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黒ヒゲ田村の悪役志願? 謎は深まる…

続く2003年8月のミドル級GPでも、田村の謎掛けは続く。

桜庭と並ぶ日本人トップスター選手吉田秀彦との対戦をオファーされながら、大会直前まで出場意志を明らかにせず田村は“逃げ回った”。こうした行動をとっても、単なる対戦拒否とは取られないのが、田村という選手の不思議な部分ではある。対するDSE榊原社長は、ヴァンダレイ戦同様、田村のセンシティブな気性を慮りつつ粘り強い交渉を続け、「まるでストーカーのようだ」と呆れられつつも、田村の出場を取り付ける。

しかし、当日会場に現れた田村は、自らのトレードマークであるテーマソング「Flame of mind」のアレンジを奇妙に変え、珍しくヒゲを蓄えた、非常に違和感を感じさせる入場を行ってみせた。これまでの田村は、あの特徴的なリング中央での四方への礼に見られるように、自己の美学を貫いたスタイルを固持し続けて来た選手。立ち居振る舞いまで完全に型にはまった、彼の入場を見慣れたファンにとって、この“異変”はなんらかのサイン=謎掛けと一発でわかっただろう。(ここでヒゲ=悪役という解釈を持ち出すのはヒッチコックのサスペンス論じみて、あまりにスポーツを語るには不適切な推論かもしれないが、どうしてもその類似が僕には思い起こされる。)

試合内容を見ても、強烈なローで吉田の膝を破壊寸前まで追い込みながら突如グラウンド戦に入り、ほぼ無抵抗に吉田の必殺技袖車に散った田村の闘いぶりの不可解さだけが残るものだった。

それらの絵解きができるような決定的な要素は僕にはないが、個人的な感慨としては、「世界最強」という価値観のみを追求し、勝者にすべての栄光を与えるPRIDE=VT的世界観に対して、のどに刺さった小骨のように執拗に違和感を主張し続ける、田村流のレジスタンスではないのだろうかという印象を受けた。

その姿には、かつて新日本プロレスとの対抗戦、すなわち「旧プロレスとの混交」を拒み、孤独な戦いを挑んだ田村自身の姿がオーバラップする。そして今、再びPRIDE、すなわち「VT/MMAとの混交」を奇妙な形で拒んでいるのが現在。田村自身のスタンスは何も変わっていない。ただ時代と、そしてファンの認識が変わってしまったのだ。

例えばサップ戦では、体重差のある無差別戦のナンセンスを体現することで、逆説的に「真剣勝負」のあっけなさ、奥行きの無さを体現していると感じたし、吉田戦でもフィニッシュ後の堅く無表情な態度に、“オレの勝利などあなた方は望んでいなかったのだろう”という田村のネガティブな波動を感じてならなかった。
無論、それだけで八百長なんぞという物騒な推論を言い立てる気はないが、吉田が実力で田村をねじ伏せただけの結果だとしても、“このリングでオレは歓迎されていない異物だ”という態度を崩さない、この時の田村の謎めいた自己主張には、ただスポーツで勝った負けたという、ストレートな解釈だけではどうして汲み尽くせない要素が残る。

そのミステリアスさこそが、田村と言う選手に、勝っても負けても選手としての期待感を失わせない不思議な魅力を与えている。だが、本当に説かれる事を期待しない謎などこの世には存在しないはずだ。

田村の投げ続ける謎を正しく解釈できる人間が居るとすれば、恐らくそれは、その田村と極めて運命的なキャリアの交差を描いて来た、桜庭以外居ないのかもしれない。

過去と未来をつなぐ一戦? 過去の亡霊を葬り去る一戦?

