回大会を開催する。この大会では柔道で近畿大会ベスト4の実績をもつ19才の星野育蒔がデビュー。豪快な闘いぶりに加えて、超陽性のキャラを持った星野は、前回客寄せ的に参戦したグラビアアイドル桜庭あつこの相手を務めて話題となった、ロシア人柔道家のコボチノバ・タチアナからKOを奪う白星デビューを飾る。また、一足早く「L-1」でデビューを飾っていた、同じく柔道出身の27歳の久保田有紀も、この大会で初白星をマークしている。

全くプロレスの前歴を持たない“純血”格闘家の二人がここに出そろったことによって、プロレスファンを当てにする一過性の派手なイベントから、“強くなりたい”少女の熱意が牽引する、“現場優先主義”=「ジョシカク」シーンの基本的性格が見え始めたのである。

また派手なイベント性を売りにしたReMixのスタイルでは、経費も高く掛かり、イベントとしては維持不可能であることが露呈し始めた事も、この傾向に拍車をかけた。まだ、市場も、そして試合内容にしても、女子選手だけでPRIDEスタイルのビッグイベントを維持できるほどには成熟しては居なかったのである。

だがプロデューサー篠氏は、この状況に対してまたもや新機軸を打ち出す。“底辺拡大”を名目に小規模会場に舞台を移したミニイベント「スマックガール」を立案し、ReMixコンセプトの延命を図ったのである。当然、ギャラの高い人気プロレスラーや外人格闘家はフェイドアウトすることになるが、星野や久保田のようなアマチュア上がりの新人達は、ただひたすら闘う“舞台”欲しさに、安いギャラでも気にせずにリングに上がる。この、一見苦肉の策に見えた“ダウンサイジング”が、「強くなりたい少女」たちの心に火をつけたのである。

その熱意がエネルギーとなり、「スマックガール」は躍進しはじめる。「Episode-0」と銘打たれた第一回は2000人クラスの中規模会場・後楽園ホールに舞台とし、ReMixの日本人エースにと嘱望された、元プロレスラー・八木淳子をフィーチャーするなど、“ReMixの小型版”といった趣であったが、渋谷のクラブAtomを舞台に “渋谷系女子格闘技”という若干扇情的なキャッチフレーズを付けられるようになった「スマックガール」は、星野や久保田ら初期メンバーの活躍によって、徐々にマニアの人気を惹き付けていくことに成功する。

また、オーディナリーな組技格闘技から実力の高い選手たちの転入が相次いだのもシーンの定着を早めた要因と言えるだろう。まず、その尖兵となったのは2001年9月の第五回大会に参戦した、サンボ世界選手権3位のしなしさとこ(当時:尻無智子)。しなしは期待通り、“本職”の強みを見せて華麗な一本勝ちデビューを飾ったが、さらにその上を行く形で衝撃的なデビューを飾る選手が現れる。

運営陣の内紛もあって、「スマックガール」で審判を務めていた木村浩一郎氏が独立、さらに競技的充実を求めてエースに星野育蒔を据えた新団体「AX」を設立したのが2001年の10月。これはプロデューサー篠氏に対する一種のクーデター的離脱劇であったのだが、「スマック」はその余波で一時的に活動休止に追い込まれる事になる。しかし、一度「闘う事の味」を覚えた少女たちの勢いは誰も止める事ができなかった。「AX」に身を寄せた彼女達の闘いは、充実の度合いを増していく。既に、シーンは主催者側のビジネス的な思惑よりも、リングに上がる選手たちの推進力によって動き始めていたのだ。

続く12月に六本木のCCCホールで開催された旗揚げ第二戦に、星野の対戦相手としてピックアップされた、これがデビュー戦と言う関西出身の無名選手が、これまたとんでもない大どんでんがえしを演じたのである。なんと、ここまで無敗のまま「ジョシカク」の牽引車となってきた星野から一本勝ちを納めてしまったのだ。

【PART2】へ続く

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