2003年、2004年と連続してビッグイベント「PRIDE男祭り」に田村vs桜庭戦の構想をぶち上げながら、田村の頑な拒否にあって果たせなかったDSE。「UWFとPRIDE、過去と未来をつなぐ一戦として実現したい」というのが榊原社長の主張である。だが、田村の参戦を常にPRIDEへの抵抗運動と見る僕には、実質それが「UWFというPRIDEの過去の亡霊を葬り去る一戦」になるのではないかと思える。

現に、Uの一つの頂点を極めた高田の引退試合を、PRIDEルールで闘う事で、田村は勝者となりながら、号泣に暮れたではないか。あの涙は、かつてのUの同志を自ら“VTという野蛮きわまりないスタイル”で葬り去り、「Uの時代の終わり」を刻印するしかなかった自分の、罪深さ、そして運命の皮肉を表現したものではなかったか。

だからこそ、田村は桜庭との“同志決戦”には、最終的に同意する事はまずないだろうと、僕は見ている。どっちが勝っても、最終的に栄誉を受けるのは田村でも桜庭でもない。それを実現し、現実的には観客動員を伸ばすDSEの思う壷でしかない。ましてU戦士同士で、UWFの墓標を打ち立てるような戦いに、再び田村が出て行く訳が無いからだ。

田村に出場不可能の暗雲?

またしてもオールドファンとしての思い出話が長くなりすぎたようだ。

速報性をもってなすインターネットらしく、すこしレアな情報を皆さんにお伝えして、この原稿の締めくくりとしよう。

今回、桜庭のマイクアピールによって、田村が4月23日大阪ドームで開幕する「PRIDE-ミドル級GP 2005」出場への伏線は確実に引かれた。冒頭では「オールドファンしか知らない因縁」と散々こき下ろしたが、今後、実現に向けてのアクションが進行して行けば、今回の本稿同様、過去の経緯を伝える報道も増え、次第にその歴史的意味合いがファンに浸透して行くであろうことは予想できる。

榊原信行DSE代表も「あれはサクの突発的で自発的な行動」と語りながらも、田村に対し「残念な結果だったが、真剣勝負の中でこういった突発的な事故は仕方ない。今日結果を出せなかった分、ミドル級GPには出て来てほしい」と、GP参戦/桜庭戦実現に向けてのアクションを起こす事を表明しているので、ファンはその推移に大きな期待を抱いているはずだ。

僕自身も、田村の内心を謎めいたパフォーマンスから推測したりしながら、彼のUイズムを正当化するような書き方をして来たが、正直な所を言えば、もう時代はそうした物を望んでいないし、もうUの歴史はそろそろ終わってもいいのではないかと思っている立場だ。

むしろ田村には、既に形骸化した“かつての” Uのイズムをこの一戦で葬送し、残り少ないであろうその後の選手人生では、“Uのため”ではなく、一選手として自らの可能性を燃焼し尽くしてくれることを祈っている。

だが、残念な事に、その前途に大きな暗雲が漂っている可能性が出て来た。

試合後、医者を理由にPRIDE29の会場をノーコメントで後にした田村の行動を、この原稿の冒頭にも書いたはずだが、多くのファンや関係者は、これを「コメント逃れの三味線」と受け取っていると思う。

だが、最近田村に近い関係者の口から、実はこのときの田村の負傷が結構深刻なものだという情報が入ったのである。あくまで“未確認情報”として、こちらも真偽を確認するまでは、決定的な情報としてBoutreviewでもニュースにするつもりはないが、仮に本当なら、田村の4月のトーナメント参戦は物理的に考えられない事になる。

はたして、PRIDE屈指の夢の対決は、三度目の流産を迎えてしまうのか?
それとも奇跡の実現を見るのか? いずれにせよ、田村を巡る戦いの構図は、常に混乱と期待の入り交じった不思議な暗雲が常に立ちこめている事だけは、まちがえない。

桜庭という陽のキャラが、その暗雲を吹き払う力を持っているかどうか? そうした人間力の比べ合いこそ、この両者の十年越しの戦いの真の帰結を左右するのではないだろうか。
